107話 我が前にひれ伏せ!
ダンジョン7層への攻略は止まっているし、金が貯まるばかりで使い道がない。
ある日、イロハを主人公にして映画を撮ったら、面白そう――ということで、計画がスタートした。
幸い、動画サイトにアップしている素材の編集をしているクアドリフォリオさんは、映画関係者。
彼女の伝を使って、スタッフを集めることにした。
俺は、映画に使う動画の素材を集めるために、関係者を集めてダンジョンに潜る。
その中で、サナが覚えたという退魔を試してもらったのだが、凄まじい威力だった。
気になるのは、彼女の魔法で倒されたリッチという高位のアンデッドが、「聖女」という単語を口にしたことだ。
ターンアンデッドを使えるサナは、聖女というクラスになったのか?
ステータスには、クラスという項目がないので、イマイチ解らない。
ネットで探しても、ターンアンデッドを使えるという魔導師はいないようだ。
もっとも、そこまでレベルが上がってる冒険者がいないということなのだろうけど。
そこまで到達する冒険者がでてくれば、「聖女」という存在が他にも出てくるのだろうか。
動画の素材を取り終えた俺たちは、地上に戻った。
――ダンジョンから出た次の日。
素材を渡すためにクアドリフォリオさんに、ホテルに来てもらう。
俺とカオルコで撮った分で、かなりの量がある。
とても、ネットでは送れない。
動画をチェックしてみたが、やっぱり一眼カメラで撮った画像は綺麗だな。
それに、画像センサーもデカいから、暗所性能が桁違いだ。
多少暗くても、しっかりと細部まで映っている。
ノイズリダクションがかかっているのだろうが、ディテールが潰れることもない。
さすが、高いカメラは違う。
全部のデータを集めると、とりあえずHDDに入れて、バックアップも取った。
バックアップは基本だ。
廊下に出ると、ミオちゃんに会った。
1人で廊下で遊んでいたらしい。
端末を持っていたので、ネットを見ていたのかもな。
さすがに、ホテルには友だちを呼んだりはできないか。
まぁ、俺たちは呼んだりしているが。
「ミオちゃん、こんにちは」
「ダイスケ、どこに行くの?」
「下のロビーだよ」
「ミオも行く!」
「仕事なんだけどな~」
「う~」
どうも、暇をしていたらしい。
「静かにできるかい?」
「うん!」
仕方なく、彼女も連れていく。
マジで仕事ならヤバいが、クアドリフォリオさんなら理解を示してくれるだろう。
「ミオちゃん、スマホ買ってもらったんだ」
「うん!」
まぁ、金はあるだろうしな。
今はスマホがないと、マジでなにもできないし。
「変なサイトを覗いちゃ駄目だぞ、ははは」
「お姉ちゃんが、店の人に言ってプロテクトをかけたけど、そんなのすぐに外しちゃった」
「ええ?」
さすが――こういうのは子どものほうが順応性が高い。
あっという間に、色々なことを吸収して実践してしまう。
「う~ん、危ない所にアクセスしたりとか、詐欺に引っかからないようにな。あ、詐欺って解る?」
「大丈夫! 詐欺って、嘘を言ってくる悪い人でしょ?」
「そうそう。気をつけてな」
「うん」
話を聞くと、子どもたちだけのネットワークができて、情報のやり取りをしているらしい。
「桜姫のお隣に住んでいるとか言ったら、うらやましがられないかい?」
「言ってない」
コレはちょっと驚きだ。
子どもなら、自慢しそうなものだが……。
「秘密にしているんだ」
「うん、桜姫に会いたいとか、写真が欲しいとか、そういう子が集まってくるから」
「あ~な~、ミオちゃん解ってるなぁ~賢いな~」
彼女の頭をナデナデしてやる。
「うん、お姉ちゃんがダンジョンでパーティを組んだってのは言ったけど」
「へ~――ミオちゃんのお姉ちゃんだって、桜姫と並ぶぐらい凄いんだぞ?」
「キララちゃんに聞いた」
「キララはちゃんとやってるか? サボってないか?」
「頑張ってるよ!」
「ミオちゃん、キララの見張りをお願いな~」
「うん!」
などと話していると、ロビーに到着した。
「おまたせいたしました」
クアドリフォリオさんだけかと思ったら、監督さんもソファーに座っていた。
「いいえ、今来たところです」「こんにちは~」
2人が立ち上がって礼をした。
「こいつを渡すだけですが、ちょっとお茶でも。お話したいこともありますし」
「承知いたしました」
彼女たちが、ミオを気にしている。
