猫歴87年その6にゃ~
我が輩は猫である。名前はシラタマだ。わしでも覚えていたんだから、玉藻も出会いくらいは覚えていてください。
玉藻とわしの出会いは、最初は和やかに話をしていたのだが、わしが猫又だと知るや否や、遠い昔に極悪非道を繰り返した猫又と重ね合わせて激ギレした。
その時のわしは、女性を殴りたくないから玉藻の好きにさせて、【吸収魔法・球】で凄まじい猛攻を一度も避けずに乗り切ったのだ。
実践対決の大将戦、開始早々に大魔法を連発した玉藻は全て吸収されたのだから、わしを睨んだあとは表情を崩した。
「卑怯なことをしよって……興が削がれた。もうよい。下がれ」
「にゃはは。わしたちの勝利にゃ~!」
出会いのことを思い出した玉藻は負けを認めたのだから、わしは右拳を上げて猫クランに勝利宣言。その直後、わしの延髄辺りから激しい金属音が発せられた。
「卑怯はそっちにゃ~」
それは、玉藻の鉄扇がわしの刀と当たった音だ。
「チッ……バレておったか」
「当たり前にゃろ。審判が決着を告げる前に、わしが気を抜くワケないにゃ~」
「まったく……面白味に欠けるヤツじゃな。負けじゃ負けじゃ」
不意討ちなんて、わしには通じない。魔法も通じないのだから、玉藻は両手を上げて闘技場から下りたところで、わしの勝利が確定したのであった……
その夜は、わしは苦情を言いに行くのも面倒になったので、オクタゴンの食堂で家族に囲まれて気分良く酒を飲んでいた。
そしたら玉藻たちが乱入。わしが一向に怒鳴り込んで来ないからって、自分たちからやって来たっぽい。
「にゃあ? わしに飲ませて、明日を有利にしようとしてにゃい??」
「そんなワケなかろう。やはりシラタマは強いと褒めに来たのじゃ。惚れ直したぞ。飲め飲め」
「ハニートラップしてるにゃ~~~!!」
思った通り。わしが警戒しているから玉藻はハニートラップに変更。それをリータたちに守ってもらったら、猫クラン全員で玉藻たちを追い出すのであった。
関ヶ原4日目の対決は、残すはふたつだけど実質1個だけ。それは勝ち点が5点もある、不条理極まりない人間将棋対決だ。
人間将棋とは、第三世界では駒役をコスプレした人間がやるだけのゲームだが、ここでは鎧兜を着た駒どうしのマジバトル有り。さらに駒を重ねて援軍有りのルールだから、指揮を執る王将の知能に勝敗が左右される。
猫クランのメンバーは23人もいるから、3人減らさないと対戦もままならない。怖い人が睨んでいるから、とりあえず辞退を募ってみた。
ハイエルフのアリーチェとマティルデはやる気がないから即決定。あと1人はノルンにどいてもらいたいのだが……
「なんでなんだよ! こんな時ぐらいノルンちゃんにも活躍の場をくれなんだよ~。え~んだよ~」
また泣く。なので猫クランの良心で人格者、ウロが辞退してくれたので事無きを得た。本当は徳川家康にビビってるのでは?
猫クランの初期配置は今まで活躍の場が一度もなかったエリザベス、ルシウス、リリスが一番出番が増えるように、飛車とその周りの駒で固めた。あとはランク順に割り振ったよ。
日ノ本側の初期配置は、王将の家康の傍を玉藻、玉藻前、秀忠で固める防御重視。残りは人数合わせだから、死なないことを祈る。
ホラ貝の音が鳴り響くと、合戦はスタート。先行のわしから駒を動かして行く。
初対戦は歩に任命していたルシウス。そこを一気に飛車のエリザベスが飛び込み、桂馬のリリスも加えて日ノ本の歩を食い漁る。
家康は焦ることなく、駒を動かして穴熊に。その間、猫クランがうるさいからわしは謝りながら全体的に駒を上げる。
飛車組で駒を削りながらなのでスピードが遅いから、猫クランからまた苦情。それでもわしは、活躍頻度の低い者を敵の駒にぶつけて落とす。
「ノルンちゃんだよ~~~!!」
ちっこいノルンがタヌキ侍を倒して勝ち名乗りを上げているけど無視。日ノ本の観客は「不正だ~!」っと叫んでいるけど、困ったことに誰も不正してくれないんです。
今日の日ノ本からの観客は、観客席からはみ出すほどの人数。日ノ本連合軍が7対4で大きく負けているから声で勇気付けようと、おそらく収容人数の倍は来ていると思われる。
そんな大人数の応援なので、猫クランからの苦情は聞こえません。聞こえているけど、聞こえてないアクションで乗り切っている。
猫クランが何を言っているかと言うと、最初の内は「獲物をよこせぇぇ」と怖い声。それでも活躍の少ない人ばかりを使っていたら、「あとで覚えておけよぉぉ」とおどろおどろしい声。
日ノ本連合のザコが全て退場したあとは、「下手クソ」だとか「負けるだろ!」と怒りと焦りの声が聞こえていた。
そりゃそうだ。わしが玉藻たちに駒をぶつける時は、1人しか送り込まないから、猫クランメンバーは常に2対1、3対1になってるもん。
これは最初からの約束。日ノ本の勝ちをドラマチックに演出するために、人間将棋は猫クランが負けることになっているし、わしはちゃんと説明したよ?
それなのにみんなやりたい放題するからわしが調整するしかないじゃろ。じゃないと最後の戦いは、スタミナを減らされまくった玉藻と家康がピンピンのわしに挑まないといけなくなるんじゃ。
八百長見え見えだけど、猫クランの者がどんどん退場して行くので、日ノ本の観客は大盛り上がり。恐る恐るコリスを玉藻に送り込んでみたら、大量のお団子や大福が飛び交ってコリスがパクッとキャッチしているのも大盛り上がりだ。
そこにリリスも行きたいという目を向けるので、駒を操作して参戦させたけど、頬袋を膨らませて2人とも退場して行った。これでも盛り上がるんか~い。
ノルンも簡単に捕まって退場したら、残りは猫クランアンクルチームのみ。ここは日ノ本組が3対1になるように、アンクルチームを操作して戦わせる。
アンクルチームはけっこう粘っていたけど、もちろん全敗。こんなことをさせたから絶対殺されると思っていたが、アンクルチームは笑顔で退場。
念話で話をしているところを盗み聞きしてみたら、強敵と不利な人数差で戦うのは初めてだったから、けっこう楽しかったらしい。脳筋ですね……
そうこう日ノ本の観客の声援や、猫クランのブーイングやアンクルチームの怖い話を聞いていたら、わしは日ノ本最強4人衆に囲まれるのであった……
『にゃ~っはっはっはっはっ……』
王将の位置からまったく動いていなかったわしは玉藻たちに囲まれても、音声拡張魔魔道具を使いながら不敵に笑った。
『我が僕を倒して、よくここまで辿り着いたにゃ』
だって、一度は言いたいセリフじゃもん。このためにわしは黒塗りの鎧兜も用意していたから、間違いなくヒールだ。
『我の真の名は、第六天魔王、織田上総介平猫長にゃ! さあ! 日ノ本の勇者共……我の血肉としてやるにゃ~! にゃ~っはっはっはっはっ』
ここでわしのヒールっぽいセリフは終了。家康にマイクを渡す素振りをしたら断れたので、オフにする。
「何が第六天魔王、猫長じゃ。信長様のつもりか?」
「そうにゃけど……盛り上がるにゃろ?」
「盛り上がってはおるが……儂はなんと返したらいいんじゃ?」
「そういうの、ご老公たちは得意にゃろ~? 思ったまま伝えてやれにゃ」
武将ってヤツは、尊大な自己紹介が大好きなのだから、わしは無茶振りしてマイクを投げ渡した。
『お主の正体は親方様であったか! 親方様……まだ天下に未練があるとお見受けいたす。しかし天下は、この家康が平定しましたぞ。元征夷大将軍、|徳川次郎三郎源朝臣家康《とくがわじろうざぶろうみなもとのあそんいえやす》……親方様を今一度、冥府にお送りしましょうぞ!!』
「「「「「うおわあああああ!!」」」」」
家康は渋っていたクセにノリノリ。その名文句が決まると、日ノ本の観客の声が弾けた。
「何を2人で遊んでおるんじゃ。さっさと最後の勝負と行くぞ」
しかし、玉藻親子には伝わらず。わしと家康と秀忠は「よかったよね~?」と言いながら闘技場に向かうのであった。
人間将棋、最終局面は、全ての駒が重なって闘技場に移る。ここではわしは、横一列に並んだ玉藻たちに見下ろされていた。
「さてと。あとはわしが負けるだけにゃ。八百長にゃんだから、派手にゃ技を使ってくれたら、わしが合わせていい頃合いで負けてやるからにゃ」
プロレスの最終確認をしながらわしが刀を抜くと、玉藻と家康はニヤリと笑う。
「わかっておる。そちが負けるだけじゃもんな~。のう?」
「儂もわかっておる。負け方は、様々あるのもな」
「負け方にゃ?」
「うむ。本気でやろうとも手を抜こうとも、負けは負けじゃ」
「お主たちには散々やられたからな。少しは心労を癒させてもらうぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれにゃ……そのやり方は考え直そうにゃ。にゃ?」
2人はわかっていると言ってるクセに、八百長してくれそうにないので、わしの狭い額から汗がツーッと垂れ落ちる。
「あの魔法は禁止じゃぞ? ちょっとは血を流さないと八百長がバレてしまうからな」
「角を生やすのも禁止じゃ。わかったな?」
「それは厳し過ぎるにゃ~。それにゃら手加減してくれにゃ~~~」
「「わかっておる。わかっておるとも……」」
「「コ~ン、コンコンコン」」
「「ポンポコポン、ポンポコポン」」
「いっぎぃにゃああぁぁ~~~……」
こうしてわしは、何もわかってくれない笑う日ノ本最強4人衆に公開リンチをされて、マジでブッ倒れるのであったとさ。
人間将棋はわしがリンチされて、倒れてピクピクしていたら決着。日ノ本の民は大逆転に大いに盛り上がり、自粛モードはどこへその。玉藻たちの名前を大声で叫び、褒め称える。
わしは玉藻たちが手を振って応えているうちに回復魔法で怪我は治して、ガサガサとゴキブリみたいに逃げ帰ったよ。残ってたら何されるかわからないもん。
猫クランメンバーは、わしの帰還に喜んでくれるかと思っていたら「よく生きてたな……」と、ちょっと引かれた。猫ファミリーや各国の王族は顔が真っ青だ。
それほど玉藻たちの攻撃は凄かったんだよ? なのにわしがピンピンしてるから、化け物を見る目になってる。化け物で合ってます。
そうこうしていたら最後の対決が始まり、ウサギ族のサンバカーニバルが会場を練り歩く。そのあとに日ノ本連合軍の百鬼夜行が入場したから、ウサギがオバケに追われているみたいだ。
関ヶ原では、最後の対決は東西の百鬼夜行が練り歩き、得点はドローとする決まり。争っていても、最後は仲良く締めることになっている、わしの好きなルールだ。
その頃には玉藻たちがわしに詫びに来たけど、第一声は「死ぬことあるの?」と疑問。ひとつも怪我がないから不死身なのかと思ったらしい。
なので「死にかけたっちゅうの」と怒っていたら、誠心誠意謝罪していたから不問とした。悪いことしてる自覚があってよかった。なかったら関税を120%上げてるところだ。
そのまま玉藻たちを加えて酒盛りをしていたら、本日の最後の催し、花火が打ち上がったので、わしたちは夜空を見上げるのであった……
翌日……関ヶ原は閉幕する。閉会式はわしも呼ばれていたので、紋付き袴を着て出席。天皇陛下たちをマネして入場し、会場の中央で背筋を正す。
『……と、先代の願いで、シラタマ王は今回の関ヶ原を盛り上げるために、あのような行動をしていたのだ。だからシラタマ王を非難することはやめてくれ。並びに、国民を騙すようなことをして、本当に申し訳なかった』
まずは主催者である天皇陛下のお言葉。懇切丁寧に説明してくれたけど、玉藻たちが手を抜いていたから負けたってのも嘘じゃろ。本当に手を抜いて負けたのはわしだけじゃ!
文句のひとつも言ってやりたいが、天皇陛下がわしに非がないことも説明して頭を下げたのだから、言いにくい。日ノ本の民からもブーイングのことを謝罪する声がいっぱい聞こえているもん。
『いいにゃいいにゃ。その声があったからこそ、関ヶ原がここまで盛り上がったんにゃ。わしも楽しかったにゃ~』
そこで天皇陛下からマイクを受け取ったわしにチェンジだ。
『もう、80年以上もの昔にゃ……その頃の悠方上皇はこ~んにゃに小さかったにゃ。でも、江戸と京の諍いにとても心を痛めていたにゃ。その時も、わしに無茶振りして来てにゃ~……最後は、江戸と京は手を取り合ったにゃ。それが嬉しくて、悠方上皇は大いに笑ったにゃ。みんにゃも、感情を表に出す悠方上皇の姿を見ていたから、大好きだったんじゃないかにゃ?』
わしが問うと、日ノ本の民は頷いているように見えた。
『その大好きにゃ人が亡くなったんにゃから、沈む気持ちは理解するにゃ。ただにゃ~……そんにゃみんにゃを、悠方上皇は見たいのかにゃ? わしに頼むぐらいにゃんだから見たくないに決まっているにゃ。だから、笑って見送ってやろうにゃ。それが、悠方上皇が喜ぶ、最高の弔いにゃ~! にゃ~っはっはっはっはっ』
「「「「「にゃ~っはっはっはっはっ……」」」」」
こうして関ヶ原は閉幕。日ノ本の民は、無理して笑っているワケでもなく、心底、腹の底から笑い続けるのであった……
普通に笑ってくれてもいいんじゃぞ?
日ノ本の民がわしの笑い方をマネをしたので、歴史書に「にゃ~にゃ~笑った」と記述されたのであったとさ。




