第十話 ギルドランク4
以前と同じ部屋でギルドランク4認定試験を待っていた。前回のときのように緊張はしていなかった。個人ではなく、パーティで受けるからだろうか? 安心感がある。いつも通りだ。相手がオークか探索者かの違いでしかない。
エリナ、シビルの二人にも緊張は見られない。二人で仲良く昨日のことについて話している。昨日は休日にしたが、どうやら二人で過ごしたようだった。どこそこのケーキはおいしかった。どこそこの装飾品が可愛かった。ごく一般的な女性同士の会話だ。ごく一般的と言ってみたものの、実際にエリナとシビル以外の女性がどんな話をしているかは知らない。あちらの世界でもこちらの世界でもだ。ただ、女の子らしい会話だな、と感じた。
「レックスは昨日何してたの?」
「俺? 俺は……」
昨日、午前中はギルド資料室に籠り、午後はトマスさんといろいろと話をした。休日といっても迷宮に入らなかったというだけで、結局は迷宮に関係のあることしかしていないな。
資料室に行ったのも、クラスやスキルについてもう一度調べ直す為だった。俺のステータスに表示されているクラスでよくわからないものを資料室で調べた。全てを調べられたわけではないが、やはりその大半が迷宮探索と関わりのないクラスだった。迷宮に関係ないということもあり、資料室にある書物にはさらりと一行しか載っていない物ばかり。もしかしたらそんなクラスにも有用なスキルがあるのかもしれないが、そこまで調べるには時間がかかり過ぎる。一ヶ月休暇を取れるならば調べられるかもしれないが。迷宮が現れて数百年。そもそもそんな有用なスキルがあるならば、もうすでに資料室にある書物に載っていていいはずだ。
昨日一日調べてみて、ギルド資料室以上に充実している図書館のような所にでもいかなければわからないスキルは切り捨ててもいいと考えた。ただ単純に労力に見合った結果がでなかった為だ。広大な砂漠から一本の針を探すような……さすがにそれはいいすぎだが、鳥取砂丘の中から針を……これもいいすぎか。公園の砂場から……もういいか。とにかくそんな感じだ。
念のためアランさんに図書館のようなものがあるのか聞いたところ、王都とサレストにはあるということだった。王都には行く気がしない……。行くとすれば俺一人でだろう。さすがに王太子妃と同じ外見のエリナを連れて行くことはできない。考えすぎかもしれないが、どんなトラブルがあるかわからない。後はサレストだが……。サレストといえば、シグムンドさん達が探索しているであろうダンジョンがある街だ。国内では王都に次ぐ大都市ということだ。ちなみにガザリムは三番目らしい。ランクがあがれば、訪れる事になるはずだ。その時に、行き詰っているようなら訪れてみるのもいいかもしれない。
午後からトマスさんと話したのは商人関係のスキルに関してだった。最初はバッチョさんに相談しようと思ったのだが、バッチョさんは不在だった。ここ最近は鍛冶場へ籠っているのだそうだ。不眠不休でひたすら作業をしているという。エリナの装備の為であろうか? そうであるのなら、ありがたいのだが、あまり無理はしてほしくない。そのため、代わりにといってはなんだがトマスさんに相談したのだ。トマスさんもお忙しいだろうし、時間は取らせたくなかったのだが具体的に相談できそうなのはバッチョさんを除けばトマスさんくらいだった。元々はトマスさんに相談しようと思っていたのだが、忙しいだろうとバッチョさんを訪ねた。そしたらバッチョさんのほうが忙しくてトマスさんに相談することになった。そんな経緯があった。
そろそろ大禍日だ。どうなるかわからないが、五階層や十階層の大禍物と戦うことになるはずだ。ここまで必要を感じなかった為にずっと先延ばしにしてきたが、一階層のようにレアドロップを引き当てた時に、商人スキルの鑑定があれば便利だろうと思ったのだ。必要を感じなかったのも、ガザリムならばトマスさんかバッチョさんに見せればいいだけだからなのだが、もし他の迷宮に籠るようなことになったとしたら? 今すぐにガザリムを離れるという話が出ているわけではない。だが、ランク2に上がれば、そういった話もでるだろう。もし他の街、具体的にはサレストに行ったときに、鑑定できなければ買い叩かれる可能性もある。他の街でもトマスさんのように信用できる商人と出会えればいいのだが……。
ともかく、そういった事もあってトマスさんと話をさせて頂いた。鑑定というスキルは純粋に技術のようなものでもあり、魔法のようなものでもあった。俺に必要なのは後者であるらしい。というのも迷宮からでるような物は純粋に魔素から構成されている。それを見極めるには魔素が必要なのだそうだ。こちらは鑑定レベルが低くとも簡単に判別がつくらしい。魔法的効果、エンチャントが施されているような物も同様だという。
