猫歴76年にゃ~
我が輩は猫である。名前はシラタマだ。オーガなんて敵ではない。
オーガのオバチャンが死を望んでいたから痛みなくあの世に送ってあげたのに、悲しんでいるのはわしだけ。本当に一瞬で片付けたので、見えている人がいなかったから質問攻めにされたからだ。
これではオバチャンがかわいそうなので、ちゃんと祈りを捧げないと教えてあげないと言って、全員で手を合わせる。
その後、言いたくない質問タイム。ひとまずわしはおでこを指差して、リータとメイバイに見てもらう。
「まだアホ毛は残ってるにゃ?」
「3本ありますね」
「そこまでやるのも珍しいニャー」
わしのアホ毛は、神様仕込み。1本増えるごとにわしの強さを二乗してくれる優れ物。このアホ毛は角のように見えるから、わしは【三鬼猫】と呼んでいるけど、三毛猫になりたいワケではない。
誰かが【スーパー猫又3】と呼んでからは「やってやって~」っと子供にそっちをせがまれたので、これは魔力をアホほど使うから、わざわざ魔法書さんから髪の毛を立てるだけの魔法を探してそれでごまかしてます。
阿修羅と戦った頃より、わしは素で3倍近く強くなっているのにそんな力を使ったのだから、オーガなんて子供のようなモノ。
【三鬼猫】を発動してから、まずは吸収魔法の膜でも守れない空間断絶魔法を発射して、オバチャンの王冠みたいな角を切断。それを回収してから横に回り、そこから空間断絶魔法を1センチ間隔で縦に端から端まで切り刻む。
元に立っていた位置に戻ってからは、同じように空間断絶魔法で縦に横にと切り刻み、1センチ四方の正方形の集合体となったら、そこに【朱雀】を落とした。
その結果、すでに細切れだったオバチャンは一気に発火して、オーガの回復力すら発揮されずに灰となって飛び去ったのだ。
「くっ……妾の目を持ってしても、移動したことしか見えなんだ……」
「儂なんて、消えて戻ったところじゃ。火の鳥の姿しか見えておらん」
最強チームの玉藻と家康ですら見えない、超早業。玉藻が悔しがると家康が珍しく慰めているから、わしとの力量差があり過ぎて勝負を諦めたのかもしれない。
「もう何がなんだかでおじゃる~」
「気付いたら爆発していたでおじゃる~」
「アレが、ワンさんの本気……ジジイが子供扱いされるワケにゃ……」
若手のナディジザ、グリゴリー、シゲオは呆気に取られまくり。猫クランアンクルチームですら見えていなかったのだから、恥じる必要ないよ?
「さってと……にゃんだかオニヒメに会いたくなっちゃったにゃ~。今日はお墓参りして帰ろうにゃ~」
質問タイムの終わったわしたちは、猫帝国に転移してオニヒメのお墓に花を手向ける。阿修羅やケンタウロスのお墓には知り得た名前を刻み込み、オバチャンの角もお墓に入れて新しく名前を刻んだ。
今回の旅は、オーガの発見と生き証人に出会えたこと、インホワ親子の仲直りという大きな成果を持参して、わしたちはお家に帰るのであった……
「翁、まとめてるとこ悪いでおじゃるけど、まだ旅は終わってないでごじゃる」
「ユーラシア大陸の北側は、まだ3分の1が残っているでおじゃる~」
「にゃ……にゃははは」
双子にツッコまれて、オーガ探索はまだまだ続くのであったとさ。
オーガ探索再開は、オバチャンが死後の世界に旅立った次の日から。わしは休みを提案したけど、「1週間もゴロゴロしてたのに~?」と、コメカミに怒りマークを作ったお母様方と子供様方に総攻撃されたから行くしかなかったの。
けど、西に行くほど獣が強くなるので、この世界最強のクラン、猫クランでも進行速度は落ちる。そのせいで、空から雪までチラチラと落ちて来てしまったから、オーガ探索は翌年に繰り越すしかなかった。
ここから先は最強チームで行くしかないかとわしたちが話し合っていたら、猫クランが異議申し立てのモフモフの刑。しかし白銀クラスが出て来そうな土地なので、わしも折れることはできない。
折中案で、夏場の狩りはオバチャンの根城でするのはどうかと提案したら、ようやくモフモフ地獄から解放された。
猫歴75年の夏から秋は毎日のように狩りをしたので、冬は活動休止……ダメ? ダメらしいので、普段の猫クラン活動の頻度に戻って週1の狩りとボランティア活動。残りはお昼寝……王様っぽい仕事を探す毎日。
そんなことをしていたら年は替わり、猫歴76年となった。今年の1月後半は、日ノ本で大イベントがあるから、わしも公家装束で烏帽子まで被っている。
「にゃあ? ゲストもこんにゃカッコしなくちゃダメにゃの??」
「ダメじゃ。陛下の退位じゃぞ。紫宸殿に入ってからは、私語も慎め」
玉藻の言う通り、悠方天皇の退位の式典にお呼ばれしたから、わしもこんな格好をさせられてるの。個人的には堅苦しいのは苦手なので、欠席に〇を付けて手紙を返したら「はあ!?」って玉藻が飛んで来た。
それで久し振りにやって来た王様っぽい仕事を断ったことがバレてしまい、王妃様方にババチビルほど怒られました。子供や孫たちからも冷たい目で見られたから、行くしかなかったの。
退位の式典は、始まる前から地獄。「まだ始まらねぇのか」とか騒いでいた人や、スマホをイジったり私語をして何度か注意された人は、黒子っぽい者に次々と連れさらわれて行く。
急に静かになったから、たぶん何らかの方法で意識を奪ったと思われる。それでもこれはチャンスなのでわしも退場してやろうとしたら、隣にいる玉藻に尻尾で口を塞がれた。やりそうだと思ってたんだって。
式典が始まっても地獄。喋っても笑っても泣いてもいけないなんて、人間の尊厳をなんだと思ってるんだか。式典とはそういうモノなんですか。知ってますから尻尾の力を抜いてください。痛いです。
喋ってもいけないなら、念話で「にゃ~にゃ~」文句を言いまくったら玉藻のお仕置き。リータたちにもチクると言われたから、暇潰しで式典の話を聞いていた。
そんなことをしていたら、悠方天皇の入場。今年80歳でヨボヨボだから公家装束は重そうだが、背筋を正してしっかりした足取りで歩いていたけど、わしのことは二度見した。
玉藻にどうしてかと聞いていたら、三種の神器の内のふたつが台座に置かれ、思ったよりアッサリと素早く退位の式典は終了。
やっと地獄は終わったと思ってわしが席を立とうとしたら、玉藻の尻尾に力が入ってステイ。悠方天皇が端に移動すると、次代の天皇が入って来て即位の式典に移行するのであった。
「ハァ~~~。やっと自由に喋れるにゃ~~~」
思ったよりは短い式典だったけど、わしは外に出たら自由を感じて背伸びする。
「ずっと念話で喋っておったじゃろうが。ほれ? 次は園遊会じゃぞ。ついて来い」
「まだあるにゃ~~~??」
でも、また玉藻に尻尾でくるまれて拉致。庭まで連れて来られたら、そこには着物で着飾った猫ファミリーが談笑していた。
「浮気してたニャー?」
「これのどこが浮気にゃ~。王様拉致事件にゃ~」
わしが玉藻の尻尾にくるまっているのが、メイバイたちは気に食わないらしい。自分たちは喜んでモフモフ言うクセに。
一通り玉藻の尻尾を堪能した王妃様方は、式典でのわしの態度はどうだったかとの事情聴取に移行。でも、わしは大人しくしていたと玉藻が説明してくれたので、特に何も言われなかった。褒めてくれてもいいんじゃぞ?
ただし、念話を使っていたから、これを大人しいと言うかはわしにはわからない。玉藻が助けてくれたように見えなくもないが、裏があるんじゃないかとわしは玉藻をジト目で見ていた。
「シラタマ。どうしてあんなところにいたんだ? 驚いて吹き出しそうになっただろう。何か朕に恨みでもあるのか?」
そこに悠方上皇が登場。言ってる意味がサッパリわからない。
「どうしてもにゃにも、玉藻に拉致られてたんにゃ。てか、わしがいたらそんにゃに笑えるにゃ?」
「笑える……というよりおかしいぞ」
「どっちも同じ意味にゃんだけど~?」
「不可思議のほうだ。即位と退位は、日ノ本の出席者だけで行われなければならなかったのだ」
「ほっほ~うにゃ~……」
わしは猫の国の国王。日ノ本の国民になったこともないのに、わしを出席させるなんてできる者は1人しかいない。
「コ~ンコンコン。ドッキリ大成功じゃ」
玉藻だ。だからこそ、悠方上皇はわしを二度見して、苦情まで言いに来たのだ。
「わしを巻き込むにゃ~~~!!」
その言い方に腹が立って、激怒するわしであったとさ。
「というのは冗談じゃ」
わしがあまりにもキレていたから、王妃様方の超絶技巧のモフモフを喰らってグロッキー状態。いちおうわしが落ち着いたから、玉藻がこんなドッキリをした理由を語る。
「今日の日ノ本があるのは、シラタマのおかげじゃ。徳川と和解し、ヤマタノオロチ被害も助けてもらった。海の恵みが増えたのも、孤立していた日ノ本と他国が繋がったのも、全てシラタマのおかげじゃ。
その立役者が、親交の長い陛下の最後を見れない、見てもらえないでは寂しかろう。だから妾が無理矢理その場を整えたというワケじゃ」
わしとしては全てが善意というワケではないから気恥ずかしい。特に海の話は、騙し討ちされてから付き合うことになったから苦情が言いたいくらいだ。
「そうであったな……今日の日ノ本。いや、朕があるのは、シラタマのおかげだ。朕1人では、この日ノ本をここまで栄えさせることはできなかった。シラタマのおかげで、民が腹いっぱい食えるようになったと言っても過言ではない。これまでの力添え、日ノ本を代表して感謝するぞ」
悠方上皇までヨイショして来るので握手は叩いて拒否したいけど、渋々握ってやるよ。
「まぁにゃんだ……手助けしても、トップが腐っていたら、絶対に民にまで恩恵は下りなかったにゃ。上皇様が民のためと祈り続けたからこそ、今日の日ノ本があるんにゃ。元現人神がわしにゃんかに褒められても嬉しくにゃいだろうから、友として言わせてくれにゃ。わしとケンカばかりしていたクソガキが、よく頑張ったにゃ~」
わしだって空気は読めるけど、ここまで褒められると恥ずかしいから最後はチョケちゃった。
「グスッ……お前は2歳も年下だろ。クソガキはお前だ。グスッ……」
「にゃはは。余生はまた、クソガキに戻ってケンカしようにゃ~」
「グスッ……絶対泣かせてやるからな。グスッ……」
それでも悠方上皇は出会った当時を思い出し、天皇の権威を投げ捨て、グズグズ言いながら強がるのであった……
天皇を引退した悠方上皇は、玉藻と一緒に世界旅行に出ると聞いていたのに、うちに来たから毎日ケンカ。来るの早すぎるんじゃもん。
それでもわしは忙しい身なので、猫クラン活動がなくて家にいる日はだいたいお昼寝。こんな怠惰な生活をしているのかと悠方上皇がうるさいから、毎日ケンカになるの。
春前にはようやく出て行ってくれて平和になったけど、夏には玉藻と家康と一緒にオーガ探索をする約束をしていたからまた戻って来やがった。
オーガ探索をしてる日は、悠方上皇はお留守番。キャットタワーの一室で、わしの孫たちとテレビとゲーム三昧らしい。この引きこもりが……
オーガ探索のない日は、わしは猫クランと一緒に狩り。悠方上皇は玉藻と家康と一緒にゲームしてるんだとか……外に出ろよ。
わしが文句言うと「こんなに働くシラタマは見たことがない」と笑われた。
「王様のやることに見えるにゃ?」
「見えない……国の仕事をしろよ!?」
「それよりわし、休みなしにゃんだけど~? オーガ探索の頻度、減らしてくれにゃ~」
「国の仕事もしないでまだ休もうとするのか!?」
腹立つから事実を告げたら、ナイスツッコミ。しかし、本当に働き過ぎなので、働き方改革は必要だ。猫クラン活動は減らさないことを約束して、なんとか週2の休みを勝ち取ったわしであった。
おかげさまで玉藻たちにも余裕ができたので、オーガ探索のない日は東の国近辺の国を回るとのこと。こんなことになりそうだからって、春はアメリカ大陸に行ってたんだとか。ちゃっかりしてやがる。
そんな毎日を過ごしていたら秋となり、もうじきオーガ探索は活動停止になるとわしがグフグフやっていたら、死期が近い者が現れた。
「センエン……まだ天気図作ってるにゃ?」
もう死にそうなのは、悠方上皇と思った人もいるかもしれないのでゴメンなさい。猫ファミリーでオニタの父親のセンエンだ。キャットタワーにある部屋を訪ねたら、震える手で鉛筆を持っていたので、わしもまだ死にそうに思えないな。
「コンピュータに負けてられませんので……」
「にゃったく……それより、お前には言っておきたいことがあるにゃ」
「お義父さんからですか……なんだか怖いですね」
「まぁ……オニヒメとの結婚を反対した前科もあるもんにゃ~」
「あの時、本当に怖かったです。ちょっとチビリました。あはは」
オニヒメとデキ婚すると言ったんだから、チビッてもらわないとわしとしても許せません。
「そのことも含めてにゃ。オニヒメと結婚してくれてありがとにゃ。オニタやその子供……オニヒメの血を後世に残してくれて、わしは感謝しているにゃ」
「お義父さんからそんなことを言われる日が来るとは……」
「まだあるにゃよ? 天気予報もセンエンのおかげで発達したにゃ。今年、76歳だったよにゃ? 猫歴元年に生まれたお前は、猫の国の歴史そのものにゃ。猫の国の民に、わしの家族になってくれて、ありがとにゃ」
「こちらこそです。これほど素晴らしい国に、温かい家族の一員に、ずっと天気予報に関わらせてくれて、感謝してもし足りません。ありがとうございました」
この会話のふた月後、センエンは老衰で死後の世界に旅立つ。最後の言葉は「明日の天気はどうなる」だったので、オニタが手を握りながら「晴天だ!」と応えていた。
センエン享年76歳。猫ファミリー初めての婿養子という肩書はあるが、天気予報に一生を捧げた逸話から、天気予報の父として歴史に名を刻んだのであった。




