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第二十二話

 シビルはともかく……ともかくというのもなんだがまあともかく、アストリッドが海に行きたがった理由がわかった。


「海……」


 アストリッドは広がる海を前に、呆然といった感じで立ち尽くしていた。アストリッドはこれまでに海というものを目にした事がなかったのだ。


 白い砂浜。緑にも見える青い海。そして……ひどく多い人々。戦争時期だからだろうか? 観光客でごった返す砂浜。気配酔いしそうだ。気配酔いというのは、俺が今、名付けた物でそのような物が実際にあるのかどうかはしらない。脳内に多数の気配が感じ取られそのせいで脳容量がいっぱいいっぱいと言った感じだったのだ。気配察知範囲をごく僅かな範囲に限定する。


「さすがに人が多いですね……」


「うん……」


 あれほど楽しみにしていたシビルもこの人込みにうんざりといった様子だ。俺としても残念だ。三人の水着姿を楽しみにしていたというのに……。三人は更衣室の長蛇の列をそうそうに諦めた為に、未だ水着には着替えていなかった。いや、本当に残念だ……。


 だが、まあ海を見た事のないというアストリッドが海を見られただけでもよしとしよう。


「帰ろうか。トウエンリッダにはまだいるんだし、また来る機会もあるだろうしさ……」


 俺もそろそろ立っているのが辛くなってきた。


「アストリッド帰るよー」


 シビルの呼びかけに、アストリッドは黙って頷くが視線は海へと固定されたままだった。シビルがどうする? とでも言う様に俺を見た。首を横に振る。もうしばらく……。


「レックス!」


 遠くで俺の名を呼ぶ声がした。誰だ? その声のする方向へと目を向ける。誰だかすぐにわかった。人込みの中でも一際目立つ存在。周囲から頭一つとびぬけている。


「テオドラさん!」


 どうしてこんなところに? 咄嗟にそう思ったが、よく考えてみればそれほどおかしい事でもない。俺達と同じ、戦争見物だろう。


 テオドラさんがこちらへと歩いて来る。その進行を遮らないように、周囲の人々が道を開ける。それほどの存在感。モーセの前に海が割けたように。海から連想したのかもしれない。この人の剣ならば本当に海すら断ち切っても驚きはしないが……。満面の笑みで向かって来る。


「感じた事のある気配だと思ったんだ。……ちょっと見ない間に成長したな」


 目の前まで来ると、テオドラさんは俺を眺めた後、嬉しそうにそしてまた少し残念そうにそう言った。


「お久しぶりです」


 口ぐちに声をかける。


「テオドラさんだけですか?」


「ああ。海に行こうと言ったのに誰一人としてついて来ようとしなかった」


 という事は、シグムンドさん達もトウエンリッダに来てはいるのか。


「ん? せっかく海に来たというのにお前達は水着にもなっていないのか」


 そう言うテオドラさんも俺達と同じようにごく普通の格好だ。


「ええ。人が多くって……。そろそろ帰ろうかと話をしていたところです」


「海にも入らずか?」


 頷く。


「ちょうどいい。ついてこい」


 有無を言わせずテオドラさんは人込みを抜け歩いて行く。ああ、そう言えばこんな人だったな。


「アストリッド行くよ」


 テオドラさんに目もくれず、まだ海を熱心に眺めていたアストリッドへと声をかけ、テオドラさんについて歩く。


「パブロがこの街の出身でな」


 歩きながら、テオドラさんが話しかけてくる。パーティメンバーの一人。賢者の方か。パブロさんは、まさに賢者と呼ぶに相応しく落ち着きと、そして大人の格好よさを持ち合わせた人だった。


「海に行くといったら、いい場所があると教えてくれてな」


 立ち入り禁止の看板を抜けると、そのいい場所とやらにはすぐについた。先程の人でごった返していた海と目と鼻の先と言ってもいい。だが、その砂浜には誰もいなかった。一面の白い砂浜と青い海。自然の雄大さという物に感じ入る。同じ光景でありながら、人がいないというだけで、これほどまでに感じ方が違うのか。確かにこれはいい場所だ。


