121話 上位種
異世界からの使者、テツオと一緒にダンジョンの7層攻略に乗り出した。
俺の考えていた計画は、彼の持っている黒い穴という神の奇跡を使って、難攻不落の厄介な壁を削り穴を開ける――というもの。
目論見通り、7層の迷宮らしきものが姿を現した。
少々インチキを使って正攻法ではない攻略をしたので、眼の前に広がる迷宮が正解のルートなのかはまだ不明だ。
ここをマッピングしながら進み、俺たちが入ったあの迷宮温泉に到達できれば、俺の計画した攻略方法は正解だったということになるだろう。
それはさておき――迷宮の中で初エンカウントだ。
撮影の絶好のチャンス到来で、敵は巨大な黒い魔物。
角が生えており、以前戦闘したデーモンの亜種か?
もしかして、あれの上位種かもしれん。
あれがデーモンなら、こっちはグレーターデーモンか?
眼の前の魔物から漂うオーラからして、かなりの強敵だ。
こいつとの戦闘を選択したのが姫――ということを考えると、ちょっと不安になる。
彼女の選択は最悪の場合が多い。
「グォォォ!」
魔物の咆哮が迷宮の深奥を切り裂いた。
その轟音は岩壁に反響し、まるで迷宮全体が共鳴しているかのように震える。
石屑が天井からぱらぱらと降り注ぐ中、魔物の口元に異様な光が集まり始めた。
「先手を取られたぞ!」
通路に姫の声が反響する。
「皆さん、私の後ろに! 聖なる盾! 」
カオルコが防御魔法を展開した。
魔物の口で青白く輝く光は、瞬く間に渦を巻くように拡大し、奔流となって魔物の喉奥からあふれ出す。
まるで夜空の星々を凝縮したかのような純粋な青、その光は周囲の闇を切り裂き、ダンジョンを青く染めた。
次の刹那――時が凍りついたかのような一瞬の静寂を突き破り、怒涛のエネルギーが唸りを上げて解き放たれた。
魔物の口から放たれたその光線は、濁流のごとく空間を切り裂き、轟音と共に一直線に俺たちへと迫ってくる。
青白い閃光が迷宮の壁に映え、目が焼けそうなほどの輝きがあたり一帯を覆う。
ついには、俺たちの前に展開された防御魔法へと衝突した。
空気が爆ぜ、世界が閃光に包まれる。
防御魔法の結界が、硬質な音と共に蒼く輝き、波紋のように魔力の防壁が広がった。
エネルギーと魔法がぶつかり合う衝撃で、大気が震え、耳をつんざく爆音が押し寄せる。
足元の石畳がひび割れ、吹き飛ばされそうになる中、俺たちは必死に踏みとどまった。
「だ、だめぇ! も、保たない!」
聞いたことがない、カオルコの悲痛な叫びが俺たちの耳に届く。
結界には亀裂が走り、まるで今にも崩れ落ちそうな不安定さを孕んでいる。
守られているという感覚よりも、時間を稼いでいるという現実が、背筋を冷たくなでていく。
高レベル冒険者になってから、幾多の死地を踏破してきた自分。
死――そんなものには無縁だと信じて疑わなかったのだが、その過信は静かに、しかし確実に裏切られつつあった。
肌をなでる冷たい風のように、死の気配は音もなく忍び寄り、心の隙間にじわじわと染み込んでくる。
得体の知れぬ圧迫感が胸を締めつけた。
「これはヤバいか?!」
目には見えず、手にも触れられぬそれは、だが確かにここにいる。
俺も焦った瞬間。
「聖なる盾!」
サナの追加の防御魔法が展開された。
それとて、すぐに破れそうに揺らいでいる。
「俺も……」
アイテムBOXを漁る。
なにかないか?! ――瓦礫の壁? そんなもので保つか?
