2-12.良き友
「とうとうアタイも竜と戦えるのかー。楽しみだなー」
「あー……嫌だ嫌だ。モンスターと戦うのも嫌なのに竜だなんて……。遺書書いとこっかな……」
話が終わって局長室から出た後、ケイトとルイスは対称的な表情を浮かべる。ケイトは試験を心待ちにし、ルイスは悲観的だ。二人の性格を考えれば、予想通りの反応だった。
「すまんなルイス。俺の都合で任務に連れて行くことになって……」
「あー、うん、いいよ。ボクもクリフには竜狩りになって欲しいから、なんとか頑張るよ」
「助かる。お前らに怪我が無いよう努力する」
「マジで期待してるからね」
「大丈夫、です」
レイがルイスに言葉をかける。
「私が、試験管として同行します、ので、怪我はさせま、せん」
緊張な面持ちで、言葉が途切れながらもレイは言う。まるで初めて任務に向かう新人みたいな様子だった。だがルイスの顔が明るくなった。
「そうだね。竜狩りのレイと竜狩り候補のクリフがいるんだ。心配なんてする必要なかったんだ」
勇気づけられたルイスが、少しばかり前向きな言葉を口にする。
「おいおい。アタイを忘れてないか。いずれ竜狩りになれるって局長直々に言われた戦士だぜ」
ケイトが口を挟み、ルイスは悟ったように返す。
「ケイトは危なっかしいじゃん。それにボクの事なんか忘れて戦うのが簡単に想像できるよ」
「弱虫のくせに偉そうにしやがって」
「これがボクの長所だよ。局長にも褒められたしね」
「そりゃ逃げ足の事だろ。性格は褒めてねぇ」
「この性格故の逃げ足なんだよ。つまりボクの逃げ足を褒めることは性格を褒めるのと同義ってこと」
「馬鹿じゃねぇの?」
「ケイトには言われたくないね」
クリフたちは話しながら廊下を歩き、階段を降りる。一階まで下りると、酒場の窓際の席でロロを見つけた。ロロは退屈そうに天井を見上げ、足をプラプラと揺らしていた。
「ロロちゃーん、おっまたせー」
ルイスの声に反応し、ロロは素早く立ち上がる。顔に笑みを浮かばせながら、ロロが走って寄ってくる。
「おかえりっ。待ちくたびれちゃったよー」
「ごめんごめん。お詫びに何か奢ってあげるよ。クリフが」
「てめぇで払え」
「ボクお金ないもーん」
「開き直ってんじゃねえ。……とりあえず」
クリフはレイの方を向く。
「明日は九時までに門の前に集合だ。必要なものはここで準備しておく。コマロットには一泊だけして、翌朝に目的地へ向かう。その予定で良いか?」
「うん。大丈夫だよ」
「よし、じゃあまた明日な」
「……え?」
レイの声を無視し、クリフはその場から離れる。振り返ることなく詰所から出ると、後ろから誰かが追いかけてくる音が聞こえた。
「ちょっとクリフ。どこに行くの?」
ロロがクリフの服を掴んで止める。
「ご飯行くんでしょ。なんでレイちゃんを置いてくの?」
「……一緒に行く理由があるのか?」
「あるよ。友達なんだから」
ロロから出た言葉に、クリフは思わず笑ってしまう。「なんで笑うの?」ロロの疑問にクリフは応える。
「いや、随分物騒な友人を作ったなって」
竜と竜狩りが友達になる。しかもレイはロロの事情を知らない。ばれたときの事を考えない行動に、驚きを通り越して呆れていた。
しかしロロは眉をひそめて否定する。
「レイちゃんは物騒じゃない。優しい子だもん。ロロを倒したりしないよ」
「それはお前の正体がばれてないからだろ。あと手を離せ。落ち着けねぇんだよ」
「クリフもさ、レイちゃんと仲良くしようよー。良い子なんだよー。友達になろうよー」
「あいつは同僚で、ライバルだ。それ以外に無い。いいから離せ」
「やー」
我儘なロロに、クリフはイラつきを募らせる。触れられていることもあって興奮し、頭が熱くなっていた。
「いい加減にしろ。俺はガタラ村に行く準備をしなきゃいけないんだ。お前の我儘に付き合ってる暇は無い」
「え?」
気を抜いたのか、ロロがクリフの服から手を離す。クリフはすぐにロロから離れて距離を取った。
「暇なときは付き合ってやるが、今はそんな時間が無い。また今度だ」
クリフは足早にロロの前から去る。後ろから足音は聞こえない。視線を後ろに向けると、ロロはさっきの場所で突っ立ったままだった。
きつく言い過ぎたか。クリフは少しだけ反省をした。
その晩、クリフは試験のための準備をしていた。装備の確認と必要な道具の準備をし、バックパックに入れる。
防具と武器は点検したばかりで異常はない。道具も薬品も揃ってる。携帯食料もある。
一通りの準備を終えると、やることを終えたクリフは浴場に行こうとした。あとは入浴と就寝するだけ。クリフは寝間着を持って部屋から出る。
ドアを開けると、部屋の前にロロがいた。
「わっ」
「うおっ!」
互いに驚いて身体を引かせる。準備をしていたことで、ロロが部屋の前に来ていたことに気づかなかった。
クリフは気を取り直してロロに尋ねる。
「どうした? こんな夜遅くに」
「あ、うん。ちょっと話があるの」
ロロの言葉で昨日レイが訪れたときの事を思い出す。しかもロロはレイと同じタイプの寝間着を着ている。ピンク色のワンピース型。違うのは色だけだ。
