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第十三話 宝箱

 十六階層を進む。スライムは順番に魔法の一撃で仕留めていく。簡単だ。問題はスライムが姿を現すまでの時間が長いことだ。壁や天井から染み出し姿を現すのを待たなくてはならない。一度、試しに壁からスライムがほんの少し出た段階でシビルに魔法を撃ってもらったが、残りの部分は何事もなかったかのように動いていた。やはり体の大部分を潰さなければいけないようだった。そういった面倒さはあったものの、順調にマップは埋まっている。


「二十階層だけど……」


 十七階層以降の魔物について説明を受けながら進んでいた。十七階層の魔物は転がる岩――その名もロックンロール。チャックか? フーか? ツェッペリンか?


 十八階層は動く泥人形であるゴーレム。文字などはかかれていないそうだ。『e』の文字を消すことはできそうにない。


 十九階層は以前も戦ったガーゴイル。


「二十階層はカースソードです」


 自ら動く剣だそうだ。宙に浮き高速で突っ込んでくるらしい。このあたりは物理耐性の高い魔物が主に出てくるようだ。よくわからないが粘性を持った液体に、岩、泥、石、金属だからな。


 とりあえず、明日は転がる岩だ。耐性が高いといってもスライムとは違った方向でだ。硬いだけならば問題はない。そのあたりはガーゴイルでしっかりと仕込まれた。


 そんな話をしながら進んでいくと、小部屋に出た。小部屋から通路は伸びておらず行き止まりだ。これまでのマップの埋まり具合から、ここがこの階層の最も端だと思うのだが……。


「……?」


 おかしな気配があった。といっても昨日のような複数のスライムが集まっているわけではない。今現在いる小部屋の壁の向こう側にスライムの気配があった。どうやらここがこの階層の端ではなかったようだ。これまでの階層は大きさの違いはあれ、四角形をしていた。スライムは壁の中から現れるが、範囲外にいたスライムなどこれまでにはいない。この階層は俺が今までに思っていた以上に大きいのかもしれない。もしくは……。時間には余裕がある。


「少しこのあたり詳しく見て回っていい?」


 二人の了承を取り付け、近くの通路を探索していく。



 が、どこにも外周へと続く通路はなかった。左手側から外周へと向かう手段はないようだ。右側から回り込むような形になるのだろうか? 困ったな。ふとそう思ったが、よく考えればそう困ったことでもない。完璧な地図を作るのならば困った事だが、そうではない。こういった場合もあると思っておけばいいだけだ。


「ごめん。無駄足だったみたい」


 二人に謝り、念の為もう一度小部屋へと戻る。気配に一番近かったのは、先ほどのあの部屋だ。スライムの気配に動きはない。


 小部屋に戻り、気配のある方向の壁を念入りに見渡してみるも変わったところはない。隠し部屋という可能性も考えたのだが……。


「あっ!」


 シビルが声を上げた。


「ちょっと! こっちこっち!」


 エリナと二人シビルの元へと駆け寄る。そこは部屋の壁左隅、この階層の端の端だった。


「ここ!」


 シビルが指さす壁を見るも変わった点は見られない。


「ここがどうかしたのですか?」


「レックスでもわかんない?」


 といわれても……。


「わからない」


 俺の答えに、シビルはへへんっと得意げな顔をした。


「では、教えてあげましょう! ここが少し変なんです!」


 変なのはシビルの態度からわかった。


「どう変なのか聞きたいんだけど……?」


「えっとね。魔素の流れがおかしいっていうか、ちょっとした魔法が使われてるみたいな?」


 聞かれても……。壁に目を戻し、気配を探るように見つめる。魔法が使われているならば気配察知によっても分かるはずだが……。やはり駄目か。変わった点はない。シビルがわかったのは魔素感知スキルによるものだろうか?


