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第二十五話 結婚式

 教会はちょうど街の中心、トマスさんの店からそう遠くない場所にあった。教会の外観は装飾などもあまりなく、簡素な建物だった。教会の中も、外と変わりなく装飾など最低限しかない。薄暗かった。窓の数も少なく小さい。もっと権威に満ち溢れた煌びやかで、豪華な建物を想像していた俺には拍子抜けだった。だが、その空間には厳かな空気があった。


 いくつもの長椅子が置かれ、正面には祭壇があった。祭壇の前には、以前俺達の傷を治してくれた司祭がいる。その後ろには、控えるようにもう一人男がいた。祭壇脇には花が飾られ、その花を照らすように灯りが設けられている。結婚式といった雰囲気を醸し出しているのは司祭とその花くらいのものだ。


 俺はそこで少しほっとした。黒スーツの像などが祀られていたら、どうしようかと思ったのだ。そんなものがあれば、吹き出してしまう自信がある。


 トマスさんに連れられ長椅子の間を通り、奥へと進む。長椅子にはすでに多くの人々が座っていた。ソールさんが元探索者、ステラさんがギルド職員ということもあり、参列者には探索者が多いようだ。中にはシグムンドさんや、テオドラさん達も居る。男性陣は俺と似たような恰好をしていた。テオドラさんはワインレッドのドレスに身を包んでいる。シャリスさんは淡い水色。対照的ではあったが、二人ともとても似合っている。エリナとシビルもシグムンドさん達に気付き手を振る。ソーニャさんもいる。シャンパンゴールドのミニ丈のドレス。足に自信があるのか、これでもかと強調していた。


 それにしても……俺達はシグムンドさんやテオドラさん達を差し置いて、こんな前まで来ていいのだろうか? ソールさんとの付き合いはシグムンドさん達のほうが長いはずだ。空いている席は右側の最前列付近だけ。トマスさんは躊躇なく進む。トマスさんと奥さんは左側最前列に座る年配の女性に軽く会釈をした。その方は齢を重ねた今も美しさを保っていた。ステラさんの母親だろう。その顔はステラさんによく似ている。ステラさんが似ているといった方がいいか。


 促され前二列目の椅子に座る。


「あの……俺達がこんな前でいいのでしょうか?」


 小声でトマスさんに聞く。トマスさんは黙って頷いただけだった。もう少し話を聞きたかったのだが、そこまでだった。扉が開かれた。


 扉を開き入ってきたソールさん。トマスさんや俺と似た服装ではあるが、色は黒ではなく華やかな光沢感のある白だった。思いのほか様になっていた。その顔には緊張が見て取れた。ソールさんでも緊張するようなことがあるんだなと思っていると、目が合いソールさんはにやりと笑う。ソールさんが司祭の前まで進み出た。


 続いて扉が開かれると、ステラさんと男性が腕を組み入ってくる。ステラさんの父親だろう。母親ほどではないが、どことなくステラさんに似ている。ステラさんは純白のウェディングドレスにベール。レースなどは使われていない。ウェストから裾にかけて直線的に広がった長いドレス。少し甘めなビターなそのドレスはステラさんに似合っている。ベールの向こうでステラさんは深刻そうな顔をしていたが、俺達に気が付くと安堵の表情を浮かべたようだった。心配しているとソーニャさんが言っていた。あとでしっかりと謝らないと……。


 ステラさんの父親は、もうすでに目に涙を溜めていた。今すぐ泣き出してもおかしくないほどだった。ステラさんの結婚を、少しでも遅らせるかのようにゆっくり歩いて行く。そんな父親を引っ張るようにしてステラさんが進む。その足取りに迷いはない。


 ソールさんの隣まで来ると、父親はしぶしぶといった感じでステラさんから腕を離し、奥さんの隣に座った。それを見届け、一呼吸置くと司祭が言葉を発する。


 その司祭の言葉は特に変わったところもなく、ありきたりのものだった。健やかなる時も、病める時も~というやつだ。


「彼らの結婚はここに成立しました。彼らに神のご加護を」


 司祭に魔素が集まりソールさんとステラさんに光が降り注いだ。『祈り』だろうか? こう言った使い方もできるのか……。それはただのスキルだったが、この薄暗い中で二人に差し込む光は幻想的だった。祈りスキルを使う事のできる探索者の俺から見てもそう見えたのだ。教会の神秘性といったものを演出する上で、とても効果的だろう。


「それでは指輪の交換を」


 司祭の後ろに控えていた男が進み出た。ステラさんが肘上まである長い手袋を外す。ソールさんは指輪を受け取り、ステラさんの左手薬指にはめた。以前の会社の同僚が結婚したとき、指輪を見つめながらこれは手枷だよと言っていたのを何故か思い出した。


 次にステラさんが指輪を手に取り、ソールさんの指に嵌めた。手枷と思うかは人それぞれだ。ソールさんとステラさんの顔には喜びが溢れている。そこには決してそんな負の感情は見て取れない。


