8 耳ざわり
2017年8月19日の活動報告を一部加筆修正したものです。
「耳ざわりがよい」という表現については今まで色々なところで取り上げられていて、文化庁のサイト『「耳ざわり」は「障り」か「触り」か』を読めば、大体の状況が把握できます。
この「耳ざわりがよい」のように「耳ざわり」を「聞いた感じ」という意味で使う表現は、以前はそれほど多くなかったのに、だんだんと使われることが増えてきているようです。その原因は何でしょうか?
私は、日本語には「聞いた感じがよい」ことを表す形容詞が無い、というのが原因の一つなのではないかと思います。
そんな形容詞が無くても誰も困っていませんし、ピンとこない人が多いかもしれません。日本語で音などについてよい評価を表す場合、「この曲はすごくいい」、「きれいな音だ」のように表現します。「いい」や「きれい」は音以外にも使える言葉です。
この「聞いた感じがよい」ことを表す形容詞は、中国語には存在します。“好听”です。
(1)这个歌儿真好听。/この歌は実にいい。(小学館『中日辞典』)
日常生活でよく使う、基本的な単語の一つです。それなのに、日本語にはぴったりと当てはまる形容詞が無いのです。あっても良さそうなのに。
“好听”に相当する英語も調べてみましたが、どうも無さそうです。他の言語ではどうなんでしょうね。ご存知の方いらっしゃったら教えていただけると嬉しいです。
まあとにかく、日本語には「聞いた感じがよい」ことを表す形容詞が無いため、「いい曲」や「きれいな音」を別の表現に言い換えようとした時に便利な言い回しだったのでしょう。特に小説を書いていたりすると、同じ表現を繰り返すのは嫌だし、「きれいな音」じゃ味気無いし、みたいになりますよね。そういうことから、だんだんと浸透してきたのではないかと思います。
ところで、「耳ざわりがよい」というと、「耳ざわりのよい音」のような使い方以外に、「耳ざわりのよい言葉」(≒美辞麗句)のように慣用句的な使い方もあります。
そこで、「聞いた感じ」という意味の「耳ざわり」が、最近どのように使われているか、ちょっと調べてみました。
「NINJAL-LWP for TWC」で「耳ざわり」を検索すると、「耳ざわりがよい」と「耳ざわりがいい」は合わせて15件見つかります。
その内、音や声について使っている用例が7件、言葉など、慣用句的な用例が7件、その他が1件でした。
「耳ざわりのよい」と「耳ざわりのいい」は合わせて56件あります。
音などについての使用は3件、言葉やスローガンについての用例は51件、その他2件でした。
「耳ざわりがよい(いい)」と比べて、「耳ざわりのよい(いい)」は「耳ざわりのよい言葉」、「耳ざわりのよいことばかり言う」のように、「うわべだけ美しい言葉」といった意味での用例が非常に多いことが分かります。
もしかしたら今後、「聞いた感じ」という意味の「耳ざわり」は、「耳ざわりのよい音」などの表現はあまり使われなくなって、「耳ざわりのよい言葉」のような慣用句的表現だけが定着していくのかもしれません。
ここまでは以前の活動報告に掲載した内容とほぼ同じですが、ここからは、こちらに投稿するにあたって改めて考えたことを述べたいと思います。
上述のように、私は「耳ざわりのよい音」と「耳ざわりのよい言葉」を分けて考えているのですが、活動報告に掲載した当時は、なんとなく違う気がするというくらいで、どこが違うのかはっきりと区別できていませんでした。
しかし、次の用例を見て分かりました。「NINJAL-LWP for TWC」からの引用です。
(2)丁寧に書いてはあり、耳触りのよい綺麗な言葉が書かれていても「あなたがどういう人間で」「ナゼこの企業で働きたいのか」、そして「この企業でどんなことをやりたいのか」ということについて、キチンと書かれていますか?(大学新卒者向け、就職活動を極秘指導する5つのステップ)
(2)の文中の『耳触りのよい綺麗な言葉が書かれていても』に注目してください。『書かれていても』とありますから、この『耳触りのよい綺麗な言葉』というのは誰かが言った話し言葉ではなく、文字として書かれた書き言葉ということになります。つまり、実際に耳で聞いて「聞いた感じがよい」というわけではないのです。「耳ざわりのよい音」の場合は実際に耳で聞いた音について述べているはずです。しかし、「耳ざわりのよい言葉」は実際に耳で聞いていなくても使える表現なのでしょう。
ということは、「耳ざわりのよい言葉」はそれぞれの語の持つ意味を組み合わせて句全体の意味になっているのではなく、組み合わさることによって句全体が新たな意味を持つという慣用句の性質を持っていると言えるのではないでしょうか。
ただ、「耳ざわりのよい言葉」以外にも「耳ざわりのよいセリフ」や「耳ざわりのよいこと」など、別の語と組み合わせた表現もたくさんあるので、慣用句として辞書に載ったりすることは、まあしばらくは無いのかもしれません。今後が気になる表現の一つですね。
それから、「聞いた感じ」という意味での「耳ざわり」は「耳触り」とも表記され、「手触り」や「肌触り」との混同によって生じたのではないかと言われています。そして、「手触り」「肌触り」はわかるけど、「音が耳に触る」ってなんだよ、と違和感を持つ人もいるようです。
しかし、音というのは振動で、その振動が鼓膜に伝わることで、私たちは音を感じるわけですよね。鼓膜への刺激と考えると、皮膚に触れる感覚と結構近いような気がするので、私はそこまで「耳触り」に違和感がありません。
ただ、「耳障りがよい」とか、逆に不快だという意味での「キンキンした声が耳触りだ」のような表記はさすがに受け入れ難いと思っています。
ところで最近「目触り」というのも見ましたが、誤変換でしょうか。「めざわり」と入力して「目触り」になるものなのでしょうか。だったらいいのですが、そうじゃなかったらと考えると、もうなんだか怖くなってきます。
【参考文献】
小学館『中日辞典』
筑波大学・国立国語研究所・Lago言語研究所『NINJAL-LWP for TWC』http://nlt.tsukuba.lagoinst.info
文化庁広報誌ぶんかる『言葉のQ&A 004 「耳ざわり」は「障り」か「触り」か』(2014年10月30日)http://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/kotoba/kotoba_004.html




