3-11.竜狩り昇格試験最終日
竜狩り昇格試験最終日。クリフはいつものようにベッドから起き上がる。いつものように着替え、いつものように食事をし、いつものように歯を磨く。
そして、
「頑張ってね」
ロロの応援を受けた。
シヅルは食事中に訪れて報告した後、すぐに宿から出て行った。竜狩りの戦士が怪我をしたということを知れたらしいが、その後の対応はまだ調べられなかったようだった。詳細を調べるためにシヅルはすぐに再調査に向かって、今日はロロ一人だけの見送りだった。
だが寂しくは無い。ロロの声援だけでも十分だった。クリフは息を整えてから、ロロの頭に手を置いた。
「行ってくる。待っててくれ」
「うん。行ってらっしゃい」
微笑むロロの顔を見てから、クリフは出発した。少しだけ元気になった気がした。
宿から出て、人混みの中を進んで本部に向かう。アズルダに来てからずっと変わらない通行量だ。ただ五日も経つと少しは慣れていた。さほど体力を消費することなく、本部へとたどり着いた。
クリフは本部の中に入り、第一会議室に進む。中に入ると、戦士はまだ半分も集まっていなかった。そのなかに、チームメンバーのエノーラがいた。彼女は昨日と同じ場所に座っていた。名札で着席場所を決めていないことを確認したクリフは、彼女の隣の席に座った。
「おはよう」
エノーラはクリフに気付いてこくりと頷く。それだけの反応を見せると顔を伏せて黙り続けた。クリフは少し会話をしようと思って口を開きかけたが、すぐにそれを閉じた。
古くから続く戦士の家系には、己の能力を向上させるための手法が伝承されているという話だ。レイの家系はそれに当てはまり、特殊な呼吸法を用いて能力を高めていると聞いた。もしかしたらエノーラもそうかもしれない。瞑想のように目と口を閉じている姿を見て、だとしたら話しかけるのは邪魔になるとクリフは考えた。
クリフは黙って時間が来るのを待つことにした。
「あの……」
隣のエノーラが話しかけてくる。クリフの予想は外れたようだ。
「なんですか?」
「……一ヶ月前、フェーデルで黒竜を倒してくれた戦士、だよね?」
試験と関係ない話題を振られ、クリフは困惑した。なんとか「えぇ。そうですけど」と返すと、エノーラは「ありがとう」と言った。
「私のお姉ちゃんの仇を、うってくれて」
「……エリザベスさんの妹なんですね」
合点がいった。あの黒竜に喰われたエリザベスに、エノーラはよく似ていた。姉妹なら当然だ。
エノーラはこくりと頷いた。
「あのまま退治されなかったら、ずっとお姉ちゃんを利用されてた」
「そうかもしれませんね」
親しい者の姿を利用されて人を襲う。もし身内がそんな目に遭ったらと考えると、クリフも同じ心境になっていただろう。
「黒竜を倒すのは、戦士として当然の事です」
「そっか……。けどありがとう」
エノーラはそう言って、また顔を伏せた。どうやら会話はこれで終わりのようだった。勝手に話し始めて勝手に話を終えたことに身勝手さを感じたが、悪い気はしなかった。仲間の事を少しでも知れたことに、クリフは僅かな喜びを見出していた。
クリフは喋ることなく、試験の開始を待つ。時間が経つにつれて戦士たちが集まってくる。他のチームメンバーも開始時間までに着いていた。
そうして開始時間になると再びマルコが会議室に入室し、皆に言った。
「ではこれより、試験を開始する。呼ばれたチームから職員の後について行きなさい。一番チーム」
呼ばれたチームの戦士たちが立ち上がる。扉前にいた職員の方に向かっていき、会議室から出て行った。もし番号順なら、クリフのチームは最後になる。クリフはそれを覚悟した。
「四番チーム」
案の定、クリフのチームは最後に呼ばれた。既に会議室にはクリフのチームしか残っていない。グレンは待ちかねたかのように、すぐに椅子から立ち上がった。最初のチームが呼ばれてから四時間ほど経っていた。
クリフたちは会議室を出て、職員の後について行った。職員は二階の奥に進んでいき、突き当りにある階段を下りる。階段を下りたすぐ近くに扉があり、そこから外に出た。出た場所は戦士団本部の裏側で、近くに一次試験で利用した訓練場があった。職員はその訓練場前を通り過ぎ、敷地の奥へと進む。奥へと進むと、戦士団管理の森が遠くに見え、その手前に訓練場と同じくらいの広さの施設があった。職員はそこに向かっていた。
まもなくその施設の前に辿り着く。入口の横には「特別訓練場」と書かれた表札があった。特別訓練場の中は普通の訓練場よりも殺風景で、だが綺麗に使われているようだった。施設内部にゴミが落ちておらず、汚れも無かった。
職員の後に続いて進むと、両開きの扉の前に辿り着く。扉の右には、「戦士用控室」という札が貼られてあった。
「最後の準備ができるまで、こちらに入ってお待ちください」