本当に難しいのは前者だそうだ。迷宮の素材から作られていない物、美術品などの価値は、魔素で判別できるものではない。レックスさんには関係ないでしょうが、とトマスさんは笑っていた。確かにその通りだ。迷宮産の特殊な装備、素材は鑑定レベルが3もあれば充分だという。
軽くトマスさんから具体的な鑑定のやり方を指導してもらったところ、スキル欄に鑑定Lv1が表示された。鑑定にあまり時間を取られるということはなさそうだ。
後は軽い雑談だった。ギルドランク4認定試験を受けると話すと、合格祝いの宴を用意したいと言ってくれた。俺、個人としては前回断ったこともあり、申し出を受けたいと思った。だがエリナとシビルに相談しなければならないので、その時は保留にさせて頂いた。この事だけは昨日のうちにエリナとシビルに話しておいた。二人共喜んで賛成してくれたので、朝トマスさんに是非よろしくお願いしますと伝えている。合格か不合格かはまだわからないが、どちらにしろ今日はトマスさんの宴だ。トマスさんの宴はこれ以上ないというほど豪華だからな……。楽しみだ。
トマスさんはその後も何やらまだ話したいことがあったようで、話すか話すまいか悩んだ様子を見せていた。それとなく水を向けてみたのだが、皆さんがいる所で話したい、とトマスさんは我慢していた。なんだろうか? トマスさんの顔は終始綻んでいたので、悪い話ではないと思うのだが。
そんな感じに有意義な休日を送った事をかいつまみ、エリナとシビルに話す。俺の話を聞きなぜか二人は恥ずかしそうな表情をみせた。
「……なんかごめんね。私達だけ遊んじゃって」
そういうことか。
「好きでやっていることだし、気にしないで。次の休日は二人に遊びに連れて行ってもらおうかな?」
「いいですね!」
「じゃあね、じゃあね。ほら、昨日行ったあの店! あそこまた行こうよ! レックスも絶対楽しいと思うし」
二人は楽しそうに、次の休日の計画について話し始めた。次の休日は迷宮の事など一切忘れて過ごす休日になりそうだった。それはそれで楽しそうだ。
三人仲良く次の休日について話をしていると、扉が開かれた。時間か。よし行こう! ギルド職員に続き部屋を出ると、いつものようにギルド裏庭へと出る。そこに居たのは五人の男達だった。帯剣している者が二人。一人がロングソードと盾、もう一人はショートソードだけ。そして、先端がひし形の形をした金属製棍棒を腰に下げた者が一人。後は杖が一人に弓が一人。合計五人。パーティでの試験となると、人数を合わせてくれるようなこともないらしいな。五人だろうが三人だろうが、同じ階層を探索するのだ。当然と言えば当然だが……。個人戦のほうが楽だったかもしれない……。
メイスの男が俺達に近づいて来る。男はゆったりとしたローブを羽織っている。僧侶系クラスかもしれない。敬虔な神の信仰者達は、防具などを身につけず刃物も持たないようだ。ギルドランク4。複合クラスという可能性は薄い。となると……近接二、魔法一、弓一、僧侶一のパーティか。バランスのとれたパーティのようだ。
「怪我をさせるつもりはないが、手を抜くつもりもない」
「よろしくお願いします」
メイスの男と握手を交わす。男が仲間たちの元へ戻ったのを確認して、戦い方を相談する。
「シビル一人で後ろ二人抑えられる?」
シビルは問題ないというように笑顔で頷いた。これで魔法と弓は大丈夫だ。近接クラスはどうとでもなる。問題は僧侶系だと思われるメイスの男だ……。僧侶系クラスにアンデッド以外への遠距離攻撃スキルなどはなかったはずだ。となるとメイス主体の戦い方だろう。となると近接に加えていい。試験官となる五人はすでに体勢を整えている。前に剣を持った男が二人。後方に杖と弓。その間、杖と弓を守るようにしてメイス。まずは近接二人か。
「最初に一人……ショートソードを落とすから。エリナはその間にロングソード」
エリナが頷く。どちらでもよかったのだが、相性でいえば俺がショートソードのほうがいい。
「始めてよろしいですか?」
俺達の話が終わるのを待っていたようにギルド職員が話しかけてきた。剣を抜き、黙って頷く。
「わかりました。それでは始めてください!」
ギルド職員の合図。その言葉と同時に、ショートソードを持った男へと向かう。相手は待ちの姿勢のようで突っ込んでくるようなことはない。弓が矢を番えているのが目に留まった。その隣に目をやると、杖も詠唱を開始している。弓が強く弦を引き絞る。それは俺を狙っていた。ショートソードの前に、矢を躱す必要があるか……。無詠唱を除けば、弓の方が魔法よりも発動は早いようだ。これは一つの利点だな。無詠唱で魔法を行使可能なシビルがいる俺達のパーティではそれほど利点とはならないか。
