6. 箱開け
「琉花」
風呂から上がり部屋に戻る途中、呼ばれて振り返ると竜司が何やらもじもじと突っ立っていた。
「何?」
「いやその……」
しきりにポケットをいじり、落ち着かない様子でそわそわしている。私を見ているようで見ておらず、視線はふよふよと辺りを彷徨っていた。
何、この挙動不審。
心なしか顔も赤い。凝視してみるがとりあえず竜司が何かおかしい事しか分からず、私は首を傾げた。
あの奇妙な夢箱屋を出たあの後、半信半疑で店員さんが言っていた通りまっすぐ進んだらあっさりと商店街に戻れた。しかし不思議な事に、行きと同じくあの店から商店街にどうやって着いたのか誰も覚えていなかった。気がついたらすでに商店街にいたのだ。
その事実にぞっとし、足早に別荘に逃げ帰り丸岡さんを見た瞬間、安堵のあまり涙がちょちょぎれそうになった。当の丸岡さんは帰りが遅いと怒っていたが、その説教でさえ安心した。説教されて安心するなんて初めてだ。なんやかんやと言いながら、私も結構怖かったらしい。
しかし、私がリクエストした焼き肉を食べてお腹がふくらめば、すっかりそんな恐怖心はどこかへ飛び去っていた。家よりはるかに広いお風呂でゆっくりすれば、そらもうさっぱりである。
むしろ良い話の種になったとさえ私は思うようになっていたのだが、竜司の方は不思議体験のせいで頭のネジでも飛んじゃったんだろうか?
けっこう辛抱強く待っているのだが、一向に何かを言う気配がなくもじもじしている。
なんだか小さい子どもが照れているようだ。だが実際15歳の男子がやると、可愛いと気持ち悪いの境界ぎりぎりに立っている気がする。年上のお姉さまが見たら可愛いと言うかもしれないが、普段の様子を知っている同い年の私では気持ち悪いの方に軍配が上がりそうだ。
「どうしたの?」
「その……」
もう一度聞いてみても、視線をふよふよしたままもじもじしている。
埒が明かない。
私は竜司の前に行き、顔を見上げた。
「何かあったの?」
言いつつふよふよした視線をこっちに向けさせるために軽く頬をつまむ。
竜司はやっとまともに私の顔を見た。と思ったら顔をぎょっとさせて思い切りのけぞった。
何なんだいったい。というか、何か見てはいけないものを見たような態度に地味に傷ついたぞ。
「お前っ……!なんつー格好してんだ」
言いつつ竜司はガン見していた。なんでそんなに熱心に見る。
私は自分の格好を見下ろした。
「別に、おかしくないでしょ」
ハーフパンツにキャミソール、あとは風呂上がりで髪がまだ濡れているからタオルを首にかけているだけだ。
もしやブラジャー付け忘れたかと思って胸元を引っ張って確認したが、ブラジャーはちゃんと私の胸を覆っていた。最近急に育ってきた胸をいい感じに支えてくれるお気に入りである。相性の悪いブラは痛くてしょうがないが、これは全然痛くないしズレない。
よしよし大丈夫だと頷いて顔をあげると、竜司は真っ赤な顔をして口を手で覆っていた。
「……どうしたの?」
「うぁああああああ!!!」
聞いた瞬間、竜司は謎の叫び声を上げて走り去って行った。
「え、ちょ、どうしたのー!?」
大声で言うが答えは返ってこない。
一人首を傾げていると、部屋の扉がバターンと開いて静乃が飛び出して来た。
「何がありましたの!?」
「いや、なんか竜司が……」
そこまで言うと、静乃は何とも言えない顔で「あぁ」と呟いた。そして私を見て呆れきった顔をした。
「そんな格好で出歩いてましたの?」
「……そんなにひどい?」
静乃にまで言われてなんだか自信がなくなってきた。だが、別に下着で出歩いていたわけでもないし、どこが悪いのか分からない。
「一応家族以外の異性もいるんですから、もう少し着なさいな」
そう言う静乃は膝下丈のワンピース型パジャマを着ている。リボンがひらひらついてフェミニンで可愛いが、鎖骨がほとんど見えないほど露出度は低い。
ちなみに今朝の事件のため、お揃いのネグリジェは封印された。
「でも、水着も見てる訳だし。キャミだよ?このくらい普通じゃない?」
「……」
静乃は何やら複雑そうな顔で私の顔を凝視し、やがて額に手を当てると、ふーと長いため息をついた。
「……とにかく、その格好で部屋から出るのは禁止です。お風呂上がりは特に。あまり思春期の男子をいじめるものではありませんわ」
そう言うと静乃は疲れたように首を振り、部屋に戻って行った。
ぽつり、私一人廊下に残される。