「申し訳ない。知り合いの子どもなのですが、ついて来てしまって」
「ああ、そうなんですね」
「ははは――まぁ、私の歳なら、このぐらいの歳の子どもがいてもおかしくないでしょうが」
「驚きました。丹羽さんって、生活感がない方だったので……」
監督さんからは、そう見えたのか。
クアドリフォリオさんも、同じことを思ったらしい。
「ええ? そう? 田舎に帰ったら、畑仕事している普通のオッサンなんだけどなぁ……あはは」
ここで話をしても仕方ない。
カフェに移動して、俺はいつものようにパフェを注文。
ミオもパフェにしたが、女性陣はコーヒーとケーキを頼んだ。
まぁ、俺の経費だし。
「美味しい~!」
ミオがアイスを食べてご満悦だ。
「俺とおそろいだな」
「うん!」
「俺の動画に胸の大きい子が出てくることがあるじゃないですか。メガネをかけてないほう……」
「あ、はい」
クアドリフォリオさんは、動画の編集をしているから、見ているはずだ。
「その子の妹さんね」
「そうなんですね! そう言われれば、似ているかも……」
ミオと最初にあったときには、痩せて倒れそうだったのだが、今は健康そのもの。
ちょっとふっくらとしてきたら、やっぱりサナと似てきた。
そのうち、胸も大きくなるのかもしれない。
「とりあえず、ダンジョンの中で色々と撮ってきました。使えるものは使ってください」
「ダンジョンって危険なのに、ありがとうございます」
監督さんが頭を下げた。
「多分、世界で初めて使った魔法を使うシーンもあるよ」
「本当ですか?!」
「まぁ、CGと合成で作れないこともないと思うけど……」
「いいえ、コンセプトは冒険者が出る映画――なんですから、冒険者から見ても納得できるものにしたいですねぇ」
「私の最初の目的も、冒険者のオガさんを主人公にしたくて立ち上げた企画ですしね~。彼女や、姫――いや桜姫のファンも沢山観ると思いますよ」
「そのとおりですから、それに応えられるようなものを作らないと――という、プレッシャーがすごいです」
「まぁ、監督さんなら大丈夫ですよ」
ダンジョン以外の普段のシーンなどは、スタジオで撮るようだ。
映画のメイキング動画などで見る、ブルーの背景を使った撮影だろう。
果たして、あの2人が演技できるだろうか?
素人くさいのが、リアルといえばリアルだろうが。
データを渡し、世間話をして監督さんたちは帰っていった。
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――それから半年、映画の撮影が続いた。
イロハとエイトの地上での撮影も行われて、俺も姫と見学したりした。
カオルコとサナ、姉の晴れ姿を見学しにやってきたイロハの妹――カガリの姿もある。
映画スタジオの中に足を踏み入れると、まず目に入るのは広々とした撮影ステージ。
天井は高く、5メートル以上の吹き抜けになっていて、巨大な照明リグが蜘蛛の巣のよう。
ライトが熱を帯びて微かに唸りを上げ、空気には機材の金属とわずかなオイルの匂いが漂っている。
ステージの一角には、鮮やかで均一なブルーが広がっている。
巨大なブルースクリーンが、皺ひとつなくピンと張られていた。
その前で、慣れない様子のイロハとエイトがギクシャクした演技をしている。
イロハの装備は、いつものダンジョンで使っているものと同じもの。
エイトは、この前ゲットした乳暖簾装備をちょっと加工したものを使っているようだ。
まぁ、ここはダンジョンじゃないので、機能的に下がっても問題ないだろう。
それよりも、アクションなどがあるから、動きやすいほうが重要だ。
スクリーン前には、カメラが精密なレールに乗ってセットの端から端まで滑らかに移動できるようになっている。
複数のカメラが配置され、クレーンに吊るされたアームカメラがゆっくりと空中を移動し、俯瞰ショットを狙っていた。
周囲ではスタッフが忙しく動き回り、ヘッドセットを使って指示を出し合っている。
照明担当はシーンに合わせた光の色温度を微調整し、ブルースクリーンに不要な影が落ちないよう気を配る。
VFX(視覚効果)の担当者が、ノートパソコンに映るリアルタイム合成の映像を確認しながら、グリーンのマーカーを配置しているようだ。
「本格的な映画ってのは、ものすごく沢山のスタッフが必要なんだなぁ……」
予算は10億円渡してあるが、もしかして足りないんじゃないのか?
