(第八話 飲むだけ)
カミーロ君に連れられてきたのは、大通りから一本入った所にある少し洒落た感じの店だった。こんな時間までやっているという事は、探索者相手の商売なのだろうが飲めればいいという店とはどうやら違うようだ。中からは多くの楽しげな笑い声が漏れ聞こえてきている。
カミーロ君が先頭をきって扉を開けて入っていく。その慣れた様子から、何度も来ている事がわかる。
店に入ると、カミーロ君が困った顔でこちらを見た。
「すいません。なんか今日に限っていっぱいみたいで……」
そういう事ならばしかたがない。別の店に……。
「カミーロ!」
と、そこで声がかかった。その声の方へと顔を向けると、そこには女性ばかりが五人テーブルを囲んでいた。
一人の女性が立ちあがると、こちらへと近づいて来る。
「こんな時間にどうしたの?」
近づいてきた女性がカミーロ君の頭を撫でながら聞く。カミーロ君は、わずかに頬を赤く染め恥ずかしそうにしていた。
ふむ……。なるほど。つまりこの女性が……。
俺達と同年代か少し上くらいだろうか。確かに綺麗な女性だ。
「えっと、その、今日はこの方達と迷宮に入っていて、その打ち上げってことで……」
カミーロ君が俺達を示す。
女性の視線が俺達へと向く。視線は俺をさらりと通り過ぎ、エリナで止まった。驚きに目が開く。シビル、アストリッドにも同様の視線が向く。
「えっ? エリナ様と……」
エリナは不思議そうな顔だ。知り合いではないようだが……。様付け? まあエリナならば慣れてもいるだろうが。
女性はすぐさまテーブルへと引き返した。顔を付き合わせなにやら喋っている。どうしたものかとカミーロ君と顔を見合わせる。
「彼女達が今朝言ってた?」
恥ずかしそうに頷くカミーロ君。
「すいません。女性が多かったので、こういった店が喜ばれるかと……」
きっとあのテーブルの女性達に連れられて来ているのだろう。店を見れば、彼女達以外のテーブル以外にも女性が多い。カミーロ君がこの店を選ぶのもわかる。
「今日は休みだと聞いていたのでいないものだとばかり……」
テーブルに行った彼女が再び俺達の下へと戻ってくる。
「あの……もしよろしければ、ご一緒に……」
それはエリナ達に向けられた言葉。目的がエリナ達なのは明白だ。エリナが『どうしましょう?』と、こちらを見る。
「皆がかまわないなら」
「そうですか? それではお言葉に甘えて……」
これから店を探すのも面倒だしな。それに……、興味もあった。カミーロ君が普段どんなふうに彼女達と接しているのかが、だ。
全員で女性達の座るテーブルへと向かう。女八人に俺とカミーロ君の男二人……。俺の場違い感よ……。
一通り自己紹介を終え、酒を飲む。
確かにカミーロ君が言うとおり、皆綺麗と言っていい女性達だった。もうすでに出来上がっているのか、一人の女性などさっそくカミーロ君に腕を回し頭を撫でている。
そりゃ惚れるわな。無感動に退屈な日々を暮らしていた十三歳の俺だって間違いなく惚れる。
カミーロ君を弟のようにしか見ていないから、こんな事ができるのだろう。残酷だな……。
そんな事をしながらも女性達はエリナ達と話すのに夢中だ。
「一度、迷宮内でお見かけして……。それ以来ずっと憧れていて……」
俺がシグムンドさんに向けるのと同じような感情。わからないでもない。
「どうすればあんなに……」
「魔素を集束するコツとか……」
探索者同士で話す内容と言えば、それは迷宮の事だ。話題選びに困らないので、初対面の人と話す時も楽だ。興味もない他人の仕事の話とか趣味の話とか大変だったな……。
同じ女性の探索者同士、話す事も多いのだろう。迷宮攻略の話から、女性ならではの大変さなどに話は移っていく。エリナとシビルも楽しげに喋っている。
「すぐ爪が割れちゃって……」
「汗のにおいが……」
アストリッドはあまり会話には加わらず一人黙々と酒を飲んでいる。一言二言言葉を挟む程度。だが、楽しんでいないわけではないようだ。
そんな風に少し離れた位置でテーブルを眺めていた。そうしていると、一人の女性が立ち上がり俺へと向かって来るのが目に入った。
「隣かまいませんか?」
「ええ。どうぞ」
気を遣わせてしまったかな? 彼女には俺が一人寂しく飲んでいるように見えたのかもしれない。申し訳ない事をした。
「カミーロ君は……どんな感じですか?」
それとなく探る。彼女はカミーロ君に目をやるとふっと微笑んだ。
いつの間にか彼は別の女性に抱きしめられている。完全にマスコット的な扱い。羨ましいような羨ましくない様な……。
「優秀ですね。私達の事も慕ってくれていますし」
「そうですか……」
そこに恋愛感情は見て取れなかった。
酒に手を伸ばす。上品な酒だ。それほど高いわけではないだろうが、酔えればいいという代物ではない。
彼女も酒に手を伸ばした。
「そうですね……。後数年……。その時もまだカミーロが想っていてくれるなら、真剣に考えますよ」
俺は別に何も言っていないんだがな……。それほどまでに俺の態度もカミーロ君の態度もわかりやすかったって事か。
「そのときは、よろしくお願いします」
そんな言葉が俺の口から出た。
「ふふっ。レックス様はカミーロの事を大切に思っておられるのですね」
俺の言葉が可笑しかったのか彼女は笑う。確かに俺が言うべき事ではなかったな。照れ隠しのように、口元を杯で隠した。