迷っていると、皆の前にテツオが立った。
いつもは見えない彼の「黒い穴」だが、今ははっきりと見える。
怒涛の魔法のエネルギーの流れを、穴の中に吸い込んでいた。
突然、ダンジョン内に静寂が訪れる。
「圧縮光弾! 我が敵を撃て!」
キラキラと舞う魔法の残滓の中を、サナの光弾が走った。
ピアノ線のような張り詰めた光の線が、魔物の脇腹を吹き飛ばす。
飛び出た内臓物が、ダンジョンの床に広がった。
「うぉぉぉっ!」
いつのまにか前に出ていたイロハが、一瞬で間合いを詰め、サナの魔法で攻撃した反対側を切り裂いた。
「ヌォォォ!」
魔物の咆哮とともに、黒い皮膚が再生していく。
「こいつも、魔石を破壊しないと再生するタイプか! 厄介だぞ!」
「いやぁぁぁぁっ!」
続いて剣を構えた姫が突撃――地面にめり込む魔物のパンチ攻撃を躱し、再生しつつある魔物の皮膚を再び切り裂いた。
飛び出した赤い臓物の中に、黒い玉が見える――魔石だ。
俺はアイテムBOXからこぶし大の瓦礫を取り出すと、脚を天井向けて高く上げた。
「大リーグボール2号! ぬりゃぁぁぁぁ!」
振り上げた脚が地を踏みしめるその瞬間、大地が震えるほどの衝撃が周囲に走る。
重力と筋力が一点に集約されたその踏み込みは、地面に楔を打ち込むと、続いて腕が唸りを上げた。
全身のバネが連動し、しなやかでありながら剛鉄のような筋肉がうねるように動く。
指先から解き放たれた瓦礫は、鋭い風切り音を残して虚空を切り裂いた。
空気との摩擦が白い曇りを生み、一瞬、閃光が走る。
敵の魔石に命中すると、青い光と混濁する。
魔物のエネルギーの源になっていたものが、瞬時にフラグメンテーションした。
点滅を繰り返すように、ダンジョンの壁が瞬く。
生命の元を絶たれて、赤く光っていた目も明るさをなくすと、黒い巨体がその場に崩れ落ちた。
「あ、しまった! 俺が倒しても意味ねぇじゃん」
「ふぅ……でもよぉ、今のはかなり危なかったぜ?! とりあえず、初戦はダーリンに倒してもらって正解じゃねぇか?」
「うむ――ギリギリだった」
イロハと姫も頷いて、納得してくれたようだ。
それはよかったが、ちょっと心配なのはカオルコだ。
「カオルコ! 大丈夫か?!」「カオルコ!」
撮影を終了した俺と姫で、床でヘタっている彼女に駆け寄る。
エンプレスの頬には、涙が伝ったあとがあった。
「……お父様とお母様の顔が……頭の中に……」
「走馬灯ってやつか」
「昔のことが頭の中をぐるぐる回るやつだろ? あたいもあるぜ」
「若い子は走馬灯なんて知らんだろうなぁ、わはは!」
テツオの言うとおりかもしれん。
「つらいのなら、ここで引き返すか?」
姫が心配そうにしている。
いつもカオルコのことを振り回している姫だが、ただ振り回しているだけではない。
「だ、大丈夫です」
気丈に振る舞っているのだが……心配だ。
「サナは大丈夫か?」
「はい」
やっぱり、彼女は根性がある。
とりあえず、カオルコがショック状態だ。
しばらく休むことになった。
「とりあえず、甘いものはどうだ?」
俺はアイテムBOXから、飲み物を出した。
ココアにミルクと、溶かしたマシュマロを入れたものだ。
疲れたときには、強烈に甘いものを食べたくなる。
いつもカロリーバーを齧っているが、たまにはこういうものもいいだろうと、作ってみた。
「あ、ありがとうございます……」
「熱いからな」
ココアのにおいを嗅いでいたカオルコが、恐る恐るカップに口をつけた。
「お……美味しい……」
「ダーリン! 私にはないのか?」「あの~ダイスケさん……」「ダーリン! あたいにも!」
結局、人数分用意する。
まぁ、沢山用意してあるが。
「テツオは?」
「微糖コーヒーねぇ?」
「あるぞ」
アイテムBOXから取り出した缶コーヒーを、テツオに放った。
「サンクス!」
テツオにコーヒーを渡した俺は、デーモンの屍の所に向かう。
身体が半分千切れ、ダンジョンの床に臓物をぶちまけた黒い死体が転がっている。
生臭く、酸いにおいが鼻をつく。
一歩判断を間違えば、俺たちがこうなっていたかもしれない。
そのぐらい強力な敵だった。
やっぱり姫の選択は、悪い意味で間違いがないな。
「これはまた、売り物にはならんだろうな」
魔物が好きなセンセへのお土産が関の山ってやつだ。
