第三話 依頼
「申し訳ありません」
小さないつもの個室に入ると、ステラさんは深々と俺達へと頭を下げた。
「いえ……」
なかなか顔をあげないステラさんに声をかけた。俺の言葉にステラさんは顔を上げた。その顔には申し訳なさと共に悔しさのようなものが見て取れた。
「どうぞ」
ステラさんに促され席につく。
「今朝、レックスさん達に依頼があるかもとお伝えさせていただきました。明日までに二十階層を攻略していただきたいというのは、その事と関係があります。レックスさん達が迷宮に潜っておられる間に、王国から正式に依頼がありました」
ステラさんはそこで、一息ため息をついた。
「王族の方がトウエンリッダに向かう前に、このガザリムにお立ち寄りになるそうで迷宮の視察をと言い出されました」
そう言うステラさんの顔にはありありと面倒そうな表情が浮かんでいる。
「ランク4以上の方に警護の依頼などをギルドから回す場合がありますが……」
今俺がギルドランクでは4。警護の依頼があってもおかしくはないという事か。
「ギルド内規則で貴族の方々の警護にはランク3以上というものがあります。王族ともなれば、ランク2以上でして……。先方にもそうお伝えしたのですが、どうしても迷宮探索の護衛にはレックスさんをと」
俺達を指名……。さすがに俺も王族と関係はない。あるとすればエリナだろうが、エリナの存在を知っているのは王太子妃であるエリナの姉だけだろう。
ついエリナを見てしまいそうになり自制する。エリナは今どんな表情をしているのだろうか?
「今からレックスさん達にランク2になっていただくのは期間的にも不可能だろうと……。王族の方が立ち寄るというのはごく限られた範囲でしか知られておりません。一般的には高位貴族の方という事になっていますので、ギルド側としましても貴族の護衛という形でお受けする形ならば、ランク3でも警護は可能という判断をしました」
なるほど。それで二十階層を攻略しろという事になったのか……。俺達が明日にも二十階層を攻略しなければいけない理由はわかった。が、問題は……。
「その俺達を指名した王族の方というのは?」
ということだ。
「王太子だそうです」
王……太子……か……。形だけではあるが、俺は王太子妃であるエリナの姉を守った事がある。その話が王太子にも伝わったという事だろうか。その関係で俺に話がまわってきたのかもしれない。もしくは……エリナの存在を知っているから……とも考えられる。
前者であるならば依頼を受けても問題はそうない。エリナを連れて警護する事はできないが、王族がいるというのにそう深い所までは潜らないだろう。俺、シビル、アストリッドの三人でも問題なく警護は可能のはずだ。後者だとするならば……依頼どうこうではないだろう。この国から出て行く事も考えないとならない。
「ガザリムを訪れるのは王太子殿下だけでしょうか?」
俺が考えている間に、エリナが質問を投げかけた。そこでやっとエリナに顔を向ける事ができた。エリナは少し強張ったような表情をしていた。
「王太子妃も御同行されると聞いています」
その返答にエリナは僅かに口元を綻ばせ、
「そうですか」
と一言だけそう言うと黙り込んだ。
「では王族の警護依頼を受けて欲しい。その為にはランク3でなければならず、王族の方の都合で明日二十階層を攻略する必要がある……ということですね?」
「はい。王太子ご夫妻は明後日の夕方ガザリムに到着されるそうで、お受けいただければですが、明後日の朝から試験を予定しています。その、ギルドは独立した組織です。……が、国の支援を必要とする部分などもあり……」
ギルドの運営も大変そうだ。
「わかりました。お受けするとはすぐには言えませんが、パーティで話し合ってみます」
さすがにステラさんの前で、エリナと王太子妃の話をするわけにもいかない。
「お手数をお掛けしまして申し訳ありません。返答は明朝でかまいませんので……。よろしくお願いします」
ステラさんは椅子を引き立ち上がると、深々と頭を下げた。本当に、ギルド運営は大変そうだ。
ひとまず帰ろう。とりあえず疲れた……。
「それでは……第三十四回シビルと面白おかしい愉快すぎる仲間たち方針会議を始めたいと思います!」
夕食を食べ終え風呂にも入り、後は寝るだけという状況で俺の部屋にパーティメンバーが集まっていた。夕食の間も話し合いたかったのだが、さすがに人目のあるところで話すわけにもいかない。と、結局はこんな時間、俺の部屋でという事になった。
それにしても……三十四回というのがどこからでてきたのかもわからないし、その『シビルと面白おかしい愉快すぎる仲間たち』というのも……。そもそも“面白おかしい愉快すぎる”というのはこの中ではシビルが一番当てはまっているような気もするのだが……。
「……第二十一回アストリッドと狼は何故鳴く方針会議」
シビルの言葉に抗議するかのように、アストリッドがぼそりと。えっと……どういう趣向なんだろうか? 狼は何故鳴くってのもよくわからないし……。
シビルとアストリッドの視線が俺とエリナに向く。
「えっ……と……、ガザリム探索者友の会方針会議……」
焦ったのかエリナがよくわからない名称を口にした。括りとして広すぎる気がする。それは俺達だけじゃなくもっと大勢の人も当てはまると思う。
エリナは何とかなったと思ったのか、ほっとしたように視線を下げる。も、シビルとアストリッドは何故かエリナを見つめている。その視線に気が付いたようで、顔を上げるとエリナは不安そうな表情となった。
「えっと、あの……ああ! 第十八回です」
そのエリナの答えに満足したのか、シビルとアストリッドの顔がこちらを向いた。エリナはそれを確認するとほっと息を吐いた。
この流れで俺が落とさないといけないのか? 落とせるものなかのか? 落とす必要があるのか?