職員にそう促されて、クリフたちは控室に入った。控室には長椅子や木箱の荷物入れが置かれている。それ以外には、奥に大きな黒い扉があるだけだった。
「あの先が最終試験場だよ」
最終試験に二度挑んだウィルが言った。情報通り、毎年同じ場所で同じ内容の試験を行うようだ。
クリフはゆっくりと息を吐いた。
「噂の天才も緊張してんのか」
グレンが言った。
「俺に言ったんですか?」
「他に誰がいる。それとも、あんな成績でそうじゃないって言いたいのか?」
実技試験、クリフはグレンと同じ組だった。間近でクリフと競い合ったグレンなら、クリフの成績を知っていてもおかしくない。その事を言っているのだ。
「別に緊張はしていません。ただ、やっと来れたかって思っただけです」
「やっと? その若さでいうセリフか」
グレンに限らず、全ての受験者がクリフよりも年上で、クリフよりも長く戦士として戦っている。彼らにすれば、クリフの発言はおかしく思えたのだろう。
だがクリフは、いたって真剣だった。
「そうです。幼い頃に竜狩りになると決めてから、ずっとこの日を待ちわびていましたから」
「はっ。小さい頃からの夢だったってわけか。純粋だねぇ」
「えぇ、純粋でしょ」
クリフは身に付けた装備の動きを確認する。最後の最後に手を抜くことは無い。
「そんなんで竜狩りを務められるのか。現場は汚くてひどくて醜いぞぉ。竜で滅んだ街を見ることだってあるからな」
意地悪気な口調でグレンが言う。知ってはいたが、よく喋る人だ。クリフは彼の言葉を、適当に受け答えする。
「そういう機会はあるでしょう。けど、覚悟はしてます」
「本当かぁ? 現実の悲惨さを目の当たりにして、辞めたくなるんじゃないだろうな。竜狩りになることがゴールの奴が、耐えられるのか」
「ゴールじゃないですよ。竜狩りはただの手段です」
「手段ん?」
グレンが首を傾げる。クリフは「はい」と答えた。
「竜狩りになれば黒竜と戦える。あいつらが現れる場所にすぐに向かえる。奴らを倒すことで多くの人を救える。だから竜狩りになるんです」
「高尚な使命だなぁ。そんなんでいつまで戦えるんだ」
「ずっとです。俺は死ぬまで戦います」
「……そりゃあ、えらい覚悟だな」
「当たり前ですよ。故郷が滅ぶ想いをしたら、そう思えます」
「……そうか」
グレンはクリフから目を背けて黙り込む。その直前に、グレンが気まずそうな顔をしているのが見えた。彼が黙ると、控室が静かになった。
「さて……とりあえず最終確認でもしよっか」
ウィルが皆に提案する。誰も異論を唱えず、事前の打ち合わせ内容をおさらいした。
指揮は大弓を使い、最後尾に位置するウィルが行う。斬り込み役は盾と剣を使うグレンが担い、エノーラは黒竜の隙を見て大鎌で斬りかかる。そして彼らが攻撃するまでの間、クリフが前に立って黒竜の攻撃を凌ぐ。黒竜の動き次第で変更はあるが、これが基本的な動きになっていた。最終試験を二度も受けたウィルが指揮を執ることには、誰も反対しなかった。
「細かな連携を確認してたら時間が足りなくなるからここではしないけど、忘れてる事があったら今言ってね」
クリフを含め、他のメンバーは何も言わない。昨日の打ち合わせで十分理解していた。それを安心して、ウィルの顔から笑みがこぼれた。
「なんか……今回のチームは安心感があるよ。今までのチームとは比べ物にならないくらい……」
「過去の最終試験のチームか?」
「うん。彼らも強かったんだけど、緊張してたみたいで動きが良くなかったんだ。それで黒竜を倒せなくて、不合格だった。まぁ勝ったチームでも不合格者が居て、その逆もあるから、僕が合格できなかったのは彼らのせいじゃないんだけどね」
「今日ならいつも通りの力が出せるってことですか?」
「そういうこと」
ウィルの声は日常会話をするような穏やかなものだった。どことなく、ルイスと話している様な気になった。
「じゃあもっと安心でるように頑張りますよ」
「それはありがたい。頼らせてもらうよ」
「じゃあ私もそうさせてもらおう、かな」
「エノーラちゃんもかい? 良いと思うよ」
「まったく、年下に頼りっぱなしで恥ずかしくないのかってんだ」
控室の中が、少しだけ賑やかになった。クリフ以外のメンバーも良い調子で挑めそうだ。
そう安堵していたところで、扉がノックする音が聞こえた。扉が開き、先ほどの職員が現れる。
「時間です。入場してください」
その声で空気がピリッと締まった。穏やかな雰囲気は鳴りを潜め、皆の顔つきが変わる。戦いの顔をしていた。
皆は武器を取り、奥の黒い扉の前に並んだ。
「じゃあ、行こうか」
ウィルの言葉に皆が同意する。クリフとグレンが前に出て扉を押した。
扉の奥には、広い空間が広がっている。その奥に標的がいる。
大きな翼を持った黒竜が、クリフたちを睨んでいた。




