第二十話 ギルドランク5
ギルド内の小さな部屋で試験開始を待っている。ギルドランク5認定試験……。その時間が近づくにつれ、緊張が増してくる。大丈夫だとは思うが、どうしても緊張してしまう。隣で待つエリナ、シビルの顔にも俺と同じように緊張が見て取れた。朝、共に食事を摂ったときは皆「余裕です!」といった雰囲気だったが……。
「大丈夫だ。俺達の実力なら問題はない。リラックスして臨もう」
自分にも言い聞かせるように言葉を発した。二人はその言葉に頷いたが、硬いままだった。俺も含めて。
扉を開き、ギルドの職員が現れる。
「レックスさん。付いてきて下さい」
椅子から腰を上げ、
「それじゃあちょっと行ってくる」
二人に声をかけた。
「頑張ってください!」
「リラックス!!」
二人は緊張の中、笑顔で俺を見送ってくれた。職員に付き、部屋を出て試験会場へと向かう。ランク5の試験もランク6の時と同じように、探索者との模擬戦ということだ。だが、今回は模擬刀ではなく真剣を使うそうだ。ランク5ですでに真剣か……。真剣を使うこともあるかと思ったが、もう少し先かと思っていた。
連れてこられた試験会場は、これまで二度訪れたギルド裏手の広場だった。やはりここか。そこにはすでに試験官であろう探索者の姿が見えた。
前回の時の試験官のような下卑たような男ではなかった。短髪で筋骨隆々の、いかにも探索者といった雰囲気の男だ。年の頃は四十といったところだ。重そうな金属鎧を身に纏い、腰の後ろには二本の斧を提げ、片手には兜を持っている。その男は俺を見るとにかっと笑った。
「来たな。ソードダンサー」
男が、兜を持っていない方の手を差し出してきた。
「よろしくお願いします。レックスです」
男の手を掴むと、男は俺の手を力いっぱい握ってきた。それに応えるように俺も力を込めて握り返す。
「アルドだ。ソードダンサーが相手と聞いてな。いつもなら最初は手を抜いて相手の実力を引き出してやるんだが……今日はしょっぱなから全力で行かせて貰うぜ?」
そう言うと、アルドさんは手から力を抜き、俺から距離を取る。随分と長い距離を歩いた。兜を被り、二本の斧を両手に構える。二つ名はアクスダンサーかな? 安直な自分の発想に苦笑が漏れた。だが、少し緊張がほぐれた気がする。リラックスというほどでもないが……。
「それでは始めてください!」
アルドさんが大きく距離を取ったからだろう。ギルド職員はアルドさんにも届くように大きな声で開始を告げた。その言葉と共に、アルドさんへと駆け出す。アルドさんは手を振り上げ斧を肩越しに後ろに構え、一歩も動こうとはしない。受けの姿勢か?
アルドさんはそこで思い切り腕を振り下ろした。斧が俺へと向かい投げつけられる。まさか斧を投げるとは! その行動に驚きはあったが、距離もあり、避けることは容易い。足は止めずアルドさんへ向けたまま、姿勢を低くし投げつけられた斧をやり過ごす。
アルドさんは左手の斧も投げていた。姿勢を下げた俺に合わせ、斧も地面擦れ擦れを飛んでくる。だが、ここまで低いなら! タイミングを合わせ斧を飛び越え迫る。
アルドさんの手に、もう武器はない。右手の剣を振るい姿勢を低くしたアルドさんの頭へと斬りつける。さすがに全力ではないが、寸前で止めるつもりはなかった。質のよさそうな金属鎧で全身を覆っている。頭に斬りつけたところで脳震とうを起こすくらいだろう。
金属同士のぶつかる音が響く。俺の鋭い横薙ぎの剣は、アルドさんの腕によって防がれていた。他の部位以上に小手は頑丈に作られているようだった。斧を投げても戦えるようにか……。無策というわけでもないらしい。ランク5の探索者だ。当然か。
すぐに左の剣で、同じく頭部を狙い剣を……! 振り切る前に体勢を変え、慌ててその場から飛び退る。そんな俺の脇腹を何かがかすめた。
俺が直前までいた場所を二本の斧が通り過ぎ、アルドさんの手へと戻った……。飛び退っていなければ、俺の胴体は真っ二つになっていただろう。背後からの風切り音に気づいてよかった……。
「……さすがはソードダンサーだな」
アルドさんは手元に戻ってきた斧を腰の後ろに提げなおした。そうして両腕をだらりと下げ、無防備な態勢を取った。
「俺の負けだ。あれを避けられた時点で、俺にもう勝機はない」
