1 白く舞い散る花びらの中で
たった一瞬、あとほんの少しの時間しかなくて、でもその事を知っているから1秒が惜しい。
終わりがすぐそこに迫っている。
風を切って谷底に落ちて行くラヴィアンローズとリサは、抱きしめ合ったままこの状況に2人でいる事に幸せを感じていた。
悲哀とはこの事を言うのか……
ねっとりと絡みつく霧のような雲の中からは、落ちて行く先が見えない、このまま見えないままで地面に激突してしまえば、恐怖を感じる事もなく2人は死んでしまうのだろう。
ラヴィアンローズは自らリサの胸に飛び込んだ。
リサもそれを望んでいた……
ラヴィアンローズが本当に飛び込んで来るまでは。
ラヴィアンローズに抱きしめられて、嬉しくて悲しくなるまでは。
ラヴィアンローズが自分と一緒に居る事、それは自分だけでなくラヴィアンローズまでも死ぬという事。それが自分の望む事だったのか?
大好きなローズをこの世界から失ってしまう事が、今の自分という存在と一緒に消えてしまう事になって、2人とも塵すら残さず消えてしまった後に、誰がこの世界にリサが居た事を、こんなにローズの事を大事に想うリサが居た事を覚えていてくれるのだろう?
雲を切り裂くようにリサの体から、何百、何千もの糸が広がった。密に絡み合った糸が風を受けて2人の落ちるスピードを緩める。
「リサ? 何してんだ」
「リサね、気づいたの。ローズは死んじゃ駄目なの、リサのせいで死なさないの。リサの分も生きて欲しいの、こんなリサが居たって忘れないでいて欲しかったの……嬉しかった、本当に嬉しかったの」
繭のように幾重にも2人を包み込むリサの糸。
腕の中のリサを見たラヴィアンローズは言葉を失っていた。リサの体にヒビが入って行く……着ている服にも、長い髪にも、綺麗な顔にもヒビは広がって行く。リサの全て、リサという存在が今まさに壊れてしまいそうで……
「ありがとう」
ブワッと繭が白い花びらとなって舞い散った。谷底に落ちていたはずのラヴィアンローズが、スローモーションのようにゆっくり地面に落ちてくる。
今腕の中に居たリサが消えてしまった。
(ありがとうってリサは言った。ばかやろう、俺は認めないぞっ)
真っ白な花びらを手で握ってラヴィアンローズは谷底に降り立った。
***
別れの言葉は、さようなら。
ありがとうなんて言わない。
でも、別れの言葉の "ありがとう" はちゃんとある。
それは、もう会えない人にかける言葉。
もう死んでしまった人にかける感謝の言葉。
"またいつか会いましょう" という意味を持っていない、悲しい言葉。