「立ち入り禁止って書かれてましたけどいいんですか?」


「ああ。人に何か言われたらパブロの名を出せばいいらしい。この一帯はパブロの家の所有だそうだ」


 プライベートビーチというやつか。確かにパブロさんには品があったが……。


「小屋の鍵も預かっているんだが……。あれか」


 小屋……? テオドラさんが目を向ける先には、大きな家。パブロさんはあれを小屋と表現したのか……。想像以上のお金持ちらしかった。



「お邪魔します」


 誰に言うでもなく、一声かけ小屋へと入る。それは、やはり小屋と呼ぶには立派過ぎた。


「中の物は好きに使って構わないそうだ」


 テオドラさんも初めて来たであろうに、まるで我が家かのように荷物をソファへと投げ置いた。


「パーティメンバーを増やしたのか?」


 そういえば、そうだった。


「ええ。アストリッドです」


 無愛想ながらもアストリッドはテオドラさんにちょこんと頭を下げた。


「またこんな可愛い子を……。それでいいかげん抱いたか?」


 テオドラさんはにやにやとそう問いかける。この人は……。もう少しデリカシーというものをだな……。答えあぐねていると、


「その様子じゃまだらしいな」


 大きなため息をひとつ。そして俺からエリナ達へと目を移す。


「お前達ももっと積極的にだな……」


 そろりと周囲を伺う。そうだ。水着に着替えないといけないな!


「男なんて押し倒してしまえば……」


「えっと、一部屋借りますね。水着に着替えてくるんで……」


 それは聞こえたかわからないほど、小さな声だった。自分でも驚くほど小さかった。だが、言う事は言った。大きなリビングダイニングを抜け廊下へと出る。


「あれは逃げたな」


 逃げたわけじゃなく、ただ水着に着替えるだけなので……。



 用意されていた水着は特に変わったところのない膝下のハーフパンツだった。とりあえずブーメランパンツじゃなくてよかった。廊下に出る。ダイニングからはすでにテオドラさん達の姿はなかった。目の前の部屋からは楽しげな女性の声が聞こえてくる。四人揃って着替えているようだ。まだしばらく時間がかかりそうだ。


 部屋を抜け海に面したテラスへと出る。テラスからは直接砂浜に出られるように階段が設けられていた。そして海に向かいデッキチェアが置かれている。素晴らしい。デッキチェアに寝そべり、人一人いない絶景をひとりじめだ。



「レックス」


 控えめな声に目を開ける。待っている間に、寝てしまっていたようだ。やはりそう簡単に疲れは抜けない。まず目に飛び込んできたのは柔らかそうな双丘。顔を上げるとエリナがいた。上半身を傾け、こちらを覗き込むような体勢。その双丘はエリナの物だった。


 装飾などは施されておらず、シンプルで真白なセパレートタイプの水着に身を包んだエリナ。これほどとは……。ホルターネックのトップは胸を持ち上げ、普段以上にエリナの胸を大きく見せていた。いや、これが本来の大きさか。その谷間には指一本入りそうもない。そこから流れるようにして細く折れそうなくびれ。そしてボトムにはレース素材のパレオ。その合間から見える水着はハイレッグ気味で、そこからは長くすらりとした足が延びている。不思議なものだ。あれほどの重量を持った金属鎧を身につけ迷宮に入っているというのに、そのプロポーションは柔らかな女性らしさを損なっていない。


「じゃーん!」


 という声に誘われそちらを見る。そこには以前、馬車の中で見た事のある水着に身を包んだシビルがいた。どうかな? と不安そうな中にもほんの少しの自信。それは確かにシビルによく似合っていた。エリナとは違うタイプの可愛らしい淡い黄色の水着だった。それは少女の面影を残しながら女性への階段を上っている途中のシビルによく似合っていた。チューブトップで胸は完全に覆われている。エリナと比べれば慎ましやかながら、充分な主張をしている。ボトムはエリナとは反対にローレッグの為かパレオなどは着けていないが、想像した通りローライズで腰骨が見えていた。


