第四十話 ライカ専用の服を作ってもらうためです!
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フォルゲンスタリアは中央街、東街、西街の三つに分けられるが、町全体が大きいために識別の最適化のために中央街と西街は四つに、東街は三つに分けられている。
例えば中央区を例に挙げると中央区は町へ入るための市門は北南にあり、その門を繋ぐための大通りが縦に一本。西街と東街を繋ぐ大通りが横に一本通っていて全部で四つに分けられており、北側左を一、右を二、南側左を三、右を四と分けている。
こうすることで外からやってくる商人などが何処に目的地があるのかがわからないという事態をある程度防ぐことができるようになっている。
現在二人は南区の大通りから一本裏の路地を歩いている。
「中央南三番地にくるのは初めてですけど、すごく色鮮やかな場所ですね」
右を見ても左を見ても視界に飛び込んでくるのは色とりどり染め物や普段で流行りの形の服があったと思えば、ヴァールフ大陸で流通しているものとは違う、異国のものと思われる服もあり、それらで埋め尽くされた通りは多種多様な花々が咲き誇っているようにも見えて色の洪水が起こっているようだった。
「まあね。特にここは一番華やかな場所かもしれない」
「前から思ってたんですけど、フォルゲンスタリアって他所の町と比べると身なりに気を使う人が多いですよね」
そして、そんな場所に集まる人たちもその色香に当てられた人たちなのだろう。
熱心に腕輪を見ている旅人は、店主から進められるままに木彫りのものから小さな宝石のついたものまで試着しているし、商人風の男性は織物を扱う店の前で綺麗な赤い生地を日の光りに透かしたり手触りを確かめている。
すでにいくつもの商品を同じように品定めしているのだろう。相手をしている店主は商売人の笑顔を浮かべてはいるものの、頬が若干引きつっている。
ただ、やはり一番多いのは町の住人だろう。今見ているなかにも見知った顔をいくつも見つけることができる。
皆小奇麗な恰好をしていて、田舎出のライカなんかはすれ違ったときに開いての服を汚さないか気が気ではない。
「ああ、確かにそうかもしれない。ここって貿易都市だろう? 他所の大陸からやってきた生地とか材料になる毛皮とかが多く流通するんだよ。だから、珍しい生地を使った服なんかが作られればそれが流行るし、新しい流行が生まれると合わせる装飾品も新しいものがどんどん作られて、人々はそれらを買い求める。大陸の流行はフォルゲンスタリアか王都から始まるなんて言われるぐらいだからな。当然、その中心地に住む住人も他所と比べれば身なりはよくなる傾向にある」
「ですよね。ポルタにいたときも、フォルゲンスタリア発祥の服装が流行ったことがありました」
「それに入ってくるのは物だけじゃなくて、職人や技術も含まれる。例えば同じ染め物職人でも北と南では扱う染料も材料も技法も変わってくる。大陸が違えばその差はどんどん大きくなって、その流派の色はより際立つ。それは他の職業も同じだよ。だから、ここは他所と比べても技術の水準も高いし、技術改革も進みやすい。となると、それを巡って産業が活気づきやすくなって金の巡りも自然とよくなってくる」
ふと鍛冶職人を目指すきっかけになった人も貿易船に乗ってやってきたと言っていたことを思い出す。
あの人は村を出る際にもっと色々な技術を学びたいと村の皆に打ち明けていたが、きっと同じことを想う職人たちが、この町へやってきて、また、学びに出て行くのだろう。
「南三番地ってどんな職人の方が多いんですか?」
「主に服飾に関わる職人が多く工房を構えているな。例えば毛皮、織工、帽子、紐、染め物職人なんかが多くて、革を専門に扱う職人も多い。後は織物商とか宝石職人とかもあったかな」
突き当たりに差し掛かり左に折れると今度は工房の数が目立つようになる。先ほどの通りが香り豊かな花畑だとすれば、今歩いている通りは長い時間の果てに作られた森と言えるかもしれない。