「私、いじめてた?」
答える声はなかった。
「で、これどうする?」
とりあえずTシャツを追加し静乃に部屋を出る許可をもらった後、私達は娯楽室に集まり、コーヒーや紅茶を片手にくつろぎつつも悩んでいた。
テーブルの上にはひとつの小さな木箱。
あの夢箱屋とかいう不思議な店でもらった、店員さん曰く夢の世界に行けるとかいうなんとも胡散臭い代物である。
正直道端にでも捨ててこようと思ったが、なんとなく捨てるには惜しい気がして持って帰ってしまったのだ。
「捨てちゃう?それとも、開けてみる?」
言いつつ木箱を指先でつつく。見た目も触り心地も何の変哲もない木箱だ。持った感じは軽かったし、この箱にも店にあった箱同様中身があるようには思えない。
「開けてみようぜ」
好奇心いっぱいの顔でそう言ったのは竜司だ。さっきの挙動不審はなんだったのかと思うくらいいつも通りに戻っている。
一体さっきの謎の態度はなんだったのだろう。静乃は何か知ってそうだったので聞いてみたが「後悔すればいいですわ」とか言って教えてくれなかった。
「でも、何が入ってるか分かりませんわよ。あのお店変わってましたし」
静乃が不安そうに言った。まあ、確かにあの電波発言をしていた店員さんを思うと不安ではある。
新司は箱を手に取り、軽く振った。もちろん中身があるらしい音はしない。
「玉手箱だったりして」
箱を元の場所に戻し、新司は悪戯っぽく笑った。
「煙がでてきて老人になっちゃうの?あいにく、亀を助けた覚えはないけどねぇ」
「でも、乙姫様はいただろう?」
言われて店員さんの事を思い出す。美人さんだったが、乙姫というにはちょっと無理があると思う。あれはお姫様ではなく女王様っぽい。あれ、でも乙姫も竜宮城の女王様か?
うむ、とズレた事で考えていると、今度は竜司が箱を手に取った。そしてお手玉みたいに箱を放る。
「どうせ悪戯だろ。中は何も入ってねぇよ」
「まぁ、私もそう思うけどね」
道に迷ったことは不思議だったが、世の中不思議な事なんかそう幾つも起こるものじゃない。
きっとあの店員さんが私達のことをちょっとからかっただけなんだと思う。なんて暇な店員なんだ。きっとあの店は倒産間近に違いない。
「というわけで、はい」
竜司はそう言うとお手玉みたいに放るのをやめて、私の前に箱を置いた。
「どういうわけで、はい?」
竜司はにんまりと笑った。
「琉花が開けて」
「何で私!?竜司が開けてよ!あんた今何も入ってないって言ったじゃん!」
「お前もそれに同意したじゃん」
「言い出しっぺはあんたでしょ!?」
「まぁまぁ、落ち着いて」
言い合う私と竜司の間に新司が入った。「どーどー」と、興奮した馬をなだめるみたいに落ち着かせようとしてくる。獣扱いすんな。
しぶしぶ言い合うのをやめると、新司は私の方を向いてにっこりと笑った。
「はい、琉花」
そして、私に箱を手渡した。
「なんで!?」
「だって琉花がもらったものじゃないか」
確かに受け取ったのは私だが、店員さんは私達全員にむけて渡したはずだ。
しかし目の前で笑っている新司には言っても通じそうにない。男どもはもうダメだ。もう女子の友情に縋るしかない。私は助けを求めて静乃を見た。
静乃は私と目が合うと、新司と同じようににっこりと笑った。
「お願い、琉花」
女子の友情はあっけなく裏切られた。
「さっきは開けるの反対っぽかったじゃん!」
「琉花が開けてくださるなら怖くありませんわ」
首を少し傾げてにっこり。可愛らしいが言いようのない圧力を感じる。
恐れを感じて視線を逸らしても新司は静乃そっくりの笑顔だし、竜司は面白そうににやにや笑っていた。
こいつら結託してやがる!
「あー、もう!この意気地なしどもめ!今開けるから目ぇかっ開いてよく見てろ!」
中身がないとは思うが、私だってちょっと怖かったのに!これで実はびっくり箱で『キュー』とか言いながらなんか飛び出してきたら私も『ギュゥウッ!』とか言って飛び上がる自信がある。
しかし、もはや私に逃げ道はない。なかばヤケクソで箱を手に取り、あけ口である凹みに爪をひっかけた。
「いくよぉ、せぇのっ!」
気合いを入れたものの、ぱか、と箱は呆気ない程簡単に開いた。
しかしその途端、暗闇でフラッシュをたかれたくらいの光が箱から飛び出し、一瞬で視界が真っ白くなった。
「——っ!?」
予想外のことに頭も真っ白になる。ほんの微かに残る意識が、竜司達の驚きの悲鳴を拾っていた。




