5. 夢箱屋
カランコロンと、なんだか古めかしい感じでベルが鳴った。
少し重い扉を体重をかけて押し開く。
扉を開いてまず目に入ったのは、そう広くない店の中に大量に置いてある箱だった。
「何、これ」
それは奇妙な光景だった。
手に乗りそうな小さなものから頑張れば私が入れそうな大きなものまで、大小さまざまな大きさの箱が置かれている。素材もそれぞれバラバラで、木箱があれば鉄やプラスチック、ガラスみたいな箱もあった。いずれも全て正方形で、全く規則性なく店のそこかしこに置かれたり積まれたりしている。
バタンと、背後で扉が閉まった。
店の中が薄暗くなる。
照明はなく、窓から入る僅かな夕日が唯一の明かりだ。
オレンジ色に染まる薄暗い部屋に大量の箱。なんだかすごくシュールだ。
あまりの現実感のなさに頭の中にあった肉料理がどこかへ吹っ飛んで行った。
「……すごいな。なんだこれ」
竜司も唖然とした様子で周りにある箱をまじまじと見ていた。
静乃は新司にぴったり張り付いてビクビクしている。いつもの猫かぶりじゃなくて本当に怖いみたいだ。静乃は変な所で逞しいけど、根は女の子女の子してるから原因不明の迷子もこの変な店もきついんだろう。私は迷子の時は少し怖かったけど、もう麻痺してきた。今では若干楽しくもなってきてもいる。この差はなんだろう。女子力の差だろうか。
新司は静乃を心配しつつも興味深げにしていた。
「この箱の中に夢が入ってたりするのかねぇ」
私は近くにあった小さな箱を手に取った。
随分と軽い。振ってみても何の音も感触もなく、中身は何も無さそうだった。もしくは綿みたいに軽い何かが詰まっているのか。
くるくると手の中で箱を回す。プラスチックか何かで作られているであろうその箱は、面は白く淵は黒い。特に柄もなくどの面を見ても同じだった。
「お?」
しかし、ひとつの面に爪が引っかかりそうな小さな凹みを発見した。どうやらこの箱はここから開けるらしい。
商品とは分かりつつも好奇心に勝てず、私は箱の凹みに爪を引っ掛けた。
「お嬢ちゃん、それを開けちゃあいけないよ」
突然、聞き覚えのない声がした。
「ひゃい!?」
びくぅっと自分でも情けないくらい肩が跳ね、箱を落としそうになった。後ろめたい事をしていた自覚があるから尚更びっくりだ。
慌てて声のした方を見ると、いつの間にか店の奥の方に1人の女の人がいた。
飾りのたくさんついた金色の大きな簪で髪を複雑に結い上げ、チャイナドレスと着物を掛け合わせたような異国情緒あふれる変わったドレスを着ている。コスプレだろうか。しかしこの奇妙な店を背景にしていると不思議としっくりくる。彼女なりの制服なのかもしれない。
まさにアジアンビューティーな綺麗な容姿をしているが、なんというか年齢不詳だ。20代と言われればそう見えるし、40代と言われても納得できる。見た目は若いが、口調といい雰囲気といい、なんかクラブのママみたいだ。クラブなんて行ったことないけど。
店員らしきその人は、まっすぐに私を見ていた。目が合うと赤い唇がニィ、と笑った。金色の簪がシャラリと小さな音をたてる。
「お嬢ちゃん、それはあんたに適した夢箱じゃあないよ」
「す、すみません……」
店員さんが言っている意味がよく分からなかったが、注意されていることは確かなので私は速やかに箱を元の場所へ戻した。
竜司が何やってんだよとばかりに脇腹を肘で突いてくる。
でも荷物で両手が塞がれてなければ今頃注意されているのは竜司だったはずだ。断言できる。私は竜司の脇腹を突き返した。思いのほかヒットしたらしく、竜司は体をくの字に曲げて悶絶していた。
カツリと、ヒールの音が響いた。
はっと顔を上げる。店員さんはゆっくりとした足取りで店の奥から出てくると、私達の前で立ち止まった。
「いらっしゃい。随分と珍しいお客様方だこと。どんな夢をお求めだい?」
近くで見る店員さんはやっぱり綺麗だった。しかし年齢もやっぱり予想がつかない。
それにしても、看板にもあったけどこの店員さんが言ってる夢っていったいなんの事だろう。
夜にみる夢?それとも将来にみる夢?どちらにしても、売れるものではない。
