壁の前で話す
「おはよう、蓮花」
なんで幼馴染なのにわけのわかんないぎこちない挨拶になるかなあ、ってくらいの言葉をかけてしまった。
まあでも今日初めて会うし、セーフか。
「……!」
蓮花は僕を見て急いで立って逃げようとしたけど、滑ってまた壁の前に座ってしまった。
「……いきなりテニス部辞めて、ごめん」
「……ごめんなさい。私もテニス部辞めたから」
「……」
「拓人……ごめんなさい。今まで無理にボール拾いをやらせて」
「いや……それはもう大丈夫だよ……」
別に過労で僕が倒れたわけでもないし、全国一歩手前までの実力の蓮花が、テニスをやめるほどのことじゃないと、僕は思った。
だけどいくら僕が思っても意味がない。
「私さ……自分でボール拾いしたら、大変で、これをあんなに急いでやらせることを毎日拓人に繰り返してたんだなって気づいて。だからやっと、私がクズだって、分かれた」
「そこまで大ごとにしなくても……」
「いやでも私、もう怖くて……今まで自分が拓人に無理をさせていることに気づかなかったのが怖くて……なんでなんだろう……私、少しでも練習しないとって思ったら色々見失っちゃって……もう少しでも練習して全国に行くことしか頭になくて……だからテニスをやってる限り……私はクズだからっ……」
「それでテニスを辞めちゃったのか……友輔も心配してたし、僕も……」
「うん……でも、もうラケットを握ったら私ますますクズになるから……もうやめる」
蓮花は壁に背中をつけて、顔を膝につけた。少し泣いている。
困った。何も言えない。やはり段階が違いすぎるのだ。
だって、僕が仮に全国一歩手前まで頑張って、でもそこでハードルの高さに気づいてしまった時、自分を見失わずにいられるかなんて、わかんないのだ。
一回戦も突破したことがないのだから。
だから頑張って言えるとしても、
「ボール拾いのことは、僕は気にしてないし。……ゆっくり落ちついて、テニス楽しんでやってほしいな」
こんなもん。
「テニス……楽しくない」
だよな。そうなるよな。その段階に行ったら苦しいよな、想像するだけでそう思えてしまう。
どんだけ努力すれば次の段階に行けるのかわかんない中練習するって苦しいし、焦るし、だからボール拾いが時間がもったいなくてたまらなくなっちゃうのもわかるし。
見上げると、少し開いた窓から羽菜が見ていた。
羽菜ならどんな言葉をかけるのかな。
僕は、今は……もうだめだ。
気づいたら、蓮花と同じように、僕も膝に顔をつけてしまっていた。




