第二十一話
「儂が持っているギフトスキルはスキルと呼べる物ではない。祝福のようでもあり、呪いのようなものでもある……。これは言ったな」
「ええ」
ホットサンドを慌てて飲み込み返答。ロギさんに気にした様子はなかった。
「儂がこの世界に与えられたのは『人以外には傷つけられない』というギフトだ」
ロギさんは“ギフトスキル”とは言わなかった。
「獣だろうが魔物だろうが、儂を害する事はできぬ。儂を傷をつけられるものは、意志を持った人間のみ」
それは……、まさにギフトと呼ぶに相応しい。
「もちろんそれだけではない。その後にこう続く。『人以外の生物を害せない』とな……」
いや、だが以前ロギさんはゴブリンを……。ああ、魔物は生物ではなかったか。だがそれなら、
「何故騎士に? もっと他に相応しい物が……」
あったはずだ。例えば……。
「探索者などか?」
頷く。そうだ。魔物に怪我を負わせられる事はなく、魔物を殺す事はできるというのだ。それは一方的だ。迷宮内での死など皆無に等しいという事。これほど探索者向きなギフトもないのではないだろうか?
「以前も言ったと思うが、昔の儂は死にたかったのだ。ごく普通の人間には迷宮が最も死に近いのであろうが、儂の中で死に一番近かったのが、まだ実際に人が死ぬ事のあった戦争なのだ。ロギという青年の真似事で世界を回った。楽しい事がなかったとは言わぬ。妻が……」
わずかばかりの逡巡。
「妻が殺されたのだ。あちらの世界でだがな。それが儂の死を欲した理由だ。あいつは……儂の全てだった。少々の旅の楽しさなどで癒される程度の傷ではなかった。死のうという思いは変わらなかった。そして……騎士となった」
なるほど……。それがロギさんが騎士になった理由。でも……。いややめておこう。開きかけた口を閉じる。大切な人を殺されたロギさんが、誰かの大切であろう人を殺す。そこにどんな思いがあったのか。聞きはしなかった。聞きづらかった。そこまで立ち入っていいものか……。
「神というものは、性格が悪いようだ。魔物に殺されるのもいいかとこの世界に来たにもかかわらず、魔物には殺されぬというのだからな」
ロギさんが豪快に笑う。そうしてひとしきり笑った後、
「だが、実際には殺されるならば人によって……妻と同じように。そう思っていたのかもしれぬ。儂の……、この世界に来た頃の儂のそんな思いがギフトに表れたのかもしれんな。……そう、ふと考える事がある。そうだとしても神の性格の悪さは変わらぬが」
真剣な表情でそう漏らした。だとしたら、もし本当にそうなのだとしたら、俺のギフトスキルには何が……。あの世界で何者にも成れなかった俺に。何かに成りたがっていたかもしれない俺に『万職の担い手』……? どんなものにもなれるよってか。そうだとするならば確かに神というのは性格が悪そうだ。
「……大勢殺した。あっさりとしたものだったな。人とはこんなにも簡単に死ぬものなのだなと感じたよ。妻もこのようにたわい無く死んだのだろうなと……」
やはり……、
「なぜそんな大切な人を殺されたロギさんが、それほど多くの人を殺しえたのですか?」
聞かずにはいられなかった。
「死のうと思っていた。誰かの手によって。初めはそう思っていた。だが、それでは妻の死が無駄になると思った。無意味に妻が死に、無意味に儂も死ぬ。それでは駄目だ。そう、妻の死に意味を持たせたかったのだ。無意味に殺されたわけではなかったのだとな。妻の死を、世界に多大な影響を与えた物にしたかった。……戦争の規模が縮小化した原因はしっているか? 貰うぞ」
ロギさんは水差しからグラスに水を注ぐ。
「賢者の大規模な魔法による損害が大きかったからだとか」
そうして、一気にグラスを傾け喉を潤し、頷いた。
「そうだ。規模は縮小していたが、まだ戦争によって人が死ぬ時代だった。儂はその戦争を完全になくしたかった。過去の賢者の大虐殺によって為されたのならば、再び大勢が一方的に死ねばなくなるのではないかと思ってな。妻の死を原因として戦争が無くなる。素敵な事だ、と。その当時の儂はそんな妄想に取りつかれていた……」
遠い目をしていた。遥か彼方。時間か。場所か。あるいはその両方。以前にも感じた彼岸を見つめるような目。ロギさんはすぐに目を俺へと、現実へと戻した。
「それは本当にただの妄想だった。今になって思えば、実際には妻以外の命などどうでもよかったからだろうな。自分の命すらどうでもよかった人間だ。そんな人間に他人の命の重さなど測れるはずもない。あの頃の儂は世界を憎んでいた。皆、死ねばいいのだと。そうとしか思えぬ。とにかく結果として、儂だけの力ではないが人は死ななくなった……。まあ、茶番としての戦争はまだあり続けるわけだが。人が死なぬからこそ、未だに戦争があり続けるのではないかと思う事もある……。だが、まあ死ぬよりも死なぬほうがよっぽどいい。妻の死に意味はあったのだと、意味を生み出せたのだと、当時の儂には思えた……。それは勘違いでもあったが……。結局、死とは誰にとっても無意味な物でしかないのだと気がついたのは随分と後だった。周囲が、いくら意味を求めたところで死とは孤独で無意味でしかない。むしろ、孤独で無意味な物が死だったのだ」
ロギさんはそれを最後に口を閉じた。孤独で無意味な物が死……。そうだとするならば、以前の俺は死んでいたに等しい。……今考えればだが。あの当時はそんな事思いもしなかった。
沈黙の中、ロギさんが立ち上がった。
「……まあそんなところだ。しばらくはゆっくりと休め。そうだな……、数日して体調が戻ったら……。いや、それはまたその時にするか。それではな」
そう言うとロギさんは部屋を出て行く。
「ありがとうございました」
かなり重い話だったな……。手に持ったままだったホットサンドを口に運ぶ。それはすっかり冷めきっていた。冷めたホットサンドを口に運ぶ。
「暗い顔をされていますね」
ロギさんが帰り、しばらくしてからエリナ達が部屋へと戻ってきた。
「疲れのせいじゃないかな?」
重要な事を聞き忘れた事に気がついたのはロギさんが部屋を去ってからすぐの事だった。その事についてずっと考えていた。その事というのはつまり、ロギさんが戦争から人の死を無くした影響についてだ。俺はこの世界に来る時、あの黒スーツに言われたのだ。『世界に大きな影響を与える事はしないでくれ』というような事を。戦争から死をなくすというのは大きな事のはずだ。ロギさんが行ったこの事によってなんらかの歪みが世界に出ているはずなのだ。迷宮の活性化のような物が。もしくはそういった物はなかったのか……。こんな重要な事を聞き忘れているとは……。
「せっかくだし海に行こうよ。海!」
エリナの後ろからシビルが顔を出し、こちらを覗き込む。
「それは、さすがに……」
まだ無理だ。海に行ったところで泳げるわけでもなく、ただ砂浜で寝ていることしかできなさそうだしな……。
「せめて明日にしよう。体調が戻っていたらだけど……」
「海行きたい……」
ぽつりとアストリッド。
「うん。明日ね。明日行こうね。さすがに今日は本当に無理だから」
小さな子供に言い聞かせるように。アストリッドは俺の言葉に小さく頷いた。
「……絶対ね」




