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ブサイクの逆襲  作者: 黒田 容子
本編
28/33

ジタバタの第三ラウンド

 連れて行かれた店は、純和風の小料理屋さんだった。見るからに風情のある引き戸で始まるこじんまりとした店舗だった。


 最初の引き戸を開けると カラカラ…いい音がして。

「一番乗りですよ、さあどうぞ?」

 女将さん、なのかな。馴染み客のような雰囲気で出迎えられた。


 隠れ家チックだなあ…入り口までの笹?竹?の道が、一般住宅と間違えそうな雰囲気だったもん。

「お席は、奥の個室ですよ。先に、何かお持ちします?」

 和服姿の女将さんが先を歩きながら言う仕草が、ひらひらと舞う日本舞踊みたいで優雅だ。

「まだ…大丈夫ですよ。他の面々も、来れる順に来るだろうから。」

 加藤さんが、ちっとも気後れしないまま、まるで慣れた風に言う。

「僕たち、ちょっと座ってゆっくりしたい、かな?」

 …ゆっくり、したい、かも。ワタシも。ゆっくりして…早く片付けちゃいたいの。曖昧なあたしと加藤さんの関係性を。

「そうですか。ではでは、皆さんお揃いになってから伺いますね?」

 加藤さんの含みのある笑顔に、女将さんも微笑んだ。



 流石、サービス業…分かっちゃうのかな。部屋に通されると、女将さんは、気を利かせたように居なくなってしまった。


 今は、おしぼりとメニューだけがテーブルの上で慎ましく並べられてるだけの空間。


「いつも通りでいてよ?…俺が緊張したちゃう?」

 端っこで何度も手を拭いてるだけのあたしに、加藤さんが手招きした。

「この部屋から見える中庭が好きなんだ。…開けるよ?」

 加藤さんは、慣れた様子で障子とガラスの引き戸を開いた。そして、小さな石庭の縁側に腰掛けようとしていた。

 本当に、今はリラックスしていいの、かな?招かれるまま近寄ると、キャッ!

「ごめん、そうでもしないと 来ないかと思って」

 加藤さんが、はははと軽く笑った。何が起きたか分かったときはもう、加藤さんの腕の中で。


 驚いた…心臓まで掴まれたかと思ったよ。腕を引かれただけだと思ったのに、鮮やかに身体のバランスを崩されて…


「あの、加藤さん…」

 ヤラレタ。どうして。もう…いきなりもうスイッチ入るなんて、驚いちゃう。ただでさえ、ドキドキヒヤヒヤしてるのに。

「悪い悪い。庭を見たかったのはホント。…藍ちゃんと見たかったんだ。」

 ウ…ソだ、だって加藤さんは、庭なんかみないで、ずっとずっと…あたしの目を見ているもん。

「加藤さん、わたし…」

 立ったまま抱き合って、見つめ合うわたし達。


 言うなら、今?今なのかしら?

 言わなきゃ、よね?「わたし、だんだん…好きになっちゃったかもしれません」って。

 あ、今その言葉だと合わないよね、空気も読まず便利なあの言葉の方が…今は良いかもしれな…

 でも、男女間の雰囲気とか、加藤さん自身が甘く見え過ぎちゃってとか、言葉が出てこない。どうせ、一単語で済む あの簡単な2音が言えない。


 どうなっちゃってるのよ、あたし。

 仕事では、百戦錬磨の怖いもの知らずな毒舌クイーンなのに、こんな所で言葉が出てこないなんて。


 加藤さんが、わたしの髪を掻き上げて言った。

「その先は…男に任せようか?」

 そして、長くてしなやかな指が、アタシの唇に添えられる。


 言わなくて、いいってこと?

 言わなくても、分かってるってこと?


 訊ねるまえに加藤さんが、話し始めた。

「ちょっとは、俺のこと思い返すことが増えた?」

 それは… たぶん…うん。

「俺は、何度か… 『今、何してるのかな』とか、気になってた。…会いたかったし、話したかった」


 な、何を言い出してくれるのよ。もう息が止まるかと思った。…切に直球すぎる口説き文句じゃない、もう。慣れてないあたしは、恥ずかしくてドキドキしてソワソワして。叶うなら逃げ出したいのに 身体が動かない。


 だって、だって。久し振りの恋愛なんだもん!!