その言葉を聞き、俺も剣を下げ構えを解く。が、これもアルドさんの策の一つかもしれない。剣を鞘へと仕舞うことはしない。
「おーい! 充分だろ! 合格だよ」
アルドさんは大きな声で、遠くのギルド職員へと話しかけた。そちらを見れば、遠目にギルド職員が頷いているのが見えた。これで終わり……。すっきりしないが、合格だというのだからいいのだろう。そこでやっと剣を鞘へと戻した。脇腹に目をやると、防具が浅く切り裂かれていた。体には届いてはいない。
アルドさんと連れ立ってギルド職員の方へと歩き始めた。
「最後にソードダンサーと戦えて満足だよ」
「最後ですか……?」
「ああ、俺ももう五十になっちまったからな……。探索者として三十年も頑張ってきた。そろそろ田舎に戻ってゆっくりしようかなってな」
アルドさんは笑っている。
「三十年頑張ってやってきたが、ランク5が精々だ。これでも人より努力したつもりなんだがなあ……」
それはそうだろう。ソールさんもアルドさんと比べれば、まだまだ若い。ランク2という高ランクだったにもかかわらず、それでも探索者をやめトマスさんの護衛として第二の人生を歩んでいる。ランク5のまま三十年……。想像もできない。
「まあ、この歳になると田舎が恋しくも思えるしな」
探索者として、たかだか数か月しか過ごしていない俺には何も言えない。
「お前は才能があるからな……。これまでと同じように努力し続けろよ。お前の努力は報われる。俺と違ってな!」
「……はい」
短くそう返事をすることしかできなかった。
「ランク0になってくれよ? そしたら、俺も近所のガキに自慢できるからよ。ソードダンサーに一撃いれたんだぜ? ってな」
アルドさんの顔には探索者への未練などは見て取れなかった。
「それじゃあ頑張れよ!」
「アルドさんも!」
ギルド職員の待つ場所へとたどり着き、そこでアルドさんと別れた。
受付に行きランクアップ手続きをする。珍しくそこに居たのはステラさんではなかった。朝、俺達が受付に行ったときに居たのはステラさんだったのだが……。その受付の女性は、これまたステラさん並み……はいいすぎだが、かなり美しい女性だった。やはり探索者の志気向上の為に、綺麗な女性を選んでいそうだ。
「おめでとうございます」
うん。やっぱり綺麗な女性の祝福というのはいいもんだね。手続きに必要なギルドカードを手渡し、しばし待つ。ギルドカードはすぐに返却された。
ギルドランクの文字が6から5に変更されている。それ以外に変更点などはない。
「ランク5についての説明は他の方の結果が出てからとなりますので、それまであちらの部屋でお待ちください」
そういって指し示されたのは試験開始を待っていた部屋の隣だった。昼すぎということもあり、ギルド内の探索者の数は少ない。これを幸いにと質問をする。
「ステラさんはどうされたんですか?」
「……その質問ばかりなんですよねえ」
俺の質問に、その受付の女性はうんざりした顔を見せた。そんな表情もまた美しかったが、ステラさんならば、どのような質問をされてもこんな表情を見せなかっただろう。この女性には悪いが、ついステラさんと比べてしまう。
「なんかすいません……」
「いえ。ステラは結婚式の準備だとかで今日はお休みですね」
同僚の結婚をまったく喜んではいないようだった。
「ステラの相手知ってますか? 元ギルドランク2の探索者なんですよ! しかも今はあのトマスさんの護衛をしているらしくって」
ソールさんの事ならよく知っている。
「あの子本当にうまいことやったんだから……。ああ私も早く結婚して仕事辞めたいわ」
愚痴になり、俺に対してずいぶんと砕けた口調になった。
「ステラさんは結婚されたら仕事やめられるんですか?」
「それが、なんか続けるってさ。旦那の稼ぎで充分すぎるだろうに」
その言葉にほっとした。これから、この女性と接していかなければならないとなると、少ししんどい……。
「あ、ねえねえ。その歳でランク5ってすごいよね! 私とかどうかな? ランク2になる頃に結婚とか丁度いい時期じゃないかと思うんだけど?」
結婚して仕事を早く辞めたいという理由を聞かされた後に、これに肯定できる男がいたら会ってみたいものだ。素直に尊敬できると思う。俺には、そんな心の広さはない。