「すごいですね~」
一緒に見学をしているサナも、高い天井を見上げている。
スクリーンの前には、実際の撮影用オブジェクトが並ぶ。
埃を被ったアンティークなテーブル、風景を模した岩のレプリカ。
ファンが唸りを上げているが、風を作り出して演技者の髪や服をなびかせるために使われているようだ。
アクションシーン用にワイヤーを吊るすためのリグも設置されているのだが、イロハが空を飛んだりするのだろうか?
中央には俳優が立つ指定のマークが床に目立たないように置かれていた。
イロハとエイトがブルースクリーンの向こうに広がる架空の世界を想像しながら、目の前に存在しないものに向かってリアクションを取っている。
さすがに、存在しないもの相手に演技をするのは、苦労している様子。
セットの端には、監督が座るためのモニタリングエリアが設けられており、クアドリフォリオさんが映像のチェックを真剣な眼差しで行っている。
監督は脚本を片手に、演技とカメラワークを細かくチェックしながら、「カット!」と叫ぶ準備をしていた。
若い監督にもかかわらず、上手くスタッフたちをまとめている様子が、窺える。
「くくく……」
イロハの様子を見て笑っているのは、姫だ。
なにもない所に向かって会話したり演技をするというのは、かなり難しい。
俳優ってのはすごいもんだ――と、改めて思う。
「こらぁ! 桜姫! てめぇもやってみろ!」
イロハが剣を振り回して抗議している。
「ははは!」
「姉ちゃん! 頑張れ!」
慣れないことに苦戦している姉に、カガリが声援を送る。
「おう! クソ桜姫め……」
ブツブツいいながら、イロハが定位置に戻った。
「あれって、大変そうですねぇ」
サナが苦戦しているイロハを見ている。
「サナも出てみるか?」
「ええ?! 無理ですよ」
「出たら、人気出そうだけど……」
「ムリムリムリカタツムリですよ」
サナと話していると、監督さんがこちらを向いた。
「あ、そうだ! 桜姫さんがいるなら、衣装合わせと一部カットの撮影をしてもいいですか?」
笑っていた姫を見て、監督さんからの注文だ。
「え? え?! 私は、準備もなにもしてきてないぞ?!」
「大丈夫ですよ。スタイリストや、メイクさんもいますから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「いいじゃねぇか。桜姫、ちょっとつき合ってくれよ」
ここぞとばかりに、イロハから反撃を食らう。
「くくく……」
「最初、姫は自分を主役にしろって言ってたぐらいだし、撮影は大丈夫なんじゃ?」
「ダーリン! た、確かにそうだが……」
「はいはい、こっちに来てください」
姫がスタイリストさんに引っ張られていく。
「エンプレスさんも一緒に!」
「え?! 私もですか?!」
思わぬ被弾に、カオルコが固まった。
「ええ、エンプレスさんの衣装もできてますし」
「当初の設定とおり、悪魔大将軍の衣装ですか?」
俺としても、設定どおりになっているのか、非常に気になる。
「もちろんです!」
監督さんから、力強い返事をもらった。
こりゃ期待ができそうだ。
「カオルコ、俺も君の衣装が見たいな」
「ふう……仕方ありません」
――と、いいつつ、彼女は姫と違いノリノリだ。
だって、カオルコはそっち側の人だし。
コスプレはしてないが、あのダンジョンの装備はコスプレみたいなものだしな。
彼女もどんな衣装になっているのか興味があるに違いない。
もちろん、俺も興味がある。
――折りたたみの椅子を出してもらい、それに座るとしばし待つ。
アイテムBOXから缶コーヒーを出した。
「あ! いいっすね~、僕にもください」
「ほらよ」
エイトにも缶コーヒーをやると、ADの方が彼にも椅子を持ってきてくれた。
「ダーリン、あたいにも」
イロハにもコーヒーをやる。
「ダーリンさん! 私にも!」
「カガリもか」
彼女とサナにもコーヒーをやった。
「は~」
エイトが椅子に座り、缶コーヒーを一口飲むと、ため息をついた。
「なんだ、ため息なんて、憧れの女性と共演できて最高だろ?」
「それはそうですけど、僕は素人ですからねぇ」
「そりゃそうだが、その美貌を生かさない手はない」
「僕はそんなつもりはないんですけど……」
「そう言っていられるのもいまのうちだぞ。お前だってすぐにくたびれたオッサンになるんだし」
「う~ん?」
若いときには、そんなことは微塵も考えてないのだが、歳を食ってから、その失ったものの大きさに愕然とする。
皮膚は弛んでシワができて、脚を上げたつもりが上がってなくて、つんのめる。
俺がため息をつきたいぜ。
冒険者になってレベルがあがったから、今はそんなことはなくなっているけどな。
