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第二十三話 シンデレラ

「そろそろ帰ろうか」


 今日もまた十八階層を探索した。迷宮に入り、すぐに万職の担い手Lv6の恩恵を感じる事ができた。マップを取り出し、マッピングに入ると頭の中に明確にマップが浮かんだのだ。探索速度が落ちそうだったので、紙とペンを使い進んだが、紙とペンなしでもマッピングが可能だと思えるほどだった。これなら、後一、二階層探索すれば必要なくなるかもしれない。


 次に、剣の切れが昨日とは雲泥の差だった。“斬らない”という課題は今日もクリアできなかったが、昨日のあるかないかもわからない、雲をつかむような手ごたえの無さは感じなかった。確かにある。そう確信した。そしてその先にもまだ……。


 俺以外の三人も、やはり万職の担い手の恩恵を感じたようだった。三人が口を揃え「すごい!」と言うのだ。エリナとシビルのはしゃぎように、まるで他人事のように「よかったね」と返してしまったくらいだ。


 ステータスを見れば、なかなか上がらなかった剣士クラスもレベルが16に上がっていた。今までさんざんレベル15で経験を積んできた為、単純に万職の担い手Lv6の効果だけではないと思う。だが、これで経験値はリセットされた。16から17までにどの程度の時間がかかるかを見る事で、万職の担い手の経験値に対する中補正がどの程度なのか見極めることができるだろう。



 ギルド内は昨日と同じように多くの探索者で溢れていた。昨日と違うのはその雰囲気だ。どこかおかしな空気が流れているようだった。


「なんでしょうね?」


 さて……? ステラさんに聞いてみなければわからない。受付へと続く長蛇の列に並ぶ。


 しばらく待つも列は遅々として進まない。昨日、時間をずらすべきだと考えたばかりだというのに……。やはり時計の魔道具がほしい所だ。そうすれば、迷宮内で時間を調整することもできるだろう。以前エリナに聞いた話だと、安くとも金貨数千枚ということだった。迷宮で時間を調整するだけの為に金貨数千枚だ。……ないな。それだけあるなら装備の更新に金をかけた方がいい。金がありあまっているというなら考えないでもないが。……いや、あのコルセットを売ればいいんじゃないか? 俺達のパーティでは有用に使う事もできなかったわけだ……し……。


 あっ! 隣で話している女性陣をちらりと見る。気が付かれないように、ひっそりと。主にアストリッドを。そしてその胸を! やましい気持ちなどは一切ないのだが、やはり気付かれるわけにはいかないだろう。


 ……ふむ、やはりか。アストリッドの胸はなかなかに豊満である。かなりのボリュームといっていい。しっかりと作られていたコルセットのカップに足りないということはないだろう。エリナとシビルの胸にも目をやる。アストリッドの胸は、エリナ未満シビル以上。よし、一度アストリッドにコルセットを着てもらおう。それで駄目なら、トマスさんに買い取っていただいて時計を買おう。


 アストリッドの胸を見つめながら、そんな事を考えていると、三人の会話が止まっている事に気が付いた。恐る恐る顔を上げる。エリナとシビルが微妙な顔をしていた。残念な人を見た時のように。アストリッドはいつもの通り無表情だった。


「いや、やましい気持ちがあったわけではなくてですね。アストリッドならあのコルセットが合うんじゃないかなと思いまして」


「あれかー」


 俺の言葉にエリナとシビルもアストリッドの胸を眺めた。


「そうですね。アストリッドならぴったりかもしれません」


 二人はひとまず俺の説明に納得してくれたようだった。アストリッドは一言、


「……えっち」


 と言うと、胸を両腕で隠した。冗談……だろうか? 


