2 モフモフの一大決心!
浜辺に建てられたコテージには、海側に壁が無い。ただ日を遮るだけの天井とデッキチェアー、ウッドの丸いテーブルが部屋の中央に置かれている。壁にいろんな種類の絵葉書が用意されているのは、ここからどこかに手紙を送れると言う事なのだろうか?
「俺の名前は……」
そう言ってモフモフうさぎは、ロゼッタの手から、和歌の文字が白い砂浜の上に浮かんだ絵葉書を手に取った。テーブルには羽根ペンとインク瓶が置かれてある。
『萩小路 恭介 』
モフモフうさぎはペン先をインクに浸すと、スラスラと絵葉書の海と空の境の上に、筆を走らせた。
「なんて読むの? 意地悪、言葉で言って欲しかったのに」
「ハギノコウジ キョウスケ」
ロゼッタはモフモフうさぎの名前を聞いて、瞳を閉じた。そのまま身動きせずに黙ったままだったが、次第に口元が緩んで笑顔に変わっていった。
「キョウスケ」
灰色の瞳がモフモフうさぎを見つめる。
「なんか、なんか恥ずかしいなっ。俺、初めて女の子に下の名前で呼ばれたよ」
「キョウスケもこっちに来れば良いのに」
「ハァー」と溜め息をついて、ロゼッタがモフモフから絵葉書を奪った。
「私の宝物よっ」
「俺はお前が人で無くても……」
モフモフが全て言う前に、ロゼッタが糸で服を纏って水着姿から、アクエリアの姫の姿に変わった。
「私の名はアラネア・ロゼッタ。ハギノコウジ・キョウスケを主として迎える。主の命がある限り、私はパートナーとしてあなたの側に居るわ」
急に畏まって、雰囲気を変えたロゼッタがモフモフうさぎに1歩近づいた。
「キョウスケ、行けるところまで行きましょう。あなたのPCに窓を作ってもいい? あなたがこちらに居ない時は私から会いに行くから」
「ああっロゼッタ、聞いてくれ。俺さ、決めたんだ……」
◇
「ええーっ、マジでっ!」
「うん、スワンを通してアンタレスの会社から声が掛かったんだ。1日悩んだけど、俺、来週からタチバナコーポレーションの社員だわ」
モフモフうさぎからの衝撃の告白。大学は辞めてアンタレスに就職、つまりスワンと同僚になるって事で。
「ロゼッタは知ってたの?」
「あっいやラヴィちゃん、ロゼッタにも言ってなかったし」
「そうなんだ」
・
・
◇
都心から少し郊外のとある場所にタチバナコーポレーションのサービスセンターがある。現在稼働中のオンラインゲームのサーバーは全てここ、まるで工場のような平屋の建物の中に全てあり、建物の中には社員寮や研究所、緊急時の発電施設まで整っていた。
今日は研究会議という名目でスワンが呼び出されて、ランスロック岩井副社長から直々に尋問を受けていた。
「つまり白鳥君、実質アンタレスの特異性は量子系記憶媒体の中で生み出されたAIが鍵を握っていると君は考えているわけだ。そして興味深い話は、あるユーザーがハマってしまいそのまま残ってしまっている。しかもそのユーザー自体はゲームから切り離されて普通の生活に戻った。そのユーザーが誰なのかは言えない」
「アンタレスの中に残った人格が今はラヴィアンローズというキャラクターとして、※GMをやってくれています。この前お願いした萩小路君も同じく最初はユーザーでしたが、今はGMの補助として協力してもらっています」
「うん、その2人がロゼッタとリサと特別関係が深いわけだ。あの味を感じるというのも彼らの干渉が影響しているのかな?」
ランスロック岩井とスワンの姿は、別室の研究員の部屋のモニターに映し出され、その会話も全て流されていた。聞きもらす事の無いようにメモを取る10人程の研究員の中に、カルとバッドムRの姿もあった。