昨日の事を思い出してしまったため、断りたかった。しかし、ロロの深刻そうな顔を見てそれが言えない。クリフは仕方なくロロを部屋に入れた。
「じゃあ……そこに座れ」
ベッドの上にロロを座らせ、クリフは椅子に座る。少しでも昨日とは違う状況にしたかった。
そんなクリフの気も知らず、ロロは平然とベッドに座った。部屋の中を見渡して「何もないねー」と呑気に言った。
「何しに来たんだ。用が無いなら―――」
「ある。あるよ。すごく大事な用事」
慌ててロロが話を始めようとする。クリフは腕を組んで話を聞く姿勢になった。
「えっとね」ロロは少し言いにくそうな態度を見せる。だが意を決したのか、間もなくして話し始めた。
「明日、クリフたちってガタラ村に行くんだよね。それについて行きたいんだけど……」
「ダメだ」
考えることなく、クリフは断った。
「今回の任務は凄く重要なものだ。お前を連れて行く余裕が無いうえ、かまってやれる暇もない。だから―――」
「うん、知ってる。ルイスに聞いた」
「……なんだって?」
「ルイスから聞いたの。ガタラ村には任務じゃなくて試験のために行くって。クリフの将来がかかってるんでしょ?」
クリフは唖然とした。認定試験は他の戦士や職員に知らされないように行う手筈になっている。事故や偶然で話が漏れるのならともかく、協力者自らがそれを破るとは……。一度シメておこう。
「大事な試験だって分かってる。けどどうしても行きたいの。お願い」
真剣なのに可憐と思える表情に、クリフの心は揺れる。熱が上がって気が緩み、判断を間違えそうになる。だけど何とか持ち直してクリフは尋ねた
「理解してるなら何故ついてくる? 近くに黒竜が居る村だぞ。フェーデルの時みたいに襲われたらどうする」
「うん。だから行くの」
ロロの答えにクリフは戸惑う。黒竜が居るから行く? どういうことだ。
「あ、勘違いしないで。黒竜が居るからじゃなくて、ガタラ村だからってこと。あの村に黒竜が居るって話だから、ロロも行きたいの」
「……ガタラ村に何かあるのか?」
ロロはこくりと頷く。
「アーデミーロに来る前、ロロがそこに居たから」
クリフの息が止まる。ロロの言葉を頭の中で一度繰り返してから、呼吸を再開する。クリフは聞き返した。
「お前が住んでたってことか?」
「うん。けど、ロロだけじゃないの」
クリフはロロが何を言おうとしているのかを覚った。
「ロロ以外にも竜が居たの。村の近くの山で、ロロはその竜と一緒に住んでたの」
無意識に唾を呑みこんでいた。人里から離れていない場所に、二匹の竜が住んでいた。
クリフは戸惑い、恐怖した。襲われなかったから良いものの、もしこれが黒竜だったらどうなっていたことか。
嫌なことが思い浮かぶ。それを頭から払い落とし、クリフは質問をする。
「じゃあその竜が、黒竜ってことか?」
「違うよ!」
ロロは考えることなく否定する。
「ユーレスは黒竜じゃない! ロロと同じで、人と仲良くなりたい竜なの!」
ユーレス。それがロロと一緒にいた竜か。一緒に居たくらいだから、確かにロロと気が合うのかもしれない。
「昔の話だろ。最近黒竜になってしまったかもしれない」
「それは……分かんない……」
ロロの声に力が無くなる。黒竜になれば、人や元竜を狩る衝動に駆られる。たとえ元の性格が善良であったとしてもだ。その可能性をロロも考えていたのだろう。
「分からない。だから同行したいのか」
「……心配なの」
「ユーレスって竜がか?」
「ユーレスだけじゃない。ガタラ村に住んでる子も心配なの」
「仲の良い人間が居たのか?」
「うん。アレンっていう男の子。その子は、ロロとユーレスの事を知ってたの。とっても良い子なの」
「……そうだろうな」
竜の存在を村から隠していた少年。たしかに竜からしたらとても良い子だろう。
ロロはベッドから下り、クリフの前の床に座る。
「二人が心配なの。試験の邪魔はしないからロロを連れてって」
ロロはクリフの膝付近に手を置きながら、上目遣いで見上げている。風呂上がりのせいか、ロロの手は暖かく、頬に朱色が差している。
可憐であり、どこか色気があり、そのうえ悲壮感が入り混じった表情の懇願に、クリフの体温は急激に上がった。これは心臓に悪い。
「おい、ロロ。とりあえず座れ」
「座ってるよ」
「床じゃない。ベッドにだ。俺から離れろ」
「お願いクリフ。ロロを連れてって。何でもするから」
「じゃあ今すぐ俺から離れろ」
「連れて行くって言ったら離れるよ」
ロロの手がクリフの膝から太股に滑るように移動する。さらに体温が上がる。
「ねえクリフ……ダメ?」
クリフの足の付け根辺りを触りながら、ロロが小首を傾げる。天然かわざとか分からないあざとい行為に、クリフの身体は限界に達しようとしていた。
限界に到達する寸前で、クリフは答えた。
「分かった……連れて行く……だからどけ」
「ホントに?!」
「本当だ。だから早く離れ―――」
「ありがとクリフ! だーい好き!」
ロロがクリフの腰に抱き着く。それによりロロの身体の感触が、クリフの下半身から伝わってくる。
あ、ダメだこれ。
限界を超えたことで、クリフの意識は飛んでしまった。




