第二部:舞とう会と夢のおわり
ヨルとイオがたどり着いたのは、とてもにぎやかで、大きな町でした。いろいろな商店があって、たくさんの人が通りを行き交い、町の中心には立派なお城が建っています。
そんな活気にあふれた町の片すみで、ヨルはイオと暮らし始めました。住まいは古い宿屋さんで、ヨルはその宿屋さんのお仕事を手伝う代わりに、タダ同然の値段で、部屋を借りさせてもらいました。
そしてこの時には、ヨルはイオのためだけに、杖の力を使うようになりました。
ヨルはイオに、
“この世で一番おいしいケーキ”や、
“この世で一番キレイな音色をかなでるオルゴール”や、
“この世で一番美しく輝く宝石”を生み出し、プレゼントしました。
しかし、何をおくっても、イオが笑うことはありませんでした。
ただひとこと「ありがとう」とお礼を言うだけで、少しも楽しそうにはしてくれません。
ヨルにはそのことが不思議であり、不満でもありましたが、それでも彼はめげませんでした。
ヨルの持つ杖は、どんなものでも一つだけこしらえることができるのです。こうしておくりものを続けていれば、いずれイオを喜ばせられるだろう。彼はそう信じていました。
そんなある日のことです。町のお城で舞とう会が開かれるという話を知ったヨルは、イオを連れて行ってあげることにしました。
ヨルはいつものように魔法の杖を使い、銀でできた髪かざりと、きらびやかなドレス、それから美しいガラスの靴を、イオに与えました。
ステキな衣しょうを身にまとい、本当のお姫様のように美しくなったイオを連れ、ヨルは得意げな気持ちで出かけました。
そしてお城に到着したまではよかったのですが、ヨルは入り口で門番に止められてしまいました。理由は、ヨルの身なりが見すぼらしかったためです。
イオのことばかり気にするあまり、ヨルは自分の服装には少しもとんちゃくがなく、いつも着の身着のままで暮らしていました。それがアダとなったのです。
仕方なく、ヨルはイオ一人だけで、舞とう会に参加させることにしました。
「とはいえ、このままスゴスゴと宿に帰るのもシャクだな」
一計を案じたヨルは、やはり魔法の杖を使い、
「“美味しすぎてやめられなくなるお酒”、一つおくれ!」
ヨルは杖の作り出したお酒を、先ほどの門番に渡しました。
「舞とう会の手土産にと持って来たんだけど、俺が入れないって言うなら、代わりに中に届けてくれよ」
と、言いそえて。
酒好きの門番は喜んでこれを受け取り、「そういうことなら、念のため毒味をしないとな」といって、一口分のお酒を手に注ぎ、なめるようにのみました。
すると、よほどそのお酒が気に入ってしまったのでしょう。「もう一口」「あと一口だけ」といってのみ続けるうちに、瓶はスッカリ空になり、門番はベロベロによっぱらってしまいました。
「不まじめなクセに、俺のじゃまをするからだ」
ヨルはよい潰れてしまった門番の横を通りすぎ、なんなく城の中に入り込むことができました。
お城の広間には、それまでヨルが見たこともなかったもので、あふれていました。
たくさんの美味しそうなお料理や、豪勢な装飾品に、頭上で輝くシャンデリアの光。そして広間の真ん中では、いかにもお金持ちそうな服を着た人たちが、優雅な音楽に合わせておどっています。
ヨルはあっけに取られつつも、ひとまずイオを探しました。
イオは、すぐに見つかりました。イオの姿はこの場にいる誰よりも美しく、他の参加者たちも、彼女に見とれているように思われました。
ヨルはそれだけで自分のことのように嬉しくなって、さっそく人ごみをかきわけて、彼女の元へと向かいます。
イオは、一人ではありませんでした。
彼女はひときわ立派な出で立ちの少年の手を取り、少しギコチナイ動きでおどっていたのです。
ヨルはおどろき、立ち止まってしまいました。
イオのダンスは──おどるのは生まれて初めてなのでしょうから、当たり前ですが──、おせじにも上手とは言えないものでした。にもかかわらず、いやそうにしているようには見えず、むしろ、とても楽しげな様子でした。
そのことに気がついた時、ヨルはいても立ってもいられなくなり、大あわてで二人の方へかけ寄ると、何もいわずにイオの手を握り、無理やり少年と彼女とを、引き離してしまいました。
愉快な音楽が鳴りやみ、誰もがおどよいたように、ヨルたちを見つめます。
「待ってくれ!」
ヨルは少年の呼び止める声をもく殺し、問答無用とばかりにイオの手を引いて、広間を出て行きました。
途中、彼女の靴が片方脱げてしまったことにも、気づかずに。
──どうして俺は、こんなにいら立っているのたろう?