「ラヴィアンローズ君が全てです。彼にダイレクトにアクセスして量子系記憶媒体に彼自体のコピーを取ったマンドラゴラという何かが居たと聞いています。その経緯はこのノートに書いていますが、ゲームのシナリオ上、リサがロゼッタのフィールドに移動してしまうと消滅する。その時に一緒に居たラヴィアンローズに何かが起きて、気が付いたら戻れなくなっていた。その説明は、量子系記憶媒体の中に居たマンドラゴラに聞いた。真偽を確かめに僕はラヴィアンローズの本体というか、本人を調べに直接見に行って来て間違いなかった」
「白鳥君、要約すると、ロゼッタのフィールドでリサが消滅した時に、一緒に居たラヴィアンローズ君がゲームの中に取り込まれてしまい、彼の味覚がゲームに浸透したという事なんだな」
「要約するとその通りですね」
「うーん、それが本当だとするととんでもない事が起きてる訳だ。人をコピーしたという事になる。私もラヴィアンローズと会って話がしたい。取り次いでくれないか?」
「はい、ですがお願いがあります」
「なんだい」
「彼を守りたいんです。本人は気にしていないって言ってますが、ゲームの中から戻れないという考えただけでも苦しくなる状況に彼は耐えている。もしも、あっもしもの話ですが、もしもアンタレスがサービスを終了する事があっても彼をどうにかして残せるようにして欲しいんです。はまり込んだ原因を作ったのは僕なんですけど」
◇
研究員がモニターを見ている部屋に舌打ちが響いた。舌打ちしたのが社長の息子なので誰も反応をしない。
「ちっ、何を自分の手柄にしてんだよ。俺とカルがその前にモフモフとラヴィを他の奴とは違う場所に落とし込んだって話はどこに行ったんだ。明らかに俺のお陰じゃねえか、なあ軽井沢君」
「全くだ。あいつの多重クエストを1つに繋げたのは俺だし、もしかしたらそれが影響しているのかもしれないのに全くそれには触れていないし」
ザワッ
モニタールームの他の研究員が2人に注目した。
「タチバナ君と、軽井沢君、良かったら詳しくお話し願えないかな?」
ランスロック岩井の右腕と呼ばれる研究員チーフの湯沢が、椅子の向きを変えてバッドムRの方を向いた。つられるように他の研究員も後ろの席に座っていたバッドムRとカルの方へ、向きを変える。
「し、仕方ないな。そこまで言われたら、なあカル。お前が説明してくれ」
◇
カルが熱弁を振るう中、バッドムRはスワンの話した量子系記憶媒体への人間自体のコピーについて考えていた。
(俺も出来るんじゃないか? あいつらアンタレスの中じゃやりたい放題じゃん、俺んとこのゲームなのに何を勝手にやってんだよ。おかしくねぇか? ……いや、おかしいぜ。俺がやるべきだろう、そうだよな、俺がやったらもっと良くなるだろ。俺、絶対あいつよりも良いもん食ってるぜ。えへへへ、よっしゃ1つ量子系サーバーが空いてるしな、やっちゃおうかなぁ、あっ、スワンと岩井さんが行ったぞ。俺も行こう、カルも連れて行かないとな)
「おっしゃ、軽井沢君そこまでだ。我々はちょっとゲームの中の調整を行いに出かけて参ります。皆さまには、より具体的にお話しが出来るようまとめて参りますので、その際にはご協力お願いしまーす。行くぞっ軽井沢君っ、急げ」
バタバタとモニタールームから出て行くタチバナと軽井沢。
「軽井沢はこの前までそんな話をしていなかったよな。君は聞いていたか?」
「いや初めてですよ。何なんでしょうね? タチバナ君に口止めされていたんでしょうか」
「分からん、だが何となく掴めて来た。しかし出来るのか?」
ブツブツ言いながら席を立つ研究員達。大きな課題、人のコピー。それがされたという証明すらあやふやな事を聞いた。つまる所、またこれで会社に缶詰にされる事が決定したのであった。