連綿と続く人と技術の継承が大木を作り、静かで荘厳な空気を漂わせる深緑の森のような雰囲気。
その気配に当てられていると自然と背中が伸びるようだった。
「西の王国なんて揶揄されることもあるけど、実際ここは華やかさで言えば王都に負けないくらいなんだよ」
「ヴェルデーナさんは王都に行ったことがあるんですか?」
「あるよ。豪華絢爛という言葉を町に作り替えたような場所だった。すごくつまらない場所さ」
「つまらない、ですか?」
「うん。どいつもこいつも気取っててさ。王都に住んでいることにある種のプライドを持っているんだよ。こんなすごい町に住める私たちはすごいだろうってのが全身から滲み出てて、実際他人を見下している節がある。光に群がる蛾と同じさ。権威に群がっていれば自分も偉くなったと思いあがっているんだ」
「結構毒舌ですね」
「……思い出すだけで胸糞悪いよ、王都は。その点フォルゲンスタリアはそう言った思い上がりがなくていい。飯と酒は美味いし、人は穏やかだし、色々なものに触れる機会に恵まれている。王都よりここの方が肌に合うっていう人、結構多いんだよ」
ヴェルデーナも結構人によって意見がわかれる性格をしているとは思うが、その本人がこれだけ嫌悪感を剝き出しにするくらいなのだから、王都とは余程の場所なのだろう。
「ライカはこの町は慣れた?」
「ええ、よくしてくれる人もたくさんいますし、なんというか人の性質がダレン村に似ていて落ち着きます」
本心からそう思う。ここで暮らすようになってそろそろ三か月ほどになるが、ライカ自身よそ者扱いされることはほとんどないし、慣れ親しんだ町と言っても違和感がないくらいには馴染めていると自負している。
「じゃあ、この町は好き?」
首を傾げてライカを覗き込む顔は何故か真剣で、ライカは戸惑いつつも自信を持って答える。
「好きですよ。この町で暮らせて幸せです」
再び故郷を離れて他所の町で暮らすことに不安がなかったと言えば嘘になる。しかし、今は新たな環境に飛び込んでよかったと心から思っている。
「ふふ。よかった」
ヴェうデーナは少しの間を置いて安堵するように細く息を吐いた。それから薄く笑みを浮かべる。
その顔は相変わらずの隈のせいで不健康そうだ。
「はい」
ただ、見方によっては儚げに見えなくもない。普段からそういった顔をしていれば、少なくとも死んだ魚のほうがまだ生き生きした目をしているなどと言われずにすむのにと、ライカは勿体なく思う。
「おっ、見えてきた。今日の目的地はあれだよ」
そう言って指差した先にある建物は周囲と比べるとこぢんまりとした石積の一軒家だった。
近づいてみても、やはり普通の一軒家にしか見えない。
「ヴェルデーナさん、ここは?」
「ここは私がよく世話になっている職人の店さ」
そう言われて出入り口の扉の上に吊るしてあった看板に気づく。見ると、確かに所属している組合の紋章とその下に屋号が書かれていた。
「仕立て屋……ウィズベット?」
疑問形になってしまったのは何故仕立て屋に、という純粋な疑問からだ。
「おっ。勉強の成果が出てるじゃんかよー」
「あ、ありがとうございます」
肘で脇腹を小突かれて照れ臭く思いつつも、もう一度看板を見上げて疑問を口にする。
「でも、どうして仕立て屋に? なにか依頼でもするんですか?」
「おいおい、察しの悪いやつだな」
そう言うとヴェルデーナは胸を張って、誇らしげに宣言した。
「ここにきた目的は一つ。ライカ専用の服を作ってもらうためです!」
耳から入った言葉が頭のなかで形を作りその意味を理解するまでに少々の時間が必要だった。
「え……え、ええっ!」
そして、全ての意味を理解したライカが上げた驚愕の声に、ヴェルデーナは満足そうに不健康な笑みを浮かべるのだった。
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