ヨルにもわかりませんでした。ただ、彼はイオを舞とう会に連れて行ったことを、いたく後かいしました。
その時の少年が、従者とともにヨルたちの暮らす宿屋を訪ねて来たのは、次の日のことでした。
イオの忘れて行ったガラスの靴を、わざわざ届けに来てくれたのです。
少年は、お城に住む王子さまだということがわかりました。それを知ったヨルは、「どうりでいけすかない野郎だ」と思いました。生まれた時からえらい人間というものは、どうにも好きになれません。
王子さまは、改めてヨルたちをお城にまねきたいと申し出ました。当然ヨルは突っぱねるつもりでしたし、イオもそうするだろうとふんでいました。
しかし。
意外にも、イオは断らなかったのです。
それから、ヨルはイオのつきそいとして、何度もお城を訪ねました。
王子さまと話したり、お茶をしたりしている時のイオは、自分といるよりもずっと楽しそうに見え、ヨルは少しもおもしろくありません。
しかも、王子さまの付き人も、お城につとめるめし使いも、そして王さまやお妃さままでもが、「二人はお似合いだ」といったことを口にするものですから、ヨルはますますむかっ腹が立って来ました。
──どいつもこいつもバカなんじゃないか? 俺の方が、先にイオと出会ったんだ。俺はイオのために、さんざんつくして来たんだぞ? それなのに……どうしてむくわれないんだ!
ヨルはじくじたる思いをつのされながら、それでもガマンして、イオのつきそいを続けました。
そんなある日のこと。
イオからこう告げられたのです。
「私、お城に住むことになるの」
ヨルは、頭の中がまっ白になりました。
お城に住むということは、いうまでもなく王子さまと結婚するという意味で、それはヨルにとって、もっともざんこくな結末でした。
「ヨルも一緒に来る?」とたずねるイオに答えられぬまま、ヨルは宿屋を出て、人気のない路地まで、ふらふらと歩いていきました。
──こんなのはおかしい。何かのまちがいだ。俺とイオが、結ばれないだなんて……。
──いいや、もう。俺を愛さないのなら、「イオ」じゃない。あんなできそこないなんて、いらねえよ。
ヨルは杖をかまえ、いつものように願いごとを唱えました。
「……“毒リンゴ”、一つおくれ」
美味しそうに熟したリンゴを手に取り、ヨルは宿屋へ引き返しました。
そして、それをイオに手渡すと、彼は何も告げずふたたび出かけていきました。
もう二度と、ここへ戻ってくるつもりはなかったのです。
「さがしたぞ小僧」
町のはずれを歩くヨルに、声をかける者がありました。足を止めたヨルが、よろよろと振り返ると、とたんに大きなげんこつで、頬をなぐりつけられてしまいました。
不意打ちを食らったヨルは、なすすべなく、道の中に倒れこみます。
そして、ヨルが自分で起き上がるよりも早く、先ほど頬をぶったのと同じ手が、今度はヨルの胸ぐらをむんずと掴み、無理矢理その体を立ち上がらせました。
すぐ目の前にある残忍そうな笑顔を見て、ヨルは少しだけおどろきました。なんと、そこにいたのは、いつかのよう兵たちのボスだったのです。
「あの時はよくもやってくれたな。きさまのせいで、あやうく溺れ死ぬところだったぞ」
彼は笑みを浮かべたまま、獣のうなるような低い声で、ささやきました。それから、ヨルの足元に転がっている魔法の杖をいちべつし、
「いいのかい? 大事な杖を手放しちまって。これじゃああの時みたいに、魔法は使えねえな!」
今度はヨルのお腹を、思いきりなぐりつけたのでした。
それから彼は、全く抵抗しないヨルを、好きなだけ痛めつけました。しばらくそうしてから、もう気が済んだとばかりに、倒れたヨルの体をけり飛ばすと、ボスは魔法の杖を拾い上げ、
「お前なんぞにこんな大それたものは似合わない。こいつは俺がいただいておこう。俺はこの魔法の杖を使って、夢をかなえるんだ」
言うだけ言って、町の中心へ向かう道を、ゆうぜんと歩き去って行きました。
道ばたに取り残されたヨルは──体中に感じるいたみの他には──何も思いませんでした。報復を受けたことも、杖をうばわれたことも、今のヨルにとっては、どうだってよかったからです。
やがて、ヨルはいたむ体を起き上がらせ、ふたたびおぼつかない足取りで、歩き始めました。
と言っても、どこか行きたいところがあるわけでもなく、ただ何の意味もなく、足を動かしているだけなのですが。
──夢からさめたみたいだ。
ひどくむなしい気持ちのまま、ヨルはまたしても、独りぼっちの旅を始たのでした。
※
それから何日がたったのか──あるいは何ヶ月もすぎてしまったのか──、ヨルにはわかりませんでした。
当てどなくさまよい続けたヨルは、気がつけば、見覚えのある荒れ野にたどり着いていました。
はじめてイオと出会った場所です。
あの夜のように満天の星空の下で、ヨルはひざをついて、うなだれました。