「すみません。僕ら買い物に来たんじゃないんです。実は迷ってしまって、道をお尋ねしたくてお邪魔しました。中央通りの商店街に行きたいのですが、どう行けばいいのか分かりますか?」
私が悩む傍ら、新司は疑問はあっさりとスルーして本来の目的を達成していた。
ちょっとくらい店ひやかしてもいいじゃん、と思うが静乃が怖がっているから早くここから出たいんだろう。まったく、どこまでべた惚れなんだ。
「おや、迷子かい。どうりでこの店に来るには珍しいお客さんだと思ったよ」
店員さんは納得したように笑って頷くと、すい、と店の出口を指差した。
「店を出て、まぁっすぐ行けば着くよ」
店員さんの言葉に私達は首を傾げる。私達は、その道を通って来て迷ったのだ。
「そっちには一度行きましたが、商店街はありませんでした」
「大丈夫。今度は着くよ」
私が言っても、店員さんは笑ってそう言った。
本当に大丈夫なんだろうか。しかし他に手がかりがない以上行ってみるしかない。
皆を見ると、全員不安そうな顔をしつつも早く行こうと目が語っていた。
「そうですか。ありがとうございました」
「いいや。……あぁ、そうだ。せっかくこの店に来れたんだから、ひとつ土産を持って行くといい」
「え!?いいですよ!私達お邪魔してしまっただけですから」
店員さんは私の制止も聞かず傍らの箱を探り始めた。
このまま行くのも失礼だしお土産と言っても正直いらない。何がでてくるのか好奇心は疼くが欲しくはない。この店なんか変わってるし。
どうしたもんかとおろおろ待っていると、店員さんはひとつの箱を手に取り、私に差し出した。
それは、小さな木箱だった。ちょうどルービックキューブくらいの大きさだ。
やっぱり箱か、と思いつつ受け取るのを躊躇っていると、店員さんは私の手をとり箱を握らせた。
「この店はね、本来は用のない人が来れる所じゃあないんだよ。きっとあんた達は今後も縁がないだろうから、記念にやろう」
「……ありがとうございます」
なんか不思議な言い回しだ。用がない人は来れないって、奥まった所にあるから用がある人じゃないとこんな所まで来ないとか、そんな意味だろうか?
ともあれそこまで言われて握らされたら、受け取らざるを得ない。こういう時に断れるほど私は押しが強くもコミュニケーション能力が優れてもいないのだ。……なんかそのうち高い壷でも買わされそうで怖い。
「その夢箱は、箱を開けた人の最近見た夢に招待するものだよ。楽しみな」
「あの、その夢ってなんですか?」
相変わらず商品に関しては意味不明な説明に、私は思わず聞いていた。
「夢は夢さ。お嬢ちゃんも眠ると見るだろう?」
「はぁ」
さも当然といったように答えが返ってきた。
確かに夢は夢だが、商品としては変だろう。眠ってみる夢をどうやって売るんだ。
けれど店員さんが何当たり前な事聞いてるの?と言う感じで見てくるので聞くに聞けない。おかしい。常識はどこへ行った。
これ以上何を言えばいいか分からず私は沈黙した。諦めたとも言う。
店員さんは、ふと思い出したような顔をして言った。
「あぁ、注意を忘れてた。夢の出口は夢のストーリーに逆らわなければ自然と訪れるよ。それと、夢に喰われないように。夢の中で死ぬと、現実に戻れなくなるからね」
意味不明ながらも、何だか不吉な注意事項だ。
「……気をつけます」
よく分かってないまま、とりあえずそう言った。というか、これ以外どう言えというのか。
すっかり傍観している新司達も困惑顔だ。
もしかしてこの人危ない人?精神的にきちゃってる??とその目が語っている。
見た目はちゃんと正気に見えるが、もしかしたらこの店員さん精神的におかしくなっているのかもしれない。
というか、お前ら見てないで助けろよ。もうコミュ力的にも限界なんだけど。必死で目で訴えると、伝わったのか竜司がさっと前にでた。
「じゃあ、俺らそろそろ行きます。ありがとうございました」
よし、よくやった竜司。
私達はそそくさと逃げるように出口へ向かった。
「じゃあ、夢の世界で待ってるよ」
店の扉が閉まる瞬間、そう言った店員さんの声が聞こえた気がした。
うん。きっと空耳だ。




