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第五話 十九階層再び

「ここからだね」


 十九階層に入ると、カミーロ君は地図を取り出した。どうやら地図を頼りに進むようだ。地図は二枚あった。目に入ったそれは同じ十九階層の構造を写し取った物のように見えた。


「同じ地図を二枚?」


 てっきり脳内地図で進むものだと思っていた。そうではなく実際の地図、しかも二枚。


「はい。万が一でもミスがあっては困りますので。地図も間違っている事はあります。ぼくが描いた地図、ギルドで購入した地図の二枚。それに頭の中の地図と、三つを照らし合わせながら進みます」


 なるほど。三つの地図全てが、同じ個所で間違っている事など稀であろう。これならば、ほぼミスは防ぐことができる。さすがはマッパーとして生きている人間だ。


「それじゃあ、よろしく」


 軽く声をかける。カミーロ君は俺の言葉ににっこりと微笑み返し、地図に目を落とす。すぐに一人納得したように小さく頷いた。


「まず最初は左ですね」


 やはり左が正解のようだ。右側を進んだ際に見落としがあったわけではないようで、一安心だ。



 エリナを先頭に、カミーロ君を守るような形で迷宮を進む。万が一を考えカミーロ君のすぐ後ろに俺がつく。


 気配にしっかりと気を配っていれば、後ろから攻撃を受ける事などない。十九階層はガーゴイル。ガーゴイルならば間違いなくないと断言できる。が、俺の気配察知ですら把握する事のできない下層の魔物が紛れ込んでいないとは断言できない。迷宮活性化のときのように。


 それを考えると、どうしても戦闘力の無いカミーロ君を挟むこういった形をとることになる。


 魔物が現れた時の事を考えると必然的に距離は近くなる。迷宮の通路は、それほど狭いわけではないが広いわけでもない。その女性だけのパーティがカミーロ君とどういった形で迷宮に潜っているのかはわからないが、もしこういった隊列を組んでいるとするならば……。


「他のパーティと迷宮に入っているときも、こんな感じ?」


「はい。そうですね。こういった形になる事が多いです」


 周りを魅力的な女性に囲まれ、一日の大半を過ごすわけだ。健全な十三歳の少年が、だ。そりゃ惚れるなというのが無理な話だ。断言できる。惚れるね! うん。惚れるね!!




「あっ。ごめんぶつかっちゃった」


 少年の背にやわらかな双丘が触れる。


「い、いえ。大丈夫です」


 そう言う少年の頬は少し赤かった。普段なら目を見て話しかけてくる少年が、そのときばかりは俯き加減に地面を見つめている。そんな少年の態度に、女は口元を緩めた。


「本当に大丈夫だった?」


 女はぶつかった少年の背を撫でる。女の顔には、からかうような笑みが浮かんでいた。女のその表情は、俯いた少年の目には映らない。


「ほ、ほんとに大丈夫でしたから!」


 少年はその手から逃れるように、慌てて前へと一歩踏み出した。


 と。


「ちょっと危ない」


 あまりに慌てていたせいか、少年はすぐ前を行く女性にぶつかってしまった。


「す、すいません」


 少年の態度が面白かったのか、前を行く女性も笑みを浮かべる。それは先程の女と同じからかうような笑みだった。


「何? そんなに私にくっ付きたかった?」


 少年へとかけられる言葉。


「い、いえ」


 その言葉にさらに慌てた少年は後ろに下がる。がそこには先ほどの女性。


 前門の魅力的な女性、後門の魅力的な女性……。




「次はまっすぐ進んでください」


 カミーロ君の言葉に現実に引き戻された。


 やわらかな双丘ってなんだよ! 迷宮にそんな普段着みたいな服装で潜らないよ! 死ぬわ! 攻撃が掠っただけで死ぬわ!


 そもそもマッパーを雇うほどの下層に入っている探索者に、他人にぶつかる様な不注意な人間はいない。諦めてるわ! そんな不注意な人間はもっと前に探索者諦めてるわ!


 一通り自分の想像につっこみを入れたところで、これまで歩いてきた通路を思い浮かべる。


 まず左に曲がり……。次はまっすぐ……。その次の十字路を……。


 よかった。大丈夫だ。これまでに歩いてきた十九階層の構造は全て頭の中にあった。


 ガーゴイルの気配も近辺にはない。いくら他の事に気をとられていようと、ガーゴイルの近付く気配を見逃すことはない……と思う。が、迷宮攻略に集中しよう。不足の事態に備えてカミーロ君のすぐ後ろのポジションについたのに、これではさすがに……。


 迷宮活性化に、魔素中毒者。迷宮に想定外の事などつきものなのだ。だというのに、どうしても慣れというものが、俺の意識の邪魔をする。迷宮というのは気を抜いてはいけない所なのだと、しっかり認識しなければ……。



「その先を左に。その後はまっすぐ行けば二十階層への階段です」


 左側か……。だが、左は……。エリナも気付いていたようで、立ち止まる。


「どうかしましたか?」


 カミーロ君は怪訝そうにエリナを見た。


「左の通路の先、ガーゴイルが四体います。迂回路はないのですか?」


 納得したようでカミーロ君は思案気な表情を見せる。


「迂回路ですか……。かなり戻る事になりますね。そうなると倍以上の時間を使う事になりますが……」


 その言葉にエリナは俺へと顔を向ける。


 これまでは運よくというか、気配を頼りにガーゴイルを避けてくることができた。しかし、それもここまでのようだ。


 今日の間に二十階層を終わらせなければならない。なるべく迷宮内に長時間留まる事は避けたい。


「地図見せてくれない?」


 マッパーの商売道具ともいうべき地図を見せてもらうのは気が引けたが、確認しておきたい。


「かまいませんよ」


 カミーロ君は嫌な顔ひとつせず地図を俺へと差し出してくれる。


「ありがとう」


 地図に目を落とす。ふむ……どうやらガーゴイルが固まっているのは小部屋のようだ。規則的に通路を行ったり来たりするだけだった徘徊型のガーゴイルが小部屋に四体も固まって……?


