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【第二章完】町はずれの大魔道士は魔術を嫌う  作者: 雨山木一
幕間Ⅱ

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第四十二話 ウィズベットさんってちゃんと先生のことすきなんですね

 42


「いやー全くあの子ってば本当にからかいがいがあるんだから」


 ウィズベットはテーブルの上に採寸に必要な道具を並べつつ必要のないものを片付けながら、先ほどのまで繰り広げられていた騒動を思い出してくふくふと忍び笑いを漏らしている。

 その幸せそうな顔を見て、ちょっと性格に難のある人なのかなと思ったのは内緒だ。


 場所は変わって現在二人がいるのは仕事部屋。

 作り自体はとてもシンプルなもので、入って正面にあるのは針や鋏などの細々とした道具が仕舞える引き戸がついたテーブル。右手正面には大きめの窓があり、窓の下には絨毯が敷かれていて、裁縫途中の服があるのを見るにどうやらそこが作業場のようだ。


 窓を正面にして左右の壁には仕立てに使う色とりどりの布が入った木箱が積まれている。他には制作途中のものと思われる服を吊るしたラックがずらりと並べられており、高級そうな生地で作られたドレスやライカが着ているようなチェニックなどもあった。

 物が乱雑としているのはヴェルデーナの部屋と同じかもしれないが、こちらは如何にも仕立て職人の部屋と言った様相を呈していた。


「ウィズベットさんは先生とは付き合いが長いんですか?」


 採寸の準備を進める背中にライカは気になっていた疑問を投げかける。ウィズベットは裁縫用の糸の束を持ったまま、天井を見上げて記憶を探るように呻ってから答えた。


「そうだね。あの子がこの町にきてからだからもう十年来の付き合いになるかな。あたしとしてはもう親友って言ってもいいかなって思ってるんだけど、そう言うとあの子嫌がるからまだ友達止まりなんだ。なんで嫌なんだろうね?」


 それはウィズベットさんが意地悪するからでは、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。


「昔っからつんけんした奴でさ。ああ、あたしの方があの子より三つ年上なんだけど、とにかく世の中を斜めから見下ろした小生意気なガキでね。始めて話したとき、あの子はお客としてうちにやってきたんだけど『私は他人とつるむつもりはない』とかいきなりぬかしやがったんだよ。あたしはお代を貰おうともらおうと思って手を出しただけなのにどうも握手を求められたと勘違いしてたみたいでさ」


 当時を思い出したウィズベットはむっと唇を突き出しながら不満そうに話し始めたが、すぐに楽しそうに微笑んだ。


「第一印象は変なガキだったけど、その後も色々関わることがあってちょっとした冒険に付き合ったりしているうちにこいつは自分のことで精一杯なだけなんだって気づいてさ。そうしたらほっとけなくなってずるずると付き合いが続いて、今じゃ片思いの親友をやってんだ」


 しかし、最後に見せた笑みはどこか乾いて割れた田畑のような荒寥(こうりょう)さがあった。


「ウィズベットさんってちゃんと先生のこと好きなんですね」


 そんなライカの台詞にウィズベットは目を剥いた。


「あたしそんな顔してた?」


「はい。とっても嬉しそうで、寂しそうで」


 ライカは人の表情の機微に敏感だ。元師匠のご機嫌を伺い、小遣い稼ぎに働きに出されていた先の商人も感情の激しい人だったので自然とそんな能力というか癖のようなものが染みついた。

 だから、ウィズベットが片思いの親友という台詞を吐いたときの顔にさした影に気がついた。その意味は考えればすぐにわかる。


 ライカは人生で親友と呼べる友人ができたことがない。だから、ウィズベットが親友という言葉や形にこだわる気持ちの全ては理解できない。ただ、先ほどのヴェルデーナとのやり取りを見ていて思ったことがある。


「俺もウィズベットさんから見たら短い付き合いかもしれないですけど、それでも一緒に暮らして一つわかったことがあります。それは心を開くまでが長い人なんだなってことです。俺の場合はあまり参考にはならないですけど、先生は基本的に他人との間に一本線を……いや、三本四本くらい引いているのかもしれません。でも、その線内側いる人に対してはとても親切ですし優しい。求められればその人のために全力を尽くす人です」


 元々の性格がそうなのか、それともなにかきっかけがあってのことなのかはわからない。ただ、ヴェルデーナが世間で言われるような人間でないことは確かで、そのことを知っている人間がいることも確かだ。そして、その全ての人がヴェルデーナを好意的に見ている。


