猫歴88年その2にゃ~
我が輩は猫である。名前はシラタマだ。世界最強のクランを指導しているのだから、世界最高の指導者と言っても過言ではない。
「……過言じゃないですか?」
「信じてにゃ~」
しかし、2日も温い訓練をやらされた玉藻前は信じてくれない。
「ほら、さっき渡した魔道具に魔力流して走れにゃ~」
「こんなのでね~……わっ!?」
「体が重くなったにゃろ? 慣れたら重くしていくから覚悟しておけにゃ~」
「重くなったけど……大丈夫かな~?」
まだ信用していない玉藻前は、ブツブツ言いながらランニング。重力2倍はすぐに慣れていたので、3倍4倍と足して行く。
1週間掛けて10倍まで辿り着いたが、急ぎ過ぎたのでかなりキツそうだ。
「にゃはは。どうしたどうしたにゃ? 誰が歩いていいって言ったにゃ~」
「くっ……まさかこんなにキツいとは……無理です……」
「仕方ないにゃ~。ちょっと休憩しようにゃ~」
玉藻前はギブアップしたから、わしの鬼教官っぷりは伝わったと思うので優しい猫に戻る。
「みんなこの重さのなか走れるのですか?」
「うんにゃ。そのまま戦闘訓練もしてるにゃ」
「だからあんなに強いんだ……ちなみに、シラタマさんは何倍まで使えるのですか?」
「わし? わしは500倍にゃ。それ以上は地面が持たないんだよにゃ~。たぶんいまの玉藻前が使ったら、ぺっちゃんこにゃ~」
「ご、500倍……ぺっちゃんこ……」
「魔道具には10倍までしか入らないから心配するにゃ。んじゃ、休憩はここまでにしようにゃ」
玉藻前は信じたか信じていないかわからないけど、訓練の再開。1ヶ月も体力向上と魔力向上の基礎訓練しかしていない玉藻前は、またわしを疑い出した。
「にゃんなのその目~?」
「いえ……こんなことしていて強くなれるのかと思って……」
「なれるにゃよ? ちょっとメイバイと戦ってみるにゃ??」
「はあ……」
訓練なのだから、侍攻撃と魔法ナシの接近戦のみ。それだけで訓練の成果は玉藻前に伝わったはずだと思う。
「メイバイ~。侍攻撃はナシって言ったにゃろ~」
「ゴメンニャー! たった1ヶ月でこんなに強くなってるから焦ったんニャー!!」
結果は、メイバイがズルしたからメイバイの勝ち。わしはひっくり返っている玉藻前を担いで、縁側で治療する。
「どうだったにゃ?」
「うん……強くなってる……たったこれだけで……なんで??」
「白い獣ってのは、魔力濃度の低い場所で生活すると、本来の実力より弱くなっちゃうんにゃ。いまは本来の実力に、急速で戻っている最中ってところだにゃ」
玉藻前は手を開いては閉じると繰り返し、勢いよく体を起こした。
「ということは、四六時中ここにいれば、すぐに強くなれるってことですか?」
「理論上はにゃ」
「私、ここに住みます!!」
「別にいいんにゃけど……ここ、けっこううるさいにゃよ? 空気もあんまりよくにゃいし……」
「構いません!!」
そこまで言うのなら、玉藻前はソウの地下空洞の別宅に住み込み決定。引きこもって力を付けて行くので……
「うう……エレベーターの音が気になって眠れませ~ん。てか、いまで何日経ったのですか? 太陽がないと、時間経過がわからないです~」
「たった3日にゃ……」
3日でギブアップしたのであったとさ。
地下空洞での生活は慣れが必要。ここ最近は昔と比べると、地下倉庫の稼働率が3倍になっているから、わしたちも出産はエルフ市の秘密施設で行っているのだ。
玉藻前は騒音で眠れなかったみたいなので、場所の変更。エルフ市の産屋は玉藻にも秘密にしているから、候補を出して聞いてみる。
「どこも普通の暮らしはできないけど、それは大丈夫にゃ?」
