第六話 十五階層
十四階層。これまでと同様の速度で進む。カミーロ君には余裕があるようだ。
「もう少し、進行速度速めても大丈夫?」
「はい。かまいません!」
無理をしているという感じはない。じゃあさくさく行こうか。歩みを速める。
近場には……。
「この先、オークが十二体」
オークは援軍を呼ぶようなこともない。後方からオークがやって来る気配もない。部屋の入口さえ押さえてしまえば、カミーロ君も安全だ。やっとサーベイヤのレベルを上げられるな。
普段よりも少し早い程度の速度でオークへ向かうが、カミーロ君は難なくついて来ている。
オークのいる部屋へと着き、エリナと共に入口に立ち塞がる。オークは俺達へと向かってくるが、その前にシビルの炎がオークを襲った。一瞬で炭化していくオーク達。回収部位である牙のある頭部はきちんと残してあるが……シビル張り切り過ぎ。
威力を重視した為か俺達の為か、普段よりも範囲は狭く七体のオークが残った。エリナがいち早く部屋の中へと飛び込む。それに続き部屋へと入り、エリナが向かったのとは反対方向にいるオークへと向かう。やはりサーベイヤは戦闘クラスではないだけあって、Lv1というのを考慮しても全体的に動きが重い。レベルが上がれば多少はましになるのだろうが、商人などよりも戦闘には向いてはいないようだ。
このクラスでカミーロ君は俺達についてきていたのか。マッパーとしてやっていくために随分と鍛えているようだ。
重い体を無理やり動かし剣を振り、一体を仕留める。こんな重い動きでもオークには余裕がある。三体に囲まれる形になったが、サーベイヤでも問題はない。上段から振り下ろされる斧を左に躱し、オークへと再び剣を振るう。
残り二体! 両手で斧を振り上げるオークの無防備な胸へと右の剣を突出し、抜きながらもう一体のオークへ左の剣を突き入れる。
気配を探るも周囲にオークの気配はない。ステータスを見れば、サーベイヤのレベルは6になっている。戦闘クラスではないのでレベルが上がりやすいのかもしれない。基本クラスというのもあるか。だが、これでマッピングスキルも上がりやすくなる事だろう。オークの牙を回収する。
「お疲れ様でした」
オークの牙を回収している俺へと、カミーロ君からねぎらいの言葉がかけられる。
「皆さんすごいですね! ギルドランク5ともなれば、あの数の魔物を一瞬で倒せるのですね」
十三階層でのシビルの時と同様に、俺をきらきらとした輝いた目で見ていた。くすぐったいような気恥ずかしい思いがした。シグムンドさんも俺達にこんな目を向けられ、同じような気持ちだったのだろうか?
「ありがとうございます。ですが、俺達もまだまだです」
謙遜ではない。そう。シグムンドさんなどと比べれば……。
「いえ、でも本当すごいですよ!」
「ギルドランク2やランク1といった探索者まで行くと化け物ですよ。カミーロ君も、これからそういった人と迷宮に潜ることもあるでしょう。そうすればわかります。俺達なんてまだまだなんだと」
「そういった機会があればいいのですが……」
俺の言葉に悩んだような表情を見せたが、取り繕うようにすぐに笑顔を見せる。
「僕もやってみていいですか?」
「ええ。いいですよ」
解体用のナイフを手渡し、オークの牙の取り方を教える。悪戦苦闘しているカミーロ君を横目に残りのオークからも牙を取っていく。
「なかなか難しいものですね」
カミーロ君から牙を受け取る。時間はかかったが傷もなく綺麗に取れている。
「慣れですよ。初めてにしてはうまく取れましたね。エリナとシビルも終わったようですし、行きましょうか」
カミーロ君は手を拭くと、鞄からマップとペンを取り出す。エリナ、シビルに声をかけ十五階層へと向かう。
十五階層への階段を降りると、冷たい風が流れていた。辺り一面青色だ。十階層以降と同じようなトンネルといった感じの造りではあったが、壁も床も真青な石でできていた。青い壁、天井自体が淡く発光している。幻想的といっていい美しい光景だった。
この階層の魔物は十四階層のように多くはない。固まっているのも二体が最多だった。
徘徊する魔物の気配はあるも、それは単体で近くにはいない。もう少しこの景色を楽しもう。誰も喋ろうとはしなかった。
「そろそろ行こうか」
しばらく見惚れていたが、十五階層を攻略しなければならない。いつまでもここにいるわけにはいかない。
「通路にも魔物がいる。オークだと思う。といっても単体だから大丈夫だろう」
オークのやっかいなところは数だ。単体ならば問題にもならない。
エリナを先頭に十五階層を進んでいく。通路で出会う魔物はやはりオークだった。全てシビルの魔法の一撃で片付く。そう時間はかからずトロールのいる部屋へとたどり着いた。
