17 稚作
2017年9月5日の活動報告を一部加筆修正したものです。
以前「拙作」という語について考察しましたが、「拙作」が使われるのと同じような文脈で「稚作」という語が使われているのを目にすることがあります。
私が最初に見たのは、他のユーザさんの「拙作」に関するエッセイの感想欄でした。そしてまた先日、久しぶりに「稚作」を見かけたので、改めて考えてみました。
おそらく元々は「拙作」の誤りで、それを見た他の人もそういう言葉が存在するものだと思って使うようになり、だんだんと広まっていったのだろうと思われます。私が最初に見た用例も、明らかに「拙作」のつもりで「稚作」を使用していました。
「稚作」なんて言葉は無いよ、とバッサリ切り捨ててしまっても良いのですが、それでは面白くありません。「稚作」とは何なのか、もう少し掘り下げてみたいと思います。
まず、実際の「稚作」の用例を見てみます。国立国語研究所のウェブコーパス「梵天」で「稚作」を検索すると、47件ヒットします。その内6件は「丁稚作業」と「多梅稚作曲」なので、対象となる用例は41件となります。当然ながら少ないです。この用例数なので、件数で分析するのは難しいですね。
用例にはやはり「拙作」と混同したような使い方が見られます。
(1)来月号は稚作「炭鉱(ヤマ)のキューロク」が掲載されると思います。
(http://kiso-mc.com/bbs3/lightx.html)
(2)稚作『風の大使1』に出ていたインターセックスの【元祖KYうざキャラ】
(http://vincent.blog72.fc2.com/blog-date-20071201.html)
上の用例(1)(2)は『自分の作品』を表す「拙作」と同じように使われています。
「拙作」にはそれ以外に『下手な作品』を意味する用法もあり、「稚作」にも似た用例が見られます。
(3)稚作ながら、同じく作品を作っている身としては戦々恐々な事件だったりします。
(http://tinypotato.sblo.jp/archives/200901-1.html)
(4)稚作ですがご満足いただけたようで何よりです(^_^)
(http://saikodiary.blog3.fc2.com/category1-1.html)
(5)ポプラ社は当賞創設以来5年間ろくな授賞作がでず、しかし規定により佳作レベルの稚作にも毎年500万前後払わねばならなかったから、興業的に大赤字でした。
(https://oshiete.goo.ne.jp/qa/6293603.html)
このように「拙作」も「稚作」も同じような使われ方をしているわけですが、私が気になったのは(5)の用例です。ここでの「稚作」はこの文章を書いた人の作品ではなく、他者の作品に対しての評です。「拙作」は「拙」の持つ謙譲の意味合いが影響するのか、ほとんどの場合自分の作品に対して使われます。(探せば他者の作品に対しての用例も見つかるのかもしれませんが)
「拙」には謙譲の意味合いがあるけれど「稚」には無いということが、「拙作」と「稚作」の用法にも違いをもたらしているのではないかと思います。「拙作」は(1)(2)のような『自分の作品』を表す用法が多いのに対し、「稚作」は(3)(4)(5)のような用法も比較的多くなっている印象です。例えば「梵天」だと「拙作」4,769件のうち「拙作ながら」は43件であるのに対し、「稚作」47件のうち「稚作ながら」は4件です。元々の用例数が少ないので、あくまでも印象の話にはなりますが。
「稚作」の用法が「拙作」と違っているとするならばそれは、最初は「拙作」と誤って使われた「稚作」が、使用が広まるうちに「拙作」とは別の新しい言葉としても使われるようになったということではないでしょうか。「拙作」も「稚作」も同様に『上手くない作品』を表しますが、ニュアンスが異なっているようにも思えるのです。
では、「拙作」とは違う新しい言葉としての「稚作」とは、どのようなものでしょうか。
1.「稚拙な作品」の略語説
日本語の略語は頭の部分を取るものが多いので、「稚拙」の「稚」と「作品」の「作」を取って「稚作」としてもおかしくはないような気がします。「活動報告」を「活報(割烹)」と言うように。
略語というのは俗語なので、何でもアリと言えばアリです。
しかし、これだと『下手な作品』を意味する「拙作」と違いは無いですね。
2.「稚い作品」の漢語形説
「稚」は【おさない。わかい。いとけない。また、おさない者。】という意味を持っています。(日本漢字能力検定協会「漢字ペディア」より)
「稚作」の「作」が「作品」だとすると、「稚い作品」ということになります。(或いは「いとけない作品」)
「稚い作品」とはどういうものかというと、小説ならば書き始めてまだ日も浅く、文章作法も構成も未熟な作品、といったところでしょうか。
実際「稚い作品」という言葉を使っている例もあります。宮本百合子の1948年の評論『稚いが地味でよい――「芽生える力」立岩敏夫作――』に、以下のような文章があります。(青空文庫より)
【作者が添えた手紙でことわっている通り、まだ稚い作品ではあるけれどもリアリスティックな文学の筋の上に立っている。習作ではあるが『大衆クラブ』などにのせれば同感をもってよむひとは少くないだろうと思った。】
この「稚い作品」を漢語の形にしたものが「稚作」である、とも考えられるのではないでしょうか。
「おさない」という言葉からは、その先に成長の可能性があるということが窺えます。宮本百合子の用例では「習作」とも言っています。「習作」は「練習のための作品」であり、未だ発展途上だということです。
子供はいずれ大人になります。
『稚作』には、今はまだ未熟な作品しか書けないけれども、いつかは成熟した素晴らしい作品を書きたい、という願いが込められているのかもしれません。
先日ツイッターで、一つのツイート中に「拙作」と「稚作」の両方が使われているのを見ました。現状では、「稚作」を「拙作」の誤りとして使用している人と、「拙作」とは別の言葉として使用している人がいるようです。
初めて「稚作」を目にした時、「拙作」があるのだからと、あまり良く思っていませんでした。でも今は、「拙作」とは別の「稚い作品」としての「稚作」なら、受け入れられるような気がします。
【参考文献】
国立国語研究所 「国語研日本語ウェブコーパス」梵天
http://bonten.ninjal.ac.jp/(2020年9月30日確認)
日本漢字能力検定協会 「漢字ペディア」
https://www.kanjipedia.jp/search?k=%E7%A8%9A&kt=1&sk=leftHand(2020年9月30日確認)
宮本百合子 青空文庫収録『稚いが地味でよい――「芽生える力」立岩敏夫作――』
https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/4034_12995.html(2020年9月30日確認)




