112話 自在に姿を変えられる
街で、黒くてデカい鳥に乗って降りてきた男と知り合う。
彼は自分を使徒――神の使いと自称して、ダンジョン由来ではない、見たこともない力を使う。
それが魔法なのか、なんなのか解らん。
もし魔法なら、ダンジョン7層攻略のヒントになるかもしれん。
俺は男と取引をすることにした。
彼とその仲間の衣食住を保証する代わりに、持っている情報を提供してもらう。
嘘か本当か解らないが、男は異世界からやって来たと言う。
そんな話、俺だって半信半疑なのだが、彼の不思議な力やサナが授かった力といい、色々と辻褄が合う。
男が使徒をやっている神さまの信徒になれば、身体に黒い模様が浮かび、色々な能力がもらえるらしい。
俺が話す前に、サナが聖女の力を持っているのを知っていたし。
どこから聞こえてきたのか不明なのだが、謎の声も聞いた。
男の能力にも興味があるが、異世界から来たというのが本当なら、俺たちが持っていない貴重な情報も沢山持っているはず。
俺は男をホテルに招き、宿泊代を奢ることにした。
なぁに、金なら持っている。
情報は武器だ。
数億円使ったとしても、未知の情報が手に入るなら安いものだ。
とりあえず俺は、彼がシャザームと呼んでいる黒い触手がなんなのか、聞くことにした。
「その黒い触手は? 魔法なのか?」
「これか? これは――そうだなぁ。一応、生き物ってことになるのか」
彼も返答に困っているように見える。
「生き物なのか?」
「ああ、子どもぐらいの知能はあるし、色々なものに変身できる」
「確かに、鳥の姿になっていたな。鳥になると空を飛べるのか?」
「空を飛んでいたのは、俺の黒い穴の力だな」
サナも言っていたが、彼の前には黒い穴があるという。
黒い触手もそこから出てきているようだ。
「穴は見えないんだが、本当にあるのか?」
「イザルの信徒になると見えるようになるぞ」
彼――テツオが穴の能力を見せるという。
俺のアイテムBOXから、鉄筋を出した。
「鉄か――ちょうどいい」
テツオが鉄筋を振ると、中間辺りで両断されて絨毯の上に落ちた。
「切れた?!」
「切断の魔法ではないのですか?」
食器を並べたカオルコが、興味深そうに鉄筋の切断面を見ている。
俺は、皿にご飯を盛るとカレーをかけた。
「違う――穴の真上だと中に吸い込まれて、縁に触れると切れるんだ」
アニメやら漫画で出てくる次元斬のように、どんなものでも両断するという。
「それって、目には見えないし、ほぼ無敵なんじゃ」
「まぁな。穴に死体を放り込めば、証拠も残らんし」
テツオが、残った鉄筋を穴に放り込むと、そのまま消えた。
彼の言うことが本当なら、どこかに吸い込まれたのだろう。
どこに行くのかは不明だと言う。
「凶悪すぎる……」
「こいつを使い、神の尖兵として殺して殺して殺しまくったわけだ――ははは!」
「とりあえず、カレーを食ってくれ」
「お! こいつは、かっちけねぇ」
腹が減っていたのか、テツオがスプーンで掬ったカレーを口に放り込んだ。
一緒にやって来た女子高生も、黙々と食べている。
いい所のお嬢様っぽいのでカレーは心配だったのだが、不味そうな顔はしてないので、大丈夫なのだろう。
「口に合うかな?」
「まともなカレーは久しぶりだからなぁ、ははは! 美味いぜ!」
「まともじゃないカレーってのはあるのか?」
「俺が住んでいた異世界では、異次元につながっている門があって、そこでこちらの世界のものを拾えたりするんだ」
また、とんでもないことを言い出した。
「つまり、こちらと異世界はつながっていると……?」
「まぁ、実際に俺が行ったり来たりしているから、神さまには可能なんだろうな」
「それじゃ、ダンジョンもどこかの世界につながっているかもしれない……とか?」
「その可能性はあるかもな」
「ダーリン、話が見えないのだが……」
姫がスプーンを咥えている。
「ああ、悪い――ありていに言うと、テツオは異世界からやって来たらしいんだ」
「ダーリン……ダーリンのことは信じたいのだが、それはあまりにちょっと……」
どうも、姫はイマイチ信じていないらしい。
「ども、テツオです。ワタシ、異世界カラ、ヤテキタアルヨ」
「なんで、突然カタコトなんだよ」
「ははは、それっぽいかなと思って」
「……異世界では、別の言葉で会話しているのですか?」
カオルコは、ちょっと興味ありそうだ。
「俺たちみたいな人間――只人が話しているのが共通語。エルフが話しているのはエルフ語、あと獣人語と、リザードマン語をたまに見かけるかな」
「そんなに言語があるのか?」
テツオの話に、姫もまだ半信半疑だが……。
「まぁな」
「彼は、神さまからゲットした能力で、すべての言語を話せるらしい」
「神さま?」
彼女の顔がまた曇り、明らかに胡散くさそうな顔だ。
まぁ、そりゃそうだ。
俺だってそう思うし。
「この加護にはかなり助けられたから、神さまには感謝している」
「Are you really able to speak all languages?」(本当に全部の言語が話せるのですか?)