──俺はなんてバカなのだろう。せっかく魔法の杖をもらったのに……せっかくはじめて好きな人ができたのに……結局なんにも、残らなかった。
──バカバカしい話だ。いっそのこと、笑えてくる。
「ははは……」
ヨルは泣きました。
自らの両腕を、指が食い込み血のにじむほど、強く抱きしめながら……。くやしくて泣いているのか、それともかなしみの涙なのか、ヨル自身もわかりませんでした。
やがて。
泣きつかれたヨルは、その場に倒れ、それっきり動かなくなりました。
「──おぉい!」
不意に、どこか遠くの場所から、声が聞こえた気がしました。
若い男の声が、どこからかヨルを呼んでいるのです。
しかし、体を起こす気力すらわかなかったため、ヨルは倒れたままでいました。
それから間もなく──ドスンと、何かが地面に着地するような音がひびきました。
続いて、誰かが近づいてくる気配を感じたヨルは、やっとの思いで首を曲げ、その誰かの両足に、目を向けました。
「よかった、まだ生きてるみたいだな」
すぐそばにしゃがみ、ヨルの顔をのぞきこんで来たのは──いつかの飛行機乗りでした。
ヨルはおどろき、かすれた声でたずました。
「……なんで?」
「『なんでここにいるのがわかったのか?』って意味なら、こいつのおかげさ。覚えているかい? お前さんが、猫を探しているご婦人にこしらえてやった、魔法の地図だよ。お前さんのいどころまで、こいつに案内してもらったんだ」
ヨルは覚えていました。“探しているもののところまで案内してくれる魔法の地図”のことも、ご婦人にたいそう感謝されたことも。
「彼女だけじゃない。みんな、お前さんに恩返しがしたいんだ。──なあ? そうだろ?」
飛行機乗りは、自分の背後に呼びかけました。
そこに立っていた人物を見て、ヨルは今度こそおどろき、目を丸くしました。
「うん。ヨルは僕たち家族の恩人だから」
そう答えたのは、コンでした。あの貧乏な靴屋さんの子供が、飛行機乗りのすぐ後ろにいたのです。
「ヨルは、お母さんの病気をよくするお薬をこしらえてくれた。それだけじゃなくて、おうちの前にお金を置いてくれたのも、君なんだろう? 本当にありがとう。ずっと、会ってお礼が言いたかったんだ」
それを聞いたヨルは、不思議な心地がしました。こごえていた体が少しずつ暖かくなっていくような、そんな感覚です。
以前、コンとそのお父さんにお礼をいわれた時にも似たような気分になったことを、ヨルは思い出しました。
「俺もお前さんに伝えたいことがある。礼もそうだが、おそらくはそれよりもずっと、大事な話だ」
あらたまった口調で、飛行機乗りが言いました。
ヨルはその話を聞く為に、なんとか一人で体を起こし、地べたに座り込みました。
「お前さん、お城のあるにぎやかな町に行かなかったかい?」
「行ったけど……」
「やっぱりか。──実は、俺もつい最近そこを訪れたんだが、その時おかしな噂を聞いたんだ」
飛行機乗りの聞いた噂とは、こんな内容でした。
まず、毒リンゴを食べた王子さまとその婚約者が、眠ったまま目を覚まさないでいること。
そして、時同じくして現れた悪い魔法使いが、お城を乗っ取り、好き放題にしていること。
どちらの話も、ヨルにとっては意外なものでした。
「眠ったまま目を覚まさないってことは、二人はまだ生きているのか?」
「そうだ。なんでも、その婚約者はもらったリンゴを、王子さまとなかよく半分こして食べたらしい。だから毒が回りきらなくて、二人とも意識をなくしているものの、生きてはいるようだ」
イオはまだ生きている。そのことがわかったとたん、ヨルはいてもたってもいられなくなって、立ち上がりました。
罪をつぐなう機会を与えられた気がしたのです。今ならまだイオを助けることができる……そして、許しをこうことも。
「俺がやらないと。俺がイオたちを、起こしに行かないと」
「大切な用事があるらしいな」
飛行機乗りとコンは、こうなることを予想していたらしく、目顔でうなずき合いました。
「急ぐのなら、このソリを使うといい。元々お前さんの杖が作ったものだ。えんりょはいらないよ」
ヨルは“空飛ぶソリ”を貸してもらうことにしました。
しかし、それだけではありません。
「毒を治すのなら、このお薬が役に立つかも。あと少ししか残っていないけど、持って行ってよ」
コンは“どんな病気も治せるお薬”の入った瓶を、ヨルに差し出しました。
「……二人とも、ありがとう」
「おっと、まだあるぞ。仕事熱心な火消しからは、特別なポンチョ、勇敢な騎士からは、特別な剣を預かっているんだ。もし悪い魔法使いと戦うことになったら、武器が必要だろう」
悪い魔法使い──それはきっと、あの乱暴者のよう兵のボスに、違いありません。
ヨルはあらためて、自分に力を貸してくれた人たちに感謝しつつ、ポンチョをまとい、腰に剣をさし、地図とお薬の瓶を、大切にふところへしまいました。
そして、準備がととのうと、いよいよ魔法のソリに乗りこみ、夜空へと出発したのです。




