夏休みの日常 5
真昼が去った後、私は即座に部屋の錠をかけ身体を勢いよくベッドの上に投げ出した。
あの様子だともう真昼はここには来ないだろう。
脅威は去ったのだ。これで思う存分ゴロゴロできる。
「あー……最高……何もしないって幸せ……」
脱力した四肢を大の字に投げ出し、仰向けに転がった。
瞳を浅く閉じて、ぼんやりと天井を眺める。
夜瑠の部屋とだけあって、完全にリラックスすることはできなかったが、何故か天井を見ていると心が少し落ち着いた。
「……あー…そっか」
眺めているうちに、私の部屋と夜瑠の部屋の天井は変わらないことに気づいた。
インテリアも無く色も同じ。
自分の部屋ならともかく普段人の部屋の天井に注目することなんてなかったから分からなかった。
だから眺めていると自分の部屋にいるみたいに落ち着くのか。
なんて考えて、ゆっくりと目を閉じようとした。そんな時だった。
ガチャガチャとドアの向こうから微かな金属音が聞こえてきたのは。
控えめに言って油断していた。
一度来たから流石に二度目はないだろうと過信してダラけていた私は、唐突の開錠音に慌てて近くに置いていた小説を拾い上げた。
「すみません、お邪魔します」
「お邪魔しまーす…」
ドアを開けて入ってきたのは朝日と夜瑠だった。
何で当たり前のように合鍵を持ち歩いているのか。朝日はともかく何故協力者であるはずの夜瑠が一緒になって来ているのか。
疑問が浮かんでくるが、まずは部屋から追い出すことが先決だ。
ベッドから上半身を起き上がらせ、二人を睨むように目を細める。
「いきなり何? 見ての通り私は今勉強で忙しいから早急に出ていってもらえると助かるんだけど」
手には小説。身体はベッドと、どう見ても勉強している様には見えないだろう。
しかし、私は敢えて堂々と言い切った。
勢いで誤魔化す為である。
「え、そんな体勢で言われても。思いっきりダラけてますよね…?」
無論。勢いで誤魔化せるはずがなく。
朝日の鋭い指摘にくっ、と歯を噛み締める。
「…どんな格好でも勉強は出来るでしょう? それに勉強はリラックスしながらの方が効率がいいのよ。だから私はーー」
「あの言いにくいんですけど持っている本、逆さまですよ」
「え…あ……」
気まずい沈黙が流れる。
ま、まだ諦めるわけには…。
「……敢えて逆から読むことで脳を鍛えているのよ。勉強もできて脳トレも出来る。最高の勉強方法じゃない」
「しかもよく見たら小説じゃないですか、それ」
反射的に夜瑠を睨みつけてしまったが、私は悪くないと思う。
本当にどうして小説なんだ。何で参考書の一つや二つ用意してくれなかったのか。
「……」
うん。もう無理。誤魔化せません。
無駄な抵抗はしない主義と、匙を投げた。
追い出し作戦は失敗かー…。
額に手を当て、重い息を吐く。
手に持っていた小説をパタンと閉じて、改めて二人と向かい合った。
「あれ、勉強はもういいんですか?」
「ええ…その……今は休憩中だったから」
「休憩中…ですか? …その割には教科書等が見当たらなーー」
「ンンッ」
朝日の声を遮り、強く咳払い。
これ以上話を続けられないようにと、すかさず本題を切り出した。
「そ、それで貴女達は何しに来たわけ…? 知ってると思うけど、さっきも真昼が来て─────もしかしてまだ仲直りしてないとか?」
そう言えば夜瑠と真昼って喧嘩してたんだっけ。
私の姿で喧嘩しておいて、これでまだ仲直り出来ていないとか言われたら……流石に少し怒るかもしれない。
先ほどより鋭い視線を向けると、夜瑠はビクッと大きく肩を震わせ慌てて頭を下げた。
「い、いや仲直りしたよ。心配かけてごめん」
「そっか。それならよかった」
私の姿で問題を起こした事はどうかと思うが解決したなら、まぁ良いだろう。
失敗は誰にでもあるし、仕方ない。
それに私も問題起こしたことがあるならな……。宵凪の件とか。うん、チャラにしてあげよう。
静かに胸を撫で下ろして、さっきの言葉をもう一度繰り返した。
「それで結局貴女達は何しに来たの? 今週は勉強するから遊べないって話だったと思うけど」
「ええ、ですがどうしても一つ確認したいことがありまして」
「確認?」
「はい」
私の言葉に頷いた朝日は、少し言いにくそうに口を動かした後、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「夜瑠ちゃんは本当に夜瑠ちゃんですか?」
「え…」
心臓がぴょんと跳ねた。身体が一瞬硬直する。
え、何で? また何かやらかしたのか!?
内心焦っている私を他所に、朝日は話を続ける。
「いえ、本当に何となくなんですけど。私も真昼ちゃんと同じで、夕ちゃんの言動がいつもと違うと感じまして……」
「へ、へぇ…」
「もしかしたら夜瑠ちゃんと入れ替わっているのではないかなと思ってここに来ました。流石に直接話していれば分かると思いましたので」
もうほぼバレてるな。ていうか絶対分かってるだろ。
もはや引き攣った笑みを浮かべることしか出来ない私に、朝日は「ですが…」と肩を落とした。
「夕ちゃんと思える箇所もあれば夜瑠ちゃんだと思える箇所もあって現状判断に困ってまして……、今休憩時間でしたよね? よければ、あと少しだけ雑談に付き合って貰えませんか?」
その言葉におっと声を漏らす。
すっかりバレていると思ったが、どうやら演技が完璧すぎて判断に迷っているらしい。
となればもっと夜瑠らしいところを見せつければ、私を夜瑠だと誤認させることも可能だろう。
……やれやれ、久々に本気を出すとするか。
フッと鼻を鳴らして、私は夜瑠らしく胸を張って宣った。
「もちろん。良いわよ。受けて立つわ」