これもまた、レベルが落ちてきて普通のオッサンに戻ったら、今までとの違いに愕然とするかもしれん。
そのときがきても落ち込まないように、イメージトレーニングをしておかないと……。
「俺だって、ガキの頃はそれなりに可愛かったんだぞ? それが、今じゃそこら辺にいる十人並みのオッサンだ」
「ダーリンの小さい頃って想像もできねぇけど?」
「誰だって子どもの頃があるし、皆が平等にオッサンとBBAになるんだよ」
「あはは!」
イロハは笑っているのだが、これは自然の摂理ってやつだ。
「そこにいる金髪の美少年だって、中年太りになって頭が禿げれば、オッサンのできあがりだ」
「僕は大丈夫ですよ」
その自信はどこから来るのか。
すぐにくたびれたオッサンになるのに。
エイトとくだらない話をしていると、スタッフがざわついた。
そちらを向くとなにか黒いトゲトゲが見える。
見れば、黒くて派手な衣装を着た、姫とカオルコだった。
姫は、いつものビキニアーマーに黒いトゲトゲデザイン、黒くて長いマントを羽織っている。
メイクも、目元が強調されて赤いラインが引かれており、いかにも悪役――って顔になっている。
さすがだ。
カオルコのは、胸の中心が大きく開いて、2つの大きなものを強調する黒いドレスのデザイン。
手には大きな黒く禍々しい杖が握られていた。
肩などに黒いアーマーがついており、威圧感がマシマシ。
こちらも、悪役メイクだ。
「おお~っ! すげぇ格好いいぞ!」
「ダーリン! そ、そうかな?」
珍しく姫が照れている。
「カオルコも似合ってるなぁ」
「ありがとうございます」
彼女はいつもと違うデザインのメガネをしている。
冒険者になって、レベルが上がったら近眼が治ってしまったらしいので、彼女のメガネは伊達。
他のものに交換しても問題ない。
「悪魔大将軍でも、メガネなんだな」
「それはですねぇ……」
監督の目が光った。
「やっぱりエンプレスさんには、メガネがかかせない――だろうと」
「そのとおり! 監督さんは解っていらっしゃる!」
「「ふふふ」」
この監督さんとは、気が合うようだ。
姫は慣れない衣装に照れてギクシャクしているのだが、カオルコは堂々としている。
――というか、もうなりきってないか?
「悪魔大将軍閣下! なにか一言、お願いいたします」
俺の言葉を聞いて、カオルコが手に持っていた杖を床に打ちつけた。
「陛下の御前である! ひれ伏せ! 下等生物ども!!」
突然の彼女の声に、スタジオにいたスタッフが固まる。
悪魔大将軍の威圧に、皆が頭を下げた。
「ふふふ……皆のもの! 頭を上げるがよいぞ!」
皆が頭を上げると――大将軍の後ろで、魔王が腕を組んでガ◯ナ立ちをしていた。
さっきまでギクシャクしていた姫だが、彼女が本来持っていたカリスマ性が表に出てきたのだろうか。
世が世なら、姫はマジで姫だし。
「おい! なんだよ! 驚かせるな!」
2人の演技に、イロハが大声を上げた。
それを聞いたスタッフたちも、金縛りのようなものから解き放たれたようだ。
「おお、すごいな! カオルコは本物の悪魔大将軍みたいだったぞ」
「ええ! これはすごいです」
監督さんもそう思ったらしい。
「ふふふ……」
カオルコはノリにノッているようだ。
完全になりきっている。
元々、こういうのが好きなんだろうな。
ちょうどノリノリのところで、姫とカオルコの撮影が始まった。
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――それから半年ほど、ダンジョンアタックの合間を縫って撮影が続けられた。
7層の攻略の糸口は掴めていない。
当初、地上から100mの入口を、カガリが持っているツルハシで広げようと考えていたのだが、そもそも100mの高さまでたどり着くのが容易ではない。
前のトップギルド合同アタックのように、人手があれば足場も組めるのだが、あれだけの人を集めるとなると各ギルド間の調整が大変だ。
それをやっていたカオルコも、今は映画の撮影をしているし。
とりあえず、7層の攻略は、映画が終わるまでは無理――ということになっている。
――最初は撮影を見学して喜んでいた俺だが、何回も見ていたら飽きる。
部屋で留守番することも多くなった。
たまに1人でダンジョンに潜ったりして、最初のフリーな感じを思い出していた。
「まさか、こんなことになるとはなぁ」
自分でドリップしたコーヒーを飲みながら、俺のやってきたことを振り返る。
本当に急転直下で色々とありすぎて、東京に来てからの俺の人生は濃過ぎだろう。
濃いというか、濃縮されている気がする。
これはもしかして、神さまに試練を与えられているのではなかろうか?
