第三話 魔法
「えーそれでは、レックスも来たことですし第一回基礎魔法勉強会を開きたいと思います」
パチパチと俺とエリナの拍手がギルド資料室に響く。シビルはやたらと張り切っていた。アランさんもそんなシビルを微笑ましそうに見ていた。アランさんは、他の利用者が来たら声を抑えるということで、ここで勉強会をする事を了承してくれた。宿でもいいのだが、ここには様々な本が揃っている。借りて帰ってもいいのだが、必要となる本をアランさんに持ってきてもらった方が捗るだろう。
「レックスが来るまでに、エリナには魔法について基本的な事は教えておきました。レックスはもうすでに、ご存じですよね?」
頷く。シビルは先生役が楽しいのか、話し方まで変わっている。おっと……、クラスを魔術師にしておこう。
「これから具体的に基礎魔法理論に入りたいと思います。では、テーブルの上の本を見てください。そこにも書かれていますが、最も重要なものが魔素です。全ての物に魔素は宿っています。魔素のみで構成されている代表的な物が魔法と魔物です」
世界には魔素が満ち溢れている。その魔素を生み出しているのが迷宮だと言われている。その為、魔素濃度が濃い迷宮に魔物が多く現れる。本にはシビルの説明よりも詳しく、そのようなことが書かれていた。
「闘気術をお使いになられるお二人はもうすでにご存じでしょうが、私達の中にも魔素はあります。お二人とも体内の魔素を把握されているので、魔法を使う準備は整っていると言っていいでしょう」
シビルは完全に先生になりきっているな……。
「この体内の魔素を使い外部の魔素を集め、具現化し魔法を発動します。それではお二人とも、まずは体内の魔素を集めてください」
闘気術を使う要領だろう。体内の魔素を意識しながら、胸に集める。闘気術ならば、この集めた魔素を闘気に変換する。
「できた? それでは空間に漂う魔素を意識してください。感じ取る必要はありません。ただそこに存在すると思ってください」
空気だ。窒素、酸素、その他もろもろ。この世界でも同じかどうかは知らないが、そういった物の中に魔素も含まれているということだろう。
「そして詠唱です。代表的なのが、私もよく使う『世界に遍く可能性という名の種子よ。我が前に集いて花と成れ』ってのだけど、この種子というのが魔素。花というのが魔法ですね。この段階では魔素を集めているだけです。まだどんな魔法にもなりえる状態だと思ってください」
少しシビルが間を取る。何か考えているようだった。
「……風がいいかな? 『其は剣。其は竜。其は風也』風属性魔法を生み出す具体的な言葉ね。ここで魔素が風属性になるの。『其は風』だけでも構わないけど、言葉を増やせば増やすほどその威力は上がるからね。あんまり長くても使いづらいから、私は長くても三ワードだけだけど。私が使っているのは火なら杖、鳥。水なら聖杯、亀。地は硬貨、虎だね」
剣、杖、聖杯、硬貨はタロット。竜、鳥、亀、虎は四神か。
「他にもあるけど、とりあえずこれくらいかな? じゃあ風でやってみよっか。ウィンドね。なるべく威力は落として。風が巻き起こるだけだから心配ないと思うけどね」
途中からだったが、もう完全に先生キャラには飽きたようだ。とりあえず、詠唱か……。唱えようと思うのだが、思いのほか口に出すのが恥ずかしい。
「?」
シビルが不思議そうな顔で俺を見ている。……覚悟を決め、呪文を唱える。
「世界に遍く可能性という名の種子よ。我が前に集いて花と成れ」
おお! 周囲の魔素が俺に集まってくるのがわかる。その魔素は体内へと入ってくる。それは高揚感を伴った。
「なるべくはやく魔法として放出してね」
もう少し、味わっていたかったが……。
「其は剣。其は竜。其は風也。ウィンド」
体内から魔素が抜けていく。そして部屋に風が吹いた。その風は、机の上の本を一ページめくり進めただけで去って行った。そよ風だ。だが、魔法が発動したのは間違いない。
「早すぎるよ! 私でも、もうちょっと時間がかかったのに!!」
そんなことを言われても……。だが、もっと難しいものだと思っていたが……。たぶん闘気術で体内の魔素を理解していたのが大きい。
「はい先生!」
手を上げシビルに話しかける。
「レックス君なんでしょう?」
俺もシビルもノリノリだ。
「この魔素を集めた状態で闘気術を使えば、反動も抑えられるのではないですか?」
闘気術に応用できるかわからないが、魔素として変わりはないはず。可能だと思うんだが……。
「ぶー。レックス君残念! これは外部の魔素を無理やりに集めている状態です。私達は普段から外部の魔素を取り入れていますが、それはごく微量です。あれほど大量の魔素を一度に体内で留めておこうとすると無理が生じ、最悪、精神が狂います! 絶対にやめましょう!」
なるべく早く放出するというのはそういうことか……。怖い……。シビルはそんな怖いものを普段から使っているのか……。
「うん……。わかった……」
「えっとそのあたりの話は……」
シビルが周囲の本棚を見回す。と、アランさんが手に本を持ち近づいてきた。
「先生。それはこちらに……」
アランさんもノリノリだった!