アイテムBOXに収納しようとすると、テツオがやって来た。
「持って帰るのか?」
「ああ、研究施設で魔物を研究をしている人へのお土産にする」
「はは、さすが日本――酔狂なやつがいるなぁ」
「すぐにダンジョンの秘密にアクセスできるようになるかもしれんぞ?」
「その言葉が冗談にならんのが、この世界だからな。神さまたちにとっても、この世界は結構危険だと思うんだがなぁ……」
デカくて立派なデーモンの角が俺の目に止まった。
この角には値段がつくかもしれん。
漢方薬でも、角ってのは重要なアイテムだし。
なにか霊験あらたかな効き目があるかもしれん。
「テツオ、コーヒー代で、この角をカットできないか?」
「ああ、結構立派なものだから売れるかもしれんな――よっと!」
彼の手の動きに合わせて、巨大な角がケーキでもカットするように切れた。
「おお、サンクス!」
角の断面を見る。
まるで宝石のように鋭い。
角で手が切れそうだ。
巨大な屍と角をアイテムBOXに収納。
皆の所に戻ると、次の戦いのためのミーティングをしていた。
俺も参加する。
「前のデーモンの攻撃は聖なる盾で持ちこたえることができたから、あいつは上位種で間違いないだろうな」
「うむ」
姫も異論はないようだ。
「呼称は、グレーターデーモンでいいか?」
「いいな――それでいこう」
皆の意見も一致した。
「やべーぞ! あの敵じゃ防御魔法頼りのパーティは、初見で全滅だぜ?! 神さまのオッサンがいたから、なんとか助かったけどさ」
イロハの言うとおりだ。
「こんな通路じゃ逃げ場もないしな……角で待ち受けて、敵が魔法を撃ったら角を曲がるとか……」
「防御魔法も少しは保つようだし、その手は有効かもしれん」
姫が腕を組んで、唸っている。
「サクラコさま、地上に戻ったら皆と情報を共有しましょう」
「うむ!」
姫がカオルコの意見に賛成した。
「こんな敵がゴロゴロ出てくるんじゃ、全滅しまくるじゃねぇか」
情報を共有できないと、イロハが言ったとおりになるな。
「そもそも、敵と戦わない選択肢があったんじゃ……」
サナがブツブツ言っている。
まぁ、確かにそれはそうだが、この超攻撃的なパーティで、それは難しいような……。
「ダイスケ、飛ばされて深層から戻ってきたって言ってたけど、どうやってクリアしてたんだ?」
「俺たちがエンカウントしたのは、リッチやグリフォンなどだったな。力技やカオルコの超魔法1発でなんとかなった」
「それじゃ、さっきのデーモンも、その魔法で魔石を撃てればなんとかなったかもな」
「チャージに時間がかかるしなぁ……魔法を使ったあとも、カオルコが動けなくなってしまうし」
「それじゃ、一か八かだな」
「なにか攻略法が……」
姫が唸っているが、そう簡単には出てこない。
「本当の悪魔っていうんなら、聖撃とかが、効きそうだが……」
「なんだ? それはどういう魔法だ?」
姫が興味津々で、テツオの話を聞いている。
「聖職者系の魔法だな。もしかして、サナちゃんが覚えるかもしれん」
「サナの役割がどんどん重要になるな……」
「まぁ、イザルの聖女だし」
「ぐぬぬ……」
オッサン2人がサナを褒めているので、姫は面白くないようである。
休憩ののち、態勢を立て直して再び迷宮を進む。
出てくる敵は超強力だが、数は少ない。
そりゃ、このぐらいの敵が1層のスライム並に湧いたんじゃ、攻略どころじゃなくなる。
浅層は、冒険者の数がべらぼうに多いせいで、魔物も沢山ポップする――ということだろう。
迷宮の魔物のことを考えていると、通路から異様な雰囲気が漂ってくる。
ぬるりとした湿気が肌にまとわりつき、微かな腐臭が鼻を刺す。
まるで、見えない何かにじっと見つめられているかのような感覚。
異様な気配は、確実に近づいている――魔物だ。
そう確信するには、十分すぎる。
「ガォォォン!」
再び、巨大な敵とエンカウントした。
こいつも初めての敵――撮影のチャンス。
漆黒の毛皮は夜そのもののように闇をまとい、光を吸い込むように艶めく。
その巨大な身体は筋肉に覆われており、動くたびに迷宮が低く唸る。
何より目を引くのは、肩から伸びる三つの頭――いずれも獣のように猛々しく、それぞれ異なる表情を浮かべていた。
中央の頭は理知的な冷たい眼差しでこちらを睨み、右の頭は唸り声を上げて牙を剥き出す。