「ウィズベットさんはその線の内にいる一人だと思います」


 ライカから見てウィズベットは最も距離の近い人物だと言える。

 さきほどの追いかけっこのときに見せた顔は羞恥と怒りで真っ赤になってはいたものの、今までライカには見せなかったものだ。

 少しだけ悔しいと思った。ヴェルデーナのことを一番知っているのは自分だという思い上がりを目の前で否定されて面白くなかった。

 ただ、それと同時にこんな顔を見せる相手がいるのだということに安堵もした。

 だから、ウィズベットの懸念は杞憂だと断言できる。


「ふふふ。なんだよ、ライカ君も結構やるじゃんか」


 だから、ウィズベットの返答が思っていたものと違ったことに困惑した。


「でも安心したよ」


 そして、続く言葉にそれは更に深まる。


「なにがですか?」


「あの子って結構誤解されやすいじゃない。世間では不良薬師なんて言われるくらいには嫌われてるし。でも、実際は困っている人は絶対見捨てないし、仕事に責任感だってもってるし、腕もいいのよね。だけど、普段の素行がよくないからちゃんとした評価を受けられていない。それがずっともどかしかった」


 目を伏せて語る姿からは先ほどのからかって喜ぶ子供のような無邪気さはない。あるのは憐憫。


「ヴェルが全く悪くないとは言わないよ。あの子も誤解を解く努力をしてこなかったし、むしろ喜んでいる節もあったの。だから、半分は……いえ、半分以上はあの子の自業自得。でもね、やっぱり友達としては悲しいじゃない」


 本当のヴェルデーナを知っているがゆえに、きっと世間の評価に歯痒い思いをしてきたのだろう。


「なんとかしたいと思い続けて、なんにもできなくて。もうずっと変わらないのかなって思ってた。でも、ライカ君がきてから少し変わったのよ。さっき噂があったっていったでしょ。矛盾したこと言うようだけど実は私も同じだったの。あの人を避けたがるヴェルが本当に弟子なんか育てられるのかって」


「そうだったんですか」


「そりゃそうでしょ。だって、今までそんな素振りすら見せなかったのにいきなりだもん。鶏が狼を産んだってくらいには大騒ぎだったよ」


 その例えはいくらなんでも言いすぎだとは思うが、それだけ衝撃的だったということだろう。


「でもさ、その反面安心もしたんだよ。他人なんかどうでもよくて、独りで孤独に生きてるヴェルの背中は……いっつも寂しそうだったの。絶対に本人は認めないけどね。だからずっとライカ君に会ってお礼を言いたかった」


「お礼なんてやめてください。俺は先生に無理を言って弟子入りさせてもらっただけなんですから」


「その無理を聞き入れさせたってところが重要なんだよ。今までのヴェルなら、あたしの知るあの子なら弟子をとるなんてことは絶対にあり得なかった。滅多に人と深く関わろうとしない偏屈こじらせ女を口説き落として頷かせることができたのはライカ君だけ」


「口説き落としたなんて……」


「ヴェルはさ、いい歳して自分の面倒も満足に見れない駄目な女だけどあたしの大切な友達なんだよ。そんな子が一歩踏み出したのなら応援してあげたい。そのきっかけがあたしじゃなかったのは悔しいけどね。だからさ、あの子のことをお願いね」


 ライカは思う。そんなに期待を寄せてもらえるほど立派な人間じゃない。半端者にできることは限りがあって、俺は俺のことだけで精一杯だと。期待を向けられたとしても十全に応えることはできない。

 でも──。


「俺にできることなんてたかが知れてますよ」


「そのたかが(点々)が重要なのよ」


 そう言ってくれる人の期待を裏切るような人間にはなりたくはない。


「……それじゃあ、俺にできる範囲でいいんだったら」


 安心して任せてくださいと言えないところがもどかしい。だが、噓をつくくらいなら自分が確実に断言できる範囲で答えるべきだ。

 それに今の自分はただの弟子で、ヴェルデーナを頼り守られることの方が多い身だ。そんな人間が軽々と頷くことはウィズベットに対しても誠実でない気がした。


「ありがとう」


 それは心からの感謝の気持ちだった。


「ああ、もういい男だね、君は。どう? やっぱりお姉さんとちょっと火遊びしない?」


 顔を近づけて人差し指でライカの顎を撫でながらそんなことを言うウィズベットのセルリアンブルーの瞳がすうっと細められ、暖かい吐息が耳をくすぐる。

 とても色気のある仕草はヴェルデーナには決してできないもので、しなだれかかられたときの光景が頭をかすめる。

 全く懲りない人だ。


「先生に嫌われたくないので」


 そう言ってやれば、ウィズベットは「つまらないの」と口では言うものの満足そうに笑った。


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「いやー全くあの子ってば本当にからかいがいがあるんだから」


