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第二十二話 十八階層

 迷宮へと向かう間、ずっとヨハンについて考えていた。アストリッドのパーティ加入については嬉しく思うが、やはり考えずにはいられなかった。俺の対応は正しかったのだろうかと。あの書物――『狂った魔法使いたち~畜生共の宴~』に載っていた通り、殺しておくべきだったのではないだろうか? そこまで考え、否定する。あの時、ヨハンは正気だった。いや狂っていたのかもしれないが、人に害をなしたわけでもない。無理に拘束したことですら行き過ぎた行為だったかもしれない。正しかったと思ってはいるが。


 現時点でヨハンと会ったならどうするべきだろうか? 死に値するほどの罪を犯したわけではないはずだ。もう一度捕まえるべきだろう。正当な理由なく殺人を行えるほどの勇気は俺にはない。正当な理由があれば、殺せるだろうとは思うが……どうだろうな……。


 盗賊を殺した時の事を思い返してみる。偶然だったとはいえ、俺が殺した事は間違いないのだが、それほど悩んだ記憶はない。初めてゴブリンを倒した時のほうが思い悩んだくらいだ。命を奪うという行為が二度目だった事もあるのだろうが、襲いかかってこられた事、防具が悪かった事、ソールさんが認めてくれた事。いろいろと正当化できる要素があったからだろう。


 ヨハンの場合はどうだろうか……。


「レックス……」


 呼びかけられ顔を上げると、エリナの心配そうな顔が目に入った。


「つきましたよ」


 いろいろと考え込んでいるうちに、いつの間にか迷宮前へと辿り着いていた。


「ごめん。じゃあ行こうか」


 ヨハンの事については、出会った時に考えればいいか。出会わないかもしれないしな。思い悩みはするが、基本的に俺は楽天家なのだろう。そうなったらそうなった時。どうとでもなるさ……、というか結局どうとでもしないといけない。



 十六、十七階層を最短で駆け降り、十八階層へ。魔物の気配は……。どうやらゴーレムは小部屋待機型のようだ。多くとも、四体。ありがたい。徘徊型は階段までにどうしても戦闘になる場合が多い。待機型なら、階段までに小部屋がない場合は簡単に避けられるからな。マップを眺める。十八階層は最短でも小部屋を一つは通らないといけないが、一度の戦闘だけで必ず階段まで辿り着けるということだ。階段から階段までは地図上を左上斜めに横切っていた。今回は右上側を探索する事にする。


 探索者の数はそこそこ。稼げないというわけでもないらしいな。とりあえず……、初めての階層。何があるかはわからない。


「慎重に行こう」



 マップに描くだけでなく、頭の中にもマップを形成するように意識しながら進んでいく。自動筆記のように手はよどみなく進むのだが、頭の中はそうはいかない。手が描くマップと照らし合わせながら、徐々に頭に刻み込んでいく。


 次の角を曲がれば小部屋が見えるはずだ。


「この先、魔物が四体です」


 角を曲がる。どうやら、通路の先は十字路になっているようだ。正面には小部屋が見える。右手側、ごく近い位置にも気配があり、正面小部屋すぐ右側も小部屋となっているようだった。左手側には気配がない。左側が先へと進む通路らしい。


 待機型といっても、小部屋から出てこないわけではない。どちらか一方で戦闘になると、もう一方の部屋からも魔物が出てくる可能性がある、か……。挟まれるのは避けたいな。幸い真正面が小部屋になっている。


「シビル、アストリッド。ゴーレムに魔法を撃ちこんで」


「余裕!」


 というシビルの言葉。アストリッドも頷く。


「倒せるなら倒してくれてもいい。二人同時に撃ちこんで」


 エリナと共に、二人の盾になるように数歩進み出ると剣を構える。シビルが詠唱を始める。と、ゴーレムに動きがあった。四体のゴーレムがこちらへと動き出したのだ。魔法に反応したのか? シビルが詠唱を始めるまで、こちらに気が付いた様子はなかった。詠唱による魔素の動きに反応したとしか考えられない。これまでに、そんな行動を取る魔物はいなかった。偶然かもしれない。次の戦闘時に、もう一度確認が必要だな。


