39 船に刻まれた墓標
復活の果実がたわわに実るエリスロギアノスを取り囲む空間は、今やユグドラシルと名付けられた巨大樹の枝葉に包まれて、甘い香りが芳しい楽園の様相を呈していた。
周りを取り囲む大きな葉の重なりは、外からの風を遮り吹き抜けのように空だけが遥か頭上に見える。
「これで良かったのよ」
「何が?」
エリスロギアノスの白い外装に手を当てて言ったロゼッタは、振り返るとモフモフうさぎの側に戻ってきながら服を海賊風に変えていった。
「エリスロギアノス号の終着港はこの場所だった。世界の始まりの場所、世界樹。始まりが終わりだなんて皮肉なものね」
(ロゼッタ劇場、エリスロギアノス号の冒険。終幕近しか……)
「お別れは済んだのか?」
「えぇ。いつかこの船が苔に覆われてここにある事がわからなくなったとしても、私達の心はいつも一緒に居るわ」
ロゼッタが手を当てていた場所に、金色の文字で浮かび上がったレリーフが残されていた。
── 白き閃光が闇を切り裂き、紅蓮の炎が古の邪を燃やし尽くした。人の命は泡沫のように短く儚いけれど、この地で我は世の行く末を世界樹と共に見つめて行こう。
我の名はエリスロギアノス、かの者達を運ぶ空船である。願わくば、かの者達に幸多からんことを祈る。
【クニークルス男爵 * 雷神使い * モフモフうさぎ】
【アラネア公爵令嬢 * 創造神 * アラネア・ロゼッタ】
【世界の使徒 * ラヴィアンローズ】
【アラネア公爵令嬢 * 緑の加護 * アラネア・リサ】
【古の賢者にして炎王 * 紅竜リハク】
ロゼッタの名前の前に書かれた文字。それを見て初めてロゼッタの本当の力を知ったモフモフうさぎ。寂しげなロゼッタの顔を見て、今はシリアスな別れの場面だと思い直してロゼッタの肩を抱いた。
「ねぇ、ねぇ、リサはあそこになんて書いてあるか知りたいの。でも今見に行ったら駄目だよね」
「うん、後で見よっ。今は邪魔しちゃ駄目な時間」
小声のリサに笑いながら答えるラヴィ。スクリーンショットのフォーカス機能を使えば、拡大して見ることが出来るのだが、敢えて無粋な事はしたくなかった。
「帰るよっ」
モフモフうさぎが振り返って言った。その声と共に、リサが走ってエリスロギアノスの船体に浮かび上がった文字を見に行く。
遅れてラヴィとリハクも、文字を見て固まったリサの後ろに立った。
【アラネア公爵公爵・創造神 ・ロゼッタ】
── ロゼッタの説明に書かれた言葉。
「ローズ、お姉様って神様だったのね」
何故か沈んだ言い方をしたリサが、そっと船体に手を伸ばした。
【アラネア公爵令嬢 * 愛と緑の女神 * アラネア・リサ】
「ふふふっ」
「帰ろっ」
非常口に向かうロゼッタ達に向かって走るリサの姿を見て、リハクも笑みを漏らしていた。
△▽△▽ △▽△▽
最後にエリスロギアノスに乗り込んだラヴィが、外の世界樹の枝を太らせて、入り口を塞いだ。灯りのない船内を、モフモフうさぎがガントレットを光らせて奥へと進む。
1番奥の部屋がロゼッタの屋敷と繋がっていた。その扉はロゼッタが手をかざすと鍵が開いて、霧の谷ストレイの崖の上のロゼッタの屋敷に繋がった。
「はぁっ、着いた。私は疲れたから休むわ。アクエリアのお城と繋がっているゲートは書棚の隠し扉だから、自分で探して帰ってちょうだいね。うさぎは残るの、いいわね」
ロゼッタが部屋から出て行った。エリスロギアノス号と繋がっている部屋はロゼッタの屋敷の3階のようで、部屋から出ると左右に赤い絨毯の敷かれた廊下が延びていた。
「あれっ、ロゼッタは?」
ラヴィが右と左、どちらを見渡しても今部屋を出たはずのロゼッタが居ない。
「始まった……」
「何が? モフモフさん」
「謎々だよ。俺はロゼッタの所に行かないといけないし、みんなは書棚の隠し扉って言われただろっ。しかも自分で探せって言ったし。今やるか? 相変わらずだけど」
「いつもこうなのか?」
リハクが赤い目で廊下の先をじっと見ている。
「心配ねぇ、モンスターとかが出るわけじゃないんだ。ただ見つけて欲しいみたいな感じっ」
そう言ったモフモフうさぎが廊下の壁に掛けられた絵画に近づき枠ごと回した。
ガタッ
「ビンゴッ」
絵画を飾っていた壁の部分がそこだけ回転して、秘密の通路が現れた。
「悪いけどこれは俺の通路。いつもは絵なんて飾ってないからわかりやすかった。みんなとは悪いけどここでお別れだっ。ロゼッタが待ってるんでな、じゃあなラヴィちゃん、リサとリハクもまたなっ」
そう言い残すとモフモフうさぎが秘密の通路を閉じた。
「えっ、モフモフさん」
「何? 今の。わけわかんないっ」
「つまり、ただでは帰さんと言う事か……」
「いや、ちょっとした意地悪っていうか」
「違うわローズ、これは試練よっ。私達もこの試練を乗り越えなくてはならないのっ!」
「頼むよ、愛と緑の女神さま」
「任せなさい、ローズとリハク。謎解きはリサの十八番なんだから」
(だから、どこでそんな言葉を覚えて来るんだ)
ガタガタと絵画を回そうとしているリサを見て、ラヴィとリハクが苦笑いを浮かべているのだった。