そこで、杖と弓の前に巨大な炎の壁が現れた。杖、弓とメイスを分断する形だ。さすがシビルさん! これで弓や杖の遠距離を気にすることなく、ショートソードに対応できる。
前衛二人は後方の攻撃を期待できないと、俺達へと向かってくる。さすがはランク4。判断が早い。ショートソードの動きが速い。俺とショートソードの距離は一瞬で縮まる。
剣と剣のぶつかる音。受け止められたが、俺には左手もある。ショートソードを引かれぬように右手の剣から力を抜かず、左の剣を男の胴に向かい振るう。もちろん寸止めだ。男は苦笑いを浮かべながら、剣を引き両手を上げるとひらひらと振る。まずは一人。
一歩退く! 俺のいた場所にメイスが振り下ろされていた。危なかった。おかしな魔素の動きに気がついていなければやら……。地面を叩いた反動を利用するようにして、すぐさまメイスが俺へと跳ね上がって来る。再び一歩下がるも、続けざまにメイスは俺へと襲いかかってくる。
間違いない。闘気術だ。ランク5探索者に使うスキルじゃないだろう……。ランク5のときの相手だったアルドさんといいこのメイスの男といい、俺への評価が高すぎる。メイスを躱しながら打開策を練る。闘気術による男のメイスは速く、躱すのに精一杯で反撃に出られるようなものではない。それでいこうか。
ひたすらにメイスを躱すことに専念する。闘気術に対抗するには闘気術しかないのだが、この男の闘気術には爆発的な速度はない。もしシグムンドさんが相手で、闘気術を使われていたならば初撃を躱すことすら不可能だったであろう。
躱し続ける事十数分。目に見えてメイスの速度が落ちてきた。そろそろだろう。振り下ろされたメイスを思い切り足で踏みつけ、そのまま男へと剣を突き付ける。
「これは……まいったね……」
男がメイスから手を離し地面に座り込んだ。
エリナへと目を向けるとそちらもとっくに終わっている。杖と弓は……。まだ、轟々と燃え盛る炎の中か……。シビルへ視線を向けると、シビルは頷き炎を消した。杖と弓は地面に腰を下ろし、仲良くおしゃべりをしていた。炎が消えた事に気付くと立ち上がり、なぜか、にこやかにシビルに手を振っている。よくわからない。
闘気術の反動にへたり込んだメイスの男にショートソードが肩を貸し立ち上がらせる。
「さすがはソードダンサーのパーティだ。闘気術を使っても負けるとはな」
「いえ……」
闘気術というのを失念していた。この程度といっては失礼だが、本当にこの程度の闘気術の使い手でよかった。
「今までに闘気術を使って勝てなかった奴はいなかったんだがなあ」
それが原因なのではないだろうか? 十分以上も闘気術を使い戦えるというのはすごい。闘気術のレベルも高いのだろう。だが、それも限界がある。シグムンドさんは闘気術を「元来ある能力を高めるだけのもの」だと言っていた。闘気術に頼った戦い方。闘気術で事足りる為にその他のスキルが伸びていないのだろう。
「リーダー! 俺達もパーティに女の子いれましょうよ!!」
ロングソードと杖と弓が、走り寄ってくる。
「駄目だ! お前ら絶対面倒を起こすからな。せっかくここまで上手くやってきたのに女の事でパーティが解散とか目も当てられん」
男達の間で女性をパーティに入れる入れないで論争が始まった。すぐに収まりそうな気配はなかった。
「おめでとうございます。合格です。ギルド受付で手続きをお済ませください。お疲れ様でした」
揉めている男達に背を向けると、ギルド職員と共にギルドへと歩き始める。
ギルドに戻り手続きを済ませると、ソーニャさんから説明を受ける。ソーニャさんはやはり何か悩んだ様子を見せていた。十六階層への転送ワードを聞く。「シズシリゥティル」だそうだ……。
「それと……。ギルドランク3認定試験の受験資格ですが、追加があります。ミドルクラス以上もしくはミドルクラス相当のレベルがなければギルドランク3認定試験を受けることができませんのでご注意下さい」
そんなものが追加されるのか。だが、ソーニャさんはギルドカードで俺達全員がミドルクラスになっていることは知っているはずだ。仕事の出来る人だと思っていたが、どうやらそれすら支障をきたすほどの悩みのようだ。
「……失礼いたしました。それではこれで終了となります。お疲れ様でした」
と、すぐに部屋を出ていく。
「大丈夫なんですかね?」
「大丈夫じゃないと思う……」
さすがにエリナとシビルも心配そうだ。空気を換えるように立ち上がり、
「……さあ。今日はトマスさんが祝いの席を用意してくれている。楽しもう」
二人に声をかける。少し早いが、宿に戻り着替えたらすぐに向かおうか。トマスさんの話したい事というのも気になるしな。