「普段からこの小部屋にはガーゴイルがいる?」


 地図の小部屋を指さす。カミーロ君は俺の手元を覗きこみ、


「いえ、今までに一度もそういった事はありませんでしたね」


 と、不思議そうな顔で言う。


「そっか……」


 行ってみるしかないか。ガーゴイル四体の気配以外に、ここからわかるものはない。


 カミーロ君も連れて行くしかないか。迷宮内に一人置いていくわけにもいかない。


 エリナ、俺、シビル、カミーロ君、アストリッドの順で進むことにする。



 角を曲がり進んでいく。魔物の気配は動くような気配はなく、四体は固まったままだ。


 誰一人言葉を発しない。呼吸も小さく押し殺すようだ。普段は気にならない小さな足音が、大きく聞こえるほどだった。


 これまでの賑わいが嘘のようだ。さすがにこれは気を張り過ぎだろう。


 小部屋が近づく。ガーゴイル達は部屋の隅のあたりにいる。通路からは死角になる場所だ。状況を把握するためには部屋に入るしかない。


 部屋の外からシビルの魔法で片付けてもらうか? 一瞬、そんな考えが頭に浮かんだが、すぐに否定する。


 やはり状況を把握すべきだ。普段とは違う行動を取るのは理由がある筈だ。ガーゴイルだけでなく、他の徘徊型の魔物もそういった行動を取る可能性がある。これからの迷宮探索にもいかせるかもしれない。



 考えている間に小部屋すぐ傍まで来ていた。ガーゴイルがこちらに気付いた様子はない。


「カミーロ君はここで待機」


 顔を強張らせながら頷くカミーロ君。


「まず俺が突っ込むから」


 広くはない。ガーゴイルの感知範囲を考えると、気付かれず小部屋に侵入するのは不可能だ。


「シビルとアストリッドは入口付近でお願い。エリナは俺がガーゴイルに抜けられた場合に備えて、二人の前ね」


 三人が頷くのを確認し、柄に手をかける。


「行くよ!」


 二十階層の事も考え、闘気術は使わない。


 部屋目掛け走る。


 闘気術を使わずとも数秒。


 すぐ後ろからは三人の気配。


 飛び込むように部屋に入り右手に目をやる。


 うっ……。


 立ち止りそうになるのを堪え、両手で剣を抜きながらガーゴイルに突っ込む。


 距離はすぐに縮まる。


 シビルの魔法、アストリッドの矢が俺を追い抜く。


 それはこちらに気が付き振り返ったばかりのガーゴイルへと突き刺さる。


 二体のガーゴイルにひびが入る。


 それを視界に入れながら、無傷のガーゴイルを目標に剣を引く。


 すぐ後ろからはエリナの気配。


 どうやら俺の相手は一体で済みそうだ。


 両手の剣を振る。


 ガーゴイルは四つのただの石へと姿を変えた。


 エリナが剣を突出しガーゴイルへと飛び込む。


 それで終わりだった。


 細かな石がばらばらと落ち、大きな石がごとりと落ちる。


 エリナが俺の隣に立つ。


「ひどいですね……」


 ガーゴイルの行動の原因となった物に目を落とした。


 それは一つの死体だった。


 探索者の遺体。


「ガーゴイルも人を食べるのでしょうか?」


 食い散らかされた無残な姿だった。そう……なのだろう。この状況はそうとしか考えられない。


 遺体の近くには、小さな青い宝石が落ちている。ブルージェムフラグメント……。迷宮から外へと出る為の物。


 脱出を試みたものの……か……。


 シビル、アストリッド、カミーロ君がこちらへとやってくる気配。


 止めようかと思ったが思い直す。皆、迷宮に入っているのだ。見ておくべきなのだろう。ヨハンのときとは違う。


 身を屈め、その探索者の傍らに落ちていた鞄へと手を伸ばす。それほど多くの物を持って行く事はできない。


 目につくものはなくギルドカードだけを取り出す。なにかあるのかもしれないが、それは他人の俺にわかるものではない。


 誰も何も言わない。重い沈黙の中、ギルドカードを鞄へとしまい、遺体に手を合わせる。


 持ち帰れなくてすまない。


 しばしそうした後、立ち上がる。


 振り返り、


「行こう」


 皆に声をかける。


 仲間の遺体の痕跡はなかった。ギルドには仲間から報告がされているだろう。普段ならば戻るところだが、今日は進まなければならない。



 その後は何事もなく階段へと辿り着いた。二十階層……。魔物は出会った事のないカースソード。あんな事のあったすぐ後だ。不安だ……。

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