「家と食べ物と太陽があって静かでしたら!」
「うんにゃ。にゃかにゃか細かいにゃ……んじゃ、話し相手が1人か、いっぱいかはどっちがいいにゃ?」
「そうですね……多いほうがいいかも?」
「じゃあ決定にゃ~」
「えっと……私、どこに連れて行かれるのですか??」
玉藻前は嫌な予感が働いているみたいだけど、わしは容赦なく転移。猫帝国にやって来た。
「ここって……」
「うんにゃ。ご近所に、マンモスさんがいっぱい居るにゃ~」
「やっぱり~~~!!」
玉藻前も何度も来ているので、巨大な白マンモスさんも確認済み。もう後悔してるよ。
「ほ、他はどんな土地なのですか?」
「わしと友達になった白い森の主にゃから……ヘビとかサンショウウオとかカブトムシとか……」
「あ、もうここでいいです。洋風のお城って素敵ですね~」
わしの主友を羅列したら、玉藻前は諦めちゃった。そういえば哺乳類を出してなかったな。嫌がらせしたワケじゃないよ? 行く頻度が多いのを挙げただけだもん。
あ、イスキア島忘れてた……ま、いっか。あいつらと生活したら、怠惰になるのは目に見えているからな。
とりあえず主の鼻が8本もある巨大マンモスに、わしは玉藻前を紹介して握手もさせる。玉藻前は鼻を握っていいのかとビビっていたけど。
それから赤い宮殿に戻ってここも案内しようとしたけど、その前に巨大マンモスのことが聞きたいらしい。
「あのマンモスさん、凄く強く感じましたけど、襲って来たりしないのですか?」
「わしの舎弟みたいにゃモノだから、この建物には誰も入って来ないから大丈夫にゃ」
「ということは、シラタマさんはあの化け物を倒したと……」
「うんにゃ。成り行きでにゃ。玉藻とご老公もやりたいとか言うから、お願いするハメになったんにゃよ~?」
「2人も戦ったのですか……」
「巨大魚より小さいけど、獣のほうが面白いとか言ってたかにゃ~?」
2人の武勇伝を聞かせてあげたら、玉藻前は引き気味。ただでさえ巨大な白マンモスが暴れたのだから、黒い森が偉いことになったもん。
「食べ物はこの冷凍庫に入れておくからにゃ。そっからレンジでチンしたら、料理する必要ないにゃ。ゴミだけは、毎日外の焼却炉で燃やしてくれにゃ。臭くなっちゃうからにゃ」
「はあ……わかりました」
注意事項だけ述べたらわしは帰ろうと思ったけど、大事なことが抜けていた。
「そうそうにゃ。魔力濃度が高い所で長く暮らすとお腹減らなくなるけど、それは病気とかじゃないからにゃ。気にするにゃ」
「そうなのですか? じゃあなんで、食事の準備をしてくれたのですか?」
「嗜好品にゃ。口寂しくなるからにゃ。テレビもスマホもあるけど、寂しくなったらすぐに言うんにゃよ? 玉藻前にはまだまだ長い時間が残ってるんにゃから、無理する必要ないからにゃ。にゃ?」
「はい……ご厚意、感謝いたします」
「んじゃ、狩りに行く時とかは呼びに来るにゃ~」
こうして猫帝国に移住した玉藻前は、めきめきと力を付けて行くのであった……
「にゃあ? いつもその姿で群れに紛れてるにゃ??」
「はい……みんないい人ですから……」
「人間の暮らしは忘れるにゃよ~?」
2ヶ月ぐらい経ったら、玉藻前は寂しくなったのか五尾の白キツネの姿でマンモスに囲まれて一緒に寝ていたので、わしは野生に帰らないかと心配になるのであったとさ。
それからも玉藻前を気に掛けていたら、訓練も狩りも獣姿のほうで参加するからますます心配。リータたちはモフモフできるから止めてくれない。
なので、わしは人間の生活に引き戻そうと、あることを試してみる。
「そういえば、武器はどうするにゃ? 黒魔鉱のクナイだけでいいにゃ??」
