第二話 十九階層
十九階層へと足を踏み入れる。数日ぶりの迷宮探索ではあったが、特に問題なく十九階層に着くことができた。
周囲の気配に意識を向ける。十九階層の魔物はガーゴイル。特に問題とはならない。気配察知の範囲内にも変わったことはない。
「まあ、気楽に行こうか」
三人に一声かけ一歩踏み出す。さて……いつも通り、右側から探索することにしよう。
単発的に出会うガーゴイルを始末しながら進む。ガーゴイルは徘徊型のようで、規則的に通路を行ったり来たりしていた。
ガーゴイルはやはり硬かったが、今の俺達にとっては特に障害とはならない。もちろんアストリッドもだ。複数のガーゴイルと一度に戦闘になることもなく、道中は比較的まったりとした雰囲気だった。必然的に会話も多くなる。会話の内容といえばもちろんトウエンリッダとの戦争の事だ。
戦争とは名ばかりのお祭りのような物。定期的に起こる戦争は、毎回トウエンリッダで行われるのだそうだ。
俺達のいるこのガザリムを含むビュラン王国は豊かな国だ。それはいくつもの迷宮を抱えているからでもある。対してトウエンリッダは迷宮も一つしかなく、貧しいのだという。
それがトウエンリッダで戦争をする理由の一つだそうだ。
トウエンリッダで戦争となれば、ビュラン王国からもその他周辺諸国からも人々がトウエンリッダを訪れる。そうなれば、トウエンリッダには多くの金が落ちる事になる。いわば国起こしの施策のひとつというわけだ。
ビュラン王国側にはあまりメリットはない。戦争に勝ったところで、貧しいトウエンリッダから得る物は多くない。かといってトウエンリッダが勝ったとしても多くを要求しないという。トウエンリッダもビュラン王国との関係を悪くはしたくないのだろう。数年に一度戦争に乗ってもらえれば、それでいいのではないだろうか?
「ここ数十年は全てビュラン王国の勝利ですけどね」
なんでもビュラン王国にはとんでもなく強い騎士様がいるそうで、多くの人々は戦争を、というよりもその騎士様を見る為に行くのだそうだ。
「また見に行きたいな!」
シビルは子供の頃に見たという戦争がよほど楽しかったようで、その当時の興奮そのままといった感じで戦争について……というよりは見物客の喧騒や、見物客目当ての屋台の様子、食べた物などについて語ってくれる。
「機会があればみんなで行ってもいいね」
と返してはみたものの……。問題は戦争に関するギルドからの依頼というやつだ。四人でお祭りに行くのなら、ただ楽しいだろうが、そこに……。
「依頼ですか?」
俺の微妙な表情に気がつきエリナが声をかけてきた。
「うん。ちょっと気になって……」
そこに依頼が乗ってくるとなると……。
「なんでしょうね? さすがに戦争への参加などではないと思いますが……」
そこでエリナが足を止めた。通路の先からガーゴイルがこちらへと向かってきている。
「シビル」
「はいっ!」
俺の一声で、シビルの手から風が放たれる。
それは瞬く間に届き、とガーゴイルを粉々に……ただの石片へと変える。
「……要人警護」
歩みを再開したところで、ぽつりとアストリッド。
なるほど。戦争ともなれば、身分の高い人間も動くか。日々迷宮で鍛えている探索者がいるならば、それだけ安全か。トウエンリッダまでの道中、数は少ないとはいえ盗賊などの危険性もある。
戦争に加わるよりはマシだが、それも面倒そうだ。ガザリムを離れるという事は迷宮探索が遅れるという事だ。それは俺がランク2になるのも遅れるという事……。なるべく先延ばしにしたい事ではあるが、エリナ達の事を考えると、少しでも早く結論を出すべきだとも思う。そんな矛盾のような感情が俺の中にはある。依頼の事以上に面倒だな……。
「可能性としては戦争への参加よりも高いでしょうが……。私達以外に適任者がいるかと……」
そうだろうな。そんな経験は一度も……。いや、一度はあるか。あれも大変だったな。
身を屈め、シビルの手により石片となったガーゴイルの残骸の中から魔石を回収する。傷もなく綺麗だ。
十九階層右側外周を辿るように進んでいく。
「警護とか以外だと何かあるかなあ?」
なんだろうか? 戦争に関係があり、探索者に依頼が来るような仕事……。人員整理? 探索者じゃなくとも可能か。
そもそも探索者とは何だ? 迷宮に潜り金を稼いでいる人々だ。ということは依頼はやはり迷宮関係か。迷宮に関係があり、戦争にも関係がある?