 小部屋から出てきたゴーレムは、三メートルほどの大きさで比較的形を保っていた。泥というから、もっとべったりとした物を想像していたのだ。がっしりとした人に近い姿をしている。園児が作った粘土細工の人間といった感じだ。園児はこれほど大きな粘土細工は作らないだろうが。


 その動きはもっさりと鈍い。ゴーレムにとって通路は狭く、二体が並べばいっぱいだ。一体一体がぶつかり合いながら、自然と四体が一列に並ぶようにして向かってきた。


 俺とエリナの間を抜けて、アストリッドの矢が飛ぶ。その風を纏った矢はゴーレムの胸を抉り、突き抜けた。派手に泥を飛び散らしながら。次々にゴーレムを撃ち抜いていく。柔らかいようだが、ゴーレムは胸に大きな風穴を開けられながらも動きを止めようとはしない。


 アストリッドの矢に少し遅れてシビルの魔法が発動した。こちらも風。アストリッドの矢の時以上に盛大に泥を撒き散らしながら、ゴーレムの頭を吹き飛ばす。エリナが一歩前に出ると、盾で飛散してくる泥を防いでくれる。カツンッと何か泥ではない硬い物が盾に当たり地面へと落ちた。どうやらそれは魔石らしかった。


 魔石を砕かれたゴーレムは形を崩し、ただの泥へと戻っていく。どうやら頭の中に魔石が埋まっているらしい。


 ゴーレムの残骸に近付き、踏みつけてみる。ぐしゃりと簡単に形を変えた。やはりかなり柔らかい。次からは頭を切り落とすか。さすがの魔物も頭だけではどうしようもない。これほど柔らかいならば、魔石を取り出すのも簡単だろう。


「次からは頭を落として、魔石を取ろうと思う」


 振り返り、三人に声をかける。


「ちょっと考えがあるんだけど、次も任せてくれない?」


 と、シビルからの提案。


「わかった」


 ゴーレムが魔法に反応するかどうかも見たかったしな。先へ進むとしよう。



 次にゴーレムが居たのは、角を二度曲がった先の小部屋だった。向かう間、シビルとアストリッドはずっと何か話し合っていた。


「それじゃあ、ちょっと時間がかかるからレックスとエリナで押さえておいて!」


「了解」


 ゴーレムはまだこちらに気が付いた様子はなかった。シビルとアストリッドが詠唱を始める。と同時にゴーレムはこちらを向いた。やはりゴーレムは魔法に反応しているようだ。もちろん近づけば、魔法を使わなくとも反応するだろうが、魔法への反応範囲が広いのだろう。


 ゴーレムはこちらを目指し、向かってきた。今度のゴーレムは二体が横並びに向かって来る。ちょうどいい。俺とエリナで一体ずつ押さえればいい。シビルは時間がかかると言っていたな。とりあえず、倒す事は考えず、受ける事だけに専念しよう。しかし時間がかかるか……。シビルもアストリッドも無詠唱が可能だ。どれほど大きな魔法を使うつもりなのだろうか? そう思うと少し不安な気持ちになった。


 ゴーレムは目の前まで迫ってくると、その巨体をいかし上から拳を振り下ろしてきた。その拳を剣で受け止める。……と、そんなつもりはないというのに、俺の剣はゴーレムの拳へと深くめり込んでいく。慌てて剣を振り切り、一歩下がった。ゴーレムは柔らかい。


 危なかった。俺が先程まで居た場所に、ゴーレムの右腕が振り下ろされている。俺の剣が通ったはずの拳は、何事もなかったかのように元通りになっていた。どうするか……。エリナはと見れば、盾で軽々と受けきっている。やはり、双剣というのは受けにまわると盾持ちよりも不便だな。もちろん、こんな柔らかい相手に受けにまわるなど、ごく限定された場合だ。そんなに頻繁にある事ではないのだが……。剣の腹で受けるか? それでは、さすがに柔らかいといっても剣身が歪む可能性がある。


 そうか……。斬るという事を意識すれば斬る事ができたのだ。斬らないと意識すれば、斬らない事も可能なのではないだろうか? 物と物の間を通す感覚で斬っていた。それとは逆の事をすれば斬れないはずだ。


 ゴーレムは右腕を振り下ろした反動を利用するように、反対の左腕を俺へと振り下ろしてくる。意識しながら、振り下ろされる左拳へと剣を合わせる。……も、剣はいともたやすくゴーレムの拳を断ち切っていく。駄目か!