「I know I'm right to be skeptical, but it's true.」(疑問は当然だが、本当だよ)
「Il est difficile de le croire, mais ......」(信じられないですが……)
「Bien sûr.」(まぁ、当然だな)
テツオとカオルコが、英語となにか他の言語で、ペラペラと話している。
多分、フランス語だとは思うが。
「すごいな! 本当に話せるんだな」
「もちのろんよ、ははは!」
試しに、動画サイトにあった、スワヒリ語の会話を聞かせてみた。
「この地域は、低い窪地のようになっており、そこにできた池に沢山の動物が集まってきます――だろ?」
「おお、合ってる!」
「はは、あたりきしゃりきのあたぼうよ!」
カレーを食べつつ、彼から異世界の話を聞く。
俺が想像していたような、剣と魔法のファンタジー世界のようだ。
「憧れはあるけど――行きたくはないかな? だって、不便だろ?」
「ああ、それはそうだな。ネットもなにもないし。モラルもクソもない、やったもんがちの世界だ」
「観光旅行みたいな感じなら楽しいだろうが、暮らすとなるとなぁ……」
「それでも、住めば都なんだがな……」
「それなりに楽しいこともあると――」
「そういうことだな」
さっき聞いたように――彼がいた世界には、神さまが作った門というものがあり、そこから様々なものが発掘されるという。
「どういったものが発掘されるんだ?」
「人気の品は、ガラスやプラスチックだな」
「プラスチック? そんなものが出るのか?」
「門がある所には、商人が沢山集まって街ができたりする」
「へ~、それじゃ、鉱山みたいな使われかたをしているのか」
それを考えると、特区にあるダンジョンも東京の鉱山として機能している。
似たようなものか。
「そうそう、本も出てくるんだが、今まで解読できなかったものを、俺と魔導師の研究チームが解読した」
彼は、異世界でもかなりの地位にいる人間らしい。
まぁ、神の使いらしいからな。
魔法についても聞いてみるが、ダンジョンの中で使える魔法とさほど違わないようだ。
「なにか珍しいものを持ってないか?」
「この世界に、存在していないものとか?」
「たとえば、魔法のアイテムとか……」
「これこれ」
彼が一番最初に出した、袋を掲げた。
袋には綺麗な刺繍が施されている。
「それは?」
「これは――」
彼が袋に手を突っ込むと、テーブルの上にランプらしきものが出てきた。
金属製の傘に、ガラスの円筒――燃料ランプではないようだが……それよりも!
「え?! アイテムBOX?!」
「これは、魔法の袋だよ」
魔法の袋、マジックバッグ、キター!