「誓いのキスを」


 その司祭の言葉にざわりとした空気が流れた。ステラさんファンの探索者からだろう。一番はステラさんの父親からだろうが。


 ソールさんがステラさんのベールを上げた。


「綺麗……」


 シビルの口から思わず言葉がこぼれた。確かにステラさんは、いつも以上に綺麗だった。これから大勢の前でキスをするためか、その表情は硬い。すっとソールさんが一歩近づき、ステラさんが顎を上げる。ソールさんの口がステラさんの口に触れた。そこでわっと歓声が上がる。それまでの厳かな雰囲気など、その歓声によって吹き飛んでしまった。尊敬する。俺なら額か頬で誤魔化してしまいそうな気がした。


 多くの探索者達が立ち上がり、ソールさんに近づき体を叩く。手荒い祝福だ。そうして、なし崩し的に式は終了した。司祭も苦笑いだったが、別段咎めたりなどはしない。そこには喜びが溢れていた。喜びしかなかったと言ってもいい。ソーニャさんですら笑顔だ。最後はぐだぐだだったが、いい結婚式だった。



 トマスさんの邸宅裏庭に場所を移し披露宴だ。裏庭には大きなテーブルがいくつも置かれ、その上には豪華な料理が乗っている。ソールさんステラさんは大勢の参加者に囲まれ、話しかけられる状況ではない。とりあえず料理を食べて、状況が落ち着いてからにしよう。


 エリナとシビルには視線が集まっていた。パーティメンバーというのを考慮しなくとも、二人は飛びぬけていた。もちろんステラさんを除けばだが。ステラさんからは幸せが満ち溢れ、一段と輝いている。喜びや幸せというものは本当に人を美しく見せるのだな、と思った。


 テーブル上には肉、魚、野菜から何かわからないものまで多種多様な料理が盛られている。どれにしようか……。エリナ、シビルと共に料理を選ぶ。エリナが適当に料理を盛り、テーブルクロスの下へと差し入れた。オンジェイに食べさせてあげるのだろう。テーブルクロスが揺れている。


「よう。無事だったみたいだな。心配はしていなかったが」


 シグムンドさんだった。その後ろにはテオドラさん達。


「お久しぶりです」


 それほど久々ではないのだが、少し前までは毎日顔を合わせていた。それから比べれば久々と言ってもいい。


「お前たちが十一階層に行ってから連絡がないと聞いて、テオドラなんかノーム達を根絶やしにしてやると息巻いて、止めるのに苦労したんだぞ」


 シグムンドさんはちらりとテーブルの下に目をやった。オンジェイの気配か……。だが、特に何も言わなかった。


「別にそんな……。まあ根絶やしにしてやってもよかったけどな」


 その言葉にテーブルクロスが大きく揺れた。言葉は通じていないはずだから、殺気に反応したのか? それを最後にオンジェイの気配が消えた。姿を隠したのだろう。後で美味しい物を食わせてあげよう。テオドラさんがシグムンドさんの後ろから恥ずかしそうに顔を出す。テオドラさんには、こういった面もあるのか……。


「それでな。ソールさんの結婚式があったし、今まで残っていたが……。明日、テオドラ達と共にこの街を離れることになった。最後にお前たちに会えてよかった」


 もともとテオドラさん達は活性化の解決の為に呼ばれたのだ。終わったのなら戻るのが当然か。


「そうですか……」


 シグムンドさん達と最後に楽しい酒を飲めてよかった。シビルは少し泣いた。だが、笑顔だった。



「そういえば……。教会というのは、どこもあんな感じなのですか?」


 俺の質問にシグムンドさんは怪訝そうな顔をした。


「いえ……。何か式を挙げるには随分と地味だったもので……」


 俺の言葉に納得したのか頷いた。


「レックスの生まれは、教会もないような小さな村だったか。迷宮近くの街の教会はあんなものだ。緊急時の避難場所として堅牢に作られているからな。王都の教会などは豪華だそうだ。見たことはないがな」


 だから窓も少なく、扉も分厚かったのか。確かにそれなら納得がいく。



「それじゃあそろそろ行くわ」


 シグムンドさんはごく普通にそう言った。今生の別れという訳でもない。また会うこともあるだろう。


「お気をつけて」


 シグムンドさん達は俺の言葉に笑った。


「お前たちもな。何か連絡を取る必要ができたら、ギルドに言ってくれ。俺達に届くはずだ」


「わかりました」


 その言葉を最後にシグムンドさん達は出ていく。


「レックス! 夜、宿に来いよ」


 思い出したかのように、テオドラさんは最後に振り返りそう言うと去って行った。


 周囲を見渡す。ステラさんの父親をトマスさんが、慰めている。ソーニャさんは会場内を動き回り、男性に声をかけている。結婚のお相手探しか。特に気にはならなかった。というか微笑ましかった。頑張ってください。


