猫歴74年その3にゃ~
我が輩は猫である。名前はシラタマだ。マジで楽器職人に転職してしまいそうじゃ……
双子鬼、ナディヂザとグリゴリーのために和楽器作りを学んでからというもの、猫クランの活動がない日は日ノ本の工房にお邪魔して弟子入り三昧。
全て作らないと契約満了にならないらしいので何種類あるのかと聞いたら、和楽器は50種類もあるじゃと!?
さすがに多すぎると玉藻に「減らしてくだせぇ。おでぇかん様~」と年貢の直訴に来た農民みたいに頭を下げたら、8種類まで減った。雅楽で使う分だけでいいそうだ……わしが勘違いして土下座するの待ってやがったな……
今日は三ノ鼓を習いに来たけど、毎回玉藻がついて来るから気持ち悪いな。
「にゃあ? にゃんでそんにゃにわしに付き纏っているにゃ??」
「前にも言ったじゃろう。シラタマと遊ぶためじゃ」
確かに伝統工芸を学ぶことは、第三世界でもツアーであったから遊びと言っても差し障りがない。わしもちょっと楽しいし……
「もしかしてにゃけど……体調悪いにゃ?」
「体調は絶好調じゃぞ。日ノ本の外に出るようになってから、体が軽くて仕方がない」
「それにゃらにゃんで、こんにゃにわしに絡んで来るにゃ~」
ここ数年、玉藻とこんなに顔を合わせることがなかったので、わしとしては理由が知りたいから「にゃ~にゃ~」質問しまくったら、ようやく重たい口を開いてくれた。
「妾も歳じゃろ……もう百年も生きていられるかわからんから焦ってのう……これほど気兼ねなく話せる友はおらなんだから、ついシラタマに甘えてしまっておるのじゃ」
単純に友達と思える人がいなかっただけ。千年近く生きている玉藻にそう思ってもらえるのは悪い気はしないけど、わしにも言いたいことがある。
「まだ百年も生きられるにゃら、焦るの早すぎにゃい??」
そう。タイムリミット問題だ。玉藻は絶対に教えてくれないけど、現在の年齢は九百歳後半。いま絶好調なら、千歳では死にそうにないなこれ。
「百年なんてあっという間じゃぞ? そちも五百年ぐらい生きたら、時が進む早さに驚くぞ」
「わしは四十代でも同じこと思ってたにゃ~」
「それならば、百年なんて一瞬じゃ。歳を取るのは怖いぞ~?」
「わかりきってること言うにゃよ~」
わしだって百年生きた経験があるから、時間が進むのは早いなんて知っている。しかし二度目の人生というか猫生の70年はけっこう長い。きっと初めてやることが多いと時間が過ぎるのは遅くなるのだろう。
「ちにゃみにいまはどうにゃ?」
「いま? そういえば、今年のひと月は長いな」
「同じことばかりをすると、マンネリになって時間経過が早く感じるんにゃ。たまには、まったく違うことをチャレンジすると頭にもいいにゃよ?」
「なるほどのう。それならばシラタマに付き合えば、より長生きした気分になるワケじゃな」
「わしに付き纏うにゃと言ってるんにゃ~」
どう言っても玉藻は帰ってくれない。今日もわしは玉藻のにおいを付けて帰るから、メイバイにクンクンされて浮気を疑われるのであった。
それからも猫クラン活動より和楽器の修行に力を入れていたわしは、半分ぐらい習い終えたので、その分だけはちょっと作ってみる。
これは隠す必要はないので、キャットタワーの空中庭園で皆に仕事しているアピールだ。
「白い木を使うのか? 白魔鉱で発注を掛けたはずじゃぞ?」
どこで聞き付けたのか、玉藻が日ノ本から駆け付けてわしの後ろに立っているから邪魔だな。
「鉄製だと音が尖って聞こえる気がしてにゃ~。木のほうが柔らかく聞こえる気がしにゃい?」
「ふむ……芸術に疎い其方にしては、正しいことを言っているように聞こえるな」
「修行の成果にゃ~」
修行の成果と言ってはいるが、これは楽器職人の受け売り。別にケチっているわけではなく、素材の相談をしたらそんなことを言われたのだ。
「こんにゃもんかにゃ? ちょっと聞いてにゃ~」
ひとまず白い木で新しい龍笛を作ってみたら、グリゴリーに白魔鉱の龍笛を持っ来させて聞き比べだ。
「うむ。白い木のほうが聞き慣れていていいのう。それに音も普通の木より澄んで聞こえた」
「んじゃ、こっちで決定かにゃ?」
「いちおう奏者と職人にも聞いてみよう。それから本決定じゃ」
餅は餅屋。プロの意見を聞くのはわしも賛成なので、箏も作ったら日ノ本に向かうので……
「翁、麻呂にも白い木で龍笛を作ってほしいでおじゃる~」
「妾も箏を所望でおじゃる~」
「白魔鉱のがあるにゃろ~」
「「おじゃるぅぅ」」
「しょうがないにゃ~」
そんな素晴らしい楽器なら、双子が欲しがらないワケがない。「おじゃるぅぅ」では頼まれた気がまったくしないが、曾孫に甘いわしは超特急で作ると約束するのであった。
「妾の納期は守れ!」
「納期にゃんかあったっけ??」
でも、玉藻がキレてうるさいので、双子のほうから「後回しでいいよ」と言い出したのであったとさ。
わしは聞くつもりはないけど……
とりあえず龍笛と箏を持って日ノ本へ行くと、奏者と職人を集めて批評会。やはり白魔鉱ではまったく違う楽器になっていたし、音が段違いに良くなっていたから、素材は白い木で本決定になった。
そこで気付いたのだが、これ、わしが作らなくてもよくない??
白魔鉱なら、わしがこの世で一番扱いが上手いと自負しているからやらなきゃいけないが、木なら職人でも削れるんじゃね?
そう思って匠に白い木を預けたら、日ノ本へ出張ってテイで御所の縁側でお昼寝。玉藻の膝の上で撫でられていたら、男の声が聞こえたから目を開けた。
「ゲッ。陛下がいるにゃ……」
「これは念話……お前、シラタマか? というか、ここは御所だ。朕が歩いていて何が悪い? 他国の王がこんなところで猫になってるほうが悪いんだぞ!」
声の主は、ヨボヨボの悠方天皇、御年78歳。わしだと気付いた悠方天皇は、急に喧嘩腰で当たり前のことを言いやがる。玉藻もコンコン笑っているということは、膝の上の猫は普通の猫と言ってたっぽいな。
このままではわしも喧嘩しづらいので、人型に戻って口喧嘩だ。
「ま~だしつこく生きてるんだにゃ~」
「こ、こいつは……生きてて何が悪いんだ!」
「別に悪いとは言ってないにゃ。長生きしてるから大変だにゃ~っと思ってにゃ」
「フンッ。何も大変だとは思っておらん」
悠方天皇は強がっているようには見えないけど、その苦労はわしは前世の知識で知っている。
「いまから言うことは、悪い意味で受け取らないでくれにゃ。わしは日ノ本に干渉する気は一切ないからにゃ。いいにゃ?」
「……何が言いたいのだ?」
「人間、誰でも老いるにゃ。頭だって体だって老いて行くにゃ。だから、他国の君主はみずから子供に跡を託しているにゃ。無理する必要はないとわしは思うにゃ」
「つまり、朕に天皇を辞めろということか……」
悠方天皇はわしを鋭く睨むが、そんな目、怖くありませ~ん。
「それは自分で決めることにゃ。例え、辞められない法律があったとしてもにゃ。お前が日ノ本の君主にゃろ?」
「君主でも、朕は現人神だ。神が民をほっぽり出すワケにもならん」
「にゃはは。さすが現人神にゃ。素晴らしい心持ちだにゃ。ちにゃみに難しい顔をしてる玉藻はいったいにゃにを考えているにゃ?」
馬鹿にされたといっそう目が鋭くなる悠方天皇を無視して玉藻に話を振ると、ポンッと手を打った。