以前なら、こんなことを言うと、変なやつ扱いされたと思うが――。
今は、眼の前にダンジョンという、人智を超えた存在がある。
物理の法則すらひん曲がるあんなものを作れるのは、神さまか、神さまに近い存在だろう。
そんな存在があるとすれば、試練を与えてきてもおかしくはない。
そもそも、ダンジョンじたいが、人類に与えられた試練かもしれないしな。
――そんなことを考えていると、フロントから呼び出しがあった。
俺を訪ねてきた人がいるらしいのだが、聞いたこともない人物だ。
どうやら映画関係者を名乗っているらしいが……。
とりあえず、会ってみることにした。
ロビーのソファーに座っていたのは、60歳ぐらいの男性。
人に会いにきたというから、スーツ姿かと思ったら、結構ラフな格好だった。
「お待たせいたしました。丹羽です」
「初めまして、私はこういうものです」
彼が名刺を差し出した。
それには映画ナントカの理事長とか書かれているが、まったく興味はない。
とりあえず、座る。
「その理事長さんが、私になんのご用で?」
「今、そちら様がスポンサーになられて撮影中の映画についてです」
「ああ、あれは冒険者が集まっての、自主制作映画みたいなものでしてねぇ。映画界のお偉いさんが心配するようなものではありませんよ」
「し、しかし、あんな若造ではなく、ちゃんとした監督に撮らせていただければ、大ヒット間違いなしかと……」
「いやいや、今お話ししましたでしょう? 自主制作映画で、公開は私の動画チャンネルだけなんですよ。大ヒットとか儲けとか考えてませんので」
どうやら男は、俺がまったく食いついてこないので、困惑しているようだ。
せっかく上手くいっているのに、わざわざレールから外れるようなことをするわけがない。
男が、広告代理店やら追加のスポンサーやらの話をしているのだが、まったく興味がない。
最初からそんなつもりは毛頭なかったし。
ありていに言うと――こいつらは、儲け話にいっちょガミさせろって言ってるわけだ。
「し、しかし……」
「それに監督をお任せしている女性の実力は確かですよ? そういう人材を使いこなせない、あなた方に問題があるのでは?」
「な、なに?!」
「私の動画チャンネルをご存知ですか?」
「そんなものは知らん!」
「クライアントの元に来るのに、そんなことも調べてこないなんて、失礼じゃないですか?」
「う……」
「私のチャンネルは、全世界からの再生数が5億再生を超えていてですねぇ、そこで公開するだけで十分だと考えておりますのでぇ――どうぞ、お引き取りを」
私は席を立った。
「後悔するぞ?!」
男が吐き捨てるようなセリフをなんとか絞り出すと、悔しそうな表情で俺を見上げている。
「はは? まさか――高レベル冒険者相手に暴力が通用するとでも?」
特区に8○3やチンピラは入ってこられない。
入ってきた途端にボコボコにされるからだ。
その代わりに、踊る暗闇みたいなロクでもない冒険者がいるが。
俺は男に顔を近づけた。
こちとら、死線をくぐり抜けた人間だ。
こんな爺にビビるはずもない。
「うぐ……」
目を逸らした男の額に脂汗が滲む。
「それとも、今からダンジョンに行きますか?」
「し、失礼する!」
男が立ち上がると、脱兎の如く逃げ出した。
「お~、逃げ足は、ゴブリン並か~」
撮影現場にも高レベル冒険者がいるし、手出しはできないと思うがなぁ。
――そう思っていたら、監督さんやクアドリフォリオさん、スタッフに圧力がかかり始めた。
なんつー面倒な。
なにかいい手はないものか……。




