28 旅立ちのきっかけ
アクエリアの街の中を旅客馬車が通る。窓などの仕切りのない座席に座って、ラヴィは流れる街並みを眺めていた。公文書館からアクエリアの中心地にある噴水広場のアパートへ戻るために、最近はこの旅客馬車をラヴィは利用している。
(なんだかここも店が増えてきたなぁ)
顔を上げて馬の背越しに噴水広場を見たラヴィ。その視線はアパートの2階の窓を見つめていた。
◇
「さてっ着いた。あ~あ、面倒な会議だったなぁ、しかしRがハマったなんてシャレにならないよ」
独り言を言いながら玄関のドアを開けたラヴィは、少し甘い匂いを感じた。
「んっ? 誰? リサかな」
「ジャーンッ」
「ぬぉっ、なんじゃその格好」
いきなり光学迷彩を解いて姿を現したリサ。
「ローズ見てっ! 完璧なる冒険者リサの凛々しい姿」
「ま、眩しい。リサ、その装備って何グレードなの?」
「グレード? グレードって何?」
「防具一式のランク。カッパーグレード、シルバーグレード、ゴールドグレード、ミスリルグレード、オリハルコングレード、あと宝石系のグレードとかユニーク系があったはずだけど」
「お父様からいただいたの。リサが心配だからって、ローズがさっき言ったユニークのルーンって言ってたかなぁ」
── ユニーク防具[ルーンシリーズ]は、一般冒険者には手に入らないと言われている幻の精霊系の装備である。緑の力を操るリサは、いわば植物系の精霊とも言える存在なので、装着する条件を満たしているわけだ。一般の冒険者が手に入れるには、精霊に認められた存在でなければならない。さらにはユニーク装備そのものと相性が良く、所有者として認められる必要がある。ちなみに白刃のロビーは、紅竜リハクから授けられた火のルーングレード装備を装着している。
「いくらしたの?」
「わかんない、きっと要るからってさっき呼ばれてね。それからローズのとこに行けって言われたの」
「そっか、それしか言わなかった?」
「うん」
「そっか」
(君は何も知らなくていい、行かないでって言うからさ。でも別々に暮らすのはもうやめにしよう)
「リサ」
「なあに、ローズ」
「旅に出ないか?」
「二人で?」
「二人の……さっ」
大きな目を笑顔で細めて頬に手を当ててリサは「仕方ないな」って言った。
「そんなプロポーズには答えてあげないんだから」
緑の光鱗を撒きながらリサは振り返ってお茶を入れに行く。その後姿を見つめながら、ラヴィはリサの笑った顔、その仕草に胸をときめかせていた。
◇◇
最後に彼を見たのはロゼッタの、いや真凛の館の崖の上だった。いつの間にか空の一部に飲み込まれたような青と白の空間が広がる世界。あれから真凛と奏音はいつも二人で一緒だった。
「奏音、崖の下には何もない」
「お姉ちゃん、周りの木々は何も見ていないって言ってるの。何も落ちては来なかったって」
透き通ったガラスのカケラのような塊がいくつも転がる崖の下で、戸惑うように開けた崖の丘陵地帯な先を眺める真凛の目には、ぼんやりと青い空に白い月の輪郭が浮かんでいるのが見えた。
「取り敢えず進む。あいつを見つけ出してあなたを元の姿に戻させる」
言い聞かすように言って歩き始めた真凛。青い空の下には草原と煙の立ち上る集落が見えた。