三人も考え込んでいたようで、シビルの言葉を最後に無言で迷宮を歩いて行く。と、一つの気配。エリナも立ち止る。
「アストリッド」
アストリッドはこちらをみて小さく頷き、弓に矢を番える。
すっと引き絞り……それも一瞬、弦から手を離す。
放たれた矢は真直ぐに飛ぶとガーゴイルを貫いた。
ガーゴイルは亀裂を生じさせ、いくつかの大きな塊となって地面へと転がる。気配はない。
歩みを再開する。
「とりあえず、どんな依頼だとしてもじっくり考えて受けるかどうか決める事にしよう」
考え込んでいても結局正解はステラさんに聞いてみないとわからない。それも数日中には判明するだろう。とりあえずは、なるべく断る方向で……。
十九階層の右側は二十階層への階段へと続いてはいないようだった。すべての通路を回ったはずだが、行き止まりになっていた。戦闘は問題ない。やはり明後日には二十階層へと踏み入れる事ができそうだ。
ガザリムへと戻りギルドで魔石などの換金を行う。周囲には多くの探索者。その探索者の顔は喜びや悔しさ様々だ。その一方で、特に感情を表す事なく淡々と列にならんでいる探索者もいる。
手続きを待つ間、それとなく周囲を見ていた俺に、
「十九階層も問題ないようですね」
とステラさんが話しかけてきた。
「ええ。明後日には二十階層探索に向かえそうです」
「その事なのですが……」
ステラさんは気まずそうに、そして申し訳なさそうに言葉を繋ぐ。
「明後日までに二十階層の探索を終了していただけないでしょうか?」
と。
間違いなく依頼に関係する事だろう。
「それは難しいですね」
すぐに否定する。確かに十九階層は問題ない。一階層上がった程度、二十階層も大丈夫だろう……とは思う。急げば可能であろうとも。たとえそうであったとしても、ステラさんからだとしても、他人にペースを決められるものではないと思う。
「御部屋を用意しますので、一度詳しい話を……」
これは駄目な感じだ。詳細を聞けば結局は引き受けてしまうだろう。そう思う。だが、これは俺のだけではない。三人の命もかかっているのだ。それに勝る事など、この世にはない。
ここで、断るのだ。
「申しわ……」
「わかりました」
俺の言葉を遮り了承の言葉。エリナの声だった。
「ありがとうございます」
ステラさんは俺達に深々と頭を下げると、カウンターを出る。
「エリナ……。聞いたらたぶん」
ステラさんが離れたタイミングでエリナへ話しかけた。
「聞かなければ……、断れば……、それはそれでレックスは悩むと思います」
それは確かにそうかもしれないが、俺の後悔なんて……。
「それに、レックスのそういう所も好きですよ」
人が良いと思っていてくれているのだろうか? でもそれはそういうことではない。気が弱いだけだと思う。
そう説明しようとしたが、エリナはすぐに俺に背を向け、カウンター外で待つステラさんのほうへと向かって行く。
「パーティなんだから相談するべきだよね」
とシビルが俺に声をかけてきた。
「レックスも同じだけどね」
そういうシビルは笑顔だった。そうしてエリナの後を追う。
話し合うべきだった。確かにそうだろう。だが、三人は俺とは違い人がいい。そうなれば結局……。
「……結論は同じ」
最後に残ったアストリッドが俺へと一言そう言い残し、二人の後を追う。
…………そうだろうね。