 男の人から、真摯に告白されるって 人生に数える位しかないんだもん。


 恥ずかしくて、どうしていいかわかんなくて。

 でも、もう三十路間近の女子だし、告白くらい自分で出来なきゃって思ってるし、こんなところで、何も言葉が出ないなんて、子供っぽいし、仕事じゃそんなことないのに、今は言えなくなってるとかが情けないし、


…ああもう、アタマぐちゃぐちゃ…だよ。もう、鼓動が強すぎて鼓膜が痛いよ、唇が動かないよ。


 仕事ではペラペラなんでも喋るのに、恋愛になると何も言えずにいるあたし。

 パニックになった脳みそが、悲鳴とともに思考回路を溶かすように、水気を帯びてきた気がした…いや、これ…涙?あたしの涙?

 やだ、ホントに涙?そんな、ちょちょっと待ってよ、ホント そこまでじゃないけど…っ!ただ、加藤さんに一言ちゃんと伝えたいだけなの。


「言葉にされるより、今の顔で分かるよ。…俺、片想いじゃないんだね。」

 片想いがまるで似合わなそうな顔した男が、安心したように笑ってる。嘘でしょ、嘘じゃないの?

「改めて、俺からキチンと口説き直そうと思ったけど… 」

 嬉しそうに溶けるような笑顔が、見てるだけで切なくなる。

 唇に当てられていた加藤さんの指が、僅かに動いた。

「いいね、ふわふわなんだ? キスしたら、気持ち良さそう」

 下唇の輪郭をくすぐるように撫でられて、ゾクゾクッとなりながらでも、体の奥はキューンとして。

 キスされたい。チュッって…味わいたい。

「おいで?」

 誘われるままに目を閉じて、観念して体を預けた。

 両肩に添えられていた手が、背中に回って、きゅっと抱き寄せられる感覚がしたかと思うと、胸の正面もあったかくなって。

「力、抜いて」

 まずはおでこに、ふっと唇がふわりと当たった。そのまま、鼻筋を滑るように吐息が降りていって…

「そう、そのまま」

 言葉を聞いたのは、それが最後で、ゆるゆると、暖い息が 唇をくすぐる。まるで、あっためられてるみたい…身体のほんの端なのに、 じりじりと 身体が熱くなっていく


 ぴちゃ


 舌で舐められて、唇で挟まれる。当たったかと思うと、また離れて、今度は 違うところから食まれていく。


「か、かと…」

 名前を呼びたいのに、言葉が続かない。

「タク。タクでいい。」

「タクさ…ん」

「今はそれでいいか。」

 クスクス笑われたかと…

「今日の面子は、『タク』か『タクちゃん』って呼ぶ人がほとんどだから」

 それだけ言って、また キスが始まった。

「早く、慣れて?」

 掠れて色っぽい声だった。顔を離すと、加藤…タクさんは、してやったりって顔で。

「藍ちゃん、仕事とは結構変わるね。…ヤバいな、そそる」

 それは…こんな、あたしだけど…ムラっとして頂けてるって事?

「藍ちゃん、自分で思ってるよりカワイイと思うよ? 喋らなくても…喜怒哀楽ぜんぶが 雰囲気で分かる。良い子なんだな、って分かるから」

 そこまで加藤さ…タクさんは言うと「大事にするよ…一年同じ気持ちでいてくれたらプロポーズするから」サラッと爆弾発言して。

「惜しいな、そろそろ皆集まってきちゃう」

 名残惜しそうに身体を離した。


 はっ!!

 そういえば、どこか遠くで「お連れのお客様、お見えになりました」って聞こえてるのような…


 ト、トイレ!化粧、直してくる!!ついでに呼吸もっ!


 あたしは、なけなしの冷静さで何とか化粧ポーチを掴むと 慌てて個室から飛び出した。


 その時すれ違った背の高いサラリーマンたちが、大林さんと柏木アシスタントマネージャーの旦那さんとも知らずに…


 なお、この後、何をしていたか、散々からかわれたのは言うまでもない…


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