「いくよ!」


 シビルの言葉。要練習だな。拳を防ぐことはできなかったが、ゴーレムを引き付ける事はできた。


 シビルの魔法とアストリッドの矢。それは同時に二体のゴーレムの頭を目指し突き進む。とんでもない威力の魔法でも使うのかと思ったが、どちらも先程と対して変わりのない――むしろ先程よりも小さな魔法だった。


 それらは泥を撒き散らしながら、ゴーレムの頭を抉り取った。慌てて下がり、泥を躱す。飛び散ったのは泥だけだった。なるほど。ゴーレムの泥は貫きながら、魔石は傷つけないような威力に調整したのか。威力の調整に時間がかかったという事だろう。


 地面へと落ちた魔石を拾い上げる。泥が付着していたが、ふき取るだけでいい。傷がついているが、少し値が落ちる程度で換金は可能だろう。


「どう?」


 シビルが心配そうに手元を覗き込んできた。そんなシビルに魔石を渡す。


「んー。もうちょっと威力落としたほうがいっか……」


 そのあたりはシビルに任せよう。俺にはまだまだ遠い世界だ。


 俺が今考えなければならないのは“斬らない”という剣として矛盾にも等しい課題だ。一切イメージ通りにはいかなかった。はたしてそんな事が可能なのだろうか? シグムンドさんがいてくれればな……。あの人ならば答えを知っているはずだ。あの人ができないなら、俺にもできないだろう……。そう考え、頭を振る。シグムンドさんのいる領域に辿り着き、いつかは追い越そうと思ったはずだ。たとえ、シグムンドさんが出来ない事だとしても……、出来るようにならなければならない。



 ギルドへと戻る。あの後も同じように何度か戦闘を繰り返した。相変わらず“斬らない”という事ができない。そう簡単にできるわけがない。今までは“斬る”という事しか考えてこなかったのだから。それとは反対にマッピングは順調だった。十八階層右側のマップはほぼ完成した。まだ手書きを伴わなければ脳内にマップを作る事はできないのだが、一度書いたマップはほぼ脳内に再現できるようになっている。


ギルド内は多くの探索者で溢れていた。受付へと続く列に並ぶ。今回はなかなか稼げたはずだ。正式にアストリッドもパーティに加入した事だし、夕食はあの高級店へ行くのもいいかもしれない。あそこなら、アストリッドも満足できる料理があるはずだ。何も言わなかったが、宿での朝食はあまり美味しそうにはしていなかった。


 列は長く一向に進もうとしない。時間をずらすべきだったか……。時間は随分とありそうだ。今のうちにステータスの確認でもしておこう。


 名前 : レックス

 年齢 : 15

 ジョブ : 探索者

 クラス : 剣士Lv15

 スキル : 万職の担い手Lv6、双剣術Lv20、気配察知Lv16、身躱しLv14、浄化Lv10、祈りLv11、闘気術Lv11

、マッピングLv11、基礎魔法Lv18、応用魔法Lv14


 お! 万職の担い手のレベルが上がっている。ミドルクラスになった時以来か。


 万職の担い手Lv6 : スキルに依存せず基本、ミドルクラスに限りクラスを選択可能。複合クラスは選択不可。クラス効果、経験値に中補正。パーティメンバーに対し、クラス効果、経験値に中補正。


 経験値に中補正というのは大きいな。これで、剣士のレベルも順調に上がってくれればいいのだが……。エリナ達に知らせようと思ったが、さすがに多くの探索者の視線があるギルド内でステータスを公開するのは危険だ。夕食の時にするか。

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