「だ、第四十二回……レックスインワンダーランド方針会議……」
自分で言ってみてよくわからない! 一応、自分の境遇と不思議の国のアリスをかけてみたのだが……。
俺の答えに満足できなかったらしく、シビルは「はあっ」とため息をついた。アストリッドでやれやれとでも言うかのように首を振っている。
不正解だったか……。いや、むしろ正解などあったのだろうか? どのように答えたところで、同じような反応が帰って来そうだ。
「なんでもいいから始めよっか。でどうする?」
シビルが進行を再開する。シビルがいいだしたのに! ……まあいいか。依頼の話だ。
「依頼を受ける事に反対の人」
とりあえず手を上げる。エリナとシビルも手をあげている。三人か……。アストリッドは賛成のようだ。迷っている素振りすら見えない。
俺、シビル、エリナ。反対の理由は同じような物だろう。エリナの存在が王太子に伝わるのはまずいという事だ。王太子妃やバシュラード家にも影響が出てくる。それは俺が考えるべき問題ではないのだろうが、エリナの気持ちを思えば、そういった事態となるのは避けたいと思う。もちろん依頼を受けてもエリナを連れて護衛するというわけにはいかないのだが、出来る限り俺達も接近は避けるべきだろう。
となると……。
「アストリッドは賛成なの?」
俺の問いに黙ってアストリッドは頷いた。
「どうして?」
「……運命」
淡々となんら表情を変えることなく一言。
そっか、運命か。そう言われたらしかたないね。反論の余地がない。アストリッドは神の言葉を聞くことができる巫女だ。その巫女が運命というのならそれは……。
「……勘」
そっか……。神託ではないんだ。それならやっぱり依頼は断ることに……。
そういう空気が流れる中、おずおずといった感じでエリナが手をあげた。
「私も依頼を受ける方に……」
賛成って事か……。この状況なら誰よりも反対するのはエリナだと思っていたが……。
「姉が来るという事ですし、想像しているような面倒な事にもならないと思います。あの人はイタズラ好きですが、そのあたりはしっかりしているので……」
なるほど。王太子妃も来るという話を聞いてエリナの表情が緩んだのはそのせいか。エリナが言うのならその通りなのだろう。
「それに……やはり王太子は私の存在を知っているような気がします……」
エリナは重大な事をさらりと言った。それはそれで問題だと思うんだが……。
「以前、姉が体調を崩した際に、私が変わりに王太子に挨拶しなければいけない事がありまして。王太子に会うのはいつも姉だったのですが、ただ一言お声をかけて頂くだけなので私でも問題ないだろうと。その時に王太子は私に『君も大変だね』と悲しそうな笑みを漏らされて……。いえ、ただそれだけなのですが……。この人は全てわかっておられるのではないかと……。本当にそれだけなのですが……」
それっきりエリナは口を閉ざした。
「じゃあわたしも賛成で」
シビルがことさら明るい声を出した。沈黙を埋めるように。
「エリナが賛成ならわたしもそれでいいよ」
三対一か。
「……わかった。依頼を受けよう」
こうなるんじゃないかと思っていたんだよ……。向こうにいた頃は面倒事を避けるように生きていた。その事が原因かどうかはわからないが、こちらに来てから巻き込まれ体質になってしまったようだ。
王太子の真意を確かめないといけない。エリナはああいっていたが知らない可能性もある。結局、選択肢は一つしかなかったわけだ。
明日十九階層、二十階層を攻略か。まだまだ大変な日々が続きそうだ。