目の前に現れたそのアイテムを見た瞬間、胸の奥から湧き上がるような興奮が全身を駆け巡った。
まるで幼い頃から憧れだったおもちゃを、やっと手にしたときのように心が弾む。
「魔法の袋ってことは、誰でも使えるのか?!」
「ああ」
「売ってくれ!」
俺より先に、姫が立ち上がった。
ここに来て、テツオが異世界からやって来たと、信じたらしい。
「いやいや、姫。これはグループに売ったほうが金になるぞ? 世界が変わる!」
「う!?」
「そうか、この世界には魔法の袋がないのか。そりゃ、世界が変わるかもしれんなぁ」
「その袋は、特別なものなのか?」
「いやこれは、よくある汎用品だ。もうちょっと高いものは、入れた人にしか取り出せないような制限がかかっている」
そんな機能はなくても、限られた空間にものを押し込める――というだけで、天地がひっくり返る。
「俺の知り合いに大企業がいる。そこに売れば、大金が入ってくるぞ? とりあえずの活動資金もゲットできるし、そこなら国民カードもなんとかできるかもしれん」
「金は大していらんが、国民カードはあったほうがいいかもしれんな~」
「はい、多分大丈夫だと」
カオルコが魔法の袋を見つめながら頷いた。
八重樫グループなら国民カードぐらいはなんとかなるのか。
「国に売ったほうが確実だとは思うが――やっぱり、八重樫グループのほうが交渉できるだろう。カコもいるしな」
「む~……」
姫が不満げな顔をしている。
出奔した実家の世話になりたくないのだろうが。
とりあえず、姫が魔法の袋を試してみることに。
「あまり変なものを取り出さないでくれよ、ははは」
「変なもの?」
彼女が警戒している。
「汎用の袋だから、大事なものは入ってないとは思うが……」
「なにか機械のようなものがあるが……はっ!」
彼女が取り出したのは、平らな板状のアイテム。
上になにか模様が刻まれている。
「あ~、それは魔導コンロだな」
「え?! コンロ?! もしかして魔法のコンロか?!」
「そうそう、横に魔石を嵌めると加熱が始まる。魔石はあるかい?」
俺のアイテムBOXから小さな魔石を取り出して、彼に渡す。
テツオがそれを握りしめると、黒い魔石の中に徐々に青い光が輝き出した。
「それは魔力を入れているのか?」
「そうそう」
「そうやって魔石に魔力を込められるのも、最近知ったばかりなんだよ」
「魔石に蓄えられた魔力を使って、魔法を起動できるのを、知ってるか?」
「それってどうやるんですか?!」
今度はカオルコが立ち上がった。
「俺も魔力はあるが、魔法じたいは使えないから、実際にどうやるかは解らんのよ」
「そ、そうなんですか……でも、その方法はあると」
「ああ、魔導師たちがデカい魔法を使うときには、補助に使っていたからな」
「なるほど……そういう使い方が……それが可能なら……」
カオルコがブツブツ呟いているのを横目に、テツオがコンロという機械の横に魔石を嵌めた。
「すごい! 本当に温かくなってきたぞ!」
姫は魔法で動くコンロに感動している。
「方式は色々とあるんだが――こいつは、石を嵌める位置で火力の調整ができる」
「こりゃ、すごいぞ! これで魔石の使い道が増えるし、買い取り値段も上がるぞ」
「ここじゃ、魔石は半導体代わりに使ってるんだっけ?」
「そうなんだよ。小さなクズ石の使い道がなくてな。これってダンジョンの中で使えると思うか?」
「ダンジョンの中って、電子機器が一切だめなんだっけ?」
「そうなんだよ」
「俺がいた世界には、電気がなかったからなぁ。それが普通だったし……こいつは魔法の力だけしか使わないから、動くと思うが……」
「実際に使ってみないと解らないということか――そのランプもそうなのか?」
彼が最初に出したランプのことも聞いてみた。
「こいつも魔石で動くランプだよ」
彼がコンロから魔石を取り出すと、ランプの底の蓋を開けて中に放り込んだ。
すると、ガラスの管の中が明るく輝き出す。
「こりゃすごい! 光よ!の魔法が要らないじゃないか!」
「魔法が節約できますから、助かりますよね」
カオルコの言うとおり、魔力がギリギリのときに魔法を使わなくても明かりを使えるのはいい。
