02-29
人生四度目の遠征七日目。予定通り帰宅の途に就いた。
今回の遠征は五日目に[魔術]の魂象を得たあとは精気を活用した武術の修練に励み、何の問題もなく予定を完了したと言える。完璧。
当面の目標にしていた[魔術]の魂象を得たし、どうしようかな。遠征の余った時間でそうしたように、暫くは地道な基礎修練をしようか。そうすれば[武術]の魂象を得られるかもしれない。
武術の方の筋は悪くないって師匠たちにも愛染たちにも言ってもらえてるし、[魔術]とセットな感じがある[武術]も身につけられるならその方がよさそう。
でもなあ……僕の一番得意と言って良いだろう槍ですら[槍]とか[槍術]とかの魂象はないんだよなあ……。
実際、師匠たちの動きを見て覚えてマネするのが得意な自覚はあるものの、じゃあそれが≪武装人形≫に通じてるのかというとそうは感じられない。僕は、覚えた動きをその場その場で最適に組み合わせるのが下手っぽい。
[肉体強化]と[身体強化]を重ねたスペック差で≪武装人形≫との技術差を誤魔化してるという、次のステップへ進むための根本的な問題に目を向けるべきかもしれない。しかし当面は身体能力的なスペックの増強で対応していきたい所存。
ま、他にこれやろうっていうのも思いつかないんだから[武術]の魂象を目指すくらいに意識しておくだけでも十分でしょ。
短期目標、中期目標、長期目標って言うんだっけ。大きな目標のために必要なものを明確にして、その必要なものに必要なものを明確にするとかそんなやつ。
この場合は大きな目標が――大きな目標……僕の大きな目標ってなんだろう……。
あ、ああ。大きな目標はアレだ。≪果てへと至る修錬道≫の至伝を貰う。至伝が何かはわかんないけど、≪果てへと至る修錬道≫の師匠たちに一人前って認められた証みたいなやつだと思う。今の僕は下から二番目の中伝だったはず。
そして、そのために必要なのが当面は武器関係の技術の向上……? その指標が[武術]の魂象……かな……?
じゃあ、短期目標は技術向上のためのトレーニング――のメニューを愛染に作って貰う。つまり早く帰ろう。
ぼやーっと考え事をしつつダンジョン内の帰路を歩いていたが、今しなければいけないことが自分の中で明確になり、気を引き締め直して走り始める。
というか、ダンジョンの中で考え事しながら歩くとかアブナイ。気が弛んでるなあ。
「お帰りなさいませ若旦那。おめでとうございます」
愛染に続き弁柄と躑躅にも何かを祝われた。
自宅の玄関前で三人に出迎えられたのも驚きだが、何も言っていないのに[魔術]の魂象を得たと知っている様子なのもびっくりだ。それとも僕に心当たりがないだけで何かおめでたいのかもしれない。僕の頭とか。
「ありがとう?」
「魂象の件ですよ。」
「やっぱりかー。なんで知ってるの?」
「それは――私達は若様と魂で繋がっていますから。私には少しばかり難しいですが、愛染様ともなると物理的な距離など大した障害にならず若様の魂を感じ取れるものなんですよ」
応えようとした躑躅が一瞬愛染に視線を向け、頷くのを確認してから教えてくれた。
もしかして、監視。
「監視というほど強権的なものではありません。それなら看視と言ってほしいですね」
なるほど。もしかして、ストーカー。
「若旦那?」
「そろそろ家に入ろうか。三人とも、わざわざ出迎えありがとう」
本気で怒られそうだったので手早く流れを変える。呆れたように溜息を吐かれるだけで済んでよかった。
悪ノリした僕も僕だけど、愛染さん、人の頭の中の独白と会話しないでほしいんですけどその辺どうお考えですかね。
玄関に入ってすぐ弁柄に防具一式をさらっと回収され、躑躅に風呂場へ連れていかれた。
防具は≪[鎧櫃]の【紋章】≫にしまってあったので僕の意思で取り出したはずなのに、風呂場で服を脱ぎ始めてようやくそれを認識したくらいさりげない弁柄の手腕だった。風呂に入る前に部屋で自分で手入れしようと思ってたはずなのにおかしいな。これが弁柄の奉仕力なのか。
僕が服を脱ぎ始めても脱衣場に居た躑躅にそそっとご退場願いゆっくりと風呂に入った後、ちょっとぼんやりしたままリビングに入ると平日なのに養母さんがいた。
平日はできる限り出勤してほしいって言われてるって前に聞いたような? そういえば遠征前も平日の昼間に居なかったっけ? 出勤し過ぎて行政指導入った結果休まざるを得ないとかだったら、そんな職場はさすがに怖い。医者の不養生が心配だ。養母さんは医者ではないから正しくはないか。
「たっくんおかー」
ドア開けた状態でぼうっとしてたら、半分溶けたみたいにでろんとソファに寝転がった養母さんに手招きされた。
「ただいま。養母さんシフト変わったの? 先週くらいの平日に休みじゃなかった?」
何言ってんだこいつって顔された。そしてすぐに意地悪い感じのニマニマ顔になった。逃げるタイミングを掴めなかった。
「今月入ってすぐ位に辞表たたきつけてやったのよー。親不孝者なたっくんは一月近くたってよーやく知ったみたいだけどー」
さも悲しいんですって声音なのに間延びしてるし、そんなダラけきったパンダみたいな姿勢じゃ演技も何もないと思います。
≪[鎧櫃]の【紋章】≫
§それは紋章である§
§それは防具一式を収納できる§




