たくさんの人
「え、拓人にボール拾わせてた幼馴染さんがテニス部辞めたの?」
「らしい」
放課後、卓球場で羽菜は驚いていた。
「まさか、自分でボール拾いやらなきゃいけなくなったから辞めるとか……?」
「いやそれはないと思う。一応、一生懸命なやつなんだよな、蓮花は」
「でも、気にすることはないじゃん。散々ボール拾いやらされてたわけだし」
「……」
「とはならないんだよねー。優しいなあ」
羽菜は、ラケットでボールを小さく上につきながら、笑った。
「ま、今日は幼馴染の蓮花さんと話しておいでよ。学校も来てないのは流石に心配だし」
「うん」
でもほんとにあそこの壁に来てくれるのか怪しいなあ。そもそもなんで蓮花はあそこを知ってるんだ? 蓮花もまさか壁打ちに使ったことがあるのか……?
「ちなみにどこにいそうとかは幼馴染パワーでわかるの?」
「いや……そんなにはわからない。けど、あの羽菜のアパートの壁かなと思って。多分一昨日『壁が浮気してるねー』みたいに言ってたのって、多分蓮花で」
「あ、あの人がそうなんだ……」
羽菜はうなずいて、続けた。
「え、でもなんであの壁の前にいたの?」
「わかんない」
「わかんないことだらけなんだね」
「そうなんだよな……」
「ま、でも早いうちに行ったほうがいいよね。私も帰るから一緒に行こう。もちろん私は邪魔とかせずに家に入って引っ込んでるから」
「そうだな。今日は……ほんとにごめん。練習できなくて」
「大丈夫。でも、なんか、蓮花さんってそんな悪い人じゃないんだろうね、拓人の心配ぶりを見てる限り」
「まあな、ちょっと、僕とは違う段階にいる人なんだ」
「へー。ど、どういうこと?」
用具を片付け、荷物をまとめながら羽菜が不思議がる。
卓球場を去る支度が整った羽菜と僕は、体育館の一階へと続く階段を降りた。
一階では相変わらずいろんな部活のいろんな人が練習している。
「あれ? 羽菜ちゃんもう卓球おしまいなの?」
羽菜が同級生の友達らしき人に話しかけられていた。バドミントン部の人だ。
「今日はね、おしまいにした」
「あー、練習やめにして彼氏とデートだな? いいねえ、お二人さんだけの部活は」
「は? 彼氏なわけないし、そんなこと言ったら卓球部と強制兼部させるけど?」
「ごめんー笑」
なにかと戯れあってから別れる二人。
僕はそんな二人を眺めつつ、なんとなく体育館にいる人を数えていた。
沢山いるんだよな。世の中、人って。
こんなちっぽけな体育館の中でも、こんなに練習している人がいるのだ。
だからよっぽどすごい人じゃない限り、出会うのだ。
絶対勝てない人っていうものに。
そんな人に出会ってしまってから、蓮花は、苦しみつつ壊れていたのかもしれない。