 ウィズベットはテーブルの上に採寸に必要な道具を並べつつ必要のないものを片付けながら、先ほどのまで繰り広げられていた騒動を思い出してくふくふと忍び笑いを漏らしている。

 その幸せそうな顔を見て、ちょっと性格に難のある人なのかなと思ったのは内緒だ。


 場所は変わって現在二人がいるのは仕事部屋。

 作り自体はとてもシンプルなもので、入って正面にあるのは針や鋏などの細々とした道具が仕舞える引き戸がついたテーブル。右手正面には大きめの窓があり、窓の下には絨毯が敷かれていて、裁縫途中の服があるのを見るにどうやらそこが作業場のようだ。


 窓を正面にして左右の壁には仕立てに使う色とりどりの布が入った木箱が積まれている。他には制作途中のものと思われる服を吊るしたラックがずらりと並べられており、高級そうな生地で作られたドレスやライカが着ているようなチェニックなどもあった。

 物が乱雑としているのはヴェルデーナの部屋と同じかもしれないが、こちらは如何にも仕立て職人の部屋と言った様相を呈していた。


「ウィズベットさんは先生とは付き合いが長いんですか?」


 採寸の準備を進める背中にライカは気になっていた疑問を投げかける。ウィズベットは裁縫用の糸の束を持ったまま、天井を見上げて記憶を探るように呻ってから答えた。


「そうだね。あの子がこの町にきてからだからもう十年来の付き合いになるかな。あたしとしてはもう親友って言ってもいいかなって思ってるんだけど、そう言うとあの子嫌がるからまだ友達止まりなんだ。なんで嫌なんだろうね?」


 それはウィズベットさんが意地悪するからでは、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。


「昔っからつんけんした奴でさ。ああ、あたしの方があの子より三つ年上なんだけど、とにかく世の中を斜めから見下ろした小生意気なガキでね。始めて話したとき、あの子はお客としてうちにやってきたんだけど『私は他人とつるむつもりはない』とかいきなりぬかしやがったんだよ。あたしはお代を貰おうともらおうと思って手を出しただけなのにどうも握手を求められたと勘違いしてたみたいでさ」


 当時を思い出したウィズベットはむっと唇を突き出しながら不満そうに話し始めたが、すぐに楽しそうに微笑んだ。


「第一印象は変なガキだったけど、その後も色々関わることがあってちょっとした冒険に付き合ったりしているうちにこいつは自分のことで精一杯なだけなんだって気づいてさ。そうしたらほっとけなくなってずるずると付き合いが続いて、今じゃ片思いの親友をやってんだ」


 しかし、最後に見せた笑みはどこか乾いて割れた田畑のような荒寥(こうりょう)さがあった。


「ウィズベットさんってちゃんと先生のこと好きなんですね」


 そんなライカの台詞にウィズベットは目を剥いた。


「あたしそんな顔してた?」


「はい。とっても嬉しそうで、寂しそうで」


 ライカは人の表情の機微に敏感だ。元師匠のご機嫌を伺い、小遣い稼ぎに働きに出されていた先の商人も感情の激しい人だったので自然とそんな能力というか癖のようなものが染みついた。

 だから、ウィズベットが片思いの親友という台詞を吐いたときの顔にさした影に気がついた。その意味は考えればすぐにわかる。


 ライカは人生で親友と呼べる友人ができたことがない。だから、ウィズベットが親友という言葉や形にこだわる気持ちの全ては理解できない。ただ、先ほどのヴェルデーナとのやり取りを見ていて思ったことがある。


「俺もウィズベットさんから見たら短い付き合いかもしれないですけど、それでも一緒に暮らして一つわかったことがあります。それは心を開くまでが長い人なんだなってことです。俺の場合はあまり参考にはならないですけど、先生は基本的に他人との間に一本線を……いや、三本四本くらい引いているのかもしれません。でも、その線内側いる人に対してはとても親切ですし優しい。求められればその人のために全力を尽くす人です」


 元々の性格がそうなのか、それともなにかきっかけがあってのことなのかはわからない。ただ、ヴェルデーナが世間で言われるような人間でないことは確かで、そのことを知っている人間がいることも確かだ。そして、その全ての人がヴェルデーナを好意的に見ている。


