その1
細かいことは気にしないようにお願いします。
私は朝目覚めた。
すると知らない女性が私の横で寝息を立てていた。私は自身の記憶を呼び起こして、この女性が何者なのかを思い出そうとした。
しかし思い出しても思い出しても、毎晩恒例の食パンには何が一番合うかという一人会議のことしか思い出すことができなかった。
このまま思い出そうとしても何も思い出せないと判断した私は、トースターにパンを入れ、自宅の黒電話で警察へと連絡をした。
『はい。警察ですが』
「朝早くから申し訳ありません。一つお伺いしたいのですが、朝目が覚めると、となりに知らない女性が寝ていたのですが、これは不法侵入というものなのでしょうか?」
『そうですね。では今すぐそちらに向かいますので、その女性が逃げないように取り押さえておいてください』
「わかりました」
受話器を置いた私は、早速リビングに置いてあったしめ縄と金属バットを片手で持ち、もう片方の手で鍋の蓋を持ち、万全の状態で寝室へと向かった。
そしてすやすやと寝息をたてている女性に向かって声をかけた。
「もしもし。朝ですよ。朝と言えばトーストですよ。ほら、トーストのいい匂いがしてきたでしょう。早く起きないとトーストを食べてしまいますよ」
女性は全然起きる気配が無かった。
私は少し考えた末、トーストを食べることにした。
チンッ。
リビングに向かうと、ちょうど焼けたようでトースターから黄金色に日焼けした食パンが飛び出してきた。
この瞬間を見ることが出来た私はとても幸せ者だろう。
そして昨夜の考察により、やはり食パンにはマーガリンが一番ということになった。
その考察結果の通り、私はトーストにいやらしくマーガリンを塗った。
「ほら。どうですか? 気持ちいいでしょう。あなたの大好きなマーガリンですよ。こうやって隅々まで塗られていく感覚はなんとも言えない快感でしょう。・・・もうひと塗りですか? なんて欲張りな食パンでしょうか。いいでしょう。今日の私は気分が良い。ほら、たっぷりのマーガリンを塗りたくってあげましょう」
黄金色に焼けた肌にマーガリンを塗りこんでいく様は、なんとも言えない気分だった。
どことなく漂う背徳感が私を包み込んだ。
そしてマーガリンを塗り終えた私は、コーヒー牛乳を冷蔵庫から取り出してコップに注いだ。
「いただきます」
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
一口目を口に入れようとした瞬間、インターホンがけたたましく鳴り響いた。
私の家の玄関のドアには、『セールスお断り』と『食パンを食べているためインターホン故障中』というシールが貼ってある。
そのシールを見てもインターホンを押すということは、これは私に対する挑戦状と見るべきであろう。
私はインターホンをBGMにしながら食パンをゆっくりと食べ終え、コーヒー牛乳を飲み干し、教師の制服であるスーツに着替えてから玄関へと向かった。
そして玄関の鍵を外し、チェーンを付けたまま、玄関の扉を開いた。
「どちら様でしょうか?」
「先ほど連絡を受けた警察のものですが、こちらに不審人物がいるとお伺いしまして」
「警察の方でしたか。これは申し訳ありません。ではお上がりください」
そう言って、玄関の扉を全開まで開いて招き入れた。
ちなみに我が家の玄関のチェーンは、うっかりチェーンを付けたまま外に出てしまったときでも大丈夫なように、チェーンの長さを3Mにしてある。これでチェーンを付けたままでも外からはいることが出来るので非常に便利である。
「それでは失礼いたします」
警察の方々が玄関で靴を脱いで上がってきた。
警察の方々は全部で3人おり、一人は女性で、先頭を歩いているのできっと上司なのだろう。もう二人は男性で、女性の両脇に立っており、女性に敬語を使っている当たりから見るときっと部下なのだろう。
その時、私の頭の中にふと疑問が浮かび上がった。
「すみませんが、一つよろしいでしょうか?」
「はは、はははは、はい! な、な、なんでしょうかっ!」
敬礼をして言う先頭の女性。
きっとはじめての任務とやらで緊張しているのだろう。異様に焦っていた。
「つかぬことをお伺いいたしますが・・・」
「あっ! 警察手帳ですか!? ちょっと今日は忘れてしまって・・・」
「いえ。そんなことはどうでも良いのです。米派ですか? それとも食パン派ですか?」
「私は食パン派です」
「そうですか。ありがとうございます」
それが聞けて安心した私はホッと胸をなでおろした。
しかし私はあることに気がついた。
そこでキッチンに素早く向かい、冷蔵庫の横にある箱からある物を取ってから、警察の方々を女性が眠っている寝室へと案内した。
「あの女性です」
「わかりました。では我々が身柄を拘束させていただきます」
女性は布団を顔までかけて気持ちよさそうに寝ていた。
そんな女性に手を出そうとしていた警察の方に私は声をかけた。
「ちょっとお待ちください」
「は、はい!」
「あなた、嘘ついてますよね?」
「な、なんのことでしょうかー!」
「あなたは先ほどパン派と答えてましたが、実は米派ですね!!」
私には核心があった。
それが図星だったようで、警察の女性はフフフフと笑みを浮かべた。
「よくぞ見破ったな! 私はパン派などではない。ご飯派の人間だ!!」
そう言って警察の制服を脱ぎ捨てると、その下からオニギリの模様が書かれた黒いスーツが現れた。
「やはりな。あなたたちは米派の人間が集まった組織・・・オコメライス党の人間だったんですね!」
「バレては仕方ない。さすが噂通りと言うわけか。食パン先生」
「どうして私の二つ名を・・・」
「あなたは動きすぎたのですよ。っと。これ以上話すと、また怒られてしまう。というわけで、この女性は私たち、オコメライス党がいただいた!」
そう宣言したオコメライス党の女性は、寝ている女性へと手を伸ばした。
「そうはさせない!」
私は先ほどキッチンから取ってきたパンの袋を留めるプラスチックのアレを手裏剣のように投げつけた。
それがオコメライス党の女性の手に刺さり、痛みで一旦手を引いた。
そのスキに私は寝ていた女性を持ち上げて、寝室を飛び出した。
そして寝室の前で見張りをしていた男性二人を振り切ると、外へと飛び出し、学校へと向かう道を反対方向に秒速100Mの速さで走りだした。
次に続く




