民草だからって、ナメんなよ
夜食を買って帰ってきたとき、近隣の受注残は、結構なカオス状態だった。
まずは 牧瀬さんたち西東京事業部の受注残。
おおよそ聞いていた受注量でそのうちの受注残もまた、想定の範囲内だった。
もう一つが 例の本社案件の受注残。カナコ彼氏ってば、この状況で本当に追加受注受けやがったんだ…
これ、各店応援出せる余裕あるのかな?
全体の受注状態をみると… カナコが「権田さあん、電話です」他の事業部からの電話を受けていた。
…あんた、本当に帰って欲しかったんだけど… 毒づきたい気持ちを抑えて、電話を取り次ごうとしたときだった。
「権田さあん、ウチ、本社案件やるんですよね?」
カナコが心配そうにみている。
「さあ?その打ち合わせの電話じゃない??」
アタシは、「(用件は違うだろうな)」と思いつつ、しらばっくれて電話に出た。
電話の相手は、武藤さんがいる物流センターの人数調整をやってる事業部だった。
「まだカナコいんの?!」
開口一番がそれなんだ、笑っちゃった。
「そうなのよ、心配なんじゃない?」
彼氏が無事、本社案件をやり遂げられるか…
「そっち、追加出せるの?」
「…どうかなあ? 3名出せって言われたけど、『目標で』って念押ししたくらいよ?」
「ヤラレター!」
電話口からは、絶叫が聞こえた。ど、どうしたのよ?
「あんさー、例の係長サマから、『横浜の権田は、3名やるって受けたのに、お前らはやらないのか!?』とか言われたんだけどー!!」
「え?いやいやいやいや…」
一瞬、カナコが聞き耳を立ててるんじゃないかと思って、振り向いたら カナコはじーっとこっちを見ていた。
…これからの会話は、チクられると思った方がいいかも…
「あたし、そんなコト言ってないよ。あくまで『目標3名で』って話してる。」
「何なのよー、あのバカ係長! 超情報操作じゃん!!これって自分が本社から良い顔したいからでしょ!!ホントムカつく!」
あたしは、ここで一芝居打つことにした。客は、カナコと…その先に繋がるカナコ彼氏。
見てなさいよ、あたしたち一般実務社員をナメると こういう事が起きるからね…!!
「今さあ、西東京事業部の牧瀬さん案件が上手く決まってないじゃない?
…聞いているかも知れないけど、お客さんが直接乗り込んできて怒ってるって…」
電話の向こうは、「知ってるー さっき聞いたー」と合いの手が入った。
「あたしもねー、牧瀬さんたちの応援入ろうと思って、カナコに相談してたらさー
丁度…」
この、『丁度』って大事よ?
「丁度、西東京事業部から指示が来る前に、本社案件の追加受けるから 人を出せって連絡来たわ。」
カナコとカナコ彼氏のこと、チクっちゃった。バラしちゃった。見捨てちゃった。ウフフフフフ~
「はあああ? ナニソレ? カナコ、西東京事業部よりも彼氏取ったって事?」
隣にカナコがいるので、これは明言出来なかった
「タイミングが悪いよねー 西東京事業部の方針が分かる前に、本社案件の追加が『さ・き・に』決まったじゃない?」
察してっ!!言葉のニュアンスを汲み取って!
「あ、なに?カナコ…隣にいるの?」
歯切れの悪い口調に、電話の先が勘付いた。
「うん。」
「マジで?」
「そうなのよ。」
向こうが若干トーンダウンする。
「どうなの?これ、出さなきゃダメなの?スゲーますます!やる気なくなったんだけど?」
大丈夫、ワタシは元々やる気ないから。
「そっち、出るの?」
「どうだろ?」
向こうは、ついにカナコを警戒して何も言わなくなった。
そりゃそうよね、普通 あたしみたいに正面切ってケンカするのは珍しいと思う
だから、先回しして言ってあげた。
「そっちの物流センターの武藤さんって、元々は、西東京事業部案件の超親玉でしょ?昔の部下たちから泣き電受けて、車両と作業員を回してあげたって…西東京事業部の牧瀬さんから聞いたよ?」
それはあくまで、武藤さんの個人的な昔の付き合いから回して貰ったって聞いてる。でも、あえて、明確なことを教えずに続けた。
「もしこのまま、武藤さんが『手元の作業員』を削って、西東京事業部の応援へ回すんだったら、そっちはまた話が変わるわよね?」
伝わって!アタシの意図!!暫くの間があった。お互い、息を飲んで、喉が鳴るほど唾液を飲み干したぐらいの無言があった。
「ハハハハ…」
電話の向こうが笑いだした。
アタシが入れ知恵したのは、本社案件を円満に断るための口実。
「あんた、ワルだねえ。」
やっぱ、そう思う?
「えー? そぉう?」
そうは返したものの、カナコを売ったことには変わらない。まあ…若干、罪悪感はあるけども…ねえ?
「まあ、権田ちゃんは監視付きなんでしょ? 動きづらそうみたいだから、こっちから他店には連絡しておくよ。」
「サンキュー」
あたしは、最後にこれだけは言いたかった。
「西東京事業部の案件は、元々決まってた繁忙期じゃない?西東京事業部が応援要請を出してたのに、本社案件を盾に、要請を断らせるとかって…一番やっちゃいけないでしょ」
この仕事は、特に助け合いが必要になる。今まで、それで運営できていたのが、ウチの会社だ。
もし、ここで上から権力振りかざせば、横の繋がりが崩壊する。
民草だからってナメんなよ。
末端の実働部隊が動かなかっなら、案件は、売上にすらならない。
敵に回したらどうなるか。みていやがれ
民草だからってナメるなよ