「ウィズベットさんはその線の内にいる一人だと思います」


 ライカから見てウィズベットは最も距離の近い人物だと言える。

 さきほどの追いかけっこのときに見せた顔は羞恥と怒りで真っ赤になってはいたものの、今までライカには見せなかったものだ。

 少しだけ悔しいと思った。ヴェルデーナのことを一番知っているのは自分だという思い上がりを目の前で否定されて面白くなかった。

 ただ、それと同時にこんな顔を見せる相手がいるのだということに安堵もした。

 だから、ウィズベットの懸念は杞憂だと断言できる。


「ふふふ。なんだよ、ライカ君も結構やるじゃんか」


 だから、ウィズベットの返答が思っていたものと違ったことに困惑した。


「でも安心したよ」


 そして、続く言葉にそれは更に深まる。


「なにがですか?」


「あの子って結構誤解されやすいじゃない。世間では不良薬師なんて言われるくらいには嫌われてるし。でも、実際は困っている人は絶対見捨てないし、仕事に責任感だってもってるし、腕もいいのよね。だけど、普段の素行がよくないからちゃんとした評価を受けられていない。それがずっともどかしかった」


 目を伏せて語る姿からは先ほどのからかって喜ぶ子供のような無邪気さはない。あるのは憐憫。


「ヴェルが全く悪くないとは言わないよ。あの子も誤解を解く努力をしてこなかったし、むしろ喜んでいる節もあったの。だから、半分は……いえ、半分以上はあの子の自業自得。でもね、やっぱり友達としては悲しいじゃない」


 本当のヴェルデーナを知っているがゆえに、きっと世間の評価に歯痒い思いをしてきたのだろう。


「なんとかしたいと思い続けて、なんにもできなくて。もうずっと変わらないのかなって思ってた。でも、ライカ君がきてから少し変わったのよ。さっき噂があったっていったでしょ。矛盾したこと言うようだけど実は私も同じだったの。あの人を避けたがるヴェルが本当に弟子なんか育てられるのかって」


「そうだったんですか」


「そりゃそうでしょ。だって、今までそんな素振りすら見せなかったのにいきなりだもん。鶏が狼を産んだってくらいには大騒ぎだったよ」


 その例えはいくらなんでも言いすぎだとは思うが、それだけ衝撃的だったということだろう。


「でもさ、その反面安心もしたんだよ。他人なんかどうでもよくて、独りで孤独に生きてるヴェルの背中は……いっつも寂しそうだったの。絶対に本人は認めないけどね。だからずっとライカ君に会ってお礼を言いたかった」


「お礼なんてやめてください。俺は先生に無理を言って弟子入りさせてもらっただけなんですから」


「その無理を聞き入れさせたってところが重要なんだよ。今までのヴェルなら、あたしの知るあの子なら弟子をとるなんてことは絶対にあり得なかった。滅多に人と深く関わろうとしない偏屈こじらせ女を口説き落として頷かせることができたのはライカ君だけ」


「口説き落としたなんて……」


「ヴェルはさ、いい歳して自分の面倒も満足に見れない駄目な女だけどあたしの大切な友達なんだよ。そんな子が一歩踏み出したのなら応援してあげたい。そのきっかけがあたしじゃなかったのは悔しいけどね。だからさ、あの子のことをお願いね」


 ライカは思う。そんなに期待を寄せてもらえるほど立派な人間じゃない。半端者にできることは限りがあって、俺は俺のことだけで精一杯だと。期待を向けられたとしても十全に応えることはできない。

 でも──。


「俺にできることなんてたかが知れてますよ」


「そのたかが(点々)が重要なのよ」


 そう言ってくれる人の期待を裏切るような人間にはなりたくはない。


「……それじゃあ、俺にできる範囲でいいんだったら」


 安心して任せてくださいと言えないところがもどかしい。だが、噓をつくくらいなら自分が確実に断言できる範囲で答えるべきだ。

 それに今の自分はただの弟子で、ヴェルデーナを頼り守られることの方が多い身だ。そんな人間が軽々と頷くことはウィズベットに対しても誠実でない気がした。


「ありがとう」


 それは心からの感謝の気持ちだった。


「ああ、もういい男だね、君は。どう? やっぱりお姉さんとちょっと火遊びしない?」


 顔を近づけて人差し指でライカの顎を撫でながらそんなことを言うウィズベットのセルリアンブルーの瞳がすうっと細められ、暖かい吐息が耳をくすぐる。

 とても色気のある仕草はヴェルデーナには決してできないもので、しなだれかかられたときの光景が頭をかすめる。

 全く懲りない人だ。


「先生に嫌われたくないので」


 そう言ってやれば、ウィズベットは「つまらないの」と口では言うものの満足そうに笑った。

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