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最弱の竜は最強の竜狩りと恋をする  作者: しき
第一章 ボーイミーツドラゴン
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1-18.真の使命

 処理場に着いたクリフは、愛用の大剣を振り上げて、戦士が持つ首切り斧を狙った。クリフの大剣は首切り斧を捉え、戦士の手から弾き飛ばす。首切り斧は大きな音を立てながら地面に転がった。


「おまえっ―――」


 クリフは処刑を行おうとした戦士を蹴飛ばす。力を込めた蹴りが戦士の脇腹に刺さり、処理場から落ちるほどの勢いで飛んで行った。


「な、なんで……」


 クリフはロロの泣きそうな顔を見て、舌打ちした。


「だっせぇツラしてんじゃねぇよ」


 苛立ちが募ったクリフは、ロロに叱責をする。


「お前の取り柄は底なしの明るさだろ。なのに何だ、その顔は。馬鹿だろ」

「ば……馬鹿って……」

「馬鹿だから馬鹿って言ったんだ。お前程度の頭で考えた事なんか、上手くいくわけないだろ」

「……ロロはクリフの事を考えて―――」

「誰が頼んだ。誰が」


 クリフは呆れてロロを見下ろす。


「いいか。俺は一言もお前が死んで欲しいなんて言ってねぇ。そうだろ?」

「……けど思ってたんじゃないの?」

「最初はな」

「やっぱり……じゃあ間違ってないじゃん」

「だが今は違う」

「えっ……」


 ロロは唖然とした表情を浮かばせた。


「俺はお前に死んで欲しくない。むしろ生きて欲しい。そう思ってる」

「けどクリフは、竜を殺すために竜狩りになろうとしてるんでしょ? だったらロロも―――」

「違う」


 食い気味にロロの言葉を遮る。


「俺が戦士になったのは弱い者を助けたいからだ。親から受けた使命を守るためにな」

「じゃあロロなんか助けなくていいよ! ロロは竜なの! みんなの敵なの! ロロを守ったらクリフは……」


 ロロは最後まで言い切れずに言葉を詰まらせる。だがその表情から何を言いたいのか、クリフは察することができた。

 「そうだな」クリフは己の身に降りかかる事態を予測した。


「戦士を辞めさせられる。それどころか指名手配されるかもしれないな」


 戦士でなくなるということは、以前のように人々を守れなくなるということだ。指名手配されたら人を助けるどころか、人から逃げるような生活になるだろう。


 すなわち、使命を果たせなくなるということだ。


 弱き者を守る。それがクリフが受けた使命だった。尊敬する父からの教えに背く選択を選ぶことは、死んでも避けたいことだった。


 しかし―――、


「けどお前を見殺したら意味ないんだよ。たとえこの先、何十人何百人の命を救えても、お前が死んだらダメなんだよ」


 ロロは弱者だ。たとえ竜という種族でも、彼女の性格や立場は、クリフが守るべき者と同等だった。つまりロロを見殺せば、使命に背くということになる。


 ―――弱き者を助けなさい。お前の力は、そのためにある。


 父の教えは、クリフが誇り高く生きるための言葉。これに背けば、クリフは以前と同じように戦えなくなってしまう。


「それにな」


 クリフは息を溜め、言葉をつけ足した。


「俺自身が、心の底からお前を助けたいって思ったんだ。だったら、助けるしかないだろ」


 ロロやファルゲオンのように、人と仲良くなろうとしている竜がいる。ミネルバのように、竜を大切に思う人がいる。


 ―――力をつけなさい。大切な人を助けるために。


 母の教えは、クリフが幸せに生きるための言葉。これを守れなければ、クリフは後悔することになるだろう。

 つまりここに来なければ、どのみちクリフは戦士を続けることに疑問を持ち、辞めていたかもしれないのだ。


 何をすべきか、クリフは悩みに悩んだ。目の前の弱者を助けるべきか、未来の弱者を助けるべきか。


 だが、その考えこそが間違っていたのだ。


「俺は助けたい奴を助ける。助けるべきだと思った奴を全部助ける。それが俺の使命だ」


 人でも、竜でも、弱者でも、強者でも、助けたい者を助ける。それが、父と母の二人の教えを守り、かつ己の信念を貫くために、クリフが選んだ答えだった。


 クリフの心に、迷いはなかった。


「だからお前も生きろ。人と仲良くなりたいんだろ? もっと人の事を知りたいんだろ?」

「……うん」

「だったら死ぬんじゃねぇ。生きるために力を尽くせ。そして俺に恩返ししろ」

「恩返し?」

「お前が言ったんだろ。俺の苦手を克服させるって。それともあれは嘘だったのか?」

「……ううん」


 ロロは立ち上がる。その顔は、決意を宿したかのように引き締まっていた。


「嘘じゃないよ。生きる。そしてクリフに恩返しをする」


 力強い言葉に、クリフは笑みを浮かばせた。


「さっきよりかはマシな顔になったな。じゃあ―――」


 クリフは辺りを見渡す。クリフの視界には、殺気だった住民たちと険しい顔つきの戦士たちがあった。住民たちは今にも襲い掛かりそうな雰囲気だったが、何人かの戦士たちが抑えていた。そして腕自慢の戦士たちが、武器を持ってクリフに立ち向かおうとしている。