 二人がいるという事は……。そんな二人の後ろに身を隠すようにアストリッドが立っていた。アストリッドは二人とは決定的に違う。二人はセパレートタイプだったが、アストリッドはワンピースだった。二人よりも肌の露出は少ない。エリナよりも小さくはあったが、大きいと言っていいその胸が、少々窮屈そうにしている。そのまま腹部を通り……、脇腹部分は肌が露出している。エリナほどではないがハイレッグ。そこからエリナと同じように細い足がすっと延びている。縦に水着のラインが走り、長身で細身のアストリッドのスタイルをさらに強調するようなデザイン。


 なるほど。シャロンさんは本当にすばらしいスタイリストだ。三者三様。それぞれ違ったタイプの水着でありながら、それは三人にとてもよく似合っていた。シャロンさんには本当に感謝だ。こんな素晴らしいものを見る事ができたのだから。


「三人共すごく似合っているね。綺麗だよ」


 これほど素晴らしい景色はなかなか見られるものではない。


「あ、ありがとうございます」


 三人は俺の素直な言葉に照れた様子を見せる。言葉を返してきたのはエリナだけで、シビルとアストリッドは黙ったままだった。照れた様子を見せられると、こちらまで照れてしまう。


 あれ? そう言えばテオドラさんは……。


「待たせたね」


 背後から声が聞こえた。そちらを見れば、テオドラさんは自身の髪色と同じ真赤なビキニに身を包んでいた。腰に手を当て仁王立ち。その暴力的ともいえる大きな胸を真赤なビキニに押し込めている。エリナやアストリッドの胸ですら小さく見えるほどだ。そして鋭角なハイレッグ。パレオなどは巻かれておらず、腰から足先まで一直線に伸びている。布の面積はパレオを除けばエリナとさほど変わらないのだろうが、体格が全然違う為に肌の露出が激しい。


「それで? なんかないの?」


「あっ、と。はい。すごく似合ってます」


「それだけ?」


「もちろん綺麗ですよ」


 俺の返答にテオドラさんは満足した様子を見せ、頷いた。先の三人とは違い、露出の大きい水着を着てなお、この堂々とした態度。自身がいかに魅力的かそれをわかったうえで選ばれた水着。


「一人のつもりだったからね。本当は裸でいいかと思っていたんだけど。とりあえず持たされた水着があってよかったよ。なるべく小さいのって言ったんだけど……」


 テオドラさんは自身を見やる。


「これだけ小さけりゃ泳ぎにはあんまり影響なさそうだ」


 違ったわ。俺の勘違いだった。この人にあったのは……いや、なかったのは羞恥心だった。いくら人がこないはずの場所でも裸はさすがにないと思う。面積の小さな水着も泳ぐのに影響が出なさそうという理由……。だが、それはよりテオドラさんらしい理由だった。相変わらずだなと苦笑のような物が漏れる。


「レックス。私達は泳ぎにいきますけど、どうしますか?」


 ここまで来た目的はもうすでに果たした。後はゆっくり体を休める事にしよう。


「ここで寝ている事にするよ。皆は楽しんできて」


「どうした? 体調でも悪いのか?」


 心配そうにテオドラさんが俺を見た。


「いえ、そうではないんですが……。長旅の疲れが抜けきっていなくて」


 ロギさんとの手合せの話はしなかった。もしそんな事を言ったらこの戦闘民族の事だ。「私にも手合せをさせろ」と言うに違いない。ロギさんの手を煩わせるのは避けたかった。


「そうか。それじゃあ行くか」


 テオドラさんは深く追求はせず納得した様子だった。四人は俺に背を向け砂浜へと歩いて行く。……その後ろ姿も素晴らしいものだった。エリナのパレオの隙間から見える臀部下部。シビルはちらりとお尻の割れ目が……。そしてアストリッド。背中側は一切隠す布がなかった。シミひとつない綺麗背中が露わになっている。シャロンさんありがとうございます。ありがとうございます。


 あの……テオドラさん……。お尻全然隠れていないんですけど……。

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