左の頭は不気味に笑いながら涎を垂らしていた。
三つの頭が同時に呼吸を吐くたび、炎のような熱気が地面を焦がし、空気を揺らす。
「なんだこりゃ?! 頭が3つ?!」
異形の魔物にイロハも驚く。
「これは知ってるぞ。地獄の番犬、ケルベロスってやつだろ!」
「ケルベロス!?」
姫はこの魔物を知らなかったようだ。
頭が3つってことは、脳みそも3つってことか。
どうやって身体を動かしているんだろうな。
戦闘より、敵の身体の構造のことを考えていると、魔法の青い光が走った。
「圧縮光弾! 我が敵を撃て!」
光る線のような魔法が敵に向かったのだが――黒い毛皮に到着した瞬間に青い粒子になって散り散りになった。
「攻撃魔法への耐性か!」
姫の言うとおりだとすると、物理攻撃ということになるが――。
「いやぁぁぁ!」「うりゃぁぁぁ!」
姫とイロハが突進して両脇から攻撃をかけた。
「サナさん、ファイヤーボールで援護を」「はい!」
「「憤怒の炎!」」
ダンジョンの四方の壁が、青い光からオレンジ色に変わる。
素材としての毛皮の価値はなくなるが、炎系の魔法は、魔物に有効なことが多い。
光弾の魔法が弾かれたので、切り替えたのだろう。
さすが、戦闘豊富なカオルコだが、あの魔物は魔法への耐性があるから、こいつも通じるかどうか……。
魔法によって生み出された火の玉が、次々と魔物に撃ち込まれる。
炎は弾けると、再び青い魔法の粒子になって、放物線を描いて落下していく。
火を点けることもできないらしい。
魔法の攻撃の合間を塗って、2人の鋭い斬撃が、敵の毛皮を切りつけたのだが――ダメージが入っているように見えない。
「硬ぇ!」「うぬ!」
イロハが剣の刃を確認している。
どうやら、毛皮が硬くて、刃が通らないようだ。
「手伝うか?」
テツオが、助っ人をスタンバっている。
「ちょっと待っててくれ」
「オッケー」
俺も大リーグボールかミサイルを使うか?
それとも、魔石爆弾?
いや、それだと、また倒してしまうかもしれん。
剣が通らないのは、毛が硬いせいだろう。
ヒグマの毛皮も、斬りつけると刃が丸くなるぐらい硬い。
槍や矢のような刺突ならいけるはず。
正直、かなり危険な階層なので、そんなことを言っている場合ではないのだが、彼女たちのレベルアップも重要だ。
それをクリアできないと、いつまでたっても苦しいままだし。
「少しでもダメージを入れる方向で……」
俺は、アイテムBOXから剣を取り出すと、天井に切っ先を向けた。
「ダーリン!」
「いったん下がってくれ!」
「わかったぜ!」
姫とイロハが、魔物から離れた。
「必殺! 南無サンダー!」
俺の剣から放たれた雷撃が、青白い光を連ねながら唸りを上げ、黒き魔物へと向かう。
巨大な体躯に、三つの頭を持つ異形は、雷の連鎖に絡め取られ、暗闇を裂く稲妻に包まれた。
「「「ギャァァァン!」」」
鋭い雷光がその黒い毛皮を焼き、火花が飛び散るたびに、三つの喉から絶叫にも似た咆哮がほとばしる。
雷撃は絶え間なく連なり、まるで意志を持ったかのように、頭から頭へ、首から胴へと流れ撃ち、魔物の体を貫き続けた。
光弾や火球は弾いていたが、この魔法にはそれなりにダメージを食らっているようだ。
魔法への耐性といっても、完全耐性ではないらしい。
黒い毛皮が焦げ、白い煙を上げている。
タンパク質が焼けるにおいがするので、あの毛皮もタンパク質でできているのかもしれない。
「おお! すげぇ! ダイスケも魔法が使えたのか?!」
「この剣にエンチャントされた力だ」
「今のは、チェインライトニングだな」
俺とテツオの会話を遮るように、魔法が撃ち出された。
「圧縮光弾! 我が敵を撃て!」
サナが放った魔法の閃光は一筋の線になって魔物の頭部へと突き刺さった。
鈍い音と共にその頭蓋骨は内側から破裂し、骨の破片が鋭い刃のように四方へ飛び散る。
黒い毛皮から想像もできないような首の白い肉が露わになり、それを覆い隠すように、赤い液体が大量に噴き出した。
赤黒い脳漿が空中に霧のように広がり、魔物の巨大な体は、バランスを崩してぐらりぐらりと揺れている。
3つの頭の内、一つがなくなったので、バランスを崩しているのかもしれない。
「やったな!」
攻撃の成功に、テツオが叫んだ。
「急所にあたったのか、それともクリティカルか?!」
