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【第二章完】町はずれの大魔道士は魔術を嫌う  作者: 雨山木一
幕間Ⅱ

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第四十三話 痛み

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「さて、それじゃあ始めちゃいますか」


 準備を終えたウィズベットの顔が仕事人のそれに変わる。


「よ、よろしくお願いします」


 緊張の面持ちで頷いたライカに、ウィズベットは同情するように苦笑いを浮かべた。


「まあ、緊張しちゃうよねぇ」


「は、はい。服を仕立ててもらうなんて始めてなので」


 通常、服を仕立ててもらうというのは親方や貴族などの社会的に高い立場にある人間だけだ。大抵は既存の服から自分の体にあったサイズの服を見繕って長く手直しをしながら着回すのがほとんど。しかも、ライカのような徒弟の身では新しい服を手に入れるというのは金銭的にそう簡単なことではなく、まして専用の服を仕立ててもらうなどあり得ない話だった。


「ヴェルから金に糸目はつけないって言われているから、あたしも久しぶりに腕がなるよ。仕立て屋って言っても普段は修繕が主でさ。たまに仕立ての依頼がきても安い仕事が多くてね。仕事を選ぶような生意気なことはしないけど、でもやっぱり物を作る仕事をしてる以上は、大きなことを成し遂げたくなるものでしょう?」


 ただでさえ緊張しているのにこんなことを言われてしまえば、一体どんな服が出来上がろうとしているのかライカとしては気が気でない。

 あまりにも派手なものだと、それはそれで世間体もよくないし着づらくなってしまう。というか、そもそもうちにそんなお金があるのだろうか。


「まあそんなに緊張しないでよ。体に力が入っているとやりづらいからさ」


「ご、ごめんなさい」


 とはいえ、ここまできては引き返すこともできない。ライカは肩を上下させ深呼吸をしてできるだけ脱力状態を作ろうと努力する。何度か繰り返していると、心臓の鼓動もいくらか落ち着いてきた。


「うん。いい感じ。それじゃ初回は細部まで測りたいから上は裸になって」


「え!?」


 しかし、ウィズベットの発言にまた早鐘を打ち始める。


「あら、お姉さんに体を見せるのは恥ずかしい?」


「そ、そりゃそうですよ!」


「あらー、そんな風に見てくれるなんて。あたしもまだまだいけるわね」


 唇に指を引っかけてしなを作るウィズベットはかなり妖艶な雰囲気を纏ってはいるものの、その目は子供をからかって楽しんでいる様がありありと浮かんでいる。

 なるほど。ヴェルデーナの気持ちがよくわかる。

 ちなみにだが、関係のない人間がいると気が散るという理由でヴェルデーナは仕事部屋には入れてもらえなかった。それについて本人はとても不服そうにしていたが、職人としての矜持だと言われて渋々引き下がっていった。


「別にそんなんじゃないです!」


「あらそう? じゃあ脱いで見なさいな」


 挑戦的な視線。ライカはぐっと服の裾を掴んで逡巡する。そんな様子をセルリアンブルーの瞳が楽しそうに細められて唇が嬉しそうに弧を描く。

 抵抗しているだけ無駄か。ライカは諦めの溜息と共に一気に服を脱ぎさった。


「あらーいい体して──」


 若い男の体に頬に手を当ててそんな感想を漏らしかけたウィズベットの口が止る。始めは理解が及ばず、次第に驚愕から後悔に移り変わり、最後に感情の抜けた顔になった。


「ライカ君、その体……どうしたの」


 少し痩せ気味ではあるものの体の起伏が分かるくらいにはついた筋肉は中性的なライカの顔からは想像がつかない。過去に商人の元で肉体労働をした際に形成された筋肉は女性が好むほどよさど真ん中で、ウィズベットの趣味真ん中でもあった。ただ、今言葉を失っているのはそんな浮ついた理由からではない。

 ライカは自身に刻まれた()を撫でた。


「これは前の師匠に付けられた傷です」


「前のって言うと……」


「以前ポルタで鍛冶職人を目指してたんです。でもそこでお世話になっていた師匠がどうしようもない人で。気にくわないことがあると俺に当たり散らすんですよ」


「そんな……。だってライカ君、お腹も背中も傷だらけじゃない」


 脇腹には焼き鏝でつけたような火傷の痕がいくつもあり背中には鞭で叩かれて皮膚が裂けた痕が生々しく残っている。それ以外にも細かい傷跡は多く、服で隠れる部分で綺麗な場所はほとんどなかった。


「お酒を飲むと感情が制御できない人だったんです。でも、体に暴力を振るわれていたのは子供の頃だけです。成長して大きくなったらそういうことはされなくなったので」


 痛む体を抱いて眠れぬ夜をすごした日々の記憶は人生で最も忘れ去りたい記憶だった。


「気にしないでください。こんなでも俺は案外気に入っているんですよ。ほら、体に傷があると勇ましくて男らしくないですか?」


 そんなことを言って腕の力こぶを見せたのは、これ以上ウィズベットの悲愴な顔を見たくなかったから。

 自分のことで悲しそうにしている人を見るのは嫌だった。


「……もう、そんなこと言って」


 そして、ライカの思いを汲んでくれたのか、ウィズベットは目尻を下げて薄く笑った。


「ヴェルは知ってるの?」


「……いいえ」


「そう」


「はい」


 言わない理由というか言う必要がないから言わない。知らなくてもいいことは世の中に溢れ返っていて、この傷はヴェルデーナに言う必要がないものだ。

 教えたところでなにが変わるものでもない。過去は誰にも変えられないし、そんなことができるとすれば、それは恐らく人の時代が始まってから一度も姿を現さない神だけだろう。

 泣き叫ぶ子供一人救ってくれなかった薄情な神様に祈るほど、ライカは信心深くない。


「先生には言わないでください」


「でも──」


「応援してくれるんですよね?」


「でも……」


 そこでウィズベットの言葉は途絶える。唇がなにかを形作ろうして動こうとする明確なものにはならず、結局横一線に結ばれて俯いた。

 室内を満たす沈黙が露になった傷跡に染みるようだった。


「……全く変なとこばっか似て」


「え?」


 それは静かな室内であってもライカに届かないくらいの小さな後悔。

 ライカが首を傾げるのと同時にウィズベットがすっと顔を上げる。そして。


「なんでも……ないっ!」


「いだぁ!」


 振り被った左手はライカの露になった胸の部分をしたたかに叩いた。乾いた破裂音とライカの短い悲鳴が共鳴する。


「なに、すんですか……」


 じんじんと痛む胸を抑えて涙目で訴える。ライカからすればなんの脈絡もなく始まった暴力だが、ウィズベットは眉間に皺を寄せて明らかに不服そうな顔をしていた。


「ライカ君が人の痛みに鈍感みたいだから、あたしがわからせてあげようと思って」


「はい!? 意味わかんないんですけど!」


「あらあらわからない? それじゃもう一発いこうかしらね」


「やめて! わかりましたから!」


「ならよろしい。ほれ、後ろ向いて」


 肩を掴まれて無理やり後ろを向かされる。無防備な背中を晒すことに抵抗はあるも、怖いので言う通りにするしかない。

 ヴェルデーナとは違う年上の女性の難しさにライカは白旗を上げるしかなかった。


「全く。全くすぎるよ、君たちは」


 ウィズベットが胸に沸き起こる悲哀をぶつけたくて傷だらけの背中に投げかかる。

 その問いに答えが返ってくることはなかった。


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、高評価、ブックマークをどうかお願いします。して頂くと作者がによによ喜びます。

カクヨム,アルファポリス,ノベルアップにも同作を投稿しております。


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