余裕があるときに、魔石に魔力を溜めておけばいいわけだからな。
「これも売れるぞ!」
「そうかぁ、こういうのも金になるんだなぁ。でも、俺が日本の金をもらっても、しゃーないし……」
「確かに、異世界じゃ電子マネーもらっても使い道がないよな」
「それなら、地金で払ってもらえばいい」
姫の提案だが、そのとおりだ。
異世界でも、金とか銀は価値のあるものなのだろう。
「確かに、そうだな……異世界で使っているのも金貨や銀貨だし……」
「宝石などもいいと思いますよ」
「地球の宝飾品みたいな高度なカット技術などは?」
「あまり宝石などは見たことがないが、貴族が持っている宝石なども、普通の玉だったりするし、いいかもしれねぇ」
「太陽電池などを持ち込んだら、異世界で家電を使えたりしないか?」
「おお! そいつはおもしれぇ! そう考えると、ランプとコンロを売ってもいいな」
「ちょっと待て、ダーリン!」
「え? どうした?」
「話が進んでいるが、この男が仕組んだ、高度な詐欺の可能性もある!」
「黒いシャザームとか、どうみてもインチキには見えないだろ?」
「た、たしかにそうだが……」
「シャザームって他になにかできないのか?」
俺の提案に、テツオが少々悩んでいる。
まぁ、姫に信じてもらえなくても、彼は困らないはずだし。
「う~ん? シャザームが鳥に変身したのは見ただろ?」
「ああ、空を飛んでいたな」
「それじゃ、馬に変身させてみるか。彼女は得意なんだよ」
異世界では馬が多いから、馬に変身することが多いと言う。
「シャザームは、女性なのか?」
「いや、性別はないが、いつの間にか彼女呼びになっていたな。ははは」
彼の前から漆黒の触手が、ニュルニュルと蠢きながら這い出してくる。
ゆっくりとうねり、まるで意思を持つかのように絡み合いながら形を変えていく。
やがて、触手のうねりは収束し、しなやかでありながらも圧倒的な筋肉を持つ四肢へと変化する。
黒曜石のように艶めく体表が形を整え、厚く発達した胸筋や力強い肩の輪郭が浮かび上がる。
足元には大地を踏みしめるための太く逞しい艷やかな蹄が形成され、長くなびく黒い尾が、まるで生き物のように揺れ動く。
その頭部が最後に形をなすと、鋭く光る黒い瞳が開き、ギロリと辺りを見回す。
カチャリ、カチャリと金属の擦れる音が響き、次々と馬具が姿を現す。
しなやかな黒革の鞍が背にぴたりと吸い付くように装着されると、銀細工の美しい手綱と轡が宙を舞いながら馬の口元に収まり、鎖のついた頑丈な鐙が定位置に固定される。
胴を覆う精巧な胸当てが装着されると、まるで戦場の王者のごとき威厳を放つ。
普通の馬と違うところは、鼻息が荒くないところか。
それににおいもしない。
「おおお~っ! すげぇ、本物の馬っぽいぞ!」
「最初は、だいぶ形が怪しかったんだが、歩きかたも怪しかったし。変身を繰り返しているうちに、上手く変身できるようになった」
「本当に近くまでこないと解らないな?」
「そうだろ? 人型にもなれるぞ――シャザーム」
漆黒の馬が堂々と立ち尽くしていたその瞬間――その巨躯がふいに揺らぎ、波紋のように歪んだ。
馬のたくましい四肢がニュルリと溶け、艶やかな黒い液体となって流れ落ちる。
筋骨隆々だった胴体は徐々に引き締まり、馬の頭部だった部分が滑らかに変形しながら、丸みを帯びた人間の顔へと変化していく。
細くしなやかな指が黒い粘液の中から生まれた。
やがて、全身が完全に人間の女性の形を取り、黒い流体が体に吸い込まれるようにして収束すると、その姿が露わになった。
豊満な胸がたわわに実り、なめらかに引き締まった腰がしゅるりと細くなる。
そこから繋がる腰回りは力強くも女性らしく膨らみ、しっかりとした肉付きが官能的なシルエットを描いていた。
俺たちが驚いていると、テツオの前から、シュルシュルと何かが這い出してくる。
緑色の布が蛇のように滑らかに動きながら宙を舞い、彼女の裸体に絡みつく。
布は彼女の体を包み込み、しっとりとしたローブへと形を変えると腰のあたりで布が絡まり、たるむことなく体にぴたりと密着する。
長くしなやかな腕の周囲を纏う袖はゆるやかに広がり、足元には流れるような裾が形作られ――最後に、頭上からするりとフードが降りてきて、彼女の艶やかな黒髪を隠すように被さった。