「……じょーく」



 俺達の番まで後少しだな……。考える事も尽き、ぼうっと列が進むのを待っていると、聞くとはなしに前の探索者の話が耳に入ってきた。


「今回のクエストだが……」


 ちらりと目をやれば、揃いの金属製の鎧を身につけた男達だった。い、厳つい。スキンヘッドにモヒカンにリーゼント。そのどれもが、俺の頭二つ分ほど上にある。いかにも探索者といった風貌だ。貧相な装備でも身につけていれば、品の無いよくいるランク7程度の探索者にしか見えないかもしれない。外見上は、だ。


「あれか……。身内殺しは気が乗らん」


 間違いなく高ランクだろう。態度に粗野なところがない。その男達はこちらに目をやったが、すぐに何事もなかったかのように話を続けた。低ランクの探索者にありがちなのだが、エリナやシビル、アストリッドを見るとすぐに下品な顔つきになるのだ。その次に俺を見て「こいつ死ね!」という顔をする。迷宮活性化のときに顔が売れたせいか、最近は俺へのそういった視線は少ないのだが、エリナ達への下品な視線は絶えない。現に今も、ギルド内のいたる所から三人にはそういった視線が向けられている。高ランクの探索者になると、そういった視線はぐっと少なくなる。


「まあそうだ。だが手遅れという話だ。気が乗らないのは俺も同じだが……」


 装備も手入れが行き届いている。金属鎧にはいくつもの擦れがあり決して新しい物ではないが、鈍い光沢を放っていた。歴戦の探索者といった感じだ。


 揃いの装備というのもパーティという感じがしていいな。俺達も何か揃いの装備が欲しいものだ。ああ、指輪があった。だが、あれはアストリッドの分がない。同じ指輪を用意するべきかもしれない。トマスさんに相談してみよう。同じ指輪が手に入らないようなら、他に何か揃いの物でも用意しよう。


「ランク4の奴らに任せればいい」


「そうは言うがな。ランク4でも厳しいという話じゃないか。だからこそ俺達にもまわってきたんだろ? そもそもだな……」


 話しの流れからいって、男達はランク3以上なのだろう。


「お待たせしました」


 前の探索者にステラさんから声がかかった。次か……。


「あのクエストの事だが……、強制か?」


 スキンヘッドの男がステラさんに問いかける。


「はい。申し訳ないのですが、被害が出る前に食い止めなければならないので……」


「だが本当に……」


「はい」


 よくわからない会話だな。金属鎧の男達の表情はこちらからは見えないが、ステラさんは深刻な表情をしている。


「わかった。明日から六階層に入る。それでいいな?」


 スキンヘッドの男が振り返りモヒカンとリーゼントを見た。そのスキンヘッドの表情は険しい。二人がその言葉に頷く。


「ありがとうございます。では……」


 そこから先はクエストの詳細――といっても内容ではなく、報酬についてだが――だった。


「よろしくお願いします。では次の……」


 スキンヘッドと目が合ったので軽く会釈交わし、その男達と入れ替わりに受付の前に立つ。


「レックスさん……。……ヨハンが衛兵に危害を加え、迷宮内に入ったようです」


 ……。聞くべき事はいろいろとあるはずなのだが、なぜか言葉が出てこなかった。


「それでその衛兵の方は……」


 俺の代わりにエリナが聞くべき事を聞いてくれた。


「幸い、一命は取り留めました」


 その言葉に少しほっとした。ヨハンはまだ……。


「ただ、それも運が良かっただけのようで……」


 そうか……。


「ランク4以上の方々にクエストがでております。……ヨハンの討伐依頼です」


 ああ。先程の男達の会話はヨハンの事だったか。大ぴらに話すような内容ではない。ギルド内のおかしな空気もこのせいだろう。しかし、討伐とは……。本当に、もう、手遅れらしい。


「……おれは」


 喉がからからに乾き、かすれた声が出た。唾を飲み込む。


「俺はこういった事態にならないように、ヨハンを拘束してギルドに連れてきたのですが?」


 つい、言葉に棘が……。


「申し訳ありません」


 深々と頭を下げるステラさん。ステラさんに言ってもしかたないのはわかっている。わかっているが、ギルドがしっかりと管理していれば、衛兵が傷を負う必要などなかったのだ。