「それで、どういった魔法が使われているのですか?」


 魔素についてはシビルのスキルのほうが気配察知よりも優秀なのか。だが、気配を構成している要素の一つは魔素であるはずだ。


「んー幻惑系かなあ? 魔物には効果がないから、私はあんまり詳しくないんだけどね」


 そうであるならば、シビルも気配を感じ取る事が可能なはずだが……。俺が、魔素感知スキルについて考えている間にも、シビルとエリナの間で話は進んでいた。


「シビルならば、その魔法を解除する事は可能なのですか?」


 と、急にエリナからオンジェイが飛び出したかと思うと、壁の中へと消えて行った。と、思うとすぐに壁から顔を出しエリナに何かを告げ、戻ってくる。


「ありがとう」


 肩に止まったオンジェイに笑顔で礼を言うと、エリナはこちらに向き直った。


「ここから先、壁の向こうは通路になっているそうです」


 これは困ったな。隠し通路が存在するのなら、これまでもそしてこれからも隠し通路が存在する可能性がある。完璧なマップを作りたいわけではないが、隠し通路、隠し部屋があるのならなるべく見つけたい。問題はどこまで探索すべきかという事だ。とりあえず隠し通路の先に何があるかだな。


「どんと魔法でも打ち込んでみよっか?」


 シビルにも解除の方法はわからないということか。壁に近づき触れてみる。他とは変わらない青い光を放つ壁。手袋を通しても手にもひんやりとした壁の温度が伝わってくる。間違いなくそこに壁はあるようにしか思えない。


「やってみて」


 試せることは試してみよう。いくらシビルの魔法でも迷宮の壁には傷などつかない。


「じゃあちょっと離れてね」


 言われた通り数歩下がる。シビルもそれほど大きな魔法を使うわけでもないだろう。


『ファイアランス』


 炎の槍は壁に当たると、壁に沿って炎を広げた。俺達の元にも熱風が吹き付ける。トロールですら一撃だろうという威力を持った魔法だったが……、壁に変化は見られない。


「部屋から出て。思いっきりやってみる」


 思いっきり……。シビルはなぜか笑顔だった。エリナと共に慌てて部屋を出る。止めようなどとは思わない。迷宮内なら壊すものもなし、今のシビルの本気がどの程度なのか見たいというのもあった。


 シビルが右手を高々と掲げ、詠唱を始める。


『世界に遍く可能性という名の種子よ。我が前に集いて花と成れ! 其は赤。其は杖。其は鳥。其は炎也!」


 シビルの身長の倍以上の長さ……、三メートルを超える炎の槍がシビルの頭上に具現化した。その圧倒的な熱量に周辺の空気が揺らいでいる。シビルが前方の壁へと手を振り下ろす。


『ファイアランス』


 シビルの手から投げ放たれるようにして、炎の槍は壁へと直撃した。派手な光と音を立て、炎が吹き荒れる。目の前に広がるのは、世界の終りのような光景。


 炎の海に立つシビルがこちらを振り返った。炎がシビルを照らす。その顔には満面の笑みが……。……。


 炎が消えるのを待って、部屋の中へと入る。あれほどの魔法を受けたというのに迷宮には傷一つ見られない。あの左隅の壁以外には。元からそこには壁などなかったかのように、ごく自然に通路ができている。


 隠し通路を進む。これまで通ってきた通路となんら変わりはない。突き当りを曲がると小部屋があった。部屋の中にはごく普通のスライムが一体。気配からわかっていた事だが、なんというか……残念だ。せっかくの隠し通路。何か変わったことがあると思ったっていいだろう。スライムが俺達を目指しゆっくりと這い始めた。そして、スライムの陰に隠れるようにして置かれた見慣れぬもの目に入った。


「あれ、何ですかね?」


 何だろうか?


「とりあえず行ってみようか。その前に、スライムを……」


「ほいっ!」


 スライムが燃え上がった。


「じゃあ行こっか」


 シビルが笑顔で部屋へと足を向ける。スライム? もちろん、もう跡形もない。シビルに続き、部屋へと入る。部屋には、それ以上続く通路などもなく、どうやら行き止まりのようだ。ざっと見ただけだ。隠し通路などがあればわからないが。


 シビルは部屋の中央から少し離れた場所で立ち、腕を組んでいた。


「大丈夫かな?」


 シビルの視線の先に目をやる。そこにあったのは青い石でできた長方形の小箱だった。蝶番がつけられ蓋が開くようになっている。周囲の壁や床と同じ材質のようだ。


「大丈夫じゃないんじゃないかな」


 隠し部屋に意味ありげに置かれた箱。当然、トラップがあってもおかしくはない。


「俺が開けてみる。二人共離れておいて」


 エリナは俺の提案に難色を示した。


「この中で一番防御に秀でているのは私です」


 と言うのだ。確かにそういったトラップならばいいが、ガスなどの場合は関係ない。それならば、この中で一番素早い俺が開けるべきだ。闘気術も使うからと言うと、エリナは渋りながらも受け入れてくれた。


 二人が充分離れたのを確認し、足に闘気を纏わせる。これならば何が起ころうと範囲外に逃げる事ができるはずだ。前方は危険だろうと、横から剣を差し入れ、捻るようにして勢いよく蓋を開く。と同時に、小箱から遠く飛び退る。闘気術により、俺の体は一瞬で小箱から離れた部屋の隅へと移動した。小箱を確認する。


 …………。しばらく待ってみるも何も起こらない。ゆっくりと小箱に近付き、慎重に小箱の中を覗く。中にあったのは、何やら布のような物だった。いつでも離れられるように外側へと体重をかけながら、手に取り広げる。下着だった……。どっと疲れが押し寄せてきた。緊張が途切れたと言えばいいのか……。


 あれほど慎重に気を使い、そうして手に入れたのは下着……。トラップなどなくて当然というか……。いや、だが隠し通路の先の宝箱に入っていた物だ。凄い物かもしれない。エリナ、シビルのいる入口へと歩きながら、下着を仔細に観察する。なぜ下着とわかったかといえば、娼館で見かけたことがあったからだ。コルセット? ビスチェ? 詳しくはわからないが、とにかく胸元から、腰のあたりまでを覆うようになっている物だ。胸元には膨らみがあり、ウエスト部分は細くなり、くびれが設けられている。


 鑑定してみるも、特殊な効果があることはわかったが、それがどういった効果なのかというところまではわからなかった。二人に手に入れた下着を見せる。女性に下着を見せるというのも、おかしな話だが小箱から出た物だからしかたがない。


「コルセット……ですか?」


「そうなのかな?」


 二人共、俺と同じように折角の入手品が下着と知って気が抜けたようだった。


「帰ろっか……」



 ギルドに戻る。換金対象品があるわけではないので、ギルドに戻る必要はなかったのだが、隠し通路の事や、宝箱の事について調べておきたかった。


 ギルド受付にいたのは、


「ステラさん!」


 ステラさんだった。二人がギルド受付へと駆け寄る。


「もうお仕事ですか?」


 帰ってきて一日しか休んでいない。王都から馬車の長旅。疲れもまだとれていないのではないだろうか? ステラさんの顔にはそんな様子は一切見て取れない。


「長い間休暇を頂きましたし、そろそろ私もお仕事が恋しくなってきたところでした」


「これからまたよろしくお願いします!」


 やはりステラさんだと何かしっくりと来るものがある。ソーニャさんが悪いというわけではない。ただステラさんがはまり過ぎているというか……。そういえば……。


「ソーニャさんはどうされたのですか?」


 カウンター内にも姿は見えなかった。


「ソーニャはギルドを退職しました」


 えっと?


「探索者を引退する彼に付いて行く事にしたと。ガザリムを離れるみたいですよ」


 ソーニャさんの心配事は、どうやらその事だったようだ。付いて行くか、ガザリムに残るか。悩んでいたのだろう。彼というのは、ギルドランク3だとかいうソロ探索者のことだろうか? 出会ってから一月も経っていないはずだ。期間としては短いとしかいいようがない。……俺にはそこまでの決断力はないな。それにしても、あのソーニャさんが……。ガザリムに戻ってこない事を祈ろう。昨日見たソーニャさんの笑顔を思い出す。きっと大丈夫だ。あの笑顔を思い出すと根拠なくそう思えた。


「レックスさんはどういったご用件でしょうか?」


「いえ、少しお聞きしたいことがあって……」


 そうだった。ソーニャさんについて話しに来たわけではなかった。


「では、まず先にギルドからの連絡事項を伝えさせていただいてかまわないですか?」


 ギルドへと戻ってきた探索者の数も増えてきている。俺の要件は緊急というわけでもないし、後でもかまわない。資料室でアランさんに聞くか調べてもいい事だ。頷く。


「エリナさんにギルドランク4試験官の要請があります」

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