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第十一話 卒業

 トマスさんの店には早めに着いた。それでも、女性陣の用意を待っていたので、陽は傾き辺りは暗くなり始めていた。


「無事に合格されたようでおめでとうございます」


 まだ、俺達から合格の事は伝えていないのだが……。


「少し早いので、店内の物でも見ていて下さい」


 直々に出迎えてくれたトマスさんは、そう言うと俺達を案内してくれる。トマスさんに付いて店内を回る。トマスさんはいろいろな装備品を見せ、俺に手渡してくれる。それは迷宮から出た物ばかりだそうだ。どうやら俺の鑑定に対する指導のようなものらしい。迷宮産の装備品に触れる機会は少ない。バッチョさんが店長をしている店には、ごく限られた物しか置かれていない。もちろん迷宮産素材で作られた装備品は置いてあるが、その数も少ない。それほど貴重なのだ。俺も十五階層まで潜ったが、一階層で運良く手に入った耐毒の指輪しか見つけられていないしな。トマスさんの気遣いに感謝しつつ、少しでも経験を積むように鑑定していく。エリナ、シビルの二人は退屈にしているかとも思ったが、迷宮産装備を興味深げに眺めていた。


 時間はあっという間に過ぎた。


「では、そろそろ家のほうへ移動しましょうか」


 トマスさんの言葉に移動しようとしたとき、店の扉が開く。現れたのはアランさんだった。


「皆さん、もうすでに来られていたのですね。このたびはおめでとうございます」


 どうやら以前と同じく、アランさんも呼んでくれていたようだ。


「ありがとうございます!」



 ダイニングで出迎えてくれたのは、トマスさんの奥さんであるシャリスさんだけだった。ソールさんとステラさんはこの場にいない。それは当然なのだが、少し寂しい気持ちになった。


「それでは始めましょうか」


 トマスさん夫妻を上座に各々席に座る。なぜか八つの席に、食事の用意がされていた。


「まだ誰か来られるのですか?」


 疑問に思いトマスさんに聞く。と、トマスさんはしまった、とまずい顔をした。


「いや、それはその……」


「レックス。ランク4おめでとう」


 トマスさんの声を遮るように聞こえてきた声。入口の方へと振り返る。そこにいたのはソールさんだった。


「ソールさん!」


 おもわず立ち上がった。どうやら、用意されていた席はソールさんの分だったようだ。


「いつお帰りになられたのですか? ステラさんは?」


「今日だな。ステラは少し待ってもらっている。レックスの気配察知が高レベルなのは知っていたしな。あいつがいると驚かせることができないからな」


 わざわざ俺達を驚かせるために、気配消失スキルを使ったのか……。ソールさんからは確かに気配をほぼ感じない。引退したとはいえやはりランク2……。護衛という職も関係しているのかもしれない。


「それじゃあ、ちょっと待っていてくれ。ステラを呼んでくる」


 そうか。もう二週間ほどになるのか。少し早い気もするが、確かにそろそろ帰ってきていてもおかしくはない時期だった。席に座り直すと、トマスさんがほっとしているのが目に入った。


「レックスさんに聞かれたときは、どうなることかと思いましたが、無事に驚いていただけたようで」


 ステラさんを連れソールさんが戻ってきた。


「ステラさん!」


「おひさしぶりです!」


 ソールさんステラさんが席に着くと、


「それでは、レックスさん。エリナさん。シビルさん。ギルドランク4昇格おめでとうございます」


 トマスさんの言葉で宴が始まる。


「それにしても、もうランク4か……。お前たちなら本当にランク0も夢じゃないかもな」


 ソールさんが感慨深げに言う。


「そういえば、ギルドに挨拶の為に顔を出したのですが、ものすごい速度でランク5になった方がいるそうで、話題になっていましたよ」


 ステラさんが、思い出したようにふと口に出した。それは……、


「もしかしてエルフの女性ではありませんか?」


 思い浮かんだのは、あの無愛想な表情の見えない探索者だった。


「いえ、そこまではわかりませんが」


 ステラさんもふいに口を出してしまった、といった感じだった。たとえ知っていたとしても話せないか。


「レックスさん達も十分早いですからな。あまりご無理はされないように。命あっての物種ともいいますからな」


「お心遣いありがとうございます。ですが特段、無理をしているということはありません。死んでしまってはトマスさんに恩返しもできませんからね」


 無理をしていれば、今頃はもうランク3にはなっていただろう。最後は冗談めかして言ったが、本心だ。トマスさんは俺の言葉に笑ってくれている。


「そういえば、トマスさんの話したい事というのはなんなんですか?」


 俺の言葉に、トマスさんは笑いを消すと深刻そうな顔になった。昨日は、嬉しくてしかたがなく話したいのを我慢しているという感じだったのだが……。


「そのことですか……。実は……」


 ん? 必死に深刻そうな顔を作っているトマスさんだが、その口元には笑みがこぼれている。トマスさんはシャリスさんをちらりと見た。


「子ができました!」


 それは……。シャリスさんを見れば、シャリスさんも満面の笑みを浮かべている。


「おめでとうございます!」


 皆、口々にトマスさん、シャリスさんへと祝福の言葉を投げかけた。


「ありがとうございます」


 そういえば、トマスさんもシャリスさんも水ばかりで、宴が始まってから酒を一滴たりとも飲んでいなかった。ソールさんとステラさんの結婚に続き、トマスさんにお子さんが……。幸せな事ばかりが続くな。シャリスさんの気配を探ってみるも、気配を二つ感じるなどということはなかった。


「それで、お子さんは男の子ですか? 女の子ですか?」


 何気ないエリナの言葉。エリナはお姫様だったから、そのあたりの事などわからないのだろう。


「女の子だそうです。私に似ず、シャリスに似て綺麗だといいのですが……」


 えっと……? シャリスさんのお腹はまだ膨らんではいない。あちらの世界の検査でも、性別などはまだわからない時期ではないだろうか?


「性別はどうしてわかるのですか?」


「男と女では、波長が違いますからね」


 波長について詳しく聞くと、男女間では元来持っている魔素の表れ方に違いがあるのだそうだ。それによって男女の区別がつくらしい。助産師のような方がいて、その方に見せれば性別などを判断してくれるのだそうだ。わかっていなかったのは俺の方だった……。


 もう一度シャリスさんの気配を見てみるが、やはりさっぱりわからなかった。気配察知とは違うスキルなのだろうか? クラスやスキルの詳細を聞こうと思ったがやめた。赤ん坊の性別がわかった所で、助産師になるわけでもない俺には不要なスキルだ……。


 トマスさんのお子さんの話題で盛り上がる。名前の話では「男ならレックスと名づけようと思っていたのですが」と冗談まじりにトマスさんが言っていた。女の子ということで、『シャロン』と名付けるそうだ。シャロンちゃんか。内面はトマスさんに、外見はシャリスさんに似るといいね。


 ソールさんステラさんからは、王都土産を頂いた。俺とエリナ、シビルが頂いたのは揃いの銀の指輪だった。男の俺でも、女性のエリナとシビルでも違和感のないデザインだった。


「安物ですまないんだが、一応エンチャントされたものだ。軽い外傷から、身を守ってくれる。本当に軽いものだけだし、一度効果が表れると壊れてしまうんだが……。お守りのようなものだと思ってくれ」


 探索者用ではなく、街で暮らす少し裕福な人々向けの商品らしいのだが、そんなことは知らずにソールさんは初めて迷宮に入るときに、パーティメンバーで揃えたそうだ。王都で土産を探しているときに見つけ、俺達にぴったりだと選んでくれたそうだ。これが何か実際に役に立ったという事はないらしいが、ソールさんを含めパーティメンバーは全員今も無事に生きているということだった。だからお守りのようなものだと。


「ありがとうございます」


 三人揃ってソールさんとステラさんに頭を下げる。



「さて、皆様、夜ももう遅いですし、泊まっていってください」


 部屋に残っていたのは俺達パーティとトマスさんだけだった。シャリスさんは子供の事もあるのか、そうそうに引き上げられていた。アランさんも早めに家に帰らないと奥さんに怒られるそうで、途中で帰られた。前回の時は、そんな様子はなかった。もしかして前回の事がばれたのだろうか? ソールさんとステラさんも、旅の疲れもあるということで、部屋に引き上げている。ソールさんはトマスさんの護衛ということで、トマスさんの邸宅に住んでいた。ステラさんも共にここで住むそうだ。ステラさんにとっては、義父母との同居のようなものだろうか? トマスさんもシャリスさんもいい人だし、ステラさんが人間関係で苦労するということもないだろう。風呂なども各部屋についているし、他人と共有しなければいけないわけでもない。お手伝いの方もいることだし、家の事をしないでいいというのもメリットだ。


「さあレックスさん飲んでください」


 エリナとシビルも部屋へと下がり、ダイニングにはトマスさんと俺だけになった。トマスさんは自らは飲まず、俺に酒を注いでくれる。


「トマスさんはお飲みになられないのですか?」


「ええ。シャリスも我慢していますからね。私だけ飲むというわけにもいきません」


「そうですか……」


 ソールさんといいトマスさんといい格好いいな。


「それでですね……」


 トマスさんが袋を取り出しテーブルの上に置くと、俺の方へと差し出した。


「なんでしょうか?」


 袋を手に取り開けてみると金貨が二十枚入っていた。


「これは……?」


 意図が見えなかった。


「娼館のお金です。昇格祝いだと思ってください。私は付いて行くことができないので……」


 トマスさんが酒だけでなく娼館も!? あのトマスさんが、だ!


「それは……その……?」


「子もできた事ですし、これを機にやめようと思い立ちましてね」


「お子さんが産まれてからではいけないのですか?」


 一般的に、妊娠がわかってから子供が産まれるまでの期間に、必要とする人が多いのではないだろうか?


「今きっぱりとやめて、慣れておかないと」


 妻と子供の為にきっぱりと断つというトマスさん。なんかやっぱり格好いい。


「女の子ですよ!? シャロンが思春期になって、娼館に通っているなどと知られたら……『パパ不潔!』なんて言われたらどうします!? 立ち直れる気がしないのです……」


 トマスさんは情けない顔をしていた……。その姿は格好悪かった……。



 トマスさんが用意してくれた馬車に乗り、娼館へと向かう。トマスさんが行かないと知り、一度は断ったのだが、「私の分まで楽しんできてください……」というトマスさんの顔を見たら断りきれなかった。馬車の中には、トマスさんもソールさんもいない。一人一人止めていき、最後に取り残されてしまった。物理的なもの以上に馬車の中は広く感じた。もう下品な馬鹿話をする相手はいないのだ……。


 馬車は門を潜り抜け、娼館敷地内へと入って行く。あれほど心躍ったものだったというのに、今は物悲しさしかない。視線を落とすと指に嵌めた指輪が目に入った。エリナ、シビルとお揃いの指輪だ。俺もそろそろ止めなければいけないのだろう。卒業ってやつだ。


 最後くらい贅沢をしてもいいだろう。トマスさんに頂いた金貨に俺の金貨も合わせて……。ひゃっはー! 夢のさん……。

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