部屋はずいぶんと広く、天井も高くなっている。トロールの為だろうか? 前回戦ったときはトロール一体で部屋がいっぱいになっていた。身長四メートルの素裸の巨人。手に持つのは巨大な棍棒。
「……っ!」
カミーロ君は自分の手で口を押さえ、声が漏れないようにしている。驚きに声が出そうになったのだろう。俺も初めて出会ったときは、その迫力に圧倒され闘気を使ってしまった。シグムンドさんに注意されたんだったな……。
「トロールと最初にやった時と同じ感じにしよう。闘気術なしで」
エリナ、シビルの二人も頷く。
「まず私が足を止めるから」
シビルが詠唱に入った。その詠唱を聞きながらエリナと共にトロールへと駆け寄る。
トロールが棍棒を大きく振り上げ、俺達へと一歩踏み込……もうとしたところで、トロールの足元に突然巨大な石が現れた。それはトロールの足を固める。前の時はシビルは火魔法によってトロールの顔面を焼いた。その為、視界を塞がれたトロールは、やみくもに棍棒を振り回してきた。今回はそれを避けたようだ。
エリナはトロールの前に立つと足を止め、盾を構える。そこにトロールが棍棒を振り下ろした。大きく派手な音があたりに響く。両手で盾を握ったエリナは、完全にトロールの攻撃を受けきっていた。……後は俺だ。
いくら成長したとはいえ、闘気術なしで四メートルの距離を飛び上がるのはまだ無理だ。クラスがサーベイヤということもある。
エリナが受けた棍棒の上へと飛び乗り、それを足場に再び飛ぶ。闘気術を使ったときのような瞬発力はない。が、それでもトロールの顔面はすぐに迫る。そのトロールの首へと剣を薙ぐ。剣は抵抗も受けず首を斬り飛ばした。トロールの換金対象となるのは目だったか……。
仰向けに倒れたトロール。その体から少し離れた場所に落ちた頭から目を抉り出す。その目は硬く白く濁り綺麗だといってもいい。トロールの目だと知らなければ。
ステータスを表示するとサーベイヤのレベルは7へと上がっている。トロールは一体でいいとはいえ、移動時間なども考えればやはり十四階層のほうが、旨いのかもしれない。明日からは、ある程度レベルが上がるまで十四階層に籠る事にするか。
トロールの目から体液をふき取り頭陀袋の中に放り込む。さて……。
「この調子で十五階層を攻略してしまおう!」
三人に声をかけ、先へと進む。この先の部屋にはトロールが二体。一体はシビルに任せて、もう一体を俺とエリナで倒すことにしよう。
そういえば今日、十五階層を突破すれば、ギルドランク4認定試験を受けられることになる。十四階層でのレべリングにどれほどの時間がかかるかわからない。一旦保留という事にしておこうかな? エリナ、シビルと相談だな……。
トロールと何度か戦闘を繰り返し、十五階層の階段前に到着する。マッパーがいるというのはすばらしい。本に載っていた箇所から二回りほど大きな範囲を探索したが、俺達だけで十四階層を探索した時と同程度の時間しかかかっていないだろう。何度か戦闘を繰り返したおかげでサーベイヤのレベルは9、とカミーロ君と同じレベルにまで上がっている。
「ありがとうございました。おかげで順調に十五階層の探索を終える事ができました」
「いえ、こちらこそありがとうございました。ランク5探索者の戦いを間近に見られて嬉しかったです」
朝と同じようにカミーロ君と硬い握手を交わす。弟ができたようで嬉しかった。今までずっと俺が弟だったようなものだからな。
「そういうの帰ってからにしようよ。まだ換金とかもあるし」
ギルドに入ると多くの探索者でごった返していた。受付の長い列にカミーロ君と二人で並ぶ。無事に探索を終えカミーロ君と共に打ち上げをすることになっていた。時間が遅かったのもありエリナとシビルには店を確保しに行ってもらっている。この探索者の数を見れば、正解だった。四人で済ませた後に店を探すとなれば、どこも探索者で溢れかえっていたはずだ。
俺の目の前に並んでいるのは、以前見かけたエルフの女性だった。この人もどうやら今帰ってきたばかりのようだ。カミーロ君と話しながら順番を待つ。
エルフの女性の順番がやってきた。……もうすぐだな。なんとはなしに、そのエルフの女性とソーニャさんの会話が聞こえてきた。
「おめでとうございます。クエストの規定回数クリア、五階層突破が確認されましたので、ギルドランク6認定試験……」
どうやら、エルフの女性はもう五階層までの探索を終えたようだ。ほんの数日前に探索者登録をしたばかりだというのに。
「お受けになられますか?」
「……」