「いえ……」


 ステラさんの本当に申し訳なさそうな態度に、少し冷静になった。俺は、何を他人事のように考えていたのだろう。俺もこの探索者ギルドに所属する身だ。もちろんステラさんとは立場が違うわけだが、ギルドの落ち度という意味では俺の落ち度でもある。連れてきて、そこでギルドに任せて終わりというわけにはいかなかったのだ。


「クエストの、詳細を聞かせてください」


「……はい。ヨハンは転移で迷宮内に入ったようです。ランク5でしたので、六階層から十五階層までのいずれかの階層にいるものと思われます。ヨハンを見つけだし、討伐をお願いします。討伐証明部位は……指です。右手左手は問いません」


「殺さなければ……、なりませんか?」


 俺の問いかけに、ステラさんは一度、唇をきつく噛み締めた。


「はい。意思疎通すらもう完全に不可能だったらしく……」


「……わかりました」


 それにしても強制クエストか。たとえ狂った人間だとしても、皆には人殺しなどを経験してほしくはない。俺だって人を殺したいわけではないが、ランク6やランク5の人間では確かにつらいだろう。まだそれほど魔素を取り込んでいなかった時ですら、シビルに匹敵しそうな魔法を行使していた。今、どれほどの魔素を取り込んでいるかはわからないが、あの時以上に強くなっているはずだ。どうしてもやらなければいけないというならば、俺一人で……。俺の気配察知レベルならば、見つけ出すのは容易いだろう。


「ありがとうございます。では報酬ですが……」


 提示された額は、金貨百枚だった。クエスト受注時に金貨二十枚、討伐完了で金貨八十枚、合わせて金貨百枚だ。人一人の命が金貨百枚というのは、多いのか少ないのか。今の俺にはよくわからなかった。



 ギルドを出る。


「夕食はどうしようか?」


 明るく三人に声をかける。


「今日はもう宿に戻りましょう。夕食も宿で」


 普段通りを心掛けたのだが、どうしても空気は重くなってしまう。


「そっか……」


 四人黙って宿へと歩く。ただ無言で。



「あのさ……レックスは一人でやるつもり?」


 沈黙を破ったのはシビルだった。俺の思いに気が付いていたようだ。誤魔化せないだろうという確信があった。


「そう思ってる」


 素直に話す。


「皆に人殺しなんてしてほしくない」


 そんな事は決して。


「それは私達も同じですよ。レックスに人なんて殺してほしくない。でもやるんですよね?」


 頷く。


「それに……。ヨハンがどれくらい魔素を取り込んでいるかもわからない。皆を危険な目に合わせるわけにはいかない」


「そんな相手に一人でいかせられない……」


「そうだよ!」


「私達パーティですよね?」


 三人とも決意は固そうだった。


「ありがとう」


 ちょっと泣きそうになったのは内緒だ。ばれていないといいな。



 宿に戻り食事を取った後、三人を部屋に呼ぶ。コルセットの事があるからな。アストリッドだけでもよかったのだが、二人きりの状態でアストリッドにコルセットを差し出す勇気はなかった。


「これ着てみて」


 コルセットを渡す。これで二度目だが、やはり滑稽だ。


 アストリッドはコルセットを受け取ると、着ている服に手をかけた。


「ちょ、ちょっとまって! 部屋でるから!」


 慌てて扉を開け、部屋から飛び出す。


「……じょーく」


 閉まり際、扉の隙間からアストリッドの声が聞こえてきた。廊下にへたり込む。なんだそれ……。



「着られましたよ」


 しばらくして、扉を開きエリナが顔を出した。招き入れられ、部屋へと戻る。アストリッドは普段通りの服装だ。なにもアストリッドのコルセット姿を見れるなどと期待していたわけではないのだが、少し残念だった。


「ぴったり」


 アストリッドが胸を張る。どうやらその普段着の下にコルセットをつけているようだ。確かに……。普段よりも胸にボリュームがある気がする。下着……すごいな。これまでもかなりのボリュームだったのが、さらに大きくなっているように見える。


「えっち……」


 アストリッドが胸を突き出したんじゃないか……。

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