その2
つっこんだらまけ
しばらく走ると、オコメライス党の人間は追ってきていないようで、私は速度を緩めた。それでも時速50Kmぐらいは出ているであろう。
気がつくと、腕に抱えていた女性が目を覚ましていたようで、私に話しかけてきた。
「ありがとうございました。見ず知らずの私を助けていただいて・・・なんとお礼を申せば良いのか」
「いえ。食パン派の人を助けるのは食パン派の人間として当たり前のことだよ。よって私は当たり前のことをしただけだ」
「どうして私が食パン派の人間だとわかったのですか?」
「どうしてって・・・あたなからは食パンの匂いがしたからね。もしかすると私以外の人間はわからないかもしれないが、食パンの匂いがしたんだ。なのであなたは悪い人ではないと思ったわけだ」
「そうですか。あのトーストの話で起こされたときはどうしようかと思いました。実は寝たふりを続けていたのですが、あの時ばかりはどうしようかと思いました」
もちろん私はあの時点で気づいていたので、あんな起こし方をしたのだ。
「ところで、どうしてあの女性が米派のオコメライス党だとわかったのですか?」
「それはだね、彼女は重大なミスを犯していたんだ」
「ミス・・・ですか?」
そう。彼女は私を訪ねてきた時からミスを犯していた。もしかすると私しか気づいていなかったのかもしれない。そんなミスだ。
「そう。彼女は、ほっぺたにご飯粒をつけていた!」
「!?」
「米派の、しかもオコメライス党の人間が朝にご飯を食べない訳がない。きっとその時についたんだろう。よくあることだ。しかしそのよくあることのせいで、周りの人間は気づかず、私だけが気づくことが出来たというわけだ」
「そういわれてみると、私も『ご飯粒ついてるなー』程度にしか思っていませんでした。してやられました。そこに気づくとはさすが食パン先生です」
私は彼女のミスも見逃すことはなかった。
「今、私のことを食パン先生と呼んだな」
「あっ・・・」
「どうして私の二つ名を知っているんだ?」
「・・・実は私、食パン先生を訪ねてここまで来たんです」
「私を・・・か?」
ということは、なにか警察には相談できないことというわけであろう。
「はい。私のお願いを聞いていただけますでしょうか?」
「私は今はもうただの食パン好きの教師だ。だいたい、君には私への報酬が払えるというのかね? まだ噂が出回っているならば、私への報酬がどのようなものかは知っているのだろう?」
「もちろんです。嘘だと思われないように、前払いとして持ってきました」
そう言って、彼女はカバンの中から黒い正方形の袋を取り出した。
私には見覚えがあった。
「こ、これは!」
「そうです。あなたが報酬として欲しがっている、とろけちゃうチーズの一般販売分です。食パン先生はこの業務用を報酬として活動していると聞きました。なので、前払いとしては一般販売分が適切なのでは?」
彼女は口元をニヤリとさせた。
私のことをきちんと調べてきたと言うわけか。
ちなみにこのチーズは、私がお金のある時にだけ買う代物で、食パンの上にケチャップとチーズを乗せて、トースト機能付きの電子レンジに入れて焼くと、大変美味である。
だが、チーズはそれなりに値が張る。
そこで報酬を業務用のとろけちゃうチーズとすることによって、どれほど家計が助かることか。
「わかった。で、要件はなんだ?」
「実は、オコメライス党が企んでいるパン工場の破壊を食い止めて欲しいのです」
私も噂には聞いていたが、実際に実行するものが現れるとは・・・
「しかし、あの作戦は経費が掛かりすぎるから却下されたはずでは?」
そう。パン工場を破壊するには、爆弾のようなものを作り、それを工場にしかけて爆発させる必要があった。それにより再起不能になって、パンの流通が止まったところで米を推していくという作戦だったはずだ。
しかしその作戦を行うには、爆弾を作るための資金が必要となるために却下されたはずだった。
「事情が変わったんです」
「変わった?」
「はい。爆発させるのではなく、強力粉を薄力粉に変えてしまうという作戦になったんです」
彼女は相手の作戦を知ったところで、オコメライス党に追われてしまっていたということか。
そして彼女はその作戦の全貌を話し始めた。
しかし長かったので、かい摘んで私が説明する。
① 強力粉を積んだトラックを強奪
② 薄力粉を積んだトラックを代わりに送り込む
③ 何も知らない工場ではそのまま薄力粉が使われる
④ パンが完成しない
⑤ ご飯が売れ始める
なんという作戦だ。とくに⑤とご飯をかけているところがこの作戦への執念を感じさせる。
「そこで食パン先生にこの作戦を止めていただきたいのです」
「まぁいくつか作戦は思い浮かぶのだが・・・」
「本当ですか!?」
「そのためには君の協力も不可欠だ」
「私も食パン派の人間の一人です。覚悟は出来ています」
この眼・・・黄金色に輝く小麦の粒のような眼をしている。本気だな。
「では作戦を話す前に君の名前を教えて欲しい」
「私の名前は・・・」
なぜか言うまでに慎重になったのか、少し間を開けて期待を持たせるかのような雰囲気を作り上げる彼女。
そしてゆっくりと口を開いた。
「コムギ・ブレッドです」
・・・外人だったのか。
つぎへつづく