「これまたすげーっ!」
「どうだ? 顔を隠すと、人間と区別がつかないだろ?」
「ああ、本当に人間に見えるな」
マジマジと覗き込むと、明らかに違うのは解るのだが。
眼球用のガラス玉を使ったり、入れ歯まで使えばさらに人間に近くなるというが、そこまでする必要もないのだろう。
俺たちが驚いていると、女性の形に変わったシャザームが、テツオに抱きついた。
「俺の家族を見ているから、人間の形になると、こういうことも真似してくるんだよ」
「懐いているわけじゃないのか?」
「いや、懐いているのは、そうなんだが……」
彼が、シャザームの頭をなでなですると、彼女も嬉しそうな仕草をしている。
子どもぐらいの知能はあると言っていたから、感情もあるのかもしれないな。
「身体の大きさも自由自在なんだろ?」
「ああ、男にもなれるし、子どもにもなれる。胸の大きさなんかも自由自在だぞ? ははは!」
彼が、シャザームの胸を爆乳にして見せると、ローブがはち切れそうになっている。
「こんなことをできるなら、もう詐欺じゃないだろ? 姫?」
「むむむ……」
「それじゃ、手っ取り早く、ダンジョンに行って、コンロとランプを試してこよう」
「よし! それがいい!」
彼女もはっきりとさせたいようだ。
「テツオ、それでいいかい?」
「もちろん。神さまの目的も、あのダンジョンにあるようだから、とりあえず行ってみないとな」
「その神さまというのも本当なのか?」
姫も異世界は信じたようだが、神さまはまだ怪しんでいる。
「サナのゲットした、ダンジョン由来じゃない力があるじゃないか」
「ああ、ダンジョンから離れても魔法が使えるというアレか」
「どうやら、テツオの神さまから与えられたものみたいだよ」
「……」
彼女が変な顔になっている。
そこまでは信じられないということなのかもしれない。
「まぁ、信じてもらえなくても、俺は神さまからの仕事をこなして、家に帰るだけだし」
「日本に戻りたくはないのか?」
「ああ、異世界には家族もいるしな」
「そうか」
姫は信じてなくても、魔石のランプとコンロは使える。
研究して実用化できれば、この世界が変わるかもしれない。
いや、確実に変わるだろう。
パラダイムシフトってやつだ。
早速、ダンジョンに行って、使えるか試してみることになった。
使えなけりゃ、元の木阿弥だが、彼が持っている力で7層の攻略はできる。
それだけでも、テツオを援助するメリットは大きいだろう。
「アオイはどうする?」
テツオが、黙って話を聞いていた女子高生に話しかけた。
「私もダンジョンに行きます」
「冒険者ってのに、なるつもりか?」
「親の決めたレールじゃなくて、自分でもなにかやってみたいんです」
それを聞いた姫が、手を叩いた。
「それはいいことだぞ! 私もそうだったしな!」
「はい! ありがとうございます」
「鋼の精神がいると思うし、大変だがなぁ……」
オッサンとしては、あまりオススメはできない。
「俺なら、スネがぶっとい親がいるのに、しゃぶらんでどうする? って思うんだが、ははは!」
どうやら、俺とテツオは似たような考えらしい。
最初から銀の匙を持って生まれると、そういう悩みもあるってことか。
会話はここらへんにして、ダンジョンに向かうことになった。
皆でホテルの通路に出る。
「出かけるんですか?!」
「出かけるっすか?!」
サナと、テツオのところのチンピラが同時に出てきた。
「そういえば、彼の名前は?」
いつまでも、チンピラじゃまずいだろ。
「どうでもいいが――国民カードにはイチローって書いてあったような」
「ひでぇっすよ!」
「これからダンジョンに行くんだが、お前も行くか?」
テツオがイチローにも話している。
「もう、冒険者になるしかなさそうっすから、俺も行きますよ」
「特区にいれば、反社も手出しできないみたいだしな」
「よく解りませんが、ダンジョンですか?! 私も行きます!」
サナが手を挙げた。
「む!」
また、サナと姫が睨み合っている。
とりあえず、ランプとコンロが使えるかどうか調べないとな。
なにせ、本当に世界がひっくり返るかもしれないし。




