その4
「コムギ!? 死んだはずじゃ!?」
「残念でしたね。トリックですよ」
驚く香織に向かって、不敵な笑みを浮かべるコムギ。
正直驚いているのは私も同じだ。
ゆっくりと時間をかけて私のそばに寄ってきたコムギへ、私が声をかける。
「コムギ。どうして無事だったのだ? あの時の玉ねぎによって水分を出し尽くしてしまったと思っていたのだが……」
「これのおかげです」
そう言ってコムギがポケットから取り出したのは、『十秒チャージ・二時間キープ』でおなじみのアレだった。
そういうことか。
「力尽きてしまった私は、最後の最後まで生きる希望を諦めず、自分の衣類をまさぐりました。ズボン、上着、インナー、靴下、下着。その時、上着の内ポケットの中に入れていたコレを思い出したのです」
「しかしそれは」
「わかっています。これを飲むということは、日本食パン保護委員会の掟に背くことになる。しかし自分の命には代えられない。その時から私は食パンのことよりも自分の命のほうが大切になっていたのかもしれません」
「それはおかしい」
「言わないでください。それからというもの、誰にも知られないようにひっそりと暮らしてきました。山の中で生活をし、日本食パン保存委員会の人間にも私が生きていることを悟られないように生きてきました。ですが、日本の……いえ、食パンの未来がかかっているとまで言われている食パン先生がピンチになっているのを見てしまった私は、居ても立っても居られず、こうして飛び出してきてしまいました」
私はコムギの話を聞きながら、心の中で思い切りコムギのことを罵倒しようと決めていたのだが、助けられた恩もあるので、何も返事ができなかった。
「ですが香織だけは、私の手でどうにかしなければならないのです」
「コムギ……」
じりじりとにらみ合う両者。
きっとコムギと香織には、私が想像するよりも大きな因縁があるのだろう。
しかし、私もやられっぱなしというのは性に合わない。
「コムギ。ここは私に任せてもらいたい」
「先生?」
「私もやられたままで収まりつくほど、できた人間ではないのだ」
「ですが香織には、私のほうが復讐するにふさわしい理由があります」
「昔の記憶よりも、今の記憶だ。思い出は新しいほうが強い想いに決まっている」
「いえ、それでも私のほうが重い思い出に違いありません」
「では勝負と行こう」
私とコムギは向かい合った。
先に倒すべき相手を見つけてしまったのだ。これは仕方がない。
「まずは私からだ。先ほども言ったが、今ここでやられたことを仕返しがしたい。そして、私の家にあった食パンを勝手にトースターに入れたのだ。これは罪深い。食パンをトースターに入れていいのは、食パンを食べる覚悟があるやつだけだ。ヤツは食パンを食べもしないのに焼き、自分はあんなお米を固めたわけのわからんまがい物を食べている。これは許すまじ行為だ」
「私は昔、デザートのハニートーストを食べられました」
「私の負けだ……」
思った以上の高ダメージをコムギから受けてしまい、私は恥ずかしくも地に膝をついてしまった。
デザートのハニートーストを食べられてしまうというのは、ものすごいショックだ。
なぜなら、デザートで頼むということは、それなりの空腹感を残しておかなければいけないことになる。ましてハニートーストならば、普段なら腹八分目なところを、六分目くらいまでに抑えておかなければならなくなり、六分目などは半分よりちょっと食べたくらいだ。その空腹度合いを残したにも関わらず、その空腹を埋めるためのデザートを食べられてしまったのだ。これは万死に値するといっても過言ではない。
思い浮かべただけでもダメージがくるのは必須だった。
「ぐっ……」
「申し訳ありません。ここは私が行かせていただきます」
「不本意ではあるが、任せた」
一歩前に出たコムギは、目の前でおにぎりを食べる香織に向かって腕を組んで仁王立ちをした。
そして言う。
「お米なんて田舎くさい! 食パンを食べろ! 時代は流れてるんだ!」
「コムギこそ欧米社会の波に飲まれてないで、もっと古き良き文化を大切にしろ!」
「香織ぃいいい!!」
「コムギィイイイ!!」
二人はほぼ同時に地面を蹴り、相手に向かって突っ込んでいった。
やばいと思ったが我慢できなかった。
ネタを挟んでしまいました。