 ここに来ると決めていた時から、クリフが予想していた展開と同じだった。


「もうひと頑張りするか」


 相手は鍛えられた戦士が十人以上。しかもロロを守りながら戦わなければならない。今までで一番過酷な戦いになるだろう。

 だがクリフの顔から笑みが消えることは無かった。




 ***




 広場の中央では、クリフがロロを守りながら、大勢の戦士たちの相手をしている姿があった。大剣を振るって戦士の武器を弾き飛ばし、甲冑の上から攻撃を当てている。

 攻撃を受けた戦士は何とか立ち上がるも、そのダメージは大きいようで、苦痛の表情を浮かばせていた。対してクリフは、獅子奮迅の動きを見せ、疲労の色は全く見えない。むしろ吹っ切れたかのような笑みを見せている。


 その光景を見たイアンは、湧き出る歓喜を抑えきれない。


 思い通り。イアンはクリフとは別種の笑みを浮かばせた。


 イアンはクリフが竜を町に連れ込んだ時から、この展開を待ち望んでいた。ここまですればいくら戦士としての評価が高かったクリフでも、退団されるに違いない。それどころか、犯罪者にさせることができる。

 あのクリフをどん底までに陥れると考えると、イアンは喜ばずにはいられなかった。


 恵まれた体に恵まれた才能。しかも常に向上し続けようとするクリフは、皆からの注目の的だった。イアンもクリフの事を知っていて、どこか別次元の存在だと思っていた。


 だが奴は、実に凡人らしい性格をしていた。

 味方や一般人を助けて感謝の言葉をかけられても、当然だとでも言いそうな顔を見せる。イアンのような戦士に対しては、偉そうな態度で説教をする。

 あれは人を見下すのが好きな、高慢な人間の態度だ。


 それに気付いてから、クリフの身体が小さく見えた。

 自分でも届く、引きずり落とせる人間だ。だったら、底辺に落ちてもらうしかないだろ。

 努力で成り上がろうとする者の足を引っ張るのが、イアンの人生の楽しみだった。


 クリフの性格を把握し、ロロを助けさせるように促す。気を失うほどまで殴られたのは予想外だったが、このあとの展開を考えれば痛みなんて感じなかった。


 処理場ではクリフがまだ奮戦しているが、奴も人間だ。持久戦に持ち込めばいずれ力尽きる。そこを攻めれば簡単に捕えられる。イアンは近くで眺めながら、そのときを待った。


 問題と言えば、ロロの存在だ。

 エリザベスの言う通りあいつが竜ならば、竜の姿に変身されて逃げられてしまう可能性がある。逃亡者にさせるというのも悪くないが、この目でクリフが打ちのめさせる姿を見たかった。


 是が非でも、ここで捕まえておきたい。そのためにイアンはエリザベスに近づいて進言した。


「エリザベスさん、彼ら、なかなか苦戦していますね。ここは竜狩りの力を見せてくれませんか」


 竜狩りの戦士の力は、一般戦士の比にならないほどだ。ここでエリザベスが参戦すれば、あっという間にけりがつくはずだ。

 そう考えて辛気臭い空気に我慢してエリザベスに言ったのだが、彼女は動くことなくぶつぶつと呟いていた。


「なんで、どうして、こうなるのよ……あと少しで、楽になったのに……」


 気味悪い雰囲気に嫌悪し、イアンは一歩引く。

 今思えば、最初からそうだった。昨日竜の足跡を見つけてフェーデルの戦士団に報告をしたイアンは、竜狩りの戦士を呼ぶためにアーデミーロに向かった。だがアーデミーロに着く前に竜狩りの戦士を名乗るエリザベスに出会い、そのままフェーデルに連れて来た。


 エリザベスの名は元々知っていた。アーデミーロ付近で活動する竜狩りで、見た目は暗いが優しい女性であると。だが実際に会ってみると、見た目通りの性格だった。暗いし気持ち悪いし辛気臭い。特にいつも左目を前髪で隠していて気味が悪った。

 幽霊のような不気味な振舞いに、イアンは内心がっかりしていた。ロロを竜と見抜いたことには感心したが、褒められるところはそれくらいだった。クリフを捕まえて良いところを見せて欲しかったのだが、それすらもしない。

 イアンはイラつき、つい乱暴な言葉を使ってしまう。


「おい。さっさと仕事をしろよ。竜狩りの戦士なら、あいつを捕まえることくらいできるだろ」


 だがエリザベスは呻き声のようなものを出しながら無視をする。

 イアンの苛立ちは増し、エリザベスの肩を掴んで顔を合わせた。


「話聞けよ! 早くあいつを―――」


 強引に身体を向けさせたことで、エリザベスの髪が揺れた。長い黒髪の先端は、身体の動作に遅れてから動き出す。地面と垂直になっていた髪は大きく角度を変え、髪で隠れていた左目を日の下に晒す。


 竜の目が、イアンの姿を捉えていた。


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