「そうじゃ。後継者もおるのにエラく長いこと天皇を続けていると思っておったが、皇室典範に天皇の引退のことを書かれておらんかったからか。アレは無駄な諍いが起こらんように、わざとボカして書いておったんじゃ。先代も先々代も天皇のまま病死したから、死ぬまで続けないといけないと解釈しておったんじゃな~」
「……は??」
「ほれ? 天皇家の歴史は、家督争いみたいなもんじゃろ? できるだけ血が流れない方法に皇室典範は変わって行ったのじゃ。よく考えてみい。引退しても皇族だった者だって歴史上にいるじゃろ?」
「……」
玉藻が饒舌に語ると、悠方天皇は呆気に取られたのか黙った。なのでわしが言いたいことを言ってやるよ。
「それって……玉藻が陛下に引退できることを教えてなかっただけにゃのでは?」
「いや、歴史が物語っている……」
「古い歴史より新しい歴史を優先するに決まってるにゃろ~。これにゃからババアとは歴史感覚が合わないんにゃ~」
「陛下には謝るが、誰がババアじゃ!!」
悠方天皇がこんな歳まで天皇をやっているのは、全て玉藻のせい。なのでわしが代弁して、「にゃ~にゃ~」ケンカするのであったとさ。
「まったくあやつは、いつまで経っても成長せんヤツじゃな」
シラタマが悪口たっぷりの捨て台詞を残して逃走したら、玉藻は呆れ返って追うこともやめ、悠方天皇に同意を求めた。
「どうかしたか?」
悠方天皇は玉藻の問いに返そうとしないので、再び質問すると顔を上げた。
「朕は辞めてもいいのか?」
「そのことか……シラタマの言葉を借りるのは癪じゃが、それは陛下が決めることじゃ。もうあの頃の小童じゃなかろう」
「ああ……シラタマは出会った頃のままだけど……」
「あやつのことは考えるな。考えると、絶対にあやつの言葉が引っ掛かって辞めるという決断にならんぞ」
「フッ……シラタマのように、いつまでも小童のままでいたかったモノだ。ハハハハ」
玉藻の忠告を聞いた悠方天皇は、気分晴れ晴れな顔で笑うのであった……
玉藻と悠方天皇に馬鹿にされていたとは露知らず。ついにわしは浮気認定されたので、しばらく日ノ本には行かずに習った技術で双子用の龍笛と箏を製造。2人の意見を聞けば、音はまずまずになったはずだ。
そんな双子の演奏に酔い痴れていたら、玉藻から電話。無視していたらリータに行って、電話越しに怒鳴られた。居留守を使われたと思ったそうだ。その通りじゃけど?
電話の内容は、日ノ本の職人では白い木の加工が難しいんだって。そんなこと知らんがなと電話越しにケンカしていたら、リータに首根っ子を掴まれて日ノ本へ。前金貰ってたの~?
お金の話ではなく、仕事を受けたのに途中放棄していたことがバレたっぽい。しかし、わしが作るよりも匠が作るほうがいい楽器ができると命乞いをして、なんとか命は助けてもらった。チビるかと思った~。
「で……にゃにを困ってるんにゃ?」
「白い木が思ったより硬いらしくてのう。ノミやら彫刻刀がすぐにダメになっておるんじゃ」
「にゃるほどにゃ~……その解決方法を考えろってことにゃ?」
「解決方法ならもう浮かんでおる。白魔鉱か黒魔鉱で工具を作ってくれんか?」
「えっと……」
楽器職人たちが使っている工具なんて、微妙な調整をするための物が多いのだから、1人に対して100個はありそうだ。
「これ、わしの仕事、もっと大変ににゃるのでは?」
「修行するよりマシじゃろう」
「こんにゃちょっとの違いしかない工具、作りたくないにゃ~~~」
民族工芸とそれを作り出す工具、どっちが作るのが楽で面白いかは明白。わしは和楽器の修行がしたいと泣き付いたけど、リータが工具作りの発注を勝手に受けてしまうのであったとさ。




