第四十五話 マジおこヴェルデーナ
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夏が近づくにつれてだんだんと夜の始まりがずれ込んできても、夕食の時間は変わることはない。
今日の献立は鱈を焼いて香辛料を振りかけたものと、保存していた野菜が痛み始めていたので、食べられるものを選んでじっくり煮込んだスープだ。
「うんまいなぁ!」
「鱈の身がホクホクですね」
肉料理を一番好むヴェルデーナだったが、魚料理でも鱈に関しては肉に並ぶと言っていいほどに好きらしい。
夕飯に鱈を出すと答えるとそこからずっとウキウキとしていて、料理中に何度「まだか」と問いかけられたのかわからない。
「煮ても焼いても美味い。どんな料理にしても美味い魚はなんだと聞かれれば私は真っ先に鱈の名前を上げるね」
こんなことを言うくらいなのだから余程気に入っているのだろう。近頃は魚の値段も下がって春頃よりも手が出しやすくなった。しかも、鱈の漁獲量は多く、値段も手頃であるために家計的にも非常に助かる魚だった。
「毎日鱈でも文句はいなわないぞ、私は」
「いや、その発言を真に受けて四日連続で鱈を出したらヴェルデーナさんから苦情がきたことがあるので、もう連続で出すことはありません」
希望通りにしたというのに食卓に並ぶ鱈を見て「また鱈かよ……」と嫌そうに呟かれたときは流石にむっとした。それが先月のことで、それから食卓には鱈を出さないようにしていたのだ。
「あのときは……そういう時期だったの! 急に食べたくなくなっちゃったの!」
「またそういうことが起こるかもしれないでしょう。だから明日は違うものにします」
ヴェルデーナから「えー」とか「けちんぼ」とか抗議の声と共に恨めしそうな視線が向けられるも、ここは黙して食事に集中する。
別にヴェルデーナの言う通りに鱈を続けて出してもいいとは思っている。鱈は美味しいしそれに安い。しかし、食事の偏りは体に毒を溜めることになる。
いつも不健康そうな顔色をしているヴェルデーナにはできるだけ季節のものや、偏りのない食生活を送ってほしいのだ。
それが弟子として、台所を預かる身として心に定めた決意でもある。
決して根に持って意地悪をしているとかではない。
「そういえば」
それからしばらくは黙々と食事を続けていたが、ふとヴェルデーナが思い立ったように口を開いた。
「ウィズベットの奴とはどんな話をしてるんだ?」
ライカは一瞬視線を宙に投げて、それから首を傾げて表情だけでどういう意味なのか尋ねる。
「今日で四日目だろ、あいつのところに通い出して。いつもどんな話をしているのかって聞いてんだよ」
それに対するヴェルデーナはすこし強めの口調で見つめる目もなんだか剣呑な雰囲気を纏っている。
多分怒っている……んだろう。しかし、何故いきなり怒り出したのかがライカにはわからない。
鱈の味付け失敗したかな。
「別に天気がいいですねとか、ご飯美味しいですかとか」
「年寄りみたいな会話だな。じゃなくて……もっとこうあんだろ!?」
あんだろ、と言われても困ってしまう。
そもそもが仕事で忙しくしていて身の回りまで手が回らないだろうから手伝いに手伝いに行っているのだ。話す暇があれば台所の片付けや洗濯物などやらねばならないことはたくさんある。
「ああ、そういえば今日は少し興味深いお話を聞けましたね」
「ほんときゃ!? どんなこと話したんだ!」
テーブルを叩いて身を乗り出して期待に満ちた眼差しを向けてくるヴェルデーナにライカは眉をひそめる。
食事中なんだから行儀よく座っていてほしい。あと唾が飛んできて汚い。
「うーん、簡潔に言うと……流儀、でしょうか」
「は? リュウギ?」
「ええ。なんて言うか人生の生きる意味というか、ウィズベットさんの仕立て屋職人としての生きざまを教えてもらったというか」
「ほ、ほーん。なんか難しい話してんのね」
「はい。今の俺じゃウィズベットさんの想いの全てを理解することは難しいですけど、どれだけ仕立て屋という仕事にプライドを持って臨んでいるのかはすごく伝わってきました」
いつかああやって自分も誰かに語るようなときがくるのだろうか。
そんなことを考えると今から胸の高鳴りが抑えられない。
「そっか。あいつの存在はライカにとっていい刺激になってるんだね」
ウィズベットは惚れんなよ、などと冗談めかして言っていたが、職人としてのウィズベットにはもう惚れこんでしまったかもしれない。
若くして店を持ち、独立して生きていく姿は性別関係なく憧れるものがあるし、今まで職人相手にああいった話を聞ける機会がなかったからか、誇りを抱いて語る姿はライカの目に余計に恰好よく映った。
そんな思いが伝わったのか、ヴェルデーナはまるで言葉を話すようになったばかりの子供を見つめるような慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。
「俺もあんな風に語れる格好いい職人になりたいって思っちゃいましたよ」
しかし、この一言がきっと余計だったのだろう。
ゆらりとヴェルデーナの顔に影が差す。
「ふうん。ライカが将来に目指したい姿を鮮明に思い描けるのは素晴らしいことだと思うし、やはり一人前になるには指標にする人物ってのは必要だと思う。私にだってそういう人はいたからね」
口調は穏やかだ。ただ、漂ってくる雰囲気というか、全身から滲み出してくる泥のようなどす黒いオーラは只ならぬ気配を纏っていて、家の外からゴロゴロと獣が唸るような雷鳴の音が聞こえてきた。
「あ、あれ……ヴェルデーナさん……?」
「でもさ」
テーブルの上で両手を組みそこに顎を乗せる。笑みは保っている。しかし、若干口元が引きつっているのをライカは見逃さなかった。
窓の外で雷光が走る。
「それって浮気じゃない?」
地鳴りかと思うほどの鼓膜を揺らす轟音。
ヴェルデーナ・リナリア・エクレール。
マジおこである。
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