「付き合っている女性がいるので……」
そんな人はいないが、こう言うのが一番断りやすいだろう。奥義の曖昧な笑顔をだしてもよかったが、この場であの奥義を出すと、これからもアプローチをかけられる可能性が高いと判断した。
「ふーん。パーティメンバーのエレアノールって子? それともシビルのほう?」
そんな深く突っ込まれるとは思わなかった。相手についてはまったく考えていなかった……。どうするべきか……。そこで俺は奥義を繰り出す。
「ええ、なんかまぁそんな感じです」
「探索者やってる女なんてどうせたいしたことないんでしょ? 私も結構悪くないと思うけどな?」
ふざけるなと! エリナはもちろんのことだが、シビルやテオドラさんシャリスさんのほうが遥かに綺麗だぞ! ……そう思うと俺が知っている探索者の女性は皆、とんでもなく綺麗な人ばかりだな……。
それには答えず、黙って部屋へと足を向けた。何か言葉を発すれば、必要ない事まで言ってしまいそうだったからだ。ステラさんが忙しいであろう当分の間、あの女と接しなければいけないのだ。結局のところ、こちらも向こうも仕事だ。
部屋に入り、一人になるとやはり何か一言いっておくべきだった、と後悔が生まれた。気分が悪い。気持ちを切り替えよう。いつまでも腹が立つ事を考えていてもしかたがない。
そうだ。アルドさんだ。……探索者もいろいろだな。それ以上、上を目指せないと分かったときどうするのか? それでも上を目指し続けるのか。諦めて別の道を進むのか。アルドさんの判断も、ソールさんの判断も間違っているとは思わない。どちらも悩んだ末に出した結論だろう。俺はそういったときにどういった判断をするのだろうか……。
……。
…………。
うん。これもなんか暗い感じになってしまうな。とりあえず、まだ俺の限界は見えていない。その時になれば、何らかの答えが出るだろう。出なかったとしても……出さなければいけなくなる。
もっと他に楽しい事を考えよう。次に娼館へ行ったときに誰を選ぶかとか……。うむ。これも難題だな……。ダンジョン探索と同じように、俺もそこそこ経験を積んできた。こう、やっぱりそろそろ俺がリードするような形でだな……。
扉の開く音が聞こえた。扉の方を見るとエリナが部屋に入ってきたところだった。その顔には戸惑いが見て取れた。
「お互い無事に合格したようですね」
この部屋へと案内されたということはそういうことなのだろうが、なぜその表情に戸惑いがあるのだろうか?
「どうしたの?」
「いえ、受付でレックスと交際しているのかと聞かれまして……」
あっ……。
「そっか。なんかそういう話になって、適当に答えちゃったから……」
「一応、事情がありそうなので肯定しておきました」
え? 肯定したの? いや、まあその方が面倒はなさそうだ。
「ありがとう。なんか変なことに巻き込んじゃったみたいで」
エリナは少し疲れたように俺の隣の椅子に座った。
「早くステラさんに戻ってきてほしいですね……」
エリナもあの受付とは合わなかったようだった。
「そうだな……」
せっかく合格したというのに、変な雰囲気になってしまったな。
「とりあえず合格おめでとう」
「レックスもおめでとうございます」
そこでやっと、お互い笑いあえた。
「後はシビルですね……」
「まあ、問題ないだろ」
そこで再び扉が開かれる。勢いよく開いた扉は壁にぶつかり大きな音を立てた。シビルだ。随分と早い。シビルはなにやら慌てた様子だった。
「いつから私とレックスは付き合ってるの? そもそも付き合ってるの!?」
それか……。
「しかもエリナとも付き合ってるって! レックス二股なの!?」
どんどんと話がややこしくなっている。頭が痛い。もう絶対に奥義は使わない……。そこにあの受付の女が入ってきた。
「その話は、後でちゃんと話すから……」
シビルが俺の隣へと座り、受付の女は向かい側へと座った。その顔にはなんの表情も現れていなかった。
「それでは説明させていただきます」
余計なことを一切喋らず本題へと入った。やはり、外見だけでもエリナとシビルのほうが可愛い。内面も合わせれば圧勝だな! なぜか俺が勝ち誇った気分になった。
「まずは、ギルドランク5おめでとうございます」
「ありがとうございます」
頭を下げる。
「それではさっそくですが、説明させていただきます」
まずギルドカードにクレジットカードのような機能をつけることができるようになったらしい。ここからは報酬も高額になるということで、その機能によりガザリム内での買い物はギルドカードを提示するだけで可能になるということだった。手数料として報酬の1%をギルドが受け取るそうだ。1%と言えど馬鹿にはできないが利便性を考え、俺たちは三人ともその機能をつけることにした。預け入れる金を持ってきた際に手続きしてくれるそうだ。宿の金庫と比べてもギルドに預けておいた方が安全だろう。後は十一階層への転送のキーワードだ。「オズスィディチ」と言うらしい。これもまた面倒な……。だからもっと覚えやすいような言葉にだな……。
「説明は以上になります。何か質問などはありますか?」
女性の説明は端的でわかりやすかった。特になかったので首を横に振る。
「では。おめでとうございました」
そう言って部屋を出て行った。人間性に問題があったとしても、仕事ができるならばこちらとしては特に言うことはない。
「それで……私達付き合ってるんですか?」
女性が出て行った後、すぐにシビルは俺に質問してきた。そもそも付き合ってるか付き合っていないかは、自分のことだからわかるだろうに……。いや、知らぬ間に付き合っている場合もあるか……。
「とりあえず部屋を出よう。歩きながら話すから……」
どっと疲れが出た。かなり早いが宿に帰って横になりたい。ああ、その前に斬られた防具をバッチョさんに見てもらわないと……。
バッチョさんの店へと向かいながら、受付の女性とのやり取りについて説明する。エリナもシビルもすぐに納得してくれた。勝手に出しに使うな、と小言を言われたくらいだ。まさにその通りなので素直に頭を下げたところ、簡単に許してくれた。
バッチョさんの店では装備の買い替えの話が出た。エリナとシビルの二人は乗り気だ。この間の騒動のおかげで、随分と手持ちには余裕ができていた。といっても、金貨で千枚程度だが。そろそろこの街中で浮く赤い防具を変更してもいいかもしれない。まだどんな武器でも斬れるという域には達していないし、剣も更新したいところだが金貨千枚ではどちらかを選ぶしかない。とりあえずバッチョさんに相談してみる。
「そうね。金貨千枚なら結構いいのあるよ」
そう言って奥の方から何着か持ってきてくれた。多少の違いはあるが、どれもこれも赤い……。以前、赤い装備は売れないと言っていた。在庫処分のつもりじゃないだろうな……。
「金貨千枚ならこのあたりだね」
一枚一枚広げて見せてくれる。
「俺が今着ているのと大差なさそうですが……」
「どれも今のとは防御力が全然違うよ。さっき見せてもらった傷だけどね。これ着ていたら傷つかなかったと思うよ」
アルドさんの斧はかなりの威力があったように思うが、それを防いでくれるのか。
「赤以外はないですか?」
重要なのはそこだ。もちろん防御力のほうが重要だとは思うのだが、俺の買い替えの動機としては色が大きい。
「赤以外でもいいけど金貨数百枚は高くなるよ? 君のおかげか、最近は低階層探索者に赤もちょっと人気が出てきてね。今のうちに在庫処分したいわけ。赤着てくれるとこっちも助かるの」
困ったな……。金貨数百枚も上がるとなると、買い替えは厳しくなる。そもそも十一階層でどれくらい稼げるのかもわからないのだ。早まった……。せめて十一階層に潜ってみてから、買い替えを決めるべきだった。
「これなんていいと思いますよ」
いつの間にかやってきたエリナが広げられた赤い防具の一つを指さしていた。エリナの手にはとても大きな盾があった。形はこれまで使っていたのと同じ丸みを帯びた逆三角形だったが、一回りは大きくなっている。
「どんな攻撃からもパーティを守りますよ!」
俺の視線に気付きエリナがほほ笑む。
「それいいですね」
続いてやってきたシビルもエリナが指さした防具を見て言う。手には小ぶりながら綺麗な緑の魔石が取り付けられた金属製の長杖を持っている。
「着てみるといいよ」
バッチョさんは二人が指さした防具を俺に渡してくる。二人が選んだのは深く暗い落ち着いた赤だった。落ち着いたといっても、他のと比べればというだけだが……。
「それじゃあ一応……」
バッチョさんが裏に通してくれた。
「とりあえずここで着替えて」
言われるがまま、その装備に着替える。悪くないな……。全体的には赤だが、ところどころに金の糸で刺繍が施されている。形や重さなどは以前のものと、それほど変わりはない。これまでのと比べれば、上品で落ち着いた感じにはなっているか……。金の刺繍で相殺されている気もするが……。
「お似合いですよ!」
「いいと思う!」
裏から出てきた俺を見て、エリナとシビルが褒めてくれる……。少し照れる……。そんな俺を見てバッチョさんはにやついていた。
「金の刺繍が派手じゃない?」
「その刺繍ね。特殊な金属糸を使って魔方陣を描いているから、魔法に対しても防御効果がちょっとあるよ」
エリナ、シビルの二人に見た目の話を聞いたんだが……。効果があるというのならしかたない……。
「これ……買います……」
「毎度。金貨千枚ね」
「宿に戻らないと手持ちがないので取り置きってことで……」
俺の言葉にエリナとシビルが顔を見合わせた。
「あっ、私達もそれで」
「それじゃあ後払いでもいいよ。また来て。下取りはどうする?」
もちろんお願いする。前の赤い装備は金貨八十枚になった。アルドさんに受けた傷がなければ百枚だったそうだ。あの傷一つで娼館一回ぶん……。俺がきちんと避けられていれば……一度多く……。いや、アルドさんの生きざまに触れられたというのは、金貨二十枚では足りないくらいだ。
エリナの以前持っていた盾の下取りを終え店を出る。とりあえず一旦宿に戻り、その後少し豪勢に食事を取ることにした。
二人は嬉しそうに手に持った盾と杖を眺めている。俺も自分の着ている防具を見下ろす。街中で浮いている気がするくらいで、その装備自体は格好いい。自然と顔がほころぶ。
「シビルは杖にしたんですね。今まで普通に剣でしたよね?」
エリナがシビルの装備に疑問を感じたようだ。魔法を使うのに杖は必要ない。大切なのはその魔石だ。魔石の効果によって、魔素の収束に補正がかかるのだ。魔石には魔素を貯めることも可能だ。溜められる量は魔石の大きさに比例する。大きな魔石に価値がでるのはこの為だ。といった話をシビルがエリナにしていた。
「シビルさんは無詠唱も可能ですし、杖は必要ないのでは?」
確かにそうだな……。シビルには必要がない気もする。これまでのように。
「ちょっと大きな魔法も使ってみたくて……」
パブロさんと出会い少し考えが変わったのかもしれないな。シビルの説明によると体内の魔素、魔石に貯められた魔素を組み合わせることで、短時間でより大きな威力の魔法を使えるということだった。
「そこに闘気術を組み合わせれば……」
シビルはほほ笑んでいた……。その笑顔はどこか怖い。そんな超威力どこで使うんだ? 世界でも滅ぼすつもりなのだろうか……。若干だが、エリナはひき気味だ……。もちろん俺も……。
宿で風呂に入り、少し休憩を取っていたところに、トマスさんからの使いの方が来た。トマスさんの店で見習いをしているそうだ。普段であればソールさんなのだが、どうやらソールさんも結婚式の準備などで忙しいらしい。その結婚式もトマスさんが全面的に取り仕切っているらしいが。着慣れない礼服を着させられてソールさんは戸惑っていたそうだ。その使いの方の話しぶりが臨場感たっぷりで、まるでその場にいたような愉快な気分になった。見習いと言えど商人。やはり話術が巧みだ。
本題はトマスさんが俺達のランクアップの祝いの宴を開きたいということだった。ついでに娼館……。どちらかといえば後者がメインかもしれないが……。次回ランクアップの際には是非よろしくお願いしますと、その申し出は丁重にお断りした。トマスさんの宴ほど豪華ではなくとも、このランクアップは三人で祝いたかったのだ。俺にだって娼館より大切なことはある。もちろん心惹かれたが……。
「皆ランクアップおめでとう! 乾杯!」
シグムンドさんに連れてきてもらっていた店にした。俺たちが知る店の中で最も豪華なのがこの店だったのだ。少し感傷的な気分になったが、高ランクの人間が来る店だ。祝いの時だけでなく、普段から来られるような高ランクを目指す俺達の目標という点でこの店ほどふさわしい店はなかった。
明日から十一階層攻略に入る。あまり飲みすぎないようにしないとな……。