エルフの女性の返答は短く、それも囁くような小さな声で真後ろに立っている俺にすら届かなかった。
「わかりました。では明日の朝ギルドへお越しください。その際……」
どうやらエルフの女性の返答は肯定だったようだ。
ランク試験の説明を聞き終えるとエルフの女性は、何も言わず立ち去った。やっと俺達の順番か。
「換金をお願いします」
「……はい」
不機嫌そうな表情。淡々と進めていくソーニャさん。
「それでは全て合わせて金貨二百三十枚となります。よろしいですか?」
「ギルドカードにお願いします。」
「では、マッパーへの報酬として十五パーセント引かせていただきまして……お一人金貨三十四枚、銀貨十二枚、銅貨三枚となります。ご確認を」
ギルドカードの返却。確かに言われた額がギルドカードに追加されている。
「大丈夫です」
「それでは次にギルドランク4認定試験ですが……」
やはりきたか。
「レックスさんは十五階層を突破されましたが、クエストが規定回数を下回っております。規定回数をクリアされた際に、ギルドランク4認定試験のご案内をさせて頂きます」
そういえばそんな条件もあったな。いつも階層に着くころにはクエスト回数はクリアしていたから、忘れていた。十一、十二と戦闘はないし、十三、十四階層は随分と狭い範囲、リザードマン、オークとの戦闘もそれほどこなしていない。まともに戦ったのは十五階層だけだ。クエスト回数が足りないのも当然か……。やはりしばらく十四階層に籠る事になるな。
「それではお疲れ様でした。……カミーロさん。同行した探索者の換金額が金貨二百三十枚でしたので、その十五パーセント。マッパー報酬として金貨三十四枚、銀貨十二枚、銅貨九枚です。お確かめください」
カミーロ君の確認も終わり、揃ってそそくさとその場を離れる。
「なんか怖かったですね……」
ギルドから出るとカミーロ君はほっとし表情を見せた。
「彼女はいつもあんな感じです……。行きましょうか」
タイミングが悪かったが……。事前に決めていた、あの肉の美味い店へと向かう。その道中ずっとカミーロ君は嬉しそうな表情をしていた。
「十五階層ともなるとこんなに稼げるのですね!」
乾杯もそこそこに打ち上げが始まる。初めのうちは今日の探索の反省などが主な話題であったが、場が進むうちに身の上話になった。
「カミーロ君はどうして探索者に?」
「父が探索者だったんです。ギルドランク3の探索者だったんですよ」
誇らしげだった。俺のまわりには、ランク2やランク0がごろごろしていて感覚が麻痺しがちだが、ランク3に上がれる探索者というのは少ない。カミーロ君の誇らしげな表情も当然だ。
「迷宮内で死んでしまいましたが……」
何も言葉が出てこない。迷宮内で人が死ぬところは見た。デスナイトの時だ。活性化の際にも、何人も死んでいる。だが、その中に知り合いはいなかった。
「お金はある程度あったので生活に困っていたわけでもないのですが、先は見えていましたからね。それで僕が働かないとって。それで選んだのが探索者でした」
父親の死の原因となった迷宮へと入る事を選ぶ……。どんな気持ちだったのだろう?
「父とは違い、僕には才能がなかったですが」
悲しみを感じさせる笑顔。
「それでマッパーになったと……」
カミーロ君が頷く。探索者を諦めても……それでも迷宮に……。
「それも諦めようかと思っていましたが、皆さんのおかげでまた頑張れそうです」
マッピングLv8であれば、二十階層、ギルドランク4探索者への同行が認められているのだそうだ。だが、カミーロ君は十階層までしか行った事がなかった。そういったこともあり、マッパーとしてやっていけるのか不安だったそうだ。年齢のせいだろうか? 条件に合うマッパーがカミーロ君しかいなかった為に選んだが、もしもう少し年かさのマッパーがいれば俺もそちらを選んだ気がする。
「レックスさんはどうして探索者に?」
カミーロ君に話を振られる。俺か……。俺は……。
「今日はありがとうございました!」
「こちらこそ!」
店の前で、俺達に頭を下げるカミーロ君に手を振り別れる。
「いい子でしたね」
「うん……」
去っていくカミーロ君の後ろ姿を眺める。
「俺達も帰ろうか」
カミーロ君に背を向け、宿への道を歩いて行く。もし……もし迷宮で近しい人を亡くしたとしたら……。それでも俺は迷宮に入り続ける事を選べるほど確固たる物をもって挑んでいるのだろうか? そんなことを考えながら歩く。エリナとシビルは楽しげに話をしていた。
「レックスはどう思う?」
急にシビルから話しかけられる。
「ごめん。話聞いてなかった」
俺の言葉にシビルは頬を膨らませる。
「だからね……」




