第十九話 三人目(四人目と五人目?)の仲間
「ど、ど、どういうことですか?」
あまりにも動揺しすぎて、完全にどもってしまった。
「……一つの部屋に三人で入っていった。つまり、そういうこと」
そんなところまで見ていたのか……。いや、そもそもアストリッドさんが変な酒を飲まさなければ、こういった事態にはならなかったのだ。
「普段から三人で同じ部屋に泊まっているわけではありません。昨日はエルフ酒の為に、そういった事になってしまいましたが」
「……ごめん」
少し、嫌味が過ぎたようだ。アストリッドさんは無表情ながらも、どこか申し訳なさそうに見えた。
「いえ……」
「でも三人で同じ部屋に入った……。そういうこと?」
それは……否定はできぬ。俺がエリナとシビルの二人に好意を持っているのは事実であるし、エリナとシビルの二人が俺を好きでいてくれているというのも、また事実……のはずだ。どう説明したらいいのか。もちろんハレムなどではない! と言えばいいのだが、エルフ酒の為とはいえ、同じ部屋で寝たのは事実だしな……。
「い、いつか、いつかそういうことになるかもしれませんが、今はまだ違います」
恥ずかしそうに、頬を染めながらエリナは言う。
「そうだよ! 別にアストリッドさんがパーティに入っても、レックスと恋愛関係になる必要もないから! むしろならなくていいよ!」
恥ずかしさを勢いでごまかすかのようなシビル。
「まあ、そういう事ですので……これ以上は……」
「……大変だね」
アストリッドさんの言葉。俺に対してなのか、エリナとシビルに対してなのか。
「とにかく……昨日の事は謝る。……ふさわしくないと思うなら、ここで解散でもいい……」
確かにアストリッドさんの行為は褒められたものではない。が、パーティを組むうえで人となりを知る事は必要な事だと思う。それに、その事で大変な目にあったわけでもない。戸惑いはあったが、むしろ嬉しいハプニングだったしな。
「迷宮に入りましょうか。それから決めても遅くはありません」
今日は十六、十七階層を進む。十六階層は階段まで最短。十七階層をメインに探索だ。今日一日パーティを組んでみてパーティメンバーに迎え入れられるようならば、明日からは正式にパーティを組み十八階層へと潜る。十六階層スライム、十七階層ロックンロールについては昨日すでに説明は終えていた。
十六階層に入り、アストリッドさんがどこからか弓と矢筒を取り出していた。弓はアストリッドさんの身長よりも長い。その長さ一・九メートル。材質は木材だろうか? 細く軽そうで、無駄な装飾などは一切施されていない。構造も単純な物で、無垢の木に握り手を付け、弦を張っただけだ。
「あの、その弓はどこから?」
そういえばアストリッドさんは弓を使うと言っていた。先程、弓を持っていなかった時点で疑問に思うべきだった。
「……ん」
短く声を出すと、アストリッドさんは弓を消して見せた。そして再び取り出す。なにもない所から。それは光を伴っていた。
「魔法ですか?」
「ん」
アストリッドさんが頷く。
「すごい! すごい! それどういった魔法ですか? 私にもできますか?」
シビルの食いつきようが半端ではない。
「わからない。私だけの魔法。エリナなら出来る……かも?」
エリナなら……? エリナとアストリッドさんとの共通点といえば精霊と契約しているということくらい……。確かに弓を取り出す時は、契約精霊が出てくる時と似ていた。
「精霊と関係があるということですか?」
「ん。たぶん……精霊と同じ場所にある」
入れた物が、という事だろう。
「それはどんなものでも出し入れは自由なのですか?」
「可能……」
便利だな。回収した魔物の部位などが、かさばらずにすむ。アストリッドさんがパーティに加入するかどうかはわからないが、加入しなかった場合には、エリナには是が非でも覚えてもらいたいところだ。
「とりあえず先に進みましょうか」
夜、一緒に食事を取る事になる。その時にでも聞けばいい。
俺とエリナが先を進み、その後ろからシビルとアストリッドさんがついて来る形で十六階層を進む。
「スライムが一体です」
「お任せしても?」
アストリッドさんのお手並み拝見といこう。
「ん」