「ありがとうございます。……そうこの『狂った魔法使いたち~畜生共の宴~』に詳しく書かれています。興味があるなら読むといいでしょう」
一応、受け取るが、タイトルからして読む気にはならなかった。そのまま机の上に本を置く。ステータスを確認すると基礎魔法がスキル欄に並んでいる。それとは別に新しいスキル……。
名前 : レックス
年齢 : 15
ジョブ : 探索者
クラス : 魔術師Lv1
スキル : 万職の担い手Lv5、双剣術Lv18、気配察知Lv15、身躱しLv13、浄化Lv10、祈りLv3、闘気術Lv9、マッピングLv1、基礎魔法Lv1
マッピング……。シグムンドさんのあの正確さはこれのおかげだったのかもしれないな。まだLv1だが、少しはましになるだろうか? マッピングについては後でまた考えよう。さすがに十四階層を魔術師Lv1で探索するのは不安だな……。剣士に戻しておくか。
エリナはと、目をやれば眉間にしわを刻んでいた。
「エリナはどこがわからない?」
シビルがエリナのほうへと身を乗り出し顔を覗き込む。
「その、体内の魔素は感じ取れるので存在するのはわかるのですが、空間に魔素が存在するというのがちょっと……」
俺との大きな差異は、空気の認識の違いだろうか……。
「じゃあ、とりあえず詠唱してみて」
シビルに促され、エリナが呪文を唱える。
「世界に遍く可能性という名の種子よ。我が前に集いて花と成れ」
だが、何も起こらなかった。エリナの体内に魔素の集まりが感じ取れた。そこまでは問題ない。
「うーん。なんでだろうな? 私はそこで詰まらなかったからなあ……」
シビル先生……使えない……。
「空気があるのはわかるよね?」
俺の質問にエリナが頷く。風というものもあるし、目に見えなくとも空気の存在はわかっているはずだ。ここまでは問題ない。あ……、これって黒スーツの言う大きな事になりそうだ。空気を一つの物と認識している世界で、それが分かれているなどという話を持ち出すわけにはいかないか……。
シビルは魔法を使える。つまりそれは魔素が存在するという事だ。元素だなんだと持ち出さなくとも、それで空間に魔素がある事は理解できているはずだ……。
「……その空気が魔素なんだよ」
「空気は空気ですよね? 風なども空気でしょう? 魔素を魔素にするのですか?」
「?」
「?」
言っているエリナですらよくわかっていない。……。
「シビルはどうやって意識したの?」
とりあえず、説明を諦めシビルに聞いてみる。
「私? 私は……へーそこらじゅうに魔素があるんだーって感じだったかな」
……。魔法使いというのは俺のイメージではもっとこう……知識の探求とかそういった……。案外、魔法使いには、シビルのように馬……単純な思考の人間が多いのかもしれないな……。とりあえず……シビル先生戦力外!
結局、エリナはそこから先に進むことができなかった。シビルのように馬……単純な思考をしていてくれれば……。
少しアランさんに聞いておきたいことがあり、二人には先に戻ってもらった。
「今日初めて階層の空白部分を探索したのですが、思いのほか苦労しまして……。そのおかげかマッピングというスキルを習得することができたのですが、まだLv1で不安もあります。他の探索者の方々はどうされているのでしょうか?」
「そうですね。一番手軽なのはその階層のマップを買う事ですね」
そんなものが売っているのか……。俺の苦労とはいったい……。
「ですが、これは今のレックスさん達にはあまりおすすめしませんね。マップは高額です。相場は詳しく知りませんが、最低でも金貨千枚はするでしょう。下階層にいけばいくほど価格も跳ね上がります。レックスさん達が一階層にかける攻略時間は短く、元が取れるとはおもえません。それにねつ造されたマップの場合もあります。金貨千枚を払って役に立たないといった事も……」
なるほど……。あれだけのリザードマンを倒して金貨二百枚。五日は潜らないといけないことになるが、そこまで時間をかける必要も今は感じていない。マップの購入はもっと下階層に進んでから考えてもいいだろう。その時も、信用のある人間から買うことにしよう。
「次にギルドで斡旋しているマッパーを雇う方もいらっしゃいます。マッパーは、地図を書くことだけを専門に迷宮に入る職業です。主にマッピングスキルを持った元探索者が就く場合が多いですね。基本的に戦闘には参加しませんが、元は探索者ですから自衛程度ならば可能です。ただ報酬もある程度必要になります。稼ぎのニ十パーセント程度でしょうか」
二十パーセント。今日ならば金貨四十枚。地図を買うよりはましか……。俺がマッピングに慣れるまで、マッパーを雇うというのも手か。だが、そうすると俺のマッピングのレベルが伸びにくくなる。ふむ……。
「最後に……」
まだあるのか。アランさんは口ごもった。
「奴隷を買うという選択肢もあります……」
奴隷……。この世界にも奴隷制度があったのか……。
「こちらは一からマッピング技術などを教え込まなければなりませんが、一度買ってしまえば報酬などは必要なくなります。マッパーは基本的にマッピング以外は行いませんが、奴隷であれば別です。マッピング以外にも荷物持ちなどをさせる探索者が多いようですね。奴隷が女性であった場合などは……、その……それ以外の事も……」
それ以外……だと……?
「価格は金貨数千枚からでしょうか……」
従順な見目麗しい奴隷ときゃっきゃうふふ……。憧れないでもないが……。
「取り扱ってはいないはずですが、トマスさんなら伝手があるはずですよ」
「……いえ、マッピングスキルのレベルを上げる事で対処しようと思います。わざわざ説明頂いたのに……すいません」
知り合いが奴隷として売られているとかならば、トマスさんに金を借りてでも買うだろうが……。金貨数千枚……。二千枚としてもあの高級娼館に百回は通えることになる。毎日だとしても元を取るのに百日だ……。あれ? 結構余裕だな? ……いや、あそこまでのサービスはなかなかに難しい。
……行きたくなってきたな。いや、明日も十四階層の攻略が待っている。徹夜で迷宮探索は避けたい。休日まで我慢しよう……。




