二人とも、桃の匂い
「そろそろ休憩しよっか」
「うん」
ラケットを置いて、タオルと飲み物を求めてカバンへ。
戻ってくると、羽菜がのんびりとパイプ椅子に座って休んでいた。
僕も座りたいな……と思ったから椅子を探したけど、ない。
さすがついこの前まで一人で使っていた空間だ。
「あ……座る場所ないよね。あ、台の上とかダメよ? 大切にしなきゃだから台は」
「わかってる」
「だからうーん。私の膝の上にきなさい? ち、違う! 私が退くからここに座りなさい」
「今なかなか大きく間違えたな」
卓球だったら台一つ分くらいアウト、テニスだったら後ろのフェンスにノーバンで当たってそう。
まあ床でいいんでけどね、座るのは。
僕が床に座ると、羽菜も床に座ってきた。
しかもすぐ隣だし……。数学の問題で、点Pと点Qが同じ位置にあるけど重ねたら見にくいから、少しずらして描いた図くらいじゃないかな。体育館の上から見たら。
「あ、なんかいい匂いするな」
「は? き、きもいし! 汗、かいてるから嗅覚はゼロにしといてよ!」
じゃあなんでこんな近く座ってるんだよ不思議な人。
っていうのは置いといて、
「いや真面目に桃の匂いするじゃん」
「あ、桃ね? あ、それならこれだわ。私スポーツドリンクよりも水派だから」
「あ、なるほど、その天然水桃風味なのな」
「そう」
「確かに美味そう」
「私が口つけたのでいいんだったら……のむ? ただし拓人が口つけんのはなしねっ」
「飲んでみたさはあるけど、僕下手なんだよな、口つけないで飲むの」
「じゃ、やめといて。あ、でも注いであげるよ口に。ほら口開けて。あーん」
なんだよこれ従うしかない流れ? 歯科衛生士さんかよ羽菜は。
まあいいや、と思って口を開けたら……
「ぐおおふぉ。顔にかけたな」
「ごめん私がさらに下手だった」
まあ暑いしいいけどさ。
「ていうかあれね。拓人、いい匂いする」
「だからそれは今羽菜が、桃風味の水をぶっかけたからだな」
「あそっか……ごめんなさい」
「いや大丈夫」
そして沈黙。
まあ休憩は沈黙が最も効率がいいだろうけどね。
「……さ、後半始めるよっ」
「ほい」
羽菜が立ち上がり、僕も立ち上がった。
「じゃあいよいよ試合形式とか、やってみる?」
「いいね」
試合形式かあ。
テニスの練習だと、シングルスの試合形式って一番、コートを贅沢に使ってるからな。
もうやったことあるわけなくて。
できることに感動を覚えてしまった……!
しかも今までもよくよく考えたら、二人で一つの台使ってるし……!
いや、嬉しさのあまり、頬で涙と桃風味の水が、融合してしまいそうだ。