アストリッドさんは弓に矢をつがえ、軽々と弦を引く。張力はどの程度なのか? そもそも、スライムに剣や矢などは効果がないと、昨日説明したはずだが……。ああ。
「来ます!」
上から降ってくるスライム。エリナが一歩引き……、そこへアストリッドさんの矢が飛ぶ。矢は空中でスライムを捕えた。矢が突き刺さるとスライムは内部から破裂する。その半透明の体をまき散らしながら。スライムの残骸をエリナが盾で防いでいた。
「……ごめん」
「大丈夫です」
スライムの体は触れた物を溶かす性質を持っている。動いている間は。倒した後だからよかったが、そうでなければ、エリナの盾も溶かされていたはずだ。エリナもアストリッドさんも初めてだ。こんなものだろう。
「これが風魔法を乗せたという矢ですね?」
「ん」
内部からの破壊か。それ以外にも、矢の速度の増加や軌道の安定などにも使われているのかもしれない。
「進みましょう」
このまま階段へと向かうならば……珍しいな。
「次は二体です。二体共可能ですか?」
「ん」
スライムとの戦闘は初めてだろうが、余裕がありそうだ。
アストリッドさんがスライム二体を倒すのにかけた時間はほんの数秒だった。もちろん二体とも弓だ。弓に矢を番え射る。矢を番え射る。流麗な動き。もちろん風魔法を乗せている。先程は気が付かなかった――というか、シビルで見慣れていたせいで気にもしなかったのだが、アストリッドさんの魔法もまた無詠唱だ。十四階層のオークの集団を弓矢でどうやって切り抜けたのかと思ったが、これならばある程度距離を取れば余裕だろう。
「次はレックス達のが見たい……」
アストリッドさんからすれば当然だな。だが……、
「それは十七階層になりそうです」
階段までの通路周辺にスライムの気配はない。
「……レックスすごい」
気配察知のことだろう。
「ありがとうございます」
十七階層に入りマップを取り出す。右側は埋まり……、後は左だな。探索を優先するとき、魔物はほぼシビルに任せている事だし、まずはシビルかな?俺は一歩下がり先頭をエリナだけに。エリナ、俺、シビルとアストリッドさんの順だ。マップを書く必要のない十六階層とは違う。
シビルの金属弾が飛び、ロックの中心を貫く。エリナのレイピアが貫き、俺の剣はロックを切断する。三度、アストリッドさんに見せるようにロックと戦った。
「……皆……すごい」
アストリッドさんからの称賛。気配察知もそうだが、確かにすごいと思う。このあたりの階層の探索者の中では、間違いなく実力は抜けているはずだ。アストリッドさんも相当だが。次は……。
「アストリッドさん。連携を見たいのですが、いいですか?」
ロックならば、個々で充分に対応できる。だが、これからパーティを組むとなれば複数で戦わなければならない状況も出てくるだろう。連携がうまくいかないようならパーティを組む意味もないだろう。そういう意味では十七階層を選んだのは失敗だった。十四階層なら、引っ張らなければ複数で戦う必要がある。
「エリナ。エリナは受け止めるだけで、攻撃はアストリッドさんに任せて」
エリナとアストリッドさんが頷くのを確認して、次のロックへと向かう。さて、スライムは柔らかく矢が突き刺さったが、ロックはどうだろうか? まあ結果は見えている気がする。
ロックがエリナへと転がってくる。速度を上げて。本当、坂道でもないのに不思議だな。エリナが闘気術を使い盾で受け止める。あらためて見ると、本当とんでもない光景だ。あちらの世界で見たら、ロックは発泡スチロールででも出来ているのかと思ってしまうだろう。
アストリッドさんが膝を突き体勢を低く弓を上方へと構えた。なるほど。アストリッドさんが弓を引く。風魔法がかけられた矢が、山なりにエリナを越えロックへと向かう。
その矢は狙い違わずロックを突き刺したようだ。こちらからではエリナの陰になっていて見えないが、倒したのだろう。その証拠にロックの気配はない。アストリッドさんの弓術スキルは相当なものだ。天井と、ロックと密接していたエリナを避けて、矢を当てたのだから。
エリナの陰に隠れたロックの残骸を見に行く。アストリッドさんの矢は深く突き刺さり、その全てをロックの体内へと隠している。スライムのときとは違った形で風魔法を使ったようだ。
「すごいですね」