「そうですね。どうせ使わないですし」
「獣になりきるにゃよ~。そのままじゃ、名代の仕事できなくなるにゃ~」
「ハッ!?」
武器を作ってやろうと思っていたのに、玉藻前は乗って来ない。でも、仕事を思い出させたら、久し振りに五尾のキツネ耳公家装束になってくれた。よかった……野生に帰らなくて。
「玉藻と一緒で、白魔鉱の鉄扇がいいんじゃにゃい? 作ってやるにゃ~」
「いえ。作ってくれるならクナイがいいです。家宝の鉄扇は、母上が亡くなったあとに受け継ぐことになっていますから」
「家宝にゃ?」
「はい。あの鉄扇は、由緒正しき我が家に受け継がれし物です。二千年の歴史があるのですよ」
「それ、玉藻の冗談じゃにゃい?」
「いえいえ。アレほどの一品は、見たことがありませんからね。母上が嘘をつくワケありませんよ~」
玉藻前は信じ切っているから言い辛いけど、わしは真実を告げる。
「アレ、わしが作ったんにゃけど……」
「へ??」
「よく思い出してみろにゃ。玉藻が白銀の鉄扇を持ち出したのは、80年ぐらい前にゃろ?」
「そんなワケは……」
「玉藻に電話しにゃ~す」
玉藻前、妙に真面目。玉藻に電話して説明したら「あんな嘘を信じておったのか!?」とめちゃくちゃ驚いていたよ。玉藻前は嘘をつかれて怒っていたけど、信じるほうも悪いと思う……
「えっと……どうするにゃ? 白銀のクナイか鉄扇、好きなほう作ってやるから、そう怒ってやるにゃ。80年信じていたのは、ちょっとかわいそうにゃけど……タダで作ってやるから元気出せにゃ~」
「うう……クナイでお願いしますぅぅ~」
わしも同情しちゃって、オークションに出せば10億ネコは下らないクナイを2本、プレゼントして機嫌を取るのであったとさ。
玉藻前が猫クランに入ってから半年。うっかりして忘れていたけど、ハンターギルドに登録するかと聞いてみた。
「どちらでもいいのですが……ハンターになると、何かメリットがあるのですか?」
「世界中のハンターギルドを使えるし、身分証になるにゃ。旅をする時とか楽にゃよ?」
「母上が亡くなったあとは、旅する時間なんてなさそうなんですが……」
「いまの内に楽しんだらどうにゃ? 玉藻も世界を見て価値観が変わったからにゃ。世界の人々と触れ合ったほうが、陛下に助言とか的確になるかも知れないにゃ」
「確かに……それならばお願いします」
玉藻前と一緒にハンターギルドを訪ねたら、受付嬢にお願い。しかしここでもうっかり忘れていたことがあった。
「他国の人でも猫クランに入れるのですか……」
猫クランに加入希望者が殺到していることをだ。
「わしがスカウトしたんにゃ。だから誰でも入れるってワケじゃないからにゃ」
「ちょっとギルマスに聞いて来ていいですか?」
「にゃにを聞くことあるんにゃ~。早く登録してにゃ~」
猫クラン加入はわしのサジ加減だからすんなり行くが、ハンターギルドでの登録だけは時間が掛かるのでイライラするわしであったとさ。
無事、玉藻前もハンターになれたし、武器も揃った。猫クラン活動の本格始動だ。
「その前に、ベティとの再戦したいんにゃって」
「はあ!? こないだリータたちに勝ってたでしょ!? もうあたしには無理だよ~~~」
「コ~ン、コンコンコン」
前哨戦でコリス以外の一軍を全員倒した玉藻前は、不敵に笑うのであった……
「マジカルベティの勝利よ! キャハハハハ」
「こんの……卑怯者~~~!!」
でも、ベティの奥の手、アマテラスから授かりし魔法少女変身グッズの自己強化と、自分でもやるのは憚ったえげつない魔法で、玉藻前から勝利をもぎ取ったのであったとさ。