以前にもこんなことがあったな。
そんなことよりも――。
「姫! 肉が露出している部分なら、剣が通るんじゃないのか?!」
「そうか! いやぁぁぁぁ!」
彼女が剣を構えて、魔物に向かって突撃した。
残っている頭からの攻撃を華麗なステップを使って潜り抜けると、剣を水平にスイング――魔物の首の肉が、刺し身の短冊のように切れる。
「「ギャイン! ギャイン!」」
残った2つの魔物の首が、低い犬のような悲鳴を上げた。
「うわ、痛そう……」
相手は魔物なのに、俺の頭には間抜けな感想しか浮かばない。
「おもしれぇ! ぬおりゃぁぁぁ!」
姫が切った場所を狙い、今度はイロハが剣を垂直に振ると、切っ先が通った道筋が縦に切れる。
そのまま勢い余って胴体まで切り傷が届き、大量の体液が噴き出した。
「「グルル……」」
魔物はかなりの大ダメージを食らったようで、今にも倒れそうだ。
切れた首の残骸が、ぶらぶらと身体から垂れ下がっている。
「トドメだあぁぁ! おらぁぁぁ!」
なにを思ったか、剣を構えたイロハが、魔物の身体の中に切り込んだ。
「オガぁ!」「イロハ!」
俺と姫の声が、奇跡のように一つに重なった瞬間。
空気がびりつく。
なにかが炸裂する音と共に、魔物の巨体が痙攣し、身体の内側からまるで破裂したかのように赤黒い液体が噴き出した。
天井に届かんばかりの血の柱を作ると、血飛沫が熱を帯びて降り注ぎ、俺たちの所に届く。
頬についた血を拭う――勝利の手応えだ。
「「ギャァァァン!」」
魔物の呻き声が、地の底から響く咆哮となり、ダンジョンを震わせた。
断末魔の叫びとともに、ボロボロになった黒い巨躯が床に倒れ込む。
その肉の塊の中から、体液まみれになった人影が這い出てきた。
イロハだ。
あまりに凄すぎて、撮影を止めるのを忘れていた。
「オガ! 無茶しすぎだろ!」
「ははは!」
姫の言葉に悪びれることもなく、高らかに笑った瞬間――イロハの身体が光った。
レベルアップだ。
「くそ! めちゃくちゃなオガに、獲物を取られてしまった」
姫が悔しがっている。
さすがに、彼女はああいう戦いかたはしないだろうし。
イロハがレベルアップ中、他の魔物が湧かないか、辺りを警戒する。
少々待つと、レベルアップが無事に終了したようだ。
「ダーリン!」
「レベルアップ、よかったな……」
イロハが駆け寄ってくると、いきなり俺を抱き上げてキスをしてきた。
「こらぁ! オガぁ!」
姫の怒号もなんのその。
「ハァハァ……ここで素っ裸になって、ダーリンに突いてもらいてぇ!」
「なにを? ははは」
かなりの強敵と戦って勝利――レベルアップもしたことで、彼女は少々興奮気味のようだ。
「そんなに突いて欲しいなら、私が剣で突いてやるぞ!」
「おもしれぇ、やってみろ!」
姫とイロハが剣を構えて、ジリジリと睨み合っている。
「こらこら、喧嘩するんじゃない」
「ダーリン! どっちの味方なんだ!」
「もちろん、姫だけどさ」
そのとき、不意に背後から鋭い殺気が漂ってきた。
肌に粟が立つ。
理性ではわかっていた——相手はイロハだ。
それでも、本能が警鐘を鳴らした。
体が勝手に動くと、重そうな攻撃を躱して、彼女の下腹にパンチを入れてしまう。
「おお! おぅ!」
イロハが身体を丸めて、プルプル震えている。
「悪い! ……いきなり攻撃してくるからだぞ。それに、本気だったろ?」
「……まだダーリンには、全然届いてないのか……」
「大丈夫か? とっさに加減はしたつもりだったが……」
「少し、漏らした……」
「よし、お姫様抱っこだな」
「ひゃぁぁぁ!」
俺は彼女のでかい身体を抱え上げた。
普通なら、こんな身体をお姫様抱っこなんて無理だろうが、今の俺なら余裕だ。
「ダーリン! そんなやつは放り投げろ!」
「姫、そんなことより――そろそろキャンプの場所を探さないとな」
「う……そ、それはそうだが……」
「あたいは、このままでもいいけどなぁ……」
「ダイスケさん! イロハさんのあとで、私もお姫様抱っこしてください!」
突然の、サナからのリクエストだ。
「お前ら! 私のダーリンだぞ!」
「なんだダイスケ、モテモテだな、わはは!」
「そうなんだよ。このオッサンのどこがいいのか、しらんけど」
まぁ、女の子のキャッキャウフフより、キャンプ場所を探さないとな。