口々にアストリッドさんを褒め称える。十五階層までソロでやってきたというのも、納得だ。アストリッドさんは俺達の称賛に、どこか恥ずかしそうにしている。表情はそれほど変わらないのだが。
十七階層をほぼ全て回り、探索を終えた。あの後、アストリッドさんを交ぜ、ごく普通に十七階層のマッピングを行った。シビルの魔法、アストリッドさんの弓をメインにロックを倒しながら。コミュニケーションをうまく取れるかが一番の心配だったが、その点もあまり問題なかった。無口なのは変わらないが、どう思いどう考えているか少しはわかる。よく考えれば、エリナ、シビルともそうだ。最近では、戦闘中、声をかけ合うなどということは少ない。もちろん、それはこれまでの経験によるものだ。よるものだが、十六階層、十七階層を共に探索してみて、アストリッドさんともそうなれるだろう、という確信を持つことができた。
昨日と同じエルフの店に来ていた。二階に上がり、四人でテーブルを囲む。ミルシェとオンジェイは仲良さそうに、テーブルの隅で何か話している。
「乾杯」
「お疲れ様です」
「お疲れ!」
「……ん」
エルフ酒で乾杯する。事前に効果がわかっていれば、そうおかしな物でもない。もちろん量は昨日以上に控える。二日酔いなど気にする事なく少量で、悪酔いすることなく楽しい酒が飲めるのだ。事前に効果さえわかっていれば、いい酒だ。美味いしな。
「今日一日どうでしたか?」
アストリッドさんに聞く。俺の中では、アストリッドさんとパーティを組みたいという気持ちになっていた。
「レックス達のパーティに入りたいと思った……。正式にパーティに参加させてください……」
アストリッドさんは深々と頭を下げた。エルフ酒の件でも、ここまで深々と頭は下げられなかった。念の為、エリナとシビルを見る。二人共、笑顔で頷いていた。
「頭を上げてください。明日からよろしくお願いします」
俺の言葉に顔を上げるアストリッドさん。
「よろしくね。アストリッド!」
「よろしくお願いします」
顔を上げたアストリッドさんに、声をかけるエリナとシビル。
「ん」
アストリッドさんの口元には、微笑みが見て取れた。ここまで表情を変えたアストリッドさんを初めて見た。やはりアストリッドさんの無口無表情というのは、何にも動じないような冷静冷淡さではない。その冷たさすら感じさせる顔の造形から、最初はそう見ていた。だが、それは違うはずだ。ただ他人とどう接すればいいのか、まだよくわからない子供のようなものだろう。エルフの成長速度がどの程度かわからないが、きっと幼いはずだ。
「それじゃあいつもの……」
「ステータスの開示ですね!」
途中からエリナに言葉を盗られ、シビルはしょげた顔を見せたが、すぐに立ち直り、
「ここはやっぱりアストリッドからね!」
興味を隠そうともせず、言い放った。アストリッドの魔法スキルがどの程度か知りたいのだろう。
「……わかった。……ステータスオープン」
名前 : アストリッド・フランドル
年齢 : 47
ジョブ : 探索者
クラス : エルヴンヴォルヴァLv18
スキル : 弓術Lv18、基礎魔法Lv20、応用魔法Lv18、剣術Lv10、気配察知Lv8、気配消失Lv11、身躱しLv9、
ん? ん……? 思わず二度見してしまった。姓持ち? 見慣れぬクラス? そんな事はどうでもいい! 四十七……歳……。完全に俺の思い違い……いや、アストリッドはエルフだ。
「エルフ種族の寿命ってどれくらいあるんですか?」
「……だいたい四百年」
四百年……。こちらの世界の一般的な人がどの程度生きるかはわからないが、仮に八十として……五倍か。人で考えるならば、アストリッドは九歳から十歳という事になる。もちろんそのまま当てはまるわけではないだろうが、幼いという俺の予想はやはり正しいことになる。だが、九歳にしては……。どこをどうみても外見は大人の女性だ。
「アストリッドは何歳くらいで、身長の伸びが止まったの?」
「たぶん……二十くらい」
外見的な成長は人と変わらないようだ。
「衰えというのは、いつくらいから始まるかわかります?」
「……死ぬまでこのまま」
アストリッドは事も無げに言う。どこの戦闘民族だよ! いやあれは老化するんだったか?
「はいはい。質問は後で! 次エリナね!」