 そういった相手探しがメインとなり始めているようで、ソールさんとステラさんの周りからは随分と人が減っていた。


「そろそろ挨拶に行こうか」


 エリナとシビルに声をかけ、歩き始めた。エリナとシビルに声をかけたそうにしている男性陣を避けながら、ソールさんステラさんのいる場所へと向かう。



「おめでとうございます」


 三人で頭を下げた。


「ありがとう」


「ありがとうございます」


 ソールさんとステラさんは、本当に幸せそうだった。


「ご心配をおかけしたようで、申し訳ありませんでした」


「死んだとは思わなかったが、間に合わないかと心配したぞ」


「十二階層で少し……」


 十二階層で思い出した。トマスさんが包んでくれた贈り物を取り出す。


「これを……」


 ソールさんは受け取り箱を開ける。


「フライングアイの……。お前達が倒したものか……。ありがとう」


「ありがとうございます」


 ソールさんもステラさんも本当に嬉しそうにしていた。喜んでもらえたようでなによりだ。そこにトマスさんが、ステラさんの父親を連れてソールさんの前に立った。自然と俺達は後ろに下がる。


「……」


 ステラさんの父は無言だった。トマスさんが促すように肩に手を置いた。それを合図に父親は喋り始めた。


「ステラは……生まれた時から可愛い子だった……。目に入れても痛くないほどだ。あれは二歳になったばかりの頃だったか……」


 滔々とステラさんがいかに可愛かったかを語る父親。最初は真剣に聞いていたのだが……。それは長く、いつ終わりを迎えるのか誰も予想できなかった。


「そうして七歳に……」


 ……。トマスさんが頭を抱えた。


「ステラがギルドで仕事を始めて……」


 …………。ソールさんが困った表情で頭をかく。


「そこで……」


 皆、呆れ顔だった。確かにステラさんは美しい。父親なのだ。より可愛いのはわかるのだが……。


「お父さん!」


 さすがにしびれをきらし、ステラさんが口をはさんだ。ここで父親を止められるのはステラさんしかいなかった。


「……ああ。…………ソールさん」


 名前を呼ばれ、ソールさんは顔を引き締めた。


「ステラをよろしく頼む」


 ステラさんの父親は深々と頭を下げた。地面に頭が着いてしまうのではないかというくらいに深々と。


「はい」


 短い返答だった。だが、その短い返答にソールさんの決意が現れていた。今までに見たソールさんの中で一番格好よかった。父親はステラさんに向き直る。


「ステラ……。幸せにな」


 黙って頷くステラさん。涙が一滴、頬をつたった。



「よかったですね」


 宿への帰り道、エリナが一言漏らした。もうすでに着替えを済ませ、普段着になっていた。もう少しドレス姿を見ていたかったが……。トマスさんは俺達に礼服をくれた。いつか使うこともあるだろうからと。


「二人とも憧れる?」


 二人は考え込んだ。


「ウェディングドレス……着たくなっちゃったかな」


「それほどでもありませんでしたが、実際に見てしまうと……やはりいつかは……と……」


 そういうものか。ソールさんの幸せそうな顔を思い出してみる。確かに悪くない……。結婚がゴールというわけでもない。これから先いろいろあるのだろうが……。ソールさんとステラさんなら、何の問題もなく乗り越えていくのだろう。


 エリナとシビルのウェディングドレス姿を想像してみる。綺麗だろうな……。


「レックス……」


 エリナが俺の名前を呼ぶ。


「ん?」


 エリナは何か言いたそうにしているが、なかなか言葉がでてこない。エリナはぎゅっと目を瞑ると意を決したように、勢いよく、


「いつか着せてもらえますか?」


 と。


「あっ! ずるい! 私も!」


 シビルがエリナに続き、俺を見て勢いよく言う。冗談だろうか? 二人の顔は赤い。それは夕日のせいばかりではないようだった。顔が熱くなる。俺の顔も赤くなっているのだろう。


 本気なのか? 本気で俺と結婚したいと思ってくれているのだろうか? そもそもまだ付き合ってもいない。この世界ではプロポーズが先なのが普通なのか? もうよくわからない。そもそもプロポーズなのだろうか? 二人が俺の事を好きでいてくれているとは思っている。俺も二人の事が好きだ。そもそも嫌いならパーティなど組めるわけがない。だが、付き合うとかそういった事を真剣に考えたことはなかった。女性である以前にパーティメンバーなのだ。


「い、いつか……。もし、そういった機会があれば……」


 曖昧な返答しかできなかった。そもそもこの世界は重婚が認められているのだろうか? 一応調べておこう。


 俺の曖昧な返事に二人は不満そうだったが、なにやら納得した顔になった。


「レックスですしね」


「レックスだしね」


 二人は顔を見合わせて笑いあうと、俺の腕を取り腕を組んだ。右にエリナ、左にシビル。これが両手に花というやつだろうか? 恥ずかしかったが悪い気分ではなかった。


 そういえば、テオドラさんに呼ばれていたな。宿に帰って風呂にはいったら出かけないと……。

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