壁の前に蓮花がいたかもしれない
外はまだ明るい。
だけど羽菜と僕はもう十分遊んだし、本当に楽しめたから、帰ることにした。
明日だって僕の家に羽菜が来てくれることになったし。
「拓人……ありがとうね、色々なことに全部、ありがとうって思ってるよ、私」
「それは僕が思うことだよ。ほんとに……ありがとう」
ここまで楽しい今日を過ごせて、そしてもっと卓球の練習をしたいと思えるのは、羽菜といるからに決まってる。
だからこれからも……羽菜と笑って、羽菜と努力して、そしてもっと、成長しないと。
テニススクールに行ってた時は、確かに仲良しだったけど、上達しないもの同士な友達という関係のままだったから。
そんな関係じゃない関係に、なりたい。
羽菜のアパートが見えてきた。
愛着のある壁もある。
「あれ?」
壁の前に、一人の人が立っていた。
蓮花……な気がする。
こっちを見た。
途端、走って行ってしまった。
「……壁が浮気してたね」
蓮花の顔を知らない羽菜は、のんきにそう言って笑った。
「あ、ああ」
「……送ってくれて、ありがとう。また明日っ」
「うん、楽しかったよ、じゃあな」
羽菜がアパートの中に入って階段を登っていく。
さっきの人、蓮花なのかなほんとに。
でも、今日はテニス部がある日だ。
まだ明るいし練習途中なはずで、だから蓮花がこんなところにいるっていうのは考えにくい。
だから人違いかもしれない。
遠目で見たら蓮花に似てる人って結構いる気がするし、そうなんだろう。
……さて、今日買った水草を水槽にセッティングしなきゃな。
僕は、そう切り替えて、我が家に向かって歩いた。
☆ ○ ☆
次の日の午後。
インターホンが鳴って、ドアを開けたら羽菜がにこにこ。
可愛い服……に可愛い羽菜。
「あ、その服昨日買った?」
「気づいた? えらい! いい男に三分の二歩近づいたよ」
「なんで一歩じゃないの……あ、すごいやっぱり可愛いよ、羽菜」
「はい、一歩になりました」
「やった。あ、はいどうぞどうぞ入ってください」
「お邪魔します〜」
今日は両親はいないので、羽菜と二人きりだ。これはおうちデートの進化前なのでは……?
でも目的がちゃんとはっきりしてるもんな。
「おおー! すごい綺麗な水槽! 魚もめっちゃ可愛い! キラキラしてる」
玄関の横のスペースに置いてある大きな水槽を羽菜が眺める。
「結構こだわりの水槽」
「へー。この青い線がめっちゃ光ってる魚、特に好き」
「これはね、ネオンテトラっていう名前の魚だよ。可愛いよ。あと若干体の色が変わる」
「へー! すごい! ネオンテトラ、私でも飼える?」
「そんなに飼うの難しくない種類だよ。ここにいるのは他の種類もだいたいそう」
「そうなんだね。あ、じゃあこのお魚も可愛いからこういうのも飼いたいなあ……」
そんな風に話しながら、羽菜の熱帯魚飼育